ACT.2 デートの約束と許婚
その子と同化しするとき、あたしは沈める彼女の意識に少しだけ話し掛けた。
それは、あたしたち浮遊霊だけが使う伝達媒体だとわかったのはあたしが昇天してからのことだったけれど。
(あなたの身体を一日だけあたしに貸して頂戴・・・。決して悪いようには使わないから・・・。あたしが十六年という命の中で、果たせなかった普通の少女の夢を、一日だけ実現させてみたいの。お願い・・・。あたしと同じ名前のあなた・・・。あかね・・・。)
抵抗されると思ったわ。
だってそうでしょ?訳のわからない浮遊霊が憑依してくるんですもの・・・。反対の立場だったら絶対だったら願い下げかな。
ところが、彼女の意識は一瞬戸惑ったけれど、沈める前にあたしが与えた存命中のイメージを瞬時に理解したのか、すっとあたしを受け入れてしまった。後で死神銀次郎に聴いたけれど、この天道あかねって女の子、あたしと波長が物凄くあってしまったらしいの。同じ気質を持っていたと言った方がいいのかな。類は友を呼ぶっていうのかな。だって、偶然だったけれど、あたしと同じ名前の少女だったんですもの・・・。
あたしはすいっと彼女の意識と入れ替わったの。
でも、入れ替わった時に、ちょっと注意が散漫になってしまって、彼女の足を道路と道路の継ぎ目のブロックの出っ張りに引っ掛けてしまった。当然身体は傾いたわ。ぐらっときて、前へとつんのめったの。あおれはあたしが病弱で速く歩くことに慣れていなかったせいなのかもしれない。
「きゃっ!」
小さな悲鳴を上げた時、彼の逞しい腕があたしを支えてくれた。
ドキンッ!
心臓が一瞬だけ高鳴った。
はっとして振り向くと、
「しょうがえね奴だな・・・。待ってって言ってるのに、どんどん勝手に前に行くからだよ・・・。」
おさげの男の子の顔がすぐ後ろにあった。
「ばーか・・・。」
男の子は付け加えた。憎まれ口のようにぽそっと言った。
意識は支配したけれど、あたしは彼とこの子の関係まではすぐに理解するには至っていなかった。
(ひょっとして、この子はおさげの子に好意を持ってるのかな・・・。)
それくらいはわかったけれど、それ以上はさっぱりだった。
あたしは、そのまま無言で歩き出す。
「こら、そっちじゃねえだろ・・・。ボケんなよ・・・。家はこっちだぜ・・・。」
おさげの子はあたしに話し掛けてくる。
「送ってくれるの?」
あたしはばつ悪そうに吐き出していた。
「あん?何寝ぼけてんだよっ!!」
男の子は怒ったように、あたしをじっと見た。それからぷいっと顔を背けた。
(違うの?送って行ってくれるんじゃ・・・。)
内心あたしは焦ったが、
「ほら・・・。みんなが心配するぜ・・・。まだ、お使いから帰らないのかってさ・・・。たく・・・。小さいことに目くじら立てやがって・・・。こっちだっていろいろ事情があるって言ってるだろ?・・・。ま、いいや・・・。早く帰ろう・・・。」
何が何だかわからなかったが、彼と一緒に歩いていれば、この子の家には辿り着けるのだろう。あたしは無言で彼に従って歩きだした。
「なあ・・・。いい加減に機嫌直せって言ってんだよ・・・。」
前を行くおさげの子はあたしにぼそっと話かけてきた。
喧嘩でもしてるのかな・・・。
事情が良く飲み込めていないあたしは、黙って後ろを歩くしかなかった。
「たく・・・。ずっと黙り込んで・・・。おめえらしくねえ・・・。」
ふーっと苛立った溜息が聞こえてきた。
そんなことを言われても、あなたたちの事情を知らないあたしには何て答えたらいいのか。
「ほら・・・。」
そう言うと、前を行く男の子はあたしに何か紙切れを差し出した。
「言っとくけどな・・・。その・・・。何だ。べ、別に気を遣ったわけじゃねえぞ・・・。さっき、東風先生に貰ったんだ。期限が明日までだからその・・・。」
テーマパークの入園チケットだった。
「TOKYO・デニーランドナイターパスポート」
そう書いてあった。
あたしは飛び上がるほど歓声を挙げたいのを、じっと堪えるのが大変だった。
だって、デニーランドと言えば、憧れのデートスポットじゃない。話だけにしか聞いたことはない。テレビだったら何度も見たけれど、勿論、病弱だったあたしは一度も足を踏み入れたことがない別天地だった。
「で、返事はどうなんだよ・・・。」
「え?」
あたしがずっと感激に浸って言葉を発しなかったのを訝しがってか、彼はぶすっとした表情で回答を求めてきた。
「いいわ、行く。行ってあげるっ!」
そう無愛想に言い返しながらも、本当はあたしは天まで昇る気持ちだった。だって、夢にまで見たデニーランド。そこへ連れて行って貰えるだけで、充分この子に乗り移った甲斐があるってものだもの。
「ちぇっ!もう少し言い様がねえのかよ・・・。相変らず、可愛くねえ・・・。ちゃんと日付指定のだからな・・・。あり難く思えよ・・・。約束だったから・・・。」
あたしの言い方に疳が触ったのか、彼はふうっと息を吐き出した。
「約束?」
あたしの心はビクンと反応する。
「チケットはおめえも一枚持っておきな・・それから、みんなには内緒だぜ・・・。またややこしいことに巻き込まれるのは嫌だからな・・・。」
彼はあたしに言い含めた。何か複雑な関係なのかしら?
「待ち合わせは・・・。練馬駅の改札に午後三時だ。ナイターだから入場は四時からだからな・・・。」
なんだかわくわくするな。秘密のデートってわけなのかな・・・。
「うん・・・。分かった。」
そう言って角を曲がると、大きな門が見えた。
ここが彼女の家だということはすぐに分かった。だって「天道道場」という看板がどんと立っていたから。
「さて・・・。腹減ったな・・・。」
彼はにっと笑って先に門を潜っていった。
(え?なんで、あんたまで一緒に門を入るの?ここまで送って来てくれただけじゃないの?)
「早く来いよっ!あかねっ!!」
引き戸の向こうで彼の声がした。
家に入ると、にこにこと二人の女性があたしたちを迎えた。
「ありがとう・・・。お使い。で、東風先生はどうだった?」
「元気そうだったぜ・・・。はい・・・。かすみさんにって本を預かってきた。」
そう言うと彼は紙袋を差し出した。
「ありがとう、乱馬くん。あらら、あかねちゃん、どうしたの?入口で突っ立ってないで早く上がりなさいな。」
「何呆けてるんだよ・・・。ほら、早く。」
あたしは訳がわからなかっただけだ。なんで、この少年が一緒に入ったのか。
「乱馬、どうしてここに居るの?」
あたしはさっき目の前のかすみという女性が口にした名前を使って問い掛けてみる。
「はあん?何だ?熱でもあんのか?今更何言ってんだよ・・・。」
乱馬は怪訝にあたしを見た。
「じ、冗談よっ!ははは・・・。」
あたしは笑って誤魔化した。こういう場合は笑うに限る。
茶の間に入ると、人の多さに驚いた。この家には何人住んでいるのだろう?何より驚いたのは、パンダがどんとさも当たり前のように座っていることだ。それもパンダは人間よろしく、隣の男性と嬉しそうに杯を交わしている。
パンダってお酒を飲んだっけ。いや、パンダって日本家屋にペットとして飼えたのだっけ?
平然と、皆はパンダが居てもそのまま席についている。
「さあ、ご飯よ。」
食卓は賑やかだった。さっきのかすみさんと、それからもう一人、あたしと同じくらいの年頃の女の子。そして着物の女性と髪の長いおじさんと小さなお爺さん。そしてパンダと乱馬。
「いっただきま〜す。」
元気な声を出して、乱馬はあたしの隣でご飯にがっついていた。
不思議な家だな・・・。
それが天道家に対するあたしの最初の正直な第一印象だった。
「ねえ、あかね。どうしたのさっきから覇気がないけど・・・。ははーん。また、乱馬君と喧嘩でもしたかな?」
年恰好が同じの少女があたしに話し掛けてきた。
「ううん・・・。別に。」
あたしは懸命に答えた。この少女の鋭い瞳は、あたしを少し怯えさせた。鷹のような鋭い視線。
「放課後、また乱馬くんがあの子たちに絡まれて立ち往生してるから、てっきり機嫌損ねてたと思ったけど・・・。乱馬くん・・・。何かマジックでも使ったかな?」
うぶっと隣でむせこんだ乱馬。
「たく・・・。つまらねえ詮索なんかすんなよっ!なびきっ!!」
ご飯粒を吐き出しながらそう答えた。
あたしはまだなんで彼がここに居るのかわからなかった。どうやら今までのやりとりから兄妹ではないことはわかっていたが、恋人という訳でもないようだ。兄妹でもないのに何故ここに居るのだろう。
「まあ、いいわ。で、あんたたち・・・。明日はどうするの?クリスマスイブ・・・。」
クリスマスイブ・・・。
そうだった。ずっと危篤状態が続いていたからそんなこと全く忘れていた。ということはさっきのチケット・・・。あたしは少し顔が赤らんだ。あらぬ想像をしてしまったからだ。
やっぱり、特別な日に特上のデートスポットのデイパスポート。ということはこの二人・・・。
「ふうん・・・。やっぱ、特別な約束つきかあ・・・。」
なびきはあたしを見ながらにやっと笑う。
「おーっ!乱馬くんっ!!そっか・・・。あかねとデートかあっ!よろしいっ!実によろしいっ!」
目の前のおじさんはにこにこしている。
「よっ!ご両人っ!!」
いきなりパンダが看板にマジックで文字を書いて踊りだす。
「外泊してきたっていいからねっ!!」
な、何てことを言い出すんだとあたしはおじさんを見上げた。
「お、お父さんっ!いくら許婚でもまだ二人は高校生なのよっ!」
「あ〜、おねーちゃんって考え古いんだぁ・・・。」
『許婚』
この聴き慣れぬ言葉は、あたしの頭の中にグンと迫ってきた。
「たく・・てめえらで勝手に決めた許婚だろうが・・・。」
隣で乱馬が吐き出したのをあたしは聞き逃さなかった。
(なんだか複雑そうね・・・。でも、面白い!)
むくむくと好奇心が湧き立ってくる。許婚なら、同じ屋根の下にいることもぼんやりとだが頷ける。
彼がどう思っているかはわからないが、あたしには感じる。あたしが沈めたこの身体の主は、彼を慕っている。
彼の言葉に押し込んだ心は敏感に反応している。ちょっと寂しそうな痛みが心に走った。
(恋の橋渡ししてみるのも面白いかな・・・。)
その時のあたしは完全に舞い上がっていて、要らぬ計略を持ってしまっていた。
彼の気持ちを確かめるのもまた、一興かと。
(わざわざ、チケットを用意して渡したんだもの・・・。彼が全く無関心じゃないことは確かよね・・・。この際だから楽しんじゃおっと!!)
そんなことを思っていた。
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(c)2003 Ichinose Keiko