◇若旦那様のお仕事
seaさま作


「もしもし…ん?あぁまだしばらく帰らねぇけど。……夕飯?……食うぜ。何が食べたいって……な、何!?皆いねぇのか!?」

携帯に掛かって来た、あかねからの電話。
今日、皆それぞれ出掛けているらしく、皆夕飯はいらないとの事。
夜はあかねと2人っきりらしい。
あかねと付き合いだしてから、中々2人っきりになる事も少なかったので、それは良い。
それは良いとして……今日の夕飯…あかねの料理かよ……まずい……いや、味がとかじゃなく……いや味もだが…まずい…。

今、俺は大介とひろしと久しぶりに会っていた。
給料前で金が無い俺達は、昼はファーストフード、その後はファミレスでドリンクバーと、軽いモノを食って長居していた。
外は暑いし、喋るのにはもってこいの場所。
昼過ぎから、夕方にかけてずっと居座っている。
店員の熱視線が突き刺さっているが、俺達以外にも同じ様な輩はたくさんいるので気にならない。

何がまずいか…
朝は約束に遅刻しかけたので、何も食わずに出てきた。
昼も間食も、安いだけに美味いもんでもなく、栄養も何も無い。
よって、今日一日ろくな食事をしていない。
格闘家として何とも失格な食生活。
だから夕飯はしっかり食べようと目論んでいた。
が、あかねの料理となると……。


あかねは大学で栄養学を学んでいる。
学んでいるだけあって、栄養のバランスはいいのだが……別に味付けを練習する場所ではないので、大学を行く事で、料理がめきめき上達している訳でもない。
まぁ…出会った時に比べれば、確実に腕は上がっているが、最初のレベルがレベルだけに、中々感動的な美味さと出会うことは無い。
それでも、俺の為に…と必死になる姿を思うと、嬉しくない訳はないが。


食べたいものか…。
俺は食ってきた、あかねの料理の中で、美味かったモノを考えようと努力した。

肉じゃが……
これは悲惨だった。ジャガイモがガチガチだし、肉は硬いし、極めつけは辛かった。一体何を入れ間違えたんだ?
…これは却下だな。

カレーライス……
これは奇跡的に、美味いものが出来た事もあったが、失敗すると悲惨だ。余りにも辛すぎて、しばらく胃をやられた事があった。大学での大会も近いのに、体をやられるわけにもいかねぇ。
…これも却下だ。

天ぷら……
これは、あかね一人にやらせるには、まだ危ない。
…却下だ。

オムライス…シチュー…様々な料理を考えるが、色々考えると決められないでいた。


『ちょっと!!返事が無いのは、あたしの料理っていうのに不満な訳!!!』
俺が返事を躊躇っていると、あかねが電話の先から怒りを露に叫んできた。
しまった…怒らせた。
さっさと答えるのには、難しい問いである事を、気付いていないだけに困る。

『もういい……っ!あたし一人で食べるから、外食すればっ!!』
言葉は怒っているが、……ヤバイ…泣いている気がする。
「お、おいっ違う…だから…俺が食いたいのは…」
家に帰ったら折角の2人っきり。
それを台無しにしたくない俺は、"何とか返事しなくては"と必死で考えた。
『じゃーねっ!』
切られそうになった寸前、俺は
「ま、待てっ!えっと…そう、そう!あかねが作ったもんなら、何でもいいっ!」
きっぱりそう言った。
何も思いつかねぇから、仕方ねぇ……俺は運を天に任せた。

『………』
「あかね?」
あかねが一瞬黙ったので、声を掛けた。、
『…乱馬…。わかった…早く帰って来てね。』
さっきの怒りとは裏腹に、妙な雰囲気で言う。
良く解らないが、怒りを解いてくれた事に安心した俺は
「あぁ。出来るだけな。」
そう言って電話を切った。

はぁ…覚悟して帰るか…。

そう思って携帯を置くと、大介とひろしがニヤニヤ見ていた。
「な、何だよ…。」
嫌な視線…こんな時は、今から何か言われる事を示す。
俺の言葉だけで、どういった会話がされているのかは解っただろう。
俺は地雷を踏まない様に、慎重に対応しようと構えた。

「まるで、夫婦の様な会話だよな…。」
「あなた〜っ、今日の夕飯何がいい?ってか?」
ジト目で見る大介とひろし。
本当に嫌な視線だ。
「な、何言ってやがる!夫婦じゃねぇ!大体っ夕飯時、皆いない俺の身にもなれっ!」
「夫婦水いらずってか!…あなた、早く帰って来てね。」
「出来るだけな…。」
2人は俺の言葉から想像して、勝手に漫才している。
「あほかっ!」
目の前で抱き合っている2人を殴ると、溜息をついた。
あかねの料理で一日を締めくくる俺の気持ち等、こいつらには解らないだろう。

「…しかしおまえ…成長したよな…。」
大介が思わぬ事を言う。
「は?」
「だな。そんなセリフが言える様になったとは。」
ひろしまで、そんな事言う。

な…何だよ…?
俺…何か変な事言ったか?

解らない顔をしていると、2人は目を合わせ、何故か溜息をついた。

「おまえ…自分で言ったセリフに責任持てよな…。」
「はぁ…全くだぜ。"あかねが作ったものなら、何でも"……そうだよな…大好きな女の子の手料理が食えるだけで、幸せだもんな。」
「きっとあかね、嬉しそうに料理している事だぜ!」
そう言うと、大介もひろしも豪快に笑い始めた。

「!!」

俺は自分で言ったセリフを反芻し、顔が熱くなった。

…そうか!切り際のあかねが妙な雰囲気だったのは照れてたのか!!

俺は2人へ否定すべく口を開いた。
が、もう遅い。

「ちっ違う!あかねが作りゃ何でも一緒っって事で…深い意味は…。」
「わかった、わかった。おまえらが充分ラブラブなのは、今の携帯のやり取りで通じたぜ。」
「ま、愛する妻の為に早く帰って、夕飯食ってやる事だな!」
「そうだぞ、泣かせるなんて事したら、旦那として失格だからな!」
「だっ誰が、旦那だ!!」
言いたい放題の2人の言葉に、俺は益々顔が熱くなる。

「ちっ、仕方ないが、乱馬の為に、もうお開きにするか…。」
「そうだな。」
そう言うと2人は伝票を取ると、会計をとっとと済ませ、外に出た。
「お、おいっ…」
俺が2人に遅れ、外に出てくると、顔を見合わせていた2人は、俺に向かって
「手を出せ。」
そう言った。
「あん?」
訳も解らず手を出すと、2人は500円玉1枚ずつ、俺の手に乗せた。
「少ないが、結婚祝いだ。」
「は?」
大介の言葉の意図するものが解らずそう言うと、ひろしも続ける。
「これで胃薬でも買ってくれ。」
頑張れ……という表情がこの2人から伺える。
…こいつらは事情を解っていながら、俺をからかっていたのだ。

「お〜ま〜え〜ら…解ってて…」
「あかねの料理が破滅的な事は解っている。しか〜し!完食出来るのは、乱馬!お前の愛だ!!」
「そうだ!そしてまた、一所懸命、乱馬の為に頑張っているのは、あかねの愛だ!だから早く帰って、夕飯食ってやるのがお前の仕事だ!」
真面目な言葉に聞こえるが、言いながら顔は面白がっている。
「という訳で、今日の事、今度話聞かせろよ〜!!」
「せいぜい、妻孝行してやるこったな!」
「「じゃな〜、旦那!」」
「誰が旦那だっ!!!!」


勝手な事を言うだけ言って、去った大介とひろし。
言い返す事が出来なかったのは、こいつらの言う事、尤もであって、間違ってはいない。

旦那…響きは悪くないが…しかし夕飯食ってやるのが俺の仕事って……。

千円は有り難く貰い、胃薬を買って帰ったのは言うまでも無い。
最近は胃薬とはご無沙汰だったが、きっと新しいメニューに挑戦しているだろうから……。
頼むから無茶するなよ……。
家についた頃、まともな食事が出来上がっている事を祈る俺であった。








 前回の作品に引き続き、今度は乱馬視点の作品です。(狂喜)
 胃薬は使ったのか使わなかったのか・・・。
 いずれにしても、ラブリーな空間がこの後に、暫く続いたことでしょう。
 妄想するだけでおなかがいっぱい。ごちそうさまでした(ぺこん)


 残念ながら「sea Side」は閉鎖されましたが、一部、コンテンツを丸ごといただいておりますので、よろしければ、呪泉文庫特設コーナーにてどうぞ!
(一之瀬けいこ)


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