◆いくつになっても
砂くじらさま作
「勝者、早乙女乱馬っ!」
「ありがとーございましたあっ!」
途端に湧く会場。あまり広くはない場所だけれど、集客率は150%といったところか。
「うん。そーだな…蹴りが前途有望って感じだな。もう少し重心移動をスムーズにしてやれば、格段に威力が増すだろうから、下半身中心に鍛えるといいぞ。必殺技一個持ってると強みになるからな」
ついさっきまで戦ってた相手にアドバイス。まあ、正直こんな若造に負けるほど俺は落ちぶれちゃいないつもりだ。この練習試合で俺と対戦する相手は、皆俺の胸を借りるつもりで試合するらしいし…
俺はアドバイザーに徹してやれば今日のお仕事は完了、というわけだ。
「は、はいっ!ありがとうございます、乱馬さん!」
「おいおい…そんな固くなんなくてもいーじゃんかよ。折角いいモン持ってんのに、緊張でガチガチになってたら台無しだぜ?」
「は、はいっ。で、でも…僕の世代では、乱馬さんって言ったらもう、ヒーローみたいなもんですからっ」
真っ赤になって俯く、対戦相手の青年。その横から、同じ道場の門下生らしき奴らが顔を出し、口々に言った。
「そうですよぉ。俺らの世代は、乱馬さんの試合見てこういう道目指した奴らばっかですから。だから、なぁ?」
「緊張すんなって言うほうが無理な話ですよぅ」
「そうそう」
がやがやと喋っているうちに緊張がとけたらしいそいつらに、思わず苦笑する俺。
「うわぁ。もう俺、そんなトシになっちまってんのかよ…お前らいくつだ?」
「17です!」
「19です!」
「明日二十歳になりまっす!」
「うっわ若ッ!あんま年寄りをいじめんじゃねーよ、お前ら!」
「んなこと言ったって、今でも事実上いっちばん強いのは乱馬さんじゃないっすか〜」
「そうそう。かっこいいよな〜」
「ん?そーかそーか。もっと誉めていいぞっ」
しばらくそいつらと談笑した後、俺は無差別格闘流の控え室へと戻った。
「乱馬さんおつかれさまです!」「お疲れさまっす!」
「おう」
挨拶をしてくる門下生にひらひらと手を振り、テーブルへと向かう。置きっぱなしのスポーツドリンクのペットボトルを掴み、ふたを開けて喉に流し込んだ。
「乱馬さん、今日の試合もすっごかったっすね〜!敵なしじゃないっすか!」
興奮気味の門下生に苦笑しながらペットボトルを置き、言った。
「だけど結構皆レベル上がってるよなぁ。俺ももーちっと鍛錬積まねえと…早速トレーニングメニューを練り直そうかと思ってるとこなんだよな。おめぇら、もっとメニュー厳しくなるから覚悟しとけよ?」
「乱馬さ〜ん、それ以上強くなってどうすんすかっ」
「…決まってんだろっ。俺が強くなる理由ったら、いっこしかねえ。あかねを守る為だ」
… … …
やばい。我ながら顔が熱い。
「…うわーっうわーっうわーっ!今の台詞聞いたかっ!」
「すっげえ超らぶらぶだよ!らぶらぶ!」
「レアな台詞聞いちまったー!!」
「お、お前らっ。騒ぐんじゃねえっ。そんなギャーピー騒ぎ立てることでもねえだろうっ!惚れた女を守る為に男は強くなるんじゃねえのかっ?!おいっ!」
「あー、乱馬さん顔まっかー!!」
「乱馬さんかわいーっ!」
「よ、四十路近ぇ男つかまえてっ、ムサい男どもがかわいーとか言うんじゃねー!!!」
真っ赤になった俺をよそに、このお祭り好きな門下生たちは散々俺をからかいまくって遊んでいた。
…あとで全員シゴいてやる。俺は密かに誓いをたてた。
「あれえ?乱馬さん、何処行くんすか。」
ギャーピー騒いでいた門下生どもをそれぞれ一発ずつおしおきした後、俺はそっと控え室を抜け出そうとしたところで…門下生の一人に見つかった。
「…っ、電話だよ電話」
携帯を見せながら言った。途端ににや〜、と嫌な笑みを見せ、懲りずに俺をからかおうとするそいつ。
「…乱馬さん、さては愛する奥様に帰るコールすんですかっ?いいなぁ、いくつになってもらぶらぶ夫婦で」
「…明日は覚悟しろよ。おめえだけはスペシャル・メニューでシゴいてやっかんなっ」
そう捨て台詞を残して、俺は控え室を後にした。
ふう、と溜め息をついて、空を見上げた。
電波が悪い会場を離れ、外に設置されたベンチに座って、ぼんやりと空を眺める。
…いくつになってもどきどきするんだ。あかねに電話をかける瞬間。
夫婦というモンになってもう何年も経つのに。もう子供も三人いて、それぞれがいい年になってるというのに。
今さらこんなことで顔が赤くなったりすんのは、異常かもしんねえなあとか思うけど。
電話に出るあかねの、普段より少しうわずった声。
「はい、早乙女です」と名乗る、ちょっとくすぐったい響き。
俺の声を聞いて、おそらく電話の前で百面相をしてるだろう、くるくる変わる表情。
いつも声を聞いてるんだけど、いつも傍にいるんだけど、それでも。
どきどきするよな。
いくつになっても。
アドレス帳に登録されている、「自宅」の文字を選択。ボタンを押して、繋がるまでの短い時間を待った。
微かに震える唇が、まだまだ終らない初恋を予感させていた。
「…あかね?あ、俺だけど…」
リリリリリン!
いきなり鳴り響く電話の音には、いつもどきどきさせられる。
だって今日は、乱馬が出かけてるんだもん。そしてそろそろ、試合が終るころなんだもん。
「はいはい。今でるよー」
「待ってっ!お母さんが出るわっ!」
立ち上がりかけた息子を差し置いて、駆け足で電話のある廊下へ走る。くすくす笑う子供達の声を後ろに聞いて。
スリッパをぱたぱた言わせながら、そして躓きそうになりながら、鳴り響く電話を目指し走る。
いくつになっても、どきどきする。乱馬からだと思われる電話を取る瞬間。
少しばかりうわずった声で、「はい、早乙女です!」と電話に飛びついた。
『…あかね?』
どきん、と心臓が跳ねる。あたしを声で理解してくれる人の、低いやさしい声。
「う、うん!」
『あ、俺だけど…今試合終った。』
「うんっ。で、どうだった?試合のほう。勝った?負けた?いい人材いた?」
どきどきしてるのを悟られないよう、少しうわずった声のまま矢継ぎ早に質問。乱馬が電話の前でちょっと躊躇ってるのが、声の調子で手に取るようにわかる。
『俺が負けるわけねえだろ。でも、全体的に結構皆力上げてるよな。だからちょっと、訓練メニューに変更加えようと思うんだ。今日の夜あたり、そいつにちっと付き合ってくれよな』
「うん…うんっ!」
相変わらずの格闘馬鹿。でも、あたしをきちんと頼っていてくれる。些細なことでも、そんなことが嬉しい。
「あ、そうだ乱馬。今日のお夕飯なにがいい?」
『んー…』
すぐにあたしの頭の中に浮かぶ、少し上を見上げて考えている乱馬の顔。
『すき焼き』
「だーめ。この前も食べたでしょ?」
『あれは店のすき焼きじゃねーか。俺はあかねの作ったすき焼きが食いてーの。それに今日は肉食いてーってずっと思ってたんだからなっ』
いつからこんな素直に、あたしの料理が食べたいと言ってくれるようになったんだっけ?
きっと少し顔を赤くしてるだろう、乱馬の顔。あたしの頬も熱い。
どきどきするよね。
いくつになっても。
「…わかったわ。じゃあ、今日のお夕飯はすき焼きね。」
『やたっ♪ダッシュで家帰るかんなっ。俺の居ない間に食ってたら承知しねーぞっ、いいな?!』
相変わらず子どもみたいな乱馬。そんな言動にも、どきどきする。
「わかってるわよ。そのかわりお土産忘れないでね」
『でえっ?!出来ることなら忘れたかったっ』
「駄目よー。みんな、なんで自分をつれてってくれなかったんだって愚痴りながら家で留守番してたんだから。」
『…あかねもその一人か?』
「ばっ、馬鹿ッ!!」
乱馬のからかう声に、あっという間に温度が上がるあたしの頬。
『…しょーがねえな。駅ビルとかで適当にうまそーなモン、見繕ってくるわ。何がいい?』
「…プリン食べたいな」
『おう。プリンな』
「いっちばん高いやつ」
『…苦しい経済状況の俺の財布を知ってて言う台詞か、それ』
「うん♪」
『やな奴。ま…いいや。美味いすき焼き作って待ってろよ。そいじゃなっ』
ブッ。…ツーッ、ツーッ、ツーッ…
電話から声が聞こえなくなっても、しばらくあたしは受話器を耳に当てていた。
なんだかそこに、声のぬくもりが残っているような気がしたから。
あたしの耳に心地よいバス・トーンの声の残像を思い描くと、あたしはゆっくりと受話器を置いた。
「あれ?母さんどこ行くの?」
「お買い物。今日はすき焼きよ」
いくつになっても。
いくつになっても。
ずっと、どきどきしていたい。
完
作者さまより
今回お送りした作品は「いくつになっても」という乱あ未来作品です。
実は「ラブリーるーみっく」のWeb雑誌の小説用に書いた作品候補のうちの一作品なのですが(笑)
ウルフルズの同名曲からイメージした作品です。
いつまでも同じ強さの「好き」を維持し続けられるというのは、矢張りそれ自体すごいこと、であって。
惰性で一緒にいるのではなく、本当に「好き」だから一緒にいる。
それが夫婦の正しいカタチなのだ、とは言いませんが、私の中では「理想」のカタチですね。
もう子供なんか無視しちゃってもいいんですよ。ある程度の年齢に達したら勝手にどっか行って生きてくんですから(笑)
子供の描写がこの小説の中で等閑になっているのはそのためです。
ごちそうさまでした。
で、子供なんか無視しまくっている子供のような大人(男)がうちにも一人居ります(笑
私が己の掌の中で動いているだけなら、何やろうと見守ってくれる出来た方なのでそれはそれで良いのですが・・・処構わず、子供が居ようと居まいと、「耳掃除してくれ!」「お茶入れてくれ!」、「風呂一緒に入ろう!(これは酔った時だけ)」とわがまま放題。
(時々、旦那の行状をそのまま乱馬に転化させて作文してたりして・・・)
(一之瀬けいこ)
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