◇修学旅行・韓国へ行こう  その3
しょーすけさま作


風林館高校的修学旅行in 韓国、二日目。本日のスケジュールを箇条書きで示しておこう。
1.まずはホテル内で朝食。ちなみにバイキング形式。
2.朝食後にホテルをチェックアウト。ソウル市内のとある公立高校を訪ね、国際交流を交わす。
3.その高校にてサッカー部による日韓親善試合を観戦。
4.高校を出立。大型アミューズメントパーク・ロッテワールドへ向かう。
5.フリーパスで夜まで遊ぶ。
6.二つめのホテルに泊まり、就寝。

「それで何がどーなったのよ?この二人、いつの間にか仲良くなっちゃって。」
一行は朝食を終えてバスで次なる目的地へ移動中。乱馬・あかねが並んで座っているその真後ろで、さゆりがゆかに話しかけた。
「それがね、昨日の博物館で何かあったみたいなのよ。見たって人によるとね…」
「へぇ〜あかねも乱馬くんも、ちょっと目を離したスキにこれだもんねぇー。ちゃんと見張ってなきゃだわ。」
「聞こえてるぜ。」
後方の二人の会話に首を突っ込む乱馬。昨日の博物館での一件で、無事仲直りをしたまではよかった。しかし屋根から下に降りたところを広報部にばっちり目撃されたらしく、早速ウワサが回っているのだった。屋根の上でどんなやりとりがあったかに関しては誰も見ていないゆえにいくらかの説が生まれていた。
 こんっ
右後ろの方から乱馬めがけてキャラメルがふたつ飛んでくる。見るとそこには「聞いたぞこいつぅ〜」と言わんばかりのニヤけ顔のひろし・大介が。
「ったくどいつもこいつも…」
「少しの間の辛抱よ。いちいち気にしない方がいいんじゃない?」
確かに私事が噂になってしまうのは気味のいい事とは言い切れない。かつて乱馬だけが冷やかしの的になるような騒ぎ事もあったかと思うが、そういうのは特殊。そして乱馬はこういう空気がとにかく苦手。けっ!とふてくされて足を組みながら投げつけられたキャラメルを口に入れる。
「あ…一個いる?」
手元に残ったもうひとつのキャラメルをあかねにすすめる。
「うん、ありがと。」
さりげなく出てきた響きのよい言葉に一瞬動きが止まる乱馬。間をおいてそれが渡される様子を、同列右側五寸釘の隣から久遠寺右京が横目で見ていた。
「(っとにウチがちょっと目を離したスキにこれやもんな〜、あかねもやりよるわ…。乱ちゃんも乱ちゃんや。ずっと見張ってたはずやのにふっと消えてもて。透明人間になる道具でも使ったんやろか。)」
「彼はずっとボクの傍にいたんですよ。」
偶然右京の隣に座った五寸釘が口を開く。
「それが、博物館をひととおり見終わるとどこかへ行って、帰る時にはあかねさんと…早乙女のばかが…早乙女のばかが…早乙女のば…!」
 ごりゅっ!
「乱ちゃんの悪口ゆーな!」
右京のげんこつが五寸釘を襲う。
「きっとまたあかねに振り回されてるに決まっとる。乱ちゃんは優しすぎるんや。うちがなんとかせんと…」
「…聞こえてるってのに。」
バスの中で同じ列、幅1m程の通路以外に遮るものがないというのに横で堂々と為されている会話に、乱馬は小声でぼやきを入れていた。
「えー向かって左に見えますのものですは、ソウルスタジアムでございます。」
バスガイドのキムさんの日本語アナウンスが入り、生徒達が一斉に振り向く。中には写真を撮る者もいる。
「お〜ここでワールドカップ開幕式が行われたのか〜。」
「すげ〜。何かすげ〜。」
このソウルスタジアムこそアジアでは最大級のサッカー専用グラウンドを持つ場所であり、約6万5000人を動員可能だという。さてそのスタジアムの横を通り抜け、しばらくすれば次の目的地、聖(ソン)テコンドー高校が待ち受けている。そこで風林館との両高校による親睦会のようなものが開かれ、その一貫としてサッカー部同士による親善試合が行われる。
「ふっふっふ…この企画はボクが提案したのさ。この機会に、憎きあの早乙女を亡き者にしてくれる…ふふふふ。にゃははははは!」
よからぬ事を企んでいるのは五寸釘。…そして隣で青筋を立てて大きなフライ返しを構える右京。
「ヤキ入れたるぁ〜〜!!」
「こ、こらー久遠寺!バスの中で暴れるな!」
先生の言葉も馬の耳に念仏。高校に着くまでの間、バスは上下左右縦横斜めに揺れまくるのであった。

「えー今正面に見えてきましたのものですものが、聖テコンドー高校のものでございます。」
「キムさん不思議なしゃべり方するよな…」
「わざとなのか間違えてるのか…」
とにもかくにも聖テコンドー高校に着いたのだ。バスが止まると生徒達、特に女性陣が雪崩のように勢いよく降りてくる。そしてダッシュで合流場所であるグランドへと向かう。
「ここの人みんな足が長いんですって!」
「みんな運動神経バツグンだそうよ!」
どうやらここの男子生徒は一味違うらしい。確かに学校の名前からしてテコンドーやってますと言っているようなものなのだが…。
『Welcome to our highschool!』
母国語は違えどお互いに意思が伝達できるよう、英語で書かれた旗が校門に掲げられている。その門を入ると目の前はグランド。左手の段差を上ると校舎がある。生徒達はグランドに集い、親睦会が正式に始まるのを待つ。乱馬のクラスも全員到着した。皆して、すぐそこにいる日本人ではない人達に緊張を感じているようだった。
「異文化コミュニケーションかぁ〜。あんまり喋れる自信ないな…乱馬は大丈夫なの?」
「ふっ。武道家たる者、拳で語り合うのが当然ってもんだろ。」
「なにが当然よ。相手が武道家じゃない場合はどうするの?」
「…考えてねえ。」
要するに英語で話すという選択肢はこの早乙女乱馬にはない、と。しかしそれでは国際交流にならんではないか。どうにか乱馬を正しき道へと引っぱろうとあかねがアドバイスを入れる。
「そんなに難しい英語使わなくてもいいのよ。意思を伝えるのが目的なんだから、簡単な単語を並べるだけでも。」
「んな事言ったってよー、相手に伝わらなかったらまるであほじゃねーか。」
「そんな言い方はないでしょ!伝わらないのは努力が足りない証拠。ただ言いたいことを解ってもらうだけなんだし、解ってもらわなきゃ何も始まらないじゃない。それに相手もなるべく理解できるよう心がけていてくれてるはずよ。だから乱馬、あんたも努力すればきっと…」
「ほーぅ?」
「な、何よほーぅって。」
あかねの顔を覗き込み、目を半閉じの状態で乱馬が言う。
「おめーはできんのか?」
「だから…完璧に喋れる自信は正直言ってないけど、努力はできる限りするわよ。」
「努力ねぇ。……まぁいいけどよ。あ、言うからにはちゃんとやれよ?おめーみたいな不器用なやつにゃ絶対にできるって保証はねーんだかんな。」
「んな、あんたに言われる筋合いないわよっ。」
と、そうこう言い合っているうちにイベントは始まった。にわかに拍手があがり、前の方、校舎手前に広がる段の方へ振り向くと韓国の着物・チマチョゴリを着た女生徒の集団がまるでひなまつりのように並んでいくのが見えた。音楽隊だ。それぞれ打楽器と思われるものを抱えている。鼓(つづみ)に近いような形をしたそれを目前に横向けに置くと、木琴を叩くような、先の丸いスティックを取り出す。そして各自は合図が出されるのを待つ。
「それでは今から、聖テコンドー高校と風林館高校による、親睦会を始めたいと思います。」
運営委員の代表者がマイクを使って交流の開始を告げる。続いて御相手校の代表からも同じ内容と思われるスピーチが為され、その後ろで構えていた音楽隊が演奏を始める。
「これは凄い丁寧なおもてなしだな…」
「うちはあんな程度のお返しでいいのかしら…」
目前で繰り広げられている伝統器楽に圧倒され、本当に何の楽器もなく歌を合唱するだけでよいのかと少々戸惑う風林館高校の生徒達。しかしもはやどうにかなることではあるまい。
「思いっきり大きな声で歌えばいいのよ。男子もしっかり歌って頂戴ね。」
そして韓国側は粛然かつ華麗なる演奏を終える。程なくして日本側の、修学旅行運営委員の面々が前に出てきて音楽隊と入れ替わる。そして風林館の生徒全員が一斉に、高低各々のメロディを 腹から喉へ、口から韓国の空へと歌いあげていく。選ばれた曲は某女性5人組アイドルグループの「華やぐ空と君の声」というもの。乱馬もこの曲は個人的に気に入っているらしく、気持ちよさそうに男声を高らかと放っていた。あかねも同じく気持ちよさそうに声を伸ばして歌っていた。

 日本側の歌も終わり、最後に両校がそれぞれで練習してきた、「チング」と呼ばれる歌を合わせて歌う。チングとは韓国の言葉で「友達」という意味。国民的に知られている歌らしく、是非とも一緒に歌おうということに相成ったのである。ここで初めて日韓の共同作業が行われる。…そして歌の次にはサッカーの試合が待っている。五寸釘が提案したという『格闘サッカー』の試合が。

「それじゃ、軽く運動してくるかな。」
「ファイトよ乱馬!」
試合の準備が整ったのを見ると、サッカー部に借り出し(なびき経由)をくらった乱馬は用意された控室へと向かう。そこで服を緑のものにチェンジし、早々にグランドに出てくる。実際は作戦会議が控室で行われているのだが、ひとり早々と出てくる。そして暇を持て余したのか、試合用のボールを片足でひょいと持ち上げ、リフティングを始めだした。だが彼の場合サッカー選手のするそれとは一風違って、まるで人間けん玉のような動き。逆立ちもすれば、空中に高くボールを揚げて落ちてくる間にくるっとバック宙 など、彼のデモンストレーションに観客である両校の生徒達が歓声をあげる。
「ふっふっふ…早乙女くん、今のうちに調子に乗っておくがいい。試合が始まれば、君もテコンドーの達人たちの餌食となるのだから…他のサッカー部の人達には悪いけど、こんなめでたい場なんだから無礼講だよね…」
存在感の薄い男が一層気配を消して独りほくそ笑んでいた。
「選手が出てきたわ!」
「試合が始まるわよっ!」
観客勢は何も知らない。これが格闘の要素を含めたサッカーの試合であることは、五寸釘と聖テコンドー高校の選手しか知らないのだ。

 ピーーーーーッッッ

キックオフ! 風林館からのスタートとなりセンターサークルからパスが出される。そして渡された者がドリブルを試みるのだが突如相手の選手が目の前に詰め寄り、ボールを持っている選手目掛けて、ハイキックを繰り出した。
「ぐはぁっ!」
吹っ飛ばされる風林館選手。一瞬世界が止まる。
「うわ、ラフプレイってやつじゃねーのか?」
観客がどよめく。
「ふふふ皆さん、ここでルールの説明をしましょう。これはただのサッカーではない、格闘サッカーなのです。」
「格闘サッカーだぁ!?」
五寸釘がメガホンを通して吐くセリフに乱馬はじめ全員が驚く。
「そう、相手からボールを奪うためならどんな技を掛けてもよいという特別ルールがあるのです。よって今の蹴りは有効…それでは選手の皆さん、頑張ってくださいね〜。」
「そ…そおいう事は、もっと…早く言え……ぐふっ。」
しょっぱなから蹴りを入れられた選手が担架で運ばれてゆき、ベンチから替わりの選手が出てくる。しかしこんなとんでもないルールで、しかも相手はテコンドー使い。既に風林館の選手達は士気を無くして乱馬の後ろで縮みあがっていた。
「ら、乱馬。後は頼んだぞ。」
「俺達は無駄に血を流したくはない。」
無駄でなければ結構血を流すことも厭わない野郎共なのだが。今回は乱馬に総てを託す様子。
「ったく仕方ねえな。要は相手にボールを奪られなきゃいいんだろ、格闘サッカーってんだから邪魔する奴はぶっ飛ばすまでさ。俺は格闘と名の付くものに負けたことがねぇんだ!任しとけって。」
自信満々、ひとりで対戦選手たち…テコンドーの使い手たちの前に立つ乱馬。ホイッスルが鳴り、試合が続行される。
「早乙女くん、ボールを持っている側は相手に手を出しちゃいけないですよ〜。」
「何ぃ!?なんだそのセコいルールは!」
乱馬はドリブルをしながら五寸釘に不服を言い放つ。五寸釘のルール説明を要約するなればこうだ。
「つまりボールを持ってる奴はボコられる。」
「1人対11人じゃさすがに厳しいな。」
ぐぬ…と拳を握る大介、ひろし。観客全員、この試合がどうなってしまうのかを不安げに見守っていた。一人の少年の無惨な末路を拝むことになるのか、それとも奇跡の11人抜きを目にするのか…。
「乱馬…」
相手の技量がまだ判らぬゆえ、あかねも不安の表情が隠せない。その当の乱馬の前には一人の選手が立ちはだかっていた。その目つきは鋭く、体つきは乱馬に負けじ劣らじの逞しさ。横向けに構え、左足に重心を置き、乱馬の出方をうかがっている。闘気で威圧をかけているようでもあった。
「(こいつ、できる…)」
相手から伝わってくる闘気の強さが乱馬を以ってそう思わ使めた。この男は、きっとかなりの修行を積んできたに違いないと。
「…………………」
沈黙が続く。激しい闘気を互いにぶつけ合っている。ながい睨み合いの末、乱馬が先に動いた。
「武道家って英語で何て言うんだあかねー?!」
どしゃっっ
観客一斉にずっこけ。修学旅行にまで来てこのような漫画的な技法に付き合わされるとは誰も思っていなかったのだが。
「武道家?って、モンクでいいのかな…」
「それじゃ修行僧よ。」
返答に困るあかねに、左隣にいた未央がつっこみとフォローを入れる。
「武道家はmartial arts。(英語版らんま1/2参照)」
「マーシャルアーツよ乱馬!」
「そうかよし!ア、アーユー・マーシャルアーツ?いや、Are you a martial arts?」
「…?」
乱馬がとばした片言の英語は、発音の微妙さ故か伝わるのに3秒ほど時間がかかった。
「Ah, I train many kinds of martial arts.(私は沢山の種類の武道を訓練している。)」
「……………いくぜっ!」
会話終了。乱馬がボールを前に蹴り出す。しかし相手の間合いに入った瞬間、空を切り裂かん勢いの鋭い蹴りが脇腹を狙って飛んでくる。
「どわっ!」
反射的に空気の流れに沿って大きくのけぞって避ける乱馬。そしてこの一撃が合図であったかのように、他のポジションについていた選手たちが一斉に乱馬を襲い始めた。
「うわっ!たっ!ちょっ…!ちょっと待て!数多すぎ…」
四方八方から蹴りが飛んでくるのを何とかかわしつつも、その場を動けなくなってしまった乱馬。ボールはしっかりキープしているが、このままではいつかは乱馬の体力が尽きてしまう。格闘サッカーのルールに基づいて正々堂々と、ボールを持った対戦相手に技を掛け続ける聖テコンドー陣。我関せずとばかりにピッチの隅っこで様子を眺めるだけの風林館陣。
「くっそ〜。五寸釘のやつ、卑怯なゲーム考えやがる。」
「相手は格闘ができる奴ばかりじゃないか。」
「それを好きなように利用しやがって…」
「うむ、これはまさしく悪い事だ。発案者をこらしめなくては。」
ぎろっと五寸釘の方に複数の視線が当てられる。そして、乱馬が苦戦している最中の場にぽーんと放り出される。
「(何か…なにか方法はあるはずだ!この状況を抜け出す決定的な方法が…)」
その頭上に五寸釘が、投げ飛ばされた勢いでくるくると回りながら降ってきた。暗い空気が見上げた乱馬の視界を覆う。
「…これだぁーーー!!」

 苦闘は終わった。グランドには乱馬と五寸釘だけが残り、他の者たちは見事に姿を消していた。…いや、風林館の選手らは吹っ飛ばされた勢いでフェンスに刺さっているところを確認できた。
「さ、早乙女くん…ボールを持っている人は手を出しちゃいけないって…」
「自然現象だ。いや、というよりお前がやったんだ。」
乱馬の足元で枯葉のように倒れ込んでいる五寸釘。右腕の関節が外れ、おかしな曲がり方をしている。一体何が起こったのか。 実はこの男が上から降ってきたのを見て、乱馬はその腕を目掛けてボールを蹴り上げ…打たれた五寸釘の腕は上を向き、その瞬間にあのとんでもない必殺技が完成したのだ。
「ふっ。俺を取り囲んでいた奴らが何度も蹴りを放った勢いで、熱い空気の流れが出来ていた。そこへお前の暗く冷たい空気が流れ込み、あとは腕を振りあげるだけで竜巻を起こすことができた。…これぞ究極的マル秘必殺奥義、間接飛竜昇天破だ!」
乱馬だけは、五寸釘の真下つまり竜巻の中心にいたため被害を受けずに済んでいた。彼は手を出さずして、ボールを守り抜いたのだ。
「さぁ、今のうちに一人でゴールを決めちまうぜ!」
もはや勝利は確実だと乱馬は思っていた。しかしその第一歩を踏み出そうとした瞬間、勝ちの確信を崩壊させる…戦慄を呼ぶその声が、観客たちの後ろ側から響いてきた。
「Wait! The battle's not finished yet!(待て!まだ闘いは終わっていない!)」
皆が振り向くとそこには聖テコンドーの選手達。それも全員まったくの無傷。竜巻に巻き込まれながらも、彼らは見事に無事脱出していたのだ…乱馬にとってそれは、かつて自分が闘ってきたライバル達の中でも最上級の強さを持っていることを示していた。
「すげえ、乱馬の必殺技が効いてないぞ。」
「このままじゃうちの負けだわ…」
風林館の生徒らが絶望の悲鳴を上げる。しかし。
「えー皆様、先ほど主審から試合続行不可が言い渡されました。ゴールが吹っ飛んで壊れてしまったので試合続行不可とのことです。」
「何だとぉ〜!?」
結果は0対0で引き分け。中途半端な結末に納得がいかない乱馬だったが、試合が続けられないのでは、と相手チームのキャプテンに潔い握手を求められて渋々勝負おあずけを認めたのであった。
「Nice Fight.」
「...You too.」
実際には互いの実力すらはっきりとは分かっていない。ただこの時乱馬は、目の前にいる人物が、必ずしも自分が倒せるとは限らないことを胸の奥で感じていた。もしサッカーの試合ではなく本気で格闘勝負をしたら…弱点は見つからなかったのだ…勝てるという確信は先の事実で崩壊した。今は己の未熟さを反芻する。
「……俺もまだまだだな。そんなにかっこよくねえ…」
天を見上げて一人呟き、熱冷めやらぬ風林館の生徒の群れの中へと溶け込んでいった。

「おつかれさま。ちゃんと英会話できたね。」
「んなっっ、真っ先に言う事がそれかぁ!?」
「だってこの試合、あんたにとってそれが一番大きな成長じゃない。」
また始まったぞ、とばかりに二人の周りを囲う面々がにやけている。
「いーや!そんなことはない!いいか、俺は国境を越えた地で、星の数ほどいる猛者たちのその一角と一戦交えたんだ。この経験は無差別格闘流にとっても貴重な…」
「こらー!早乙女君、親善試合が台無しになってしまったじゃないの!皆さん御免なさいごめんなさい!うちの悪い子が悪い事してしまって…こら〜早乙女君、責任をとりなさ〜い!」
「だぁっひな子センセイ、悪いのは五寸釘だからな。むちゃくちゃなルール勝手に作りやがって。」
「確かに、五寸釘くんのアイデアはちょっと過激すぎたかもですね…」
「まあそうなの。悪い子ね!後でしっかりお説教しなくちゃだわ。」
当の五寸釘は保健室に運ばれ、現地の先生に関節を治してもらうために片言の英語で頑張っていた。
「(…くっそ〜。なんのために俺ひとり頑張ったと思ってるんだ、あかねのばか…)」

 国際交流は賑やかなものとなった。予定より早く試合が終わったため、その分フリートークの時間が長くとられた。日本の生徒によって自主的に配られたお好み焼きをほおばったり、韓国の生徒達によって自主的に配られたドリンクを飲んだりしながら、皆それなりに何とか会話ができているようだった。
「Oh, so cute girl! Please get close to me!」
「No! Are You Kuno?」
「What? ...I don't Know!」
どうやら九能を思わせるような積極ぶりを持つ男も中にはいたようだ。

韓国のひらけた空の下、ふたつの国の民が、不器用ながらもその意思を伝え合うことができた。お互いに配慮をしつつ。ときには返ってくる答えに驚きつつ。

「(乱馬、さっきの試合で疲れてるかな。ゆっくり休ませてあげたいけど、次は遊園地だし…どうしよう。)」
「(あ゛〜疲れた…やっぱり英会話はキツイぜ。思いっきりがーっと喋れるもんじゃないしな。次の遊園地でストレス発散するか。)」
聖テコンドー高校を後にした風林館高校の生徒たちは、遊園地ロッテワールドへと向かうべくバスに乗り込んでいく。

「かっこよかったで乱ちゃん。」
白服に戻した乱馬の後ろの席から、右京が優しい声で話しかけた。
「確かにすごかったもんな〜あのドリル竜巻。」
「ウッちゃんが惚れ直すのも無理はないな。それをくらって無事だった相手チームも凄かったけど。」
乱馬、右京は共に左手の通路側。乱馬の左隣にひろし、右京の隣に大介。通路を挟んで反対側に窓側からゆかとあかね、さゆりとあさみ、さらにその後ろに未央と五寸釘。
「どしたのあかね?腕組んで考え込んだりしちゃって。」
「う〜ん…いや、別になんでもないわよ。」
なんでもないことはないのだが。今現在乱馬を囲んでいる連中が、乱馬のサッカーをしているところ(リフティングも含む)がかっこよかったという話題で盛り上がっているのを見てあかねは あれっ?と思ったのだ。
「(そっちの方を言って欲しかったのかな…?)」
乱馬が試合から戻ってきた時、自分はいくらか言葉を選んで言ったつもりだった。ふた通りまで絞り込んで、結果的に口から出たのは人として言うべきだと思った方であった。というより他の生徒が同じように彼の帰還を注目していた中だ。クサいセリフも吐くに吐けぬというもの。
「乱馬くん本当にかっこよかったもんねー。」
「いつもの事じゃないっ。そんなにちやほやするとまた調子に…」
「あーーっ!!あかね今なんて言った〜!?」
「え??あっ、いや、そういう意味じゃなくて!」
なんだ?と振り向く乱馬サイド陣。あわてて何でもないと弁ずるあかね。外はまだ昼。時間的には予定通りにやってこれたので、三時間は遊べるとのアナウンスがバス内に響いた。

 あと10分もすればロッテワールドに着くという頃、あかねがふと左を向くと乱馬はすやすやと眠っていた。



つづく




 一之瀬が個人的に気になったこと(笑
その1
「華やぐ空と君の声」・・・これはもしかして、らんま的グループのあの歌がベースになっているのでしょうか?思わず、らんまちゃんの甲高いあの声を思い出してしまいました。

その2
「ふっ。武道家たる者、拳で語り合うのが当然ってもんだろ。」
これを読んで思わずにんまり。メモリアルブックの「拳と拳で語り合う」というくだりを思い出しました。
そういえば、この二人の愛って、拳で語ることも多かったですからね。
(一之瀬けいこ)



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