着ぐるみ戦隊〜クリスマス編
着ぐるみ戦隊とは、RNRの同人誌にて、甘栗ケンさんといなばRANAさんが突っ走った作品です。
その、キャラソースだけを分捕って、クリスマス編として転用させていただきました。
クリスマス作品を考えているうちに、妄想が変な方向へ行ってしまって…戻って来ませんでした。…つまり、マジモードなクリスマス作品は今年は諦めた次第です。
六年ほど前の戌年のお正月に
「正月特別編〜ワンワン戦隊ただいま参上」
という同じ妄想源の暴走作品を書いております。
着ぐるみ戦隊〜クリスマス編
前編
ここは日本の中心、「練馬区」。
日本の中心とはかなり誇大表現かもしれないが、作者と構成員たちがそう思っているのだから、中心は中心地。何てったって日本の中心、練馬区…。
それはさておき…。
そこに、世界征服を企む「悪の総合商社・キャロットカンパニー」の魔の手を壊滅するべく、作られた秘密組織「天道道場」がある。
一見、何の変哲も無い、町屋の古い道場であるが、それは、世を忍ぶ仮の姿。板張りのガタピシ床板の下には、最新鋭の秘密基地があった。
道場主、いや、総合司令は「天道早雲」。
構成員は天道早雲以下、六名。
まかない方の天道かすみ、勘定方の天道なびき、平隊員もとい戦闘員の通称着ぐるみレッド・早乙女乱馬、着ぐるみホワイト・天道あかね、着ぐるみブラック響良牙の三名。そして、太鼓持ち着ぐるみパンダの早乙女玄馬だ。
変身の合言葉は「あいらーぶ・てでぃべあ!」。
合言葉が一度、発せられると、九能財閥の豊富な資金力によって特殊開発された「着ぐるみ装置」が瞬時に働き、着ぐるみ、戦闘員の早乙女乱馬たち以下三名は、レッド、ホワイト、ブラックという「質実剛健な着ぐるみボディー」へと華麗に変身を遂げる。
着ぐるみレッドはクマ仕様。襟元の真っ赤なマフラーがワンポイント。
着ぐるみホワイトはウサギ仕様。眩い純白なボディーが魅惑的。
着ぐるみブラックは黒豚仕様。愛くるしさがチャームポイント。
着ぐるみ戦隊は、悪の総合商社・キャロットカンパニーから「練馬区」を守る、秘密組織なのである。
なお、如何なる日本政府機構からも独立した「非公認」な組織団体である。
★★★
時は西暦二0☆☆年、師走。十二月二十四日。
師匠も走り回るほど忙しい年の瀬。新しい年が明けるまでのカウントダウンが既に、始まっている。
しかも、 気忙しい、年の瀬の真っただ中にぽつねんと存在する、クリスマスイブの日だ。
キリスト教徒など、人口の一割にも満たないこの小さな島国は、何故かこの日だけは盛大にキリストさまの生誕を祝うのである…いや、祝うと見せかけて、クリスマスイブを楽しむのであった。
良い子ちゃんたちは、クリスマスケーキを食べた後は、真夜中に訪れる、親サンタのプレゼントをドキドキワクワクで寝床で待ちわびる。
若い恋人たちは初々しく、中堅の恋人たちはほどほどに、男たちは精一杯の見栄を張り豪華なプレゼントを抱え、女たちは勝負下着に身を包み、それぞれ「熱い下心」を秘め、クリスマスデートへと興じる。
恋人が居ない残念ちゃんたちは群れて、夜通し、寂しさを忘れるがごとく、どんちゃん騒ぎ。
老若男女入り乱れ、それぞれの「聖夜の夢」を貪るのだ。
ここ、天道道場、もとい、着るぐみ戦隊の秘密基地も、例外では無かった。
木造のオンボロ道場には似つかわしくないド派手なクリスマスディスプレイが、道場狭しと飾り付けられている。キンキラキンのモールが天井や壁一面に張り巡らされ、キンピカの玉飾りがそこから吊り下げられている。
どこから運び込んだのか、大きなクリスマスツリーが、ドンと中央に置かれている。勿論、様々なクリスマスにちなんだ飾りと雪をかたどった綿、それから、チカチカとイルミネーションがせわしなく輝いている。
長テーブルにテーブルクロスを敷いて、その上には大小の皿が並べらて、クリスマスの豪勢なかすみの手料理がドドンと置かれていく。
勿論、酒樽も置かれている。
三角帽子もクラッカーもちゃんと用意されていた。至れり尽くせりである。
「ちぇっ!忘年会も兼ねてんのかー…。ケチくせー…。」
道場へ入って来た乱馬が、ふっと声を落した。
道場の壁に墨字で「クリスマス会 兼 忘年会」と書かれているのが目に入ったのだ。
「仕方ないじゃない…。二回も宴会をやるだけの財力が家にある訳ないんだからー。」
続いて入って来たあかねがそれに答えた。
「文句があるなら、乱馬は余所(よそ)へ行ったらどうだ?」
良牙が乱馬を制しながら頷く。
「誰も文句があるとは言ってねーだろ?で?あかね…まさかと思うが…てめーもかすみさんを手伝って料理を作っていたってことは…。」
「あら、ちゃんと作ったわよ。クリスマス特製料理。」
にっこりと微笑みながら、あかねは料理が並べられている中にぽっかりと開いた歪んだ空間を指差した。
その空間には、どす黒い岩のような物体が、ドンと乗っていた。そいつは料理には見えなかった。ただの有機物の黒い塊のように見えた。
「おい…。」
思わずたじっとなりながら後ろへと下がる乱馬に、あかねはにっこりとほほ笑んだ。
「遠慮しないで食べてねー。いっぱいあるからね。」
その言葉を受け、乱馬はフッと吐き出した。
「何がいっぱいあるからねー…だ。こーんなに材料を無駄にしやがって!てめーがいつもそんなだから、家計がひっ迫して、クリスマス会と忘年会が一緒になってんじゃねーのか?」
明らか、暴言である。
当然、乱馬の言葉にカチンときたあかねが真っ赤になって抗議する。
「何よ…あたしだってね…本気になれば料理くらい作れるのよ!食べもしないで文句言わないでよ!食べてから言ってよねっ!」
「いや、食わなくてもわかる!これは最早、料理の領域を通り越してるぜ!見た目にも、不気味じゃねーか!」
「見た目で判断しないでよねー!料理の真骨頂は味よっ!」
「見た目も料理のうちだ!何だ?この黒焦げの異様な匂いを放った物体はっ!」
「クリスマスチキンと野菜の盛り合わせよ!」
「これのどこがチキンなんでーっ!で、どこに野菜があるんでー。見事に全部、黒焦げじゃねーか!」
「ちょっと、こんがり焼き過ぎちゃったのよっ!野菜もちょっと火を通し過ぎただけよ!」
「どこがちょっとでいっ!チキンも野菜も原型とどめねーほど、真黒になっちまってるだろーがっ!炭の塊じゃねーかっ!」
「黒めの肉や野菜だっただけよっ!」
「あんなあ、黒い肉や野菜っつーたら、腐ってんじゃねーのかあ?肉ってのは赤いんじゃねーのかあ?黒い野菜なんて聞いたことねーぞ!」
「うるさいわねー、アボガドとかサトイモとかは、皮が黒いじゃないのっ!」
「アボガドとかサトイモは、皮ごと食うもんだったかあ?」
どんどん二人の論点はずれて行く。
「まあまあまあ…今日はイブだぜ?喧嘩は止そうぜ。折角あかねさんが、腕によりをかけて作ってくれた料理なんだろ?そこまでボロクソ言うんじゃねーよ、乱馬っ!」
止めどなく口論が続く乱馬とあかねの間に割り入って、良牙が取りなしにかかった。
ごく、良識のある言葉で止めに入ったのだ。
「そーよ、そーよ。良牙君の言うとおりよ!腕によりをかけて作ったんですからねっ!」
あかねが深く頷いて乱馬を睨んだ。
「じゃあ、良牙。てめーはこの物体が食えるのかよーっ!」
乱馬はギョロ目で良牙を見返した。
「食べてくれるわよねえー。良牙君なら。」
そう言いながら、あかねは、自分の作った料理の皿を良牙へと手向ける。
黒く盛り上がった物体。あかね曰く「クリスマスチキンと野菜の盛り合わせ」。そいつを目の前に差しだされた。見た目にも黒い料理が盛られている。いや、それだけならまだしも、鼻先に漂うのは、その料理から発せられる、何とも表現し難い「臭気」だった。
お世辞にも、美味しそうだとは言えない…香りと見た目…。
「……。」
さすがの良牙も、その臭気と見た目に、ウグッとなって口を結んだ。
「食べてくれるわよね?」
あかねは懇願するような円らな瞳で、良牙を覗き見た。
その声に我に返った良牙。
「ああ…も、勿論です、あかねさん。乾杯が終わったら、真っ先に俺が食べますよ。」
愛想笑いをあかねへと手向ける。
「乾杯の前でも、遠慮なく食いやがれーっ!」
乱馬はおもむろにフォークを手にすると、ザクッと料理に突き刺し、返す手でそのまま、良牙への口へと、物体を放り込んだからたまらない。唐突だったので避けることもできず、フォークの先は良牙の口へと差し込まれてしまった。
「あ…が…。」
哀れ良牙は、フォークを口に差し込まれたまま、白目を剥いて固まってしまった。
まさに、立ち往生。吐き出すこともできず、瞬時に凍りつく。
「ほらみろ…。言わんこっちゃねえー。良牙の奴、固まっちまったぜ。」
乱馬は得意顔であかねを見返す。
「あたしの料理の腕に感激して、口がきけないだけよ。」
とあかねは切り返した。
「おめーの料理にのされちまったんだよ。」
また言いあいを始めそうな、乱馬とあかねを促すように、天道司令がマイクを傾け声を出した。司令は隊員服に鼻眼鏡をかけ、頭に三角帽子をかぶって登場した。
「えー、静粛に静粛に。」
天道司令は、こほん、と一つ咳払いをしながら、隊員たちの様子を伺う。
いよいよ、クリスマス会兼忘年会の始まりの合図か…。
居並ぶ乱馬たち隊員は、そわそわと開始の号令を待ち構え、傍にあった紙コップへと手を伸ばそうとした。
と、その時だった。
クリスマスツリーの天辺に、ダビデの星のように取りつけられていた「パトランプ」が急に赤々と回り始めた。同時に鳴り響く、警報音。
『緊急指令発動!緊急指令発動!三丁目Hポイントに大挙として、キャロット軍団現る!着ぐるみ戦隊、発動せよ!繰り返す、街中に大挙として、キャロット軍団現る!着ぐるみ戦隊、発動せよ!』
アナウンスの声に、やる気満々で勢ぞろいしていた着ぐるみ隊員たちが、思いっきり、しかめっ面の表情を手向けたのは言うまでもない。
「ええええー!出動だってえ?」
乱馬が真っ先に脱力の声を出した。
「やだー、これからだったのにぃー。」
あかねも拍子抜けした言葉を発する。
「ま、仕方ないんじゃない?うちの方針は任務優先でしょ?」
なびきは、ふうっと溜め息を吐くと、すぐさま、任務モードを切り替えたようだ。
「てめーはいいよな…。非戦闘要員だし…留守番してたら良いからよー。」
乱馬はチラッとなびきを見た。
「仕方ないでしょ?あたしは格闘やってないんだから…。ちゃんと指令室から的確な指示を出すから文句ないでしょ?」
となびきは切り返した。
「おい、なびき…てめー、どさくさに紛れて……何、手に持ってやがる?」
乱馬がなびきへと声をかけた。なびきは、料理が盛られた皿が一つ手にしていた。
「いーじゃない、一皿くらい。そんなにケチくさいこと言わないでよ。」
と詭弁で突っかかって来る。特に悪びれる様子もない。つまみ食いして何が悪いのという口ぶりだった。
「てめーなあ…俺たち戦闘要員は飲まず食わずでこれから戦いに出るんだぜっ!」
「そーよ!お姉ちゃんだけずるいわー!」
「あら、あたしだけじゃないわよ…。ほら…。」
なびきはちゃきっと横を指差した。彼女の差した先では、パンダと天道司令官が皿の料理を食い始めているではないか。
「てめーら…。」
ぎゅうっと拳を握りしめる乱馬の背後に立ったかすみが、にっこりとほほ笑みかけた。
「大丈夫よ。ちゃんと乱馬君たちの分はとっておくから。安心して出動してらっしゃい。」
かすみに菩薩の微笑みで迫られると、あからさまな強硬手段に出る訳もいくまい。
「お父さんたちわかっていると思いますけど…。これ以上のつまみ食いはダメですよ。パーティは乱馬君たちが帰って来てからですからねー。」
とにっこりと天道司令とパンダ親父に向かって、これまた微笑みかけた。
「そうですよ。あなた。これ以上食べたら、つまみ食いではなくて、本食いになりますわ。」
かすみの後ろにはのどかが日本刀を持って、微笑みかけている。無論、目は笑って居ない。
二人の行状によっては、日本刀を鞘から抜かんばかりの気合いがのどかの周りに漂っている。
ギョッとした天道司令とパンダ親父は、さっと皿から離れた。
「いや…あまりに御馳走が美味しそうだったから…。あは…あはは。」
『あとは我慢するよ〜ん。』
「かすみさん…ちゃんと見張っておいてくださいよ…。これ以上食ったら、明日の太陽は拝めねえと思えよ…親父たち。っと…、さっさと片付けて、パーティーしようぜ…ほら、ぼやぼやしてねーで、行くぜっ!あかね。」
と言い置くと、そのまま軽やかに、天道道場…、もとい、秘密基地を飛び出して行った。
「行ってらっしゃいー。二人とも、頑張ってねー。」
かすみがヒラヒラとハンカチを振りながら二人を見送る。その傍で、完全に置いてけぼりを食った良牙がフォークを咥えて突っ立ったまま、白目を剥いて気絶していた。
★★★
空には星がさんざめいていた。
今夜は、セイント聖夜。(決して聖也ではない。)
キリスト教徒でなくても、わくわく、ドキドキの特別な夜だ。
その闇にまぎれて、暗躍する「悪の総合商社・キャロットカンパニー」の連中。
そう、聖夜は欲望が渦巻く聖夜は、キャロットカンパニーにとって、またとない書き入れ時だ。悪の首謀者、権化の塊のキャロットカンパニーがクリスマスイブを厳粛に過ごす訳など無い。
輝き始めた夜空の星の下、乱馬とあかねは三丁目に向かって走り出していた。
もう一人の戦闘員、響良牙を置いて来てしまったことも気に留めず、懸命に走っていた。
「で?キャロットカンパニーの連中は、どこへ出現しやがったんだ?」
乱馬はあかねへと問いかけた。
あかねはさっと、最近支給された「スマートフォン型通信端末をさっと胸の谷間から取り出した。ピンクのうさぎケースで可愛らしくコーディネイトされた端末機を、乱馬へと手渡した。
ほんのりと、あかねの体温で温もっているのは気のせいではあるまい。
「おまえ…何てところに通信機を入れてるんだよ…。」
ボソッと思わず吐き出した乱馬だった。
「だって、この服、ポケットが無いんだもん。だからこうやって首からかけてー、ブラの中に挟んでたのよ。」
と、さらっと言う。
そう、あかねはパーティー用に少しおしゃれなピンクのワンピース姿だったのだ。それをそのままコートも着ないで駆けている姿は、少し回りから浮いていた。
「それより、見て。ここに向かって奴らは集結しているわ。」
あかねが指差した液晶画面。そこには三丁目の地図が映し出されていた。
「ここって、何があんだ?」
乱馬はあかねへと問いかけた。
「えっと…Hポイントには…確か、天満宮よ。」
「天満宮?って、菅原道真公を祀った神社…のことか?」
乱馬はあかねへと問いかけた。
「ええ…そうよ。」
「何で、キャロットカンパニーの連中はそんなところへ向かってんだ?」
「多分、クリスマスパーティーへ乱入する気ね。」
「あん?神社ってキリストと関係あったっけ?」
クレッションマーク全開で乱馬はあかねへと問いかけた。
「この神社の社務所の横にさあ、自治会館があってね、イブにはこの辺りの子供会が合同でクリスマス会をやるのよ。」
「神社でクリスマス会かあ?」
「ええ…。あたしも子供のころに参加したことあるわよー。結構楽しいのよー。プレゼントの交換会とかビンゴゲームとかあってさー。」
「そうなのか…。でも、それとキャロットカンパニーの連中がどう関係するんだ?」
「キャロットカンパニーの主たる活動目的って、負のエネルギーでしょ?」
「ああ…。だから、人の嫌がることや悲しむことをやりまくって、被害にあった人間から、負のエネルギーをかき集める…それが奴らの目的だったな。…そっか、クリスマス会を襲って、子供の純粋な心を悲しみで満たして、負のエネルギーを集めようとしているのかっ!」
「さえてるじゃん。乱馬ー。多分、そう思うわ。子供なら勝てるって思ってるのよ、きっと…。」
「良い子の敵、キャロットカンパニーめっ!」
「そうね、あたしたちもクリスマス会兼忘年会のお預けを食らっちゃったし…レッツ、ウップン晴らし、ゴー!よ。」
「だな…。ちゃきちゃき片付けないと、イブは終わっちまうよな!…でも、そういえば…良牙の奴はどうした?付いて来てるか?」
「あれ?…そういえば、いないわね…良牙君。」
「たく…あの方向音痴め…。迷ってやがんな…。」
あかねの不可思議な料理を食べたせいで、そのまま目をヒンむいて固まった良牙のことなど、ケロッと忘れている、乱馬とあかねだった。
この場に良牙が居ないのは、方向音痴の彼がいつもいのように道に迷ったせいだと思っていた。
「ほら、あかね、あれを見ろ。」
乱馬ははたと足を止めて、物影へと潜んだ。
「あれは…。」
子供たちが楽しくクリスマス会を楽しんでいる神社の脇の自治会館。その周りを、不気味な影が取り囲んでいるのが見えた。
「キャロットカンパニーの連中に違いないわ。」
あかねが頷いた。
「この際、この場に居ない良牙のことはほっておいて…。っと、あかね、変身だっ!」
勢い込んで、変身を促したあかねに、
「待って!」
とあかねは合いの手を入れた。
「あん?待てだと?さっさと悪者たちをやっつけねーと、クリスマスパーティ兼忘年会は始まらねえーぜ!」
怪訝な顔で乱馬があかねへときびすを返した。
「だって…今夜は特別バージョンの変身スーツだって…なびきお姉ちゃんからいつもとは違う変身ツールを預かって来たんだけど…。」
「特別バージョンの変身だって?」
「ええ…。クリスマスイブバージョンなんだって。…えっと、変身装置、どこへしまったっけ…。」
あかねはまた、もそもそと胸元を探りだした。
その仕草を、ドキドキしながら見守る乱馬。
見えそうで見えない、見えなさそうで見えそうな胸の谷間へと視線が吸い込まれていく。男子たるものの本能の成せる技であった。
と、その時だった。
「ケケケケケ、嬢ちゃん、坊ちゃん、クリスマスイブにデートかい?」
「いいわよねえ…。恋人同士?」
「きいいいっ!私たちにはイブに一緒に過ごしてくれる素敵な異性が居ないっていうのに…。」
「俺たちにも楽しいクリスマスを分けて貰えないかい?貴様たちの負のエネルギーで…。」
物影からたくさんの人影が現われ、みるみるうちに二人は囲まれてしまった。
いずれも、風体の上がらない、男子と女子の集団だ。風体から察するに、クリスマスイブを一人で過ごす、残念な男女たちの集団のようだった。
「おい…。俺たちって、いつから恋人になったっけ?」
乱馬はぼそぼそっとあかねに話しかける。
「恋人じゃないわよね…あたしたち…。」
あかねがそれに答えた。
「すっとボケてんじゃないわよッ!おさげ男子はそこの女子の胸元を嬉しそうに覗いてたじゃないのっ!」
ぬぼっと暗い影のある女が進み出て来て、乱馬の方へと指を差した。
「乱馬…覗いてたの?」
あかねの顔色が変わった。
「え…?あ…いや…、の、覗いてなんかいねーぞ…。」
たじっとなりながら、乱馬が否定に走った。
「サイテーっ!」
あかねの投げた言葉に、いつものように反応してしまった乱馬。
「何がサイテーだよ…。おめーが悪いんだろ…。胸の中に変身グッズを隠すからだろ?」
「やっぱり、覗いてたのね?スケベっ!」
「うるせー、男は皆スケベだっ!」
最早、二人、何を口走っているか、わからない。いつもの、痴話喧嘩モードへと転化する。
「ふふふ…。喧嘩なさい。その負のエネルギーを、我らが貰い受けるわ!それっ!」
周りを取り囲んでいた、独り者の男女軍団が、いきなり二人へと襲いかかって来た。
「おいっ!あかねっ!喧嘩やってる場合じゃねえっ!見ろッ!こいつらっ!」
「キャロットカンパニーの社員たちだったのねっ!」
「ケケケ!我らはキャロットカンパニーの残念な独り者の精鋭軍団だっ!カップルの負のエネルギーを我らが手にっ!」
キャロット残念な独り者精鋭軍団の構成員たちは、それぞれ、手にしていた負のエネルギー吸引装置、もとい、電池式掃除機を片手に、二人に襲いかかる。
「くそっ!このままじゃ、奴ら思う壺だっ!早く変身しねーと…。」
「ダメよっ!こんなにたくさん人がいたんじゃ、恥ずかしくて胸に手を突っ込めないわっ!」
「わかった…俺があいつらを惹きつける。その間に、早く、胸から装置を取り出せっ!」
そう言い放つと、乱馬はダッと一歩前へと駆け出した。
「けっ!あかねには一指もふれさせねえー。先に俺を倒してみやがれーっ!」
「ふん!ナイトきどりかい?ぼうやっ!」
「お望み通り、オタクから先に倒してやろう!」
「俺はオタクじゃねーっ!」
訳のわからぬ突っ込みを入れながら、乱馬は動き出した。
素でもそこそこ強い乱馬だ。ひょろいオタク青年や残念娘を次々に倒したが、いかんせん、軍団だというだけあって、相手は無限にどこからともなく湧いて来る。手に掃除機を持ち、それで乱馬の負のエネルギーを吸おうと懸命に襲い来る。
「畜生…このままじゃ…。あかねっ!まだか取り出せねーか?…って…おめー、その格好っ!」
あかねを見やって、素っ頓狂な声を挙げた。
「何て格好してんだーっ!」
あろうことか、胸元のボタンが外れ、ばっくりと下に来ていたランジェリーが丸見えになっているではないか。
あかねが着用していたのは、レースのふりふりのランジェリーとチラリと見える胸の谷間が眩しいブラジャーだ!
おおおっ!と男子たちの溜め息が漏れ、一瞬、彼らの動きが止まった。その隙をついて、あかねは乱馬の元へと駆けよった。
「待たせたわねっ!乱馬、特別バージョン変身装置よっ!」
そう言いながら、あかねは、大きく開いた、胸元から変身装置を取り出した。
取り出した物は、☆型がつけられているド派手なバトンステッキだった。魔法使いになりたがる、女の子ちゃんたちが持つようなオモチャのステッキだ。
「おい…。それが…変身装置なのか?」
思わず背中越しに聞き返していた。
「ええそうよ。武器にもなるんだって。あ、ちゃんと、乱馬の分もあるからね。」
「まさか、そいつを俺にも使えっていうんじゃねーだろーな…。」
「当り前じゃないの…。えっと、こうやって、スイッチを入れて…。」
あかねがおもむろにスイッチを入れると、キュロキュロと音をたてながら、☆がチカチカと回り始めた。
「あいらーぶ☆クマッスマースッ…って叫ぶのよ!」
「おいっ!合い言葉は、『あいらーぶ☆ででぃべあ!』じゃねーのか?」
「だから、言ったでしょ?クリスマスバージョンだってっ!クマッスマスよっ!小さい「ツ」と「マース」って伸ばすのを忘れちゃダメっ!それから決めポーズはこうやってほっぺに人差指を当てるのよ、ぶりっ子風に。」
ダメだしまでしてくるあかね。
「で、できるかーっ!そんなぶりっ子ポーズっ!」
思わず、乱馬の声がうわずっていた。
言いあっている二人を、見詰めながら、キャロット残念社員たちは、襲いかかる機会をすっかりと失っていた。一体全体、このカップルは子供のおもちゃを片手に、何をやっているのか…理解不能に陥っていたのだ。
この二人は、ただのバカップルに違いない…そういう危惧を彼らは感じ始めていた。
迂闊(うかつ)に襲いかかって、変なエネルギーを掃除機に吸いこんだら大変だと思ったからだ。欲しいのはカップルの負のエネルギーであって、決して変なエネルギーでは無い。
「いいから、早く変身よっ!いつまで経っても、クリスマス会兼忘年会ができないわよーっ!お父さんたちに豪華料理を食べつくされちゃっても良いの?」
「そんなのは嫌だーっ!」
「だったら、行くわよっ!合い言葉は?」
「あいらーぶ☆クマッスマースッ!」
やけのやんぱち、乱馬は大声で叫んでいた。そして、ほっぺに人差指を当て、決めポーズを嫌厭(いやいや)取った。
と、バトンステッキの先についていた☆型が、声に反応してキラキラと輝き始めた。
キラキラと眩いばかりの光に、一瞬のうちに二人は包まれた。
「き、貴様たちはっ!」
「ただのバカップルではなかったのか?」
「筋金入りのバカップル?」
驚きの声がそこここから湧きおこる。
「バカップルじゃねーっ!」
「そーよっ!あたしたちは…良い子の味方、着ぐるみ戦隊、着ぐるみレッドと着ぐるみホワイトよっ!」
乱馬は真っ赤なサンタの帽子をかぶったクマの着ぐるみ、あかねは白いサンタ衣装を着たウサギの着ぐるみに変身していた。
「ぬぬぬ…貴様らが…。」
「我らが宿敵、着ぐるみ戦隊だったのかーっ!」
「そういうことだっ!覚悟しなっ!」
「子供たちのクリスマス会には乱入させないわっ!」
着ぐるみに変身してしまえば、天下無敵。
あれよあれよという間に、キャロットカンパニーの残念社員たちを沈めていった。
後編へつづく…ってか、思いのほか長くなっちまった〜い
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