カミング・アウト 


映画が始まって15分もすると、俺は複雑な気持ちで一杯になった。
隣で見ているあかねはどう、思っているだろうか…。



俺は今、あかねと並んで映画を見ている。
しかし前もって映画に行くという約束をしていたのではない。
俺たちは相変わらず"親の決めた許婚"で、それ以上で無かった。
だからデートする間柄でも何でもない。自分で言ってて虚しくなるが。

これは俺達のクラスメート、大介やさゆりの仕組んだ事であった。




数日前、俺は大介に日曜日に映画を見に行こうと誘われた。
タダ券があって、絶対俺に見せたいっつーから、承諾してその映画館の前で待っていたのだが……約束の時間になっても現われない。

「おっせーな…何してんだ?」
俺がチケットをひらひらさせながら、ブツブツ文句を言ってると、聞き覚えのある声が横からした。

「あれ?乱馬?何してるの?」

振り向くと、ピンクのワンピースを身に纏い、オシャレをしているあかねが立っていた。

「おめーこそ何してんだ?」
そんな格好して誰と会うんだよ…そう聞きたいの飲み込み、面白くなさそうに言った。
「さゆりとね、この映画見る約束してるの。」
さゆりとか…あかねの言葉に安堵で一杯の俺に気付かないあかねは、嬉しそうに指差している。
その指差す映画に俺は驚いた。

「って…え?俺も大介とこの映画見に来たんだけど…」
「偶然ねぇ…でもさゆり、まだ来てないのよね。大介くんもまだなの?」
そう言いながらキョロキョロするあかね。
(まさか…)
そう思いながらも、二人並んで大介とさゆりを待っていた。



しばらくして、まさか…という予感は確信に変わりつつあった。
もうそろそろ入らないといけないというのに、俺もあかねも約束の相手が揃って来ない。

「遅いわね〜。電話してみようかな?」
あかねがそう言って携帯を取り出した時、ピロピロと着信音がした。
この音はメールか?
予想通りあかねは、指で器用にボタン操作をして、画面を確認している。

「ら、乱馬っ!!」
と、その時あかねは俺に、見ていた画面を差し出した。


"映画は乱馬くんと楽しんで来てね〜♪
あ、チケットは乱馬くんが持ってるから!!
心ばかりのプレゼントよ。
タダで手に入ったものだから、気にしないでね。

友達想いのさゆり&大介より。"


「なっ…」

思った通り、あいつらは俺とあかねを嵌めたのだった。

「何よこれ!騙したのね!!チケットは乱馬が…ってあんた知ってたの!?」
「ばっ…知るわけねーだろ!!俺は大介と約束してたんだ!」

さゆりの言う通り、俺は当日の座席指定券を2枚持っている。
大介がギリギリかもしれないから先に交換して待っててくれ、そう言うから、わざわざ早く来ていた。

あかねはメールを見てぷりぷりしていたが、しばらくすると、ちらと俺の方を見た。

「どうする?」

どうするも何も……
俺としてはあかねとデート気分になれると、ちょっと……いや密かにかなり喜んでいたというのに、あかねはそう聞く。
どうするも何も、ここまでされて見ないのかよっ…と不満もあるが、折角の二人の好意…いや興味本位か。とにかく、俺は素直に受け取ろうと思った。

「もったいねぇから見ようぜ。」

俺がいつもと違って素直にそう言ったせいか、あかねは驚いた様に目を見開いたが、すぐに笑顔に変わると「うん」と頷いた。

「い、行くぞ。もう始まっちまうぜ!」
「あ、待ってよ乱馬!」

そう言ってあかねにチケットを渡すと、あかねの笑顔に照れてしまった事を隠す様に、さっさと映画館へ入って行った。










というわけで今に至るのだが……見始めるとデート気分どころではなくなった。
くそっ大介め!俺にこれを見せたいと言った理由がよっくわかったぜ!

ストーリは至って簡単。ハチャメチャラブコメだった。
主人公はくされ縁の男女で、恋人同士ではないが、いつも一緒にいる。
問題はこの二人だ。
男はくされ縁の女が好きでありながら、常に別の数人の女の影があり、意に添う添わないなど気にせずに、激しくしつこくアプローチしてくる。
このつきまとう女達が、三人娘の迫力を想像せずにはおれない。
自惚れているわけではないが、日に日に逃げるのが難しくなって行く三人娘の強引さは、本当に俺を困らせていた。
男はどう断ったらいいものかと悩み、見事に優柔不断っぷりを表現していた。
はっきり言って情けない……

妙にこの映画にこだわった大介は、俺にこれを感じさせたかったに違いない。
それにしても認めたくはないが、俺の日常と似ている気がし、妙な感覚がする。
そして何だか俺がスクリーンいっぱいにあかねへの心をぶちまけている様で恥ずかしい。

ちらりとあかねを盗み見ると、じっと睨む様に画面に向かっている。

何…考えているだろうか。




映画は結局、つかず離れずの関係のまま終わった。
何だか物足りなさを感じるのは、自分自身に重ね、二人が両思いになれば、自分もそうなれるかもしれないなどと、バカな事を考えていたからかもしれない。
そして更に言うなら、誰が誰を好き……そんな風な表現は一切なく、行動からそれぞれの人物の想いを読み取らなくてはならなくて、俺は結局女の気持ちが理解出来なかった。
それだけに、まるで自分の気持ちをぶちまけただけで、片思いの様に終わった映画に疲れていた。

俺はあかねだけではなく、映画の主人公の女にも翻弄されていた。








「さっきの映画、誰かさんみたいな人がいたわよねー!」
映画館での表情が嘘のように、帰り道あかねはそう言って、俺に向かって楽しそうに笑っていた。
やはりあかねにはあの主人公が俺に見えていた様だ。
って事は……
俺はあかねに告白したようなきまずさを一人で抱え、その上何となく、三人娘に追いかけられた後のやるせなさの様な気持ちも加わっていた。
更にあかねは怖い顔して見ていたのは何だったのかわからずに、ただただ俺は疲れ果てていた。

「さぁ…誰がいたんだろな?」
「嘘つき、わかってるくせに!優柔不断さはウリ二つね!」
何おう!!…俺がそう言おうとすると、あかねは急に立ち止まると、俺を見た。


「な…何だよ。」
「ねぇ…さっきの映画って、あの二人どうなると思う?」
突然の問いに俺は戸惑う。
俺自身その行く末を知りたい。
「さぁ…。おめーはどうなんだよ。」

あかねの答える未来が自分達の未来にもなるかもしれない。
そんな気になって、思わず俺は聞き返してしまった。

「さぁ…。」

するとあかねは俺と同じ答えをした。



"そんなに追いかけられるのが好きなら一生そうしてれば?付き合ってられないっ!"
あの女は断れない男を見て、こう言った。
情けない事に、俺も同じ様なことをしょっちゅうあかねに言われている。

別に追いかけられたいわけじゃねー。
気持ちが誰に向いているかは決まっている。
しかし気持ちを打ち明けた所でどうなる……寧ろ俺がそんな事をしたことがバレた日にゃ、あかねの身がどうなるか……俺はいつもそう思ってそこから止まったまま、動けずにいた。

…いや。

いや、本当は気付いている。
もしあかねが俺の想いを受け止めてくれなかったら……その恐怖から逃げているのが本音だということは。
それを言ってしまった後のこと、何よりあかねの気持ちに自信のない俺。
まさにあの男と俺の気持ちは同じなのだ。
あとは女の気持ち次第………




「じゃー…どうなって……欲しい?」

俺がそんな風に考え事していると、あかねが静かに声をかけて来た。

「どうって……」
俺は思わず言葉に詰まった。
もちろん俺が望む未来と同じになれば良いに決まっているが、どう言えば良いか迷っている。

「あの男の子、断らないなら、どうして誰とも付き合わないのかしら?」

そう言うと、あかねは小さく溜息をついた。
まるで俺自身に問い掛けているように聞こえるその言葉。

「あたし…やっぱり判らないよ。あの男の子の気持ちが。近くにいても。」

そう言うとあかねはさっきの映画館での表情を浮かべた。

どきりと音が聞こえたように激しくなり始める鼓動。
俺は思わずあかねから視線を外してしまった。
…予感がする。







「ねぇ……」
しばらくの沈黙の後、あかねが静かに呟いた。
「あたしね、どうしてもその男の子の気持ちが聞きたいの。」
答えを求めるあかねのこの言葉は、映画の内容を問うものではない気がする。
"その男の子の気持ちが聞きたい"

「教えて乱馬……。誰に向いているの?」

その男がか?俺が……か?


反らした視線をあかねに戻すと、今までに見たことのないほどこわい位、真剣な、キレイな顔をしていた。
逃げてはならない…気がついたらそう思い、俺は口を開いていた。

「俺は………」

俺が誰に向いているのか、今なら言える気がする。


 数ヶ月も眠っていたこのネタ……判り難い話ですねー色々と。
  かもしれない…という気持ちではダメなのですよー。という事で。(←何が!?
  ころころ変わるあかねの表情。
  苦しい文章展開の中……考えて読んで下さい(汗

  それにしても乱馬は、何と答えるのでしょう?
  続く……(のか!?)……他の話で続くかも。

2003.8.22