◇5月の3日間   the first Day  Part2
いなばRANAさま作


 海からの風の心地よさに惹かれて、乱馬とあかねは海沿いの遊歩道を歩いていた。周囲は週末でお台場に繰り出してきた家族連れ、カップルなどで賑わいを見せる。
「ちょっと暑い・・・上着、脱ぎたいな。」
「なっ・・・ダメだ。」
「いいじゃない・・・そりゃオフショルダーだから肩は出ちゃうけど。でもそのくらいの格好している娘はいっぱいるよ。」
「ダメったらダメだ!」
「もう・・・」
 不満げなあかね。乱馬にしてみれば気が気ではない。そうでなくてもその辺り中の男どもの目を引いて仕方の無いあかねである。この上肩など出して歩こうものなら・・・
「暑いなら冷たいものでも飲みに行こうぜ。」
「じゃあ、さっきの罰ゲームのパフェ、おごってね。」
 途端に目を輝かせるあかねに苦笑しながら、乱馬はさっき見かけたオープンカフェの方向を指差した。


「ところでいつまでやるんだ、このなりきりゲーム。」
「あら、大介くん、もうギブアップ?」
 ストロベリーパフェを嬉しそうに食べながら、あかねはいたずらっぽく微笑む。付け毛のビーズがカチャっと音を立てる。
「なんだか名前まで変えて呼ぶと、本当に別人といるみたいだぜ。」
「それが楽しいんじゃないの。そんな顔しない、大介だったら特大チョコパフェ食べても恥ずかしくないでしょ。」
「それもそっか。」
 乱馬は気を取り直して目の前のジャンボパフェを食べる。あかねはよく笑う、普段の10倍は。少しふわついている感じもするが、それは自分も同じかもしれない。あかねの笑顔に吸い込まれそうな錯覚さえ覚える。このパフェ、洋酒でも入ってるんじゃねーのか・・・

 嬉しそうにパフェを食べ出す乱馬に、あかねは少しだけ熱い目を注ぐ。わかってはいたつもりだけど・・・やっぱりカッコいい。服に負けていない。お洒落な小物も浮き上がってない。今日は堂々と付けているピアスがとても良く似合う。ここにいるのは乱馬だけど、乱馬ではないような気がする。まるでシンデレラの魔法、着るものだけでこれほど印象が変わるとは。迂闊に『乱馬』などど呼んだらその魔法が解けてしまいそうで、あかねはゲームを止められない。


 カフェを出て少し行ったところで、あかねは化粧直しに行った。数分後戻ってみると、乱馬は一人ではなかった。金色の頭が二つほど、乱馬の背中越しに見える。そのうちの一つが乱馬の横に回って腕を引っ張る。派手なピンクのキャミソール、超ミニサイズのスカート・・・あかねはジャケットと帽子をさっと取ると、頭を挑戦的にもたげて歩いていった。
「お待たせ、大介」
「あか・・・ゆかっ、助かっ・・・え゛」
 コギャルたちから何とか逃げようとしていた乱馬は、あかねの方を見て目を丸くする。すっきりと晴れた空をバックに立つあかね。海風に髪を揺らし、滑らかな肩は日差しをはじいて輝くよう。近くにいた何人もの男が、既にとろけるような目つきで見つめている。
「わっ、くぉら、上着を羽織れって!」
 コギャルを振り切ってあわてて駆け寄った乱馬は、周囲の目からあかねを隠すようにしてその場から立ち去ろうとした。
「逆ナンパとはすごいわねー」
「じょーだんじゃねえっ、あいつらうるさいわ、しつっこいわ・・・それより早く上着!」
「えーっ、涼しくて気持ちいいのに・・・」
「ダメだっ」自分の着ていた上着を脱いであかねに着せ掛ける。
「ちょっと、そこまでしなくても・・・さっきの娘たちと変わらない格好じゃない。」
「全然違うっ!!」
「どうして?」
「あのなっ、少しは気がつけよ・・・ったく鈍いんだから。」
「気づけって何に?おかしいのは乱・・・大介の方でしょ。」
「だから、お前は・・・目立っちまうんだよ。わかるだろ、今日の格好。」
「あ、そっか・・・OK、自分の着るからこれ返すね。」
 まるっきり違う理由に納得するあかねに、乱馬は脱力感すら覚える。自分の発する魅力にとことん無邪気で無防備。一時たりとも目が離せない、というより離したくない。一番魅せられているのは他ならぬ彼自身なのだから。

 互いに上着を羽織り直しているところに、若い男が声を掛けてきた。
「こんにちは、お二人さん。ちょっといいですか?」
「何だ」乱馬はあかねを後ろに押しやってその男の前に立つ。Tシャツにジーンズ、手には携帯と紙のはさまったバインダー。ナンパではないが、何やら怪しい団体の勧誘にも見える。
「あ、あの・・・キャッチセールスとかじゃないんですよ。フミTVの番組で・・・」
 男の説明によると、お台場に来るカップルを対象に様々なゲームに参加してもらう企画があるのだという。
「どうですか?豪華景品もありますよ。お二人とも決まりまくっていますからねえ、ぜひ参加してください。」
「だと。どーする?」乱馬はあかねに問いかける。
「うーん、どんなゲームかによるけど・・・」
「そうですね・・・詳しいことは現地で説明しますけど、知力・体力・愛の力で勝負してもらうようなゲームです。」
「何だ、そりゃ・・・めんどくさそうだなー」
「あら、面白そうじゃない。どうせお台場まで来たんだし、参加してみようよ。」
「そうですとも、優勝賞品は日空ホテルの豪華ディナー招待券ですよ!」
 食べ物をダシにされると乱馬は弱い。結局番組のADだという男に付いて行くことになった。


 フミTVのビルの近くにゲームの屋外セットが組まれ、あちこちから集められたらしいカップルたちが一箇所に集められていた。少しするとディレクターによる説明が始まり、簡単な書類に記入した後に参加者全員はスタート地点に集められた。
「それではみなさん、ご健闘を祈ります。用意〜、スタート!」
 派手な轟音と共にゲームは始まった。

 最初のうちは障害物競走といったところで、急な坂を駆け上ったり、壁を攀じ登ったりロープでターザンよろしく対岸に飛び移ったりと二人にとっては楽勝極まるものだったが・・・
「なあ、どーしてあんなに脱落者が出るんだ?」
「格好ばっかりで見掛け倒しの男の子が多いのよ、きっと。」
「俺は違うぜ」
「もうっ、何いい気になっているのよ。」
相変わらずの自信家ぶりに呆れながらも、あかねはちょっと得意になる。運動神経なら百人近い参加者の中でもぴか一だろう。障害を軽くクリアしていく姿はカッコいいの一言。他のカップルの女の子の羨望の眼差しを一身に集めている。TVクルーも次第に二人をマークし始め、カメラが付かず離れず追うようになってきた。
「あか・・・ゆか、あまりカメラの方を向くなよ。俺はメガネがあるからいいが。」
「うん、あとでとやかく言われても嫌だし。ら・・・大介こそセーブして動かないと、目立ちすぎだよ。」
「ああ・・・お、次は一本橋かよ。」
 10メートル長の平均台よりやや幅広くらいの細い一本橋。一人でなら簡単に渡れるが、条件はパートナーを抱えて渡ること。おんぶもOKだが、両手がふさがることには変わらない。バランスを崩して落下すれば、満々と水を張られたプールが待ち構えている。びしょ濡れになった失格者たちの中には、喧嘩を始めるカップル続出。その様子もしっかりカメラに捕らえられている。
「ちょっと意地が悪いわね、この番組。」あかねが眉をひそめる。
「TVなんてそんなもんだろう。・・・ちっ、あんな低い位置にカメラがいやがる。」
 二人の番が回ってきた。乱馬は軽々とあかねを抱え上げる。
「おんぶでもいいよ。」
「バカっ、それじゃ丸見え・・・いいからスカート押さえてろ!」
 ローアングルのカメラに気づき、あかねはあわてて短いスカートの裾を手で押さえる。あかねを抱えていようと、スキップしながらでもこの程度の橋は渡れる乱馬だが、それでは目立ちまくるのでわざと危なっかしげに渡る。
「ををっと」「きゃっ」
 思わずしがみつくあかねが何とも可愛らしく、必要以上によろけてみせてしまう。
「もうっ、ふざけ過ぎよ!落ちたらどうすんの!」
「怒るなって、カメラが見てるぜ。」
 いたずらっぽく乱馬が言うと、あかねはしぶしぶふくれっ面を引っ込める。それ以上はさすがにふざけないで一本橋をクリアすると、次にクイズ形式のゲームが待っていた。知力はあかねに任せ、解答権を得るための関門は乱馬があっさりとクリア。当人たちが思っている以上のチームワークで、二人は最終ゲームに勝ち残った。

「さあ、これが最後の難関です!愛のキューピッドからりんごを受け取ってゴールを目指してください!」
 司会役のアナが煽り文句を並べ立てる。この時点で残ったのはわずか5組のカップル。
「それでは位置について〜、よ〜い・・・」
パァン
 鮮やかなスタートで駆け出す乱馬とあかね。途中で不細工な着ぐるみ天使からりんごを受け取り、トップで最初のチェックポイントにさしかかる。出されたテーブルの上にはまな板と包丁。いやな予感が乱馬を包む。
「ではここでカノジョにりんごをむいてカレシに食べてもらいましょう♪」

 お、終わった・・・

 脱力感を覚える乱馬を尻目に、あかねは真剣な顔で包丁を持つ。
「ちゃーんと皮と芯を取ってくださいね、くれぐれも怪我はしないように気をつけて♪」
 実況アナの声が無責任に響く。おしぼりで手を拭くと、あかねは危なっかしい手つきで皮をむき出す。見ている乱馬はたまらずリタイアを申し出ようと思ったが、あかねがのろいながらも一生懸命に包丁を動かしているのを見て思い止まった。

 いいさ、ビリになっても。ちゃんと俺が最後まで見届けるから、頑張ってやり抜けよ・・・

 そんな声にならないエールが届いているかどうかはともかく、あかねは手を切ることも無く、ゆっくりなペースでりんごの皮をむく。そうこうしているうちに他の参加者たちもやって来て、同じ課題に挑戦し出す。
「・・・はあ〜、何だよあれ・・・」
 そんな言葉が思わず乱馬の口から洩れる。それぞれお化粧も服装もキメまくった女の子たちがあかねと並んでりんごをむいたり切ったりしているが、その手つきときたら・・・
「世の中にはあいつより不器用な女がいたのか・・・」
 りんごを切るついでにつけ爪まで削る娘。皮をむくというより実をむく少女。包丁の持ち方自体が明らかにわかっていない女・・・
「あか・・・ゆかがすっげーまともに見える・・・」
 味音痴だの破壊的料理だのと言われながら、あかねは料理に取り組み続けている。たまには辛うじて許容範囲に入るものが出来ることもある。口には出さないが、あかねの努力はわかっていたつもりだった。比較対照が悪すぎるにせよ、成果らしきものを実際に目の当たりにすると、あかねのことが誇らしく思える。

『すてきなフィアンセがいてhappyじゃないの?』
 耳に蘇るアイリーンの声。そうだな、俺は幸せ者だ・・・そう言ってはやれないけど・・・
『なぜジシンをもっていわないの?』
 それは・・・
『どうして?ふたりでフィアンセになるってきめたんでしょう?』
 違うんだ、情けねー話だけど、俺たちは親にあてがわれた同士で・・・


『じゃあ、らんまはあかねの何?』

 !!

 
「はい、出来たよ、早く食べて!」
 目の前に突き出されたりんご。
「え・・・あ、ああ、はむっ」
 あわててりんごを頬張る。かつて格闘ディナーで鍛えただけあって、あっという間にりんごは無くなる。
「はい、OKでーす。あそこから愛の試練の道を通ってゴールへ向かってくださーい。」
 結局一番で二人はチェックポイントを通過した。

「あか・・・ゆか、頑張ったじゃねーか!」
「ふふっ、おばさまに特訓してもらったばかりだったの。それよりさっき何ぼーっとしてたの?」
「あ、いや・・・その、他のやつらがあまりにも、だったから。」
「あ、やっぱりそう思った・・・あたし、ちょっと自信ついたりして。」
 走りながら屈託無く笑うあかね。乱馬の複雑な思いは知る由もない・・・

 愛の試練の道とは、転がってくる張りぼての岩や振り子のハンマーなどの妨害を避けながらひたすらゴールを目指すという単純なもの。後ろに大きな水を空けている二人には障害ともいえない。すぐ前方にゴールと思わしき白いアーチ門が現れる。ただし門は閉まったまま。そこをくぐり抜ければゴールインだろう。門の横に実況アナが一人待ち構えている。

「さあ、ブッチギリのトップで今、最初のカップルがやってきましたっっ」
 たどり着いた二人にまくしたてるアナ。
「おめでとうっ、あとはこのアーチの向こうのハートボタンを押すだけっ!」
「どーやって開けるんだ?」
「あれえっ、説明聞いてないの?・・・それはもっちろん、二人の愛のキッスでだよ!」
「・・・えええ〜!」
 ずざざざっと引く乱馬とあかね。
「さあ、どうぞ・・・早くしないと後ろが来ちゃうよ。」
 その瞬間を逃すまじとカメラが二人に寄って来る。
「さあさあ・・・あれ、赤くなってるの?いまどき珍しいねえ・・・」
 他のカップルなら一番簡単にクリア出来る試練だろうが・・・
「さあさあさあ、カレシ、頑張ってカノジョにキスしてあげなよ〜」
 面白がり出したアナがからかうように乱馬をけしかける。
「ここを超えたらゴールイン、なんだから〜」
「ここを越えたら・・・って言ったな。」
 乱馬はアナの方を鋭く見る。
「ええ、言いましたよ。ここを超えたら優勝です。それより早く・・・」
「をーし」
 乱馬はあかねに目配せをする。はっとしたあかねは一瞬後、うなづき返す。さっとあかねの腰に手を回した乱馬に、いよいよかとアナとカメラマンは色めき立ったが・・・
「はあっ」
 気合とともに地面を同時に蹴る二人の足。3メートル弱のアーチは問題ではなかった。

バンッ
 着地と同時に大きなハート型ボタンを乱馬の手がはたく。派手なスモークとクラッカー音が二人の優勝を宣言する。

「あ、あわわ・・・あれ、どうします?・・・」
 モニターでその様子を眺めていたディレクターが、泡を食ってプロデューサーの顔をうかがう。
「なかなか面白いことをしてくれる。・・・どうせどっかの事務所が送り込んできた新人だろう。そのうち挨拶に来るさ。今日は賞品渡して引き取ってもらえ。・・・ま、悪くはないな、あの運動神経は大したものだ。」


「へへっ、どーんなもんでいっ」
 優勝賞品として渡されたディナー券をひらひらさせて乱馬はご満悦。呆れたようにあかねは笑う。
「良かったわ、賞品もらえて。ルール違反って言われても不思議じゃなかったし。」
「あいつ、ここを越えたらって言ってただろう。どうやって越えろ、なーんてことは言わなかったぜ。」
「強引な理屈ねえ・・・」
「を・・・じゃ何だ、お前、まさか・・・」
「ち、違うわよっ」あかねは真っ赤になって首を振る。「それよりチケット、どうするの?」
「そーだなあ・・・何度もお台場来るのはめんどーだし、使えるものなら使おうか。」
「うーん・・・そうね、今日はちょっといいもの着てるし、電話して聞いてみよう。」
「ああ、OKだったら家の方にも連絡入れろよ。」
「うん、じゃ電話してくる。」
 夕方が近い。西の空が黄色味を帯びる。寄せる波の波頭が淡い金色に輝く。
「何だか今日って・・・わらしべ長者みてーな日だなあ。」




「こんにちはあー、猫飯店から来ましたー」
「おうっ、シャンプーちゃんじゃないか。出前、ご苦労さん。」
 商店街のアクセサリー店の通用口。岡持ちをかかえたシャンプーを出迎えたのは店のオーナーである大木戸平蔵。風林館高校の生徒たちの間では『鬼平』という非公式通称で恐れられている。
「すまんな、こんな半端な時間に。昼飯食いっぱぐってな。」
「気にしない、平さんのところは大事なお得意様ね。」
「そりゃあ猫飯店の飯はうめーし、シャンプーちゃんは可愛いからな。今度の社員慰労会も頼むぞ。ぱーっとな。」
「毎度ありね。」
 にこにこして応接室のテーブルに注文の品を並べるシャンプー。鬼平がどうやらあかねの肩を持っていることや、喧嘩した乱馬とあかねの間を取り持つのに一役買ったことも薄々知ってはいるものの、それを商売に持ち込むようなことはしない。
「これで注文の品全部ね。三千四百円です。」
「ふむ・・・釣りあるか?今細かいのがないんだが。」
「アイヤ−、またあとでもいいね。」
「ああ、待て待て・・・店で両替すりゃいいんだ。すぐ戻る。」
 鬼平は応接室から出て行く。空になった岡持ちをかかえてシャンプーも廊下に出る。隣が事務所らしく、開いているドアからは従業員の声が廊下に響いてくる。
「えーっ、また鎖切っちゃったの?天道さんとこのあかねちゃん。」
 シャンプーははっと耳をそばだてる。『あかね』という単語はシャンプーの耳に苦い警戒感を呼び起こす。
「オーナーが呆れて1ダースくらい入れとけって・・・いっそのことチタン製の鎖でも特注しようか。」
「そこまで言ったら・・・でもすごくお気に入りのようね、あのペンダント。肌身離さず着けてるみたいじゃない。」
「そりゃあもう、だってあのペンダントは・・・」
 続く言葉が耳に入った時、シャンプーの顔からあらゆる表情が消えた。そのままずるずると廊下の壁にもたれ、座り込む。
「おう、待たせたな・・・ん?どうした、気分でも悪いのか?おい、大丈夫か!?」
 戻ってきた鬼平が心配そうに声をかける。それには答えず、シャンプーは岡持ちを引っ掴むと脱兎の勢いで通用口から飛び出した。


 あかね・・・アカネ・・・茜・・・あかね・・・

 その名が表すような暗い赤の炎が、大きな瞳の一番奥まったところであらゆる感情を飲み込み、焼き尽くす。心のどこかで何かが悲鳴を上げるが、それが痛いとも、苦しいとも感じられない。
 何かに追い立てられるように、少女は夕暮れ近い街を走り抜けていった。



 to be continued...

 by "いなばRANA"




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