◇思い出 (乱馬編)



 おとなになったら          6年1組8番 早乙女乱馬
 
 おとなになったら、ぜったいに親父より強くなってやる。
 おれの親父はいいかげんで、いつもおれの食べ物を横からとる。きのうだって夕食のおかずをひとつ横取りされた。
 くやしいからつっかかっていたら、思い切り頭をしばかれた。
 「父親になぐりかかるとは何ごとだ。」
 それが親父の言い分だった。
 おれは小さいころからずっと親父と二人で過ごしてきた。「しゅ行」と言ってはおれはいつも山中につれていかれて、苦しい特くんをやらされる。強い男にならなければならないと口ぐせのように言いながらおれは親父にしごかれる。
 子どものころからいやでいやでたまらなかった。
 なんとかにげようといつも思っていた。
 でも、親父は強くって、なんどやっても失敗する。
 手加げんということをしてくれない。いつも思い切りなぐられる。
 「男の世界はあまくない。」んだそうだ。
 道場なんてもっていないのに、「おまえはテンドー道場のあとつぎになるんだから。もっと強くなれ。」と言われる。親父が言っていることはよくわからない。でも、強くなりたい。
  
 もっともっとしゅ行して、親父をやっつけたい。
 そう思う。
 親父よりうんとしゅ行して、力をつけて、親父に勝つこと。
 それがおれのゆめだ。
 だから中学に上がっても強くなるために、もっともっとしゅ行をつみたいです。
 きっと親父より強くなって、世界一のかくとう家になるのがおれのゆめです。



「くおらっ!親父っ!返しやがれーっ!」
 天道家の母屋に怒声が響いた。バタバタと音がして、大きなパンダといいおさげをなびかせた青年が廊下を駆けずり回る。パンダの形(なり)をした早乙女玄馬と早乙女乱馬、ちょっと一風変わった親子だ。
「ぱふぉふぉ〜」
 パンダは大きな身体を揺らせながらあかんべえをする。ふと短い黒い手には何やら青い表装の冊子を抱えていた。
 と、前から洗濯籠を持って歩いてきたあかねにぶつかりそうになった。
「あ、あぶねえっ!!」
 パンダを物凄い勢いで追い抜かすと、乱馬はあかねを抱き上げて突っ込んでくるパンダの巨体をかわした。そして後ろを振り向きざまに倒れこんだパンダを足蹴にした。
 ドスンと鈍い音がしてパンダが尻餅を付いた。
「たく…。あかねの身に何かあったらどうしてくれるんだよ…!」
 乱馬は怒りが収まらないらしく、パンダの頭をひとつ、拳骨でコツいた。そして、なかなか起き上がれずにのた打ち回っているパンダから、青い冊子を引きはがずと、自分の手におさめた。
「返してもらうからなっ!バカ親父っ!」
 それから、あかねの方へ向き直ると、肩をトンと叩いた。
「大丈夫か?」
「うん…。なんとかね…。」
 あかねは洗濯籠をトンと床に置くと、乱馬に向ってにこっと笑った。
 乱馬は大きく張り出したあかねのお腹にそっと手を当てて、その鼓動を確かめる。
「あともう少しなんだから…大事にしてくれよな…。」
と微笑む。
「そうね…もうすぐ臨月だものね…。」
 
 乱馬とあかねが正式に夫婦になって一年半が流れた。
 あかねのお腹には二人の子どもが育まれている。もうすぐ母になる。
 ここまで順調に来たのだ。母体も無事に生まれてくれないと困る。
「で、お父さまと何争ってたの?」
 あかねは結婚してこの方、自分の父をお父さん、乱馬の父をおじさまからお父さまと呼び習わしていた。「お父さん」が二人いてはややこしいからだ。
「たく…。俺の古い行李(こうり)の中から勝手に持ち出したんだよ、こいつを!」
 まだ乱馬の鼻息は荒い。
「なあに?それ…。」
 あかねはひょいっと取った。
「あ…こら、なんでもねえっ!返せってばっ!」
 乱馬は慌ててそれを取り返そうとした。思わずあかねに飛び掛る。
「ばふぉっ!」
 と、起き上がってきた玄馬パンダの反撃が伸びた。
「いってーっ!何しやがる!このくそ親父っ!」
『あかねくんは身重だろうが…。ばか者っ!』と書かれた看板を振りかざす。
 その隙にあかねがその冊子をしげしげ眺めた。中身をぱらぱらっとめくって読んでいる。読みながらくすくすと笑い声。
「あーっ!勝手に読むなっ!」
 乱馬は真っ赤になってあかねを窘めたが、全て時は遅し…。
「そっか…。これって乱馬の小学校の卒業文集だったんだ。」
 あかねは顔中笑みをほころばせて夫を見詰めた。
「ちぇっ!読みやがったか…。」
 乱馬はバツが悪そうにソッポを向く。こういうのはやっぱりこっ恥ずかしい。
「ガキの頃の作文だからな…。言っとくけど…。」
「そうね…。私のだって、勝手に読んだんだからおあいこでしょ?」
 あかねがくすっと笑う。
「おあいこって?」
「忘れちゃったか…。随分前だったけど、私の部屋で勝手に卒業アルバム覗き込んだくせに…。」
 言われて思い当たった節がある。
「あ…あの地震のあった日…か。随分前の話だぜ。高校二年の頃だろ?」
「そ…。私が片付けてる傍らで、勝手に覗き込んで喜んでたでしょ?乱馬…。」
 懐かしそうにあかねが微笑む。
「あったなあ…。そんなこと。」
『おまえ、そんなことをしてたのか?このむっつりスケベ。』
 玄馬が後ろからちょっかいをかむ。
「うるせー。親父には関係ねーだろが。」
 また乱馬がポカリとやった。
「乱馬…あんまりお父さまいじめるのやめなさいよ…。」
 あかねが笑うと
「そうだな…。夢も叶ったし…。」
『なにいっ?』
「何なら道場で試してやろうか?親父よぉ…。俺とまだ対等にやりあえるなんてこと思ってねえよな…。」
 バキッと手を打ち鳴らしながら乱馬がパンダを見た。
「あぽぽぽぽ…。」
 玄馬パンダは大慌てで首を横にブンブン振った。
 流石にもう乱馬には叶わない。武道家としての確たる地位を確立したこの無差別格闘流の若き継承者は、鍛えてくれた父親の領域を遥かに凌駕していた。名目共に立派な武道家としてその道を邁進(まいしん)していた。
『じゃっ!そういうことで』
 そう看板を上げると玄馬はその場から立ち去った。

「たく…。なんてえ親だ。」
 呆れたように乱馬が言うと、あかねはくくくと笑っていた。
「笑うなよな…。」
 乱馬はあかねにも抗議の目を向けた。
「だって、おかしいんだもの…。」
 そう言うと堰を切ったように二人で笑い転げる。
「ねえ、乱馬の夢って叶ったのよね。」
 あかねはにっこり笑って乱馬に訊いた。
「…あの作文のならな…。親父ならいつでも叩きのめせるし…。おまえも叶っただろ?」
「へ?」
「だから…。あのアルバムの…。」
「…そうね。叶ったかもね…。」
「かもね?おい、そりゃあ、ねーだろ?俺はおまえより強いだろ?…でもねえか…。」
「なんで?」
「俺って気弱だからずっとおめえには頭上がらないし…。」
「何よそれっ!乱馬が気弱だなんて誰も思わないわよ。」
「そっかぁ?それに…母は強しって言うしな…。」
 そう言うと乱馬はあかねの唇にそっと自分の口を当てた。

「ん?」「え?」

 気配に振り向くと
『仲良きことは美しき哉』『ヒューヒュー』と書かれた看板を両手に玄馬パンダがにやにやしていた。
「このっ!こそこそ覗くなっ!」
 乱馬が真っ赤になって怒鳴ると
『こんな所でキスするやつが悪い!』
 そう言いながらパンダが踊る。
「うっせーっ!」

 またドタバタが始まった。
 乱馬はからかわれて玄馬を追い掛け回す。
「ホントにしょうのないお父さんよね…。乱馬は…。」
 あかねはくすっと笑うと、お腹にそっと手をあてた。そこに育まれる命たちが、ピクンと反応して応えた。
「かわらないわね…。あの頃と…。」
 嬉しそうに囁くと、洗濯籠を持ち上げた。








一之瀬的戯言

 爆走連想作品集(笑…かる〜いものを描きたかった!という理由で書いた連作。
 
 思い出の整理ってなんだかくすぐったくてワクワクしませんか?
 自分の知らない伴侶の過去など…
 17歳ものと未来ものとのタイアップ。
 この作品の底辺にあるのが、実は「恋文」という作品。
 元ネタはこれを書いているときに連想していたものです。
 肝心のラブレター部分が未完のままに掲載しております。
 私の力量なら、永遠に書けないだろうなあ…。


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