◇燈籠流 ・ 4 貴女
凛子さま作


あかねがバタバタと道場へ戻ってきた。

「お待たせ!乱馬!」
あかねの勢いにあっけに取られている乱馬をよそ目に、抱えていた服を床へ放っていく。
「お前・・・何やってんだよ」
「えっ?何って・・・雑巾にしようと思って!いい考えでしょ☆」

明るく輝きを取り戻した瞳は、道着へと移されていく・・・一瞬の沈黙の後、それを床へと近づけていく。
ゆっくりと、いたわるような仕草で・・・。

「ちょっと待て!!」
あかねのその仕草に、悲しみを理解すると、乱馬はあかねを制し、昔の自室へ走っていった。
『どうしたのかしら・・・』

『あかねの大事な服掃除に使えるわけねーだろ あのバカ野郎っ!!』


乱馬は自室の大だんすの引き出しをいくらか乱暴にあけて、着るという仕事をしていなかった服を、無理矢理引っ張り出す。
まだ洗いたての匂いが残っていた。


「よし!始めっとすっか!」
ひらりと舞い込んできた乱馬は、風のように軽やかだった。
「ええ!」



「あ゛―やっと終わったぜ。」
「ごくろうさま。」
あかねがねぎらいの言葉を持って戻ってきた。
結局、道場の破損処理までやることになって、神棚を取り付けているとき、あかねは汚れた服を片付け
に行くついでにお茶を入れてくると、台所へ行ったのだった。

「ごめんね。お茶っ葉どこにあるかわかんなくって」
乱馬は内心ほっとしていた。
「気にすんなよ。さっさと片付けちまおーぜ!!」
「そうね!」

かなづちと釘の残りを拾って、二人は道場を後にした。そこから見える母屋は、何か寂しげな空気を漂わせていた。

「乱馬・・・学校へは・・・行っていたの?」
突然灰色の声がする。さきほどの元気が偽りだったのかと思わせるほどに・・・。
「あかね?お前・・・行かなかったのか!?学校・・・。」
「じゃあ・・・乱馬も行ってなかったのね。
・・・久しぶりにここへ来てね。びっくりしたわ。だって“うっちゃん”も“猫飯店”も無くなってるんですもの。」
事情を少し知っていた乱馬は、あかねに出来るだけ分かりやすく伝えた。まず、自分の姿が見えなくな
って、商売も出来る状態ではないから、ここを引き上げて皆故郷へ帰って行ったと。
あかねは軽くうなずいて、「そう。」と返事をした。

障子を締め切ったあの惨劇の場所を見ることを、極力避けて、二人は渡り廊下から庭へと足を運ばせた。

「あっ見て乱馬!ビワの実がなってるわ。」
あかねの目の先には、実をたわわに実らせたびわの木が一本立っている。昔と同じ場所に・・・。
「ん?あの木だよな。ちょっと待ってな!」
乱馬はあかねにかなづちと釘を持たせて、ヒョイヒョイと木に登って行った。

「乱馬!?」
「で!?」

・・・バシャ――ン

「っクッソー冷てー。またやっちまったぜ」
乱馬より一回り小柄で、あかねと同じくらいの背丈だった女の子が、水の中から顔を出した。その甲高い声と、愛らしい顔は、あの頃とどこも変わっていない。申し訳なさそうな目であかねを見詰めている。
あかねはそんなこと気にしてないよ。という風に、ニコッと笑って、
「お風呂、沸かさなくちゃね」
「・・・え?」
パタパタと縁側から風呂場へ駆けていくあかねに、あっけをとられたらんまは、そのまま見送ってしまった。
「あかね・・・。」


らんまも風呂場へ着くと、何か考え事をしたあかねの後ろ姿があった。

「ねぇ、らんま。お水・・・でるかしら。」
あまりにも基本的な質問に肩の力が抜けそうになる。
「やってみなくちゃわかんねーぜっ」
確かに水道料金も払っていないわけだし、その可能性はあったが、らんまは蛇口へ手を伸ばす。
キュッキュッ・・・―――。

「やっぱり駄目かしら。」
少し待っても反応が無い。半ば二人もあきらめていると、勢い良く、蛇口から出た水が風呂釜を叩いた。
「わあっ 大丈夫みたいね!らんま。うち、地下水も引いてたのかしら。でもいいわ。水が使えるならお洗濯も出来るし。」

暫らく二人は流れ落ちる水を眺めていた。何も考えずに・・・ずっと。
ふとやはらかい風が吹いてくる。

「あらっ・・・。窓が開いてる」
「もしかしてずっと開いてたのか?」
「えっ?」
らんまは風呂釜の淵に器用に飛び乗って、窓に手をかけたのだが、あの地震のせいで枠がゆがみ、閉まらなくなっていた。

「閉まんねーのか。なーんでい」
「そう、じゃあ仕方ないわね・・・。あっそうだわ!ガスっガスも見てちょうだいっ」
「ん?ちょっと待ってろよ、あかね。」
らんまはそのまま窓から半身を乗り出し、備え付けのLPガスのボンベを持ち上げる。中身は充分といったところで、ずっしりと重かった。
「どう?らんま。」
「うん。大丈夫だな。ガスつけてみろよ」らんまはひょいっとタイルの上に着地した。
「ええ。」

――カチッ

「点いたわ!それにしても・・・古いお風呂よねぇ・・・。あっお洗濯!」
思い出したように脱衣所へ行き、さっきの服の山を洗濯機に放り込む。

「あっ俺夕飯の買い物行ってきてやるよ!この辺も・・・随分変わっちまったかんな。」
「そうね。ありがとう。」

あかねは笑顔でらんまを見送った。その間に洗濯を済ませてしまおうと、また洗濯機に向き直る。・・・
『あ。電気、つかないんだわ。しかたない、洗濯板。どこかに閉まってあるはずだわ。』


あかねは台所の勝手口へ探し物をしに足を運んだ・・・。



 to be continued・・・




STAY掲載〜2002年8月「呪泉洞」移転作品

気になっていた続きをまた継続できる嬉しさ♪
(一之瀬けいこ)


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