Sinny side up・・・イメージイラスト(一之瀬けいこ作)

SUNNY SIDE UP
 
 久しぶりに思う存分朝寝坊をした。
 暑くも寒くもない一年でも最も過ごし易い季節。
 特に疲れていた訳ではなかったが、休日ということが俺を惰眠へと駆り立てていたのだろう。新緑薫る風の爽やかさ。その中で貪る眠りは極上の贅沢。
 眠りたいだけ欲望に任せて蒲団にいて、気が付けば時計は昼近くになっていた。

 階下に下りるとあかねがエプロン姿で台所に立っていた。「おはよう…。」の言葉が眩しい。
 しかし、俺はすぐに厳しい現実に引きもどされる…。
「かすみさんやオフクロたちは?」
「出かけてる。」
「親父たちは?」
「修行だって…。昨日から帰ってこないじゃない。なびきお姉ちゃんも朝ご飯は友達とモーニングで食べるって出て行ったわ。」
「ってことは…。」
「乱馬とあたしと二人だよ…。」
「おまえ、朝ご飯は?」
「早くに起きてちょっとクラッカーをお腹へ入れたけど、一人じゃなんか味気なくって 乱馬が起きるの待ってたの。作ってあげるね。」ときた。
 いじましいんだけど、はっきり言って有難迷惑。この調子じゃあきっと、得も言われぬ代物を食わされるに決まってる。
 冷や汗がどっと背中から吹き上げてくる。
 俺はこほっと一つ咳払いして予防線を張った。
「で、何作ろうとしてんだ?」
「たまにはね、洋食っぽい朝ご飯もいいんじゃないかって。ほら、お姉ちゃんいっつも和食中心でしょ?納豆とか海苔とか、味噌汁とかアジの開きとか。だから、パンメニュー。さっきコンビニで食パン買ってきた。」
 ようし…これなら、なんとか成り得る。味付けが命の和食と違って、パンメニューなら素人でもなんとかなる。
「どうせだから、二人で作んないか?」
 と言ってみた。
「でも…。」
「俺ならいいぜ。うん。たまには男が台所に立つのも…。今日はオフクロもいねえし…。」
 自分の食事は自分で何とかしようと言う魂胆。

 二人で並んで台所に立った。
「えっとパンはオーブントースターが焼いてくれるとして…。火加減気をつけろよ…。焦すなよ。二、三分っていうところっだな。あ、おい、ほらコンセント抜けてるぜ。」
 俺の傍であたふたとあかねが動く。誰もいないから、今日はいつもより素直かも…。家族がいると俺もあかねも天邪鬼だからな。
「野菜はあたしが洗うわ。乱馬、水触るの嫌でしょ?」
「ああ…。ドレッシングは作んなよ。冷蔵庫に作り付けの瓶入りのがあったろ?おまえは、野菜を洗うだけでいいからなっ!」
 と念を押す。
 たかが野菜を洗って切りそろえるだけでも、あかねは手つきが危なっかしい。包丁だってもうヒヤヒヤもの。
「レタスの葉っぱは手でむしるもんだろ?普通…。」
 やれやれといった風に横から言葉をかける。
「うるさいわねぇ…わかってるわよ。」
「いいから集中しろって…。」

 野菜が終わったら今度は玉子料理。
「目玉焼きがいいな…。」
 と俺。でも、すぐにしまったと思った。
 目玉焼きって玉子焼きについで難しいんじゃ…。スクランブルエッグって言えば良かったかな。それともゆでたまごの方が簡単だったかな。…あいや、こいつ、確か前にゆでたまご電子レンジで作ろうとしたことあったっけ…。
 あかねは危ない手つきで玉子を割ろうとしたから、俺は思わず、
「俺に貸してみなっ!」
 と玉子を横取りした。前に何かの料理番組で玉子を上手くフライパンにのせるには、子どもになら器に割ってから横滑りさせればいいというのをやっていたのを思い出した。フライパンに綺麗に割りいれるのは案外と難しいらしい。
 でそれを実践。熱しておいたフライパンにバターを入れて溶かす。それから玉子を器から移して…。上手くいった。
 ジュッと音がする。あかねが後ろから覗いている。
 火を落として焦げ付かないようにして…。水を少し入れた、またジュッと音がして水蒸気が上がる。そこで蓋をする。とろ火に落として暫く置く。
「ほれ焼けた。上手いもんだろ?」
 得意満面あかねを見る。
「うん…。手際いいね、乱馬って。」
「別に褒められた訳じゃないけど…。」
 蓋を開けると煙と共に薄っすらと黄身に膜が張った美しい目玉焼き。ちょっと黄身が半熟っぽいのが俺は好きだ。
 で、フライパンから崩れないように取り出すのが一苦労。だが、武道で鍛えた集中力。これも俺が担当した。あかねがやったら、折角整った目玉が潰れてしまうかもしれないから…。
 フライ返しをそっと下に入れてひっくり返さないように更に盛る。
 それから残った油でベーコンを焼く、カリッとさせるのが美味しいんだけれど…。あかねがやるとどうして焦げるかなあ…。まあ、いいか。
「ねえ、インスタントの珈琲しかないけど…。」
「いいんじゃないか?あ、ミルク入れようぜ。脱脂粉乳みたいで粉のは嫌なんだ、俺。」
「じゃあ、いっそのこと、ミルクに入れようよ、インスタントの顆粒。」
「そだな…。」
 ミルクは沸騰すると悲惨だから、目が離せない。吹く直前を見計らって火を止める。絶妙のタイミングがあるんだ。修行で山に篭るとミルクをあっためることもあったから、その辺は俺も詳しい。この頃は田舎でもコンビニにたいなところがあるから、結構新鮮な低音殺菌常温保存の牛乳パックを持って行くんだ。
 
 作り始めて三十分くらい。なんとか食卓はさまになった。
 朝ご飯というより「ブランチ」だな。
 いつもは茶の間で食べるけど…二人だから台所。その方が片付けもしやすいから…。
 椅子に座って差し向かいになると、やっぱり照れる。何なんだ…。エプロン姿のあかねの可愛さって。いかん…。まだ修行が足りねえな…。
 たまにはこんな遅い朝もいいかもしれねえ。些細なことを言い合いながら過ごすブランチタイム。
 今日も元気に過ごせそうだ。







TOPイメージ短編〜その5

行方不明になったフライ返しへのウップンを晴らして…(違っ!
「Sunny side up」は目玉焼き♪
我が家の子どもたちは二人とも目玉焼きは苦手です。
だから朝の食卓は目玉焼き二人分とスクランブルエッグ…
息子は煮抜き玉子(ゆでたまごの関西弁)はもっとダメ…

イラストは描きながらるんるんしてました。
久しぶりに画面的にも気に入ったイラストです。

で、イラスト描きながら脳内から湧き出た続編はこちらからどうぞ・・・(笑
「思い出(あかね編)」
「思い出(乱馬編)」
イラスト・文章 一之瀬けいこ
2001年5月

その後のフライ返し
新しいのを買って、半年程。年末に引き出しを整理していたら
最下層部の引き出しの下からフライ返しを発見(苦笑
我が家現在フライ返しが二本あります。


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