◆少しだけ坂道
葉月玲奈さま作


『初恋は実らない』
みんなそう言うけれど・・・
私もそう思っていたけれど・・・
それは嘘。
本当はね?
実るか実らないかはその人次第なの・・・



 何気ない日曜日。
「乱馬のばかーーー」
「へっへーん。 ここまでおいで、寸胴、間抜け〜。」
「ぬ”あんですって〜? こら! 乱馬っ、もういっぺん言ってみなさいよ!!」
 口の減らない許嫁相手にあかねはほうきを振り回しながら道場の方へ追いかける。
 そう、いつも通りの痴話喧嘩。
 こんな、何気ない午後の昼下がりに・・・。
『ねぇ乱馬くん? 突然で悪いんだけど、好きなタイプは?』
 なびき嬢の何気ない(?)一言でこの物語りは始まった・・・。

「うわっ!! な、何だよなびき。」
「お、お姉ちゃん?!」
 急に湧き出たように出現したなびきに乱馬とあかねは心底びっくりした様子である。
「何を今さらびっくりしてんのよ。べつにいいじゃない。私がどこから現れよう
と。」
『ちっとも良くない!!』
 2人は同時に叫んだ。
 しかし、そんなことでなびきが怯むはずもなく・・・。
「はいはい、邪魔して悪かったわよ。それで、どうなのよ?」
 全然気にせず話しを続けようとするのであった。
「お前・・・ちっともわかってねぇだろ・・・?」
「お、おねぇちゃん・・・・・・・・。」
 あくまで悪びれない様子のなびきに乱馬とあかねは脱力する。
「別に答えてくれたっていいじゃない。答えてくれないなら、かってに解釈しちゃうわよ?・・・えっと・・・乱馬君の好きなタイプは・・・・と。」
「おい・・・なにかってにメモとってんだよ・・・。」
パシッ!
 乱馬がなびきからメモ用紙を奪う。
 メモ用紙に目をやって乱馬はぎょっとした。
「・・・・おい・・・・なびき。俺の好きなタイプがなんであかねみたいな凶暴女なんだよ?!」
「あら・・・だれもあかねなんて書いてないわよ?」
「うっ・・・・」
 そう、確かにそうなのである。
 メモには-かわいくなく、色気のない、寸胴で不器用な女-とかいているだけなのである。
 いや・・・ここまで書いていれば十分ではあるが・・・。
「どう? 少しは答えてくれる気になった? それともわたしに好きなように解釈しろとでも?」
「うっ・・・・・」
 この勝負、最初から勝敗は明らかだったのだ。
 口で乱馬がなびきに勝てるはずなど無いに等しい。

「ふんふん・・・・・」
 結局なびきに押し切られ、乱馬は質問責めにあっている。
 あかねはこちらなど気にも止めない様子でPちゃんと遊んでいる。
「大体、なびき・・・・」
「うん?」
「こんな事調べてどうするんだよ?」
 乱馬がじと目でなびきを見える。
「ああ、これ? これは・・・・・・・い、いいじゃない、そんなこと別にどうだって。」
 あきらかに様子のおかしいなびきに乱馬は詰め寄る。
「なんだよ。俺に知られちゃまずいのかよ?」
 乱馬の顔が怪訝そうになるのがわかる。
『まずいわねぇ・・・こんな事しれちゃ乱馬君が協力してくれなくなるかもしれないし・・・』
 なびきは何とか話しをはぐらかそうとする。
「じゃあ乱馬君、最後の質問ね。」
「おい、まだ聞いて無いぞ。さっきの俺の質問に対する答え。」
「はいはい、この質問に答えてからね。」
『なかなかしつこいわね。』
「絶対だぞ? いいな?」
「わかったわよ。それじゃいい?」
「ああ・・・。」
『ふっ・・・知られてたまるものですか・・・これ聞いたらサッサと逃げちゃお♪』
 天道なびき、どこまでも奥の深い女である。
「んじゃ、乱馬君。初恋はいつ?」
「えっ・・・・・・?!」
 思ってもいなかったなびきの問いに乱馬は少しびっくりした。
「初恋よ、初めての恋と書いて、は・つ・こ・い。」
「えっ・・・あ・・・・」
「何よ?いくら乱馬君でもまだって事はないでしょ? まだって事は。」
 なびきに馬鹿にされて乱馬は少しムッとした。
「そ、そんなのとっくの前にしてるぜ。」
『あ・・・しまった・・・・』
 乱馬が自分の言ったことに気づいたときにはすでに遅かった。
「へーー。乱馬君の初恋の人って誰? 誰?」
 なびきは私情もまじってか興味津々のようである。
「いいだろ・・・べつに誰だって・・・」
しかし、ここで引き下がるようななびきでもなかった。
「あら? 言いかけたんだから最後まで話しなさいよ。それにあかねも聞きたいでしょ?」
 さっきまでこちらのことになど気にもとめずにテレビを見ていたあかねまでいつの間にかこちらを見ていた。
「うん、聞きたい。」
 それはあかねの口から出た本当に素直な気持ちだった。
「え`?」
 思っても見ない反応に乱馬は拍子抜けの様子である。
『へー。素直じゃない、あかねったら。』
「ほら、あかねもこう言ってるんだしさ、教えてよ。」
 なびきもよほど聞きたいらしい。
 ここぞとばかりに乱馬を促す。
「あ・・・・あぁ・・・・」
「やった♪」
「あ・・・・・しまった・・・・」
 返事してしまったのだから仕方がない。
 乱馬は小さくため息を吐くと意を決して少しずつ昔話を語り始めた。
「・・・べつに初恋ってほどの事じゃないけどよ。俺が7歳くらいの頃・・・・・・・」



「あーぁ。おとうちゃんおそいなぁ。」
 まだ7歳の乱馬もこの頃にはすでに父に連れられて武者修行の旅に出ていた。
「しょくりょうはいたつに行くって言ってたけど、まだかなぁ?」
 夕方の5時くらいのことである。
 夕刻のこの時間決まって父、玄馬は食料配達に出向いていた。
 食料配達・・・きっとどこかの畑から野菜でも引っこ抜いて頂いて来ているのであろう。
 その間、乱馬はよく一人で父を待っていた。
 今日は野宿予定の公園で父の帰りを待つことになっていた。
 夕方のましてや、この時間帯ともなると公園内に人影など見あたらず一人で居ると幼い乱馬は物寂しい気分になってくる。
 寂しさを紛らわすかのように乱馬は力一杯、ブランコをこいだ。
「ん? あれ・・・・?」
 先ほどまでは気づかなかったが公園の隅のベンチに誰か座っているようだ。
まだ小さな・・・自分と同い年ほどの女の子である。
 好奇心からか乱馬は勢いのついたままスピードのゆるまないのブランコからいとも簡単に、ひょいっと降りると女の子のところまで駆け寄ろうとした。
 まだ子供とはいってもこのあたりの身のこなし方は流石である。
 女の子のところまで駆け寄って近づいてみると、乱馬は少し驚いた。
 その幼い少女は下にうつむいて泣いている様子だったからである。
『どうしたんだろう・・・・』
 乱馬は少し躊躇したが、それでも思い切って声を掛けてみることにした。
「ねぇ・・・どうしたの?」
 幼い少女は突然の呼びかけに肩をビクッとさせたが、おそるおそるこちらへと顔を上げた。
「ふぇっ・・・・・」
 乱馬は一瞬ドキッとした。
 その大きな瞳にあふれんばかりの涙を溜めて自分を見る少女。
 かわいい・・・・・
 その娘は乱馬がいままで見た誰よりも可愛かった。
 また少女も目の前に立っている男の子が自分と同じくらいの背丈である事に安心したのか、乱馬を警戒しようとはしなかった。
「・・・・だぁれ?」
 ぼーっと目の前の少女を見つめていた自分に気づき乱馬は少し焦った。
「え!? あっ・・・らんま。さおとめらんま、だよ」
「らんま・・・くん?」
「うんっ。」 
 少しは落ち着いた様子の少女に乱馬は何がどうしたのか聞いてみようとする。
「・・・ねぇ? こんなところでなにしてんの? おうちの人はしんぱいしてないの?」
「・・・・・・・。」
 少女はなにかを思いだしたのだろう。
 とたんに顔色が曇ったのが分かる。
 少女の表情が泣き顔へと変わるのを感じて乱馬はあわてそうになった。
「あのね・・・・っ・・・」
 気が強いのだろうか?
 それでも必死に涙をこらえながら乱馬の問いに少しづつ答えようとする。
 乱馬は少女の話に耳を傾けながら、少女の座っているベンチの隣へと腰を下ろした。
「あのね、あたし・・・きょう、おとうさんにのんでもらおうとおもって・・・・いちばん上のお姉ちゃんにおしえてもらってコーヒーつくったの・・・」
「・・・うん。それで?」
「それでね、そのコーヒーの中におさとうじゃなくって・・・おしお入れちゃったの・・・」
「!?」
『さとうとしお・・・・ぼくでも、もうまちがえないのに・・・』
 乱馬はすこしびっくりした。
「それで・・・・? おとうさんがどうかしたの・・・?」
「ううん・・・おとうさんはおいしいってのんでくれたの・・・」
『むりしたんだろうなぁ』
 乱馬は子供ながらに見ず知らずのこの子の父親に同情した。
「じゃあ、どうして泣いてるの? おとうさんはおいしいって言ってくれたんだよね?」
「もうひとりのおねえちゃんがね? おしおとおさとうまちがえてたらだれも”およめさん”にしてくれないよって言ったの・・・。」
 『およめさんになれない』
 そんな一言で傷ついてないている女の子。
 どこか頼りなげで守ってあげたくなるような、小さな女の子。
「あの・・・!」
 乱馬が今にも泣きそうな少女を慰めようと口を開いたときだった・・・。
ポタッ・・・
 一粒の滴が空から落ちてきた。雨のようである。
最初の一粒を境に雨はいきなり量を増した。
「うわぁ!」
「きゃっ!」
 いきなり量を増した雨の勢いに押しつぶされるような感覚がする。
 突然の大降りの雨から逃れることだけに乱馬とその少女の意識は集中した。
「あっち! あそこの穴の中行こう! ほら競争だよ!」
 乱馬は少し先にある遊具を指さしながらそういった。
 乱馬が指さしたのは丸い円形状の遊具だった。
 子供なら十分に雨風を防げるほどの広さだ。
「うんっ!」
 乱馬に導かれて少女は穴へ一気に走り出す。

「はぁはぁ・・・着いた!あたしの勝ち♪」
 全速力で走ったのだろう。息を切らしながら少女は自分の勝ちを喜んだ。
「君・・・はぁはぁ・・・走るの早いんだね。」
「へっへー♪」
 よほど勝負に勝ったことがうれしかったのであろう。
 少女はさっき泣いていたのが嘘のように得意気に微笑んでいた。
「君・・・笑ってた方がかわいいね。」
 それは今の乱馬からは想像できないような素直な言葉だった。
「そうやって笑ってたら、きっとかわいいおよめさんになれるよ。」
「ほんと?」
「うん、ほんとうだよ。」
 それを聞いて少女は本当に嬉しそうに微笑んで見せた。
「じゃあ、大きくなったらあなたがあたしをお嫁さんにしてくれる?」
「うん、いいよ。」
「約束だよ。」
「約束。」
 ふたりは小さな小指で指切りを切った。 

 幾分時が経っただろうか。
 通り雨だったのだろう。
 雨も降り止み茜色の夕焼け空がきれいに見えている。
 あれから乱馬は少女に修行の旅の途中にあった出来事を話してやっていた。
 山や海での修行話に少女はとても興味を持った様子であった。
 そうこうしている内にも時は経ち公園の外がなにやら騒がしくなってきた。
「おーーい!!・・・・ねーーー!」
 男の人が1人と、小さな女の子が2人誰かを捜していた。
「あっ! おとうさんたちだ・・・。」
「みんな、君のことが心配でむかえに来たんだね。」
「・・・・うんっ。」
 さっきまで帰るのが憂鬱そうだった少女の心。
 だが今はもうこの空のように心はすっきりとしていた。
「もう、帰るね。」
「うん、またね。」
 乱馬にとっても少女にとっても別れは寂しかったが”また会える”そんな気持ちが2人の中にはあった。
「ばいばい! らんまくん!」
 あかねはすっきりした笑顔でらんまに別れを告げ走って行こうとした。
「あ・・・・・! ねぇ! 名前はーーーー?」
 乱馬は少女の名前をまだ聞いていなかった事に気づいた。
「あかね! あかねだよ!! ぜったいむかえに来てねーー!!」
 あかねは走りながら振り返り越しに乱馬に自分の名を告げ、手で大きく弧を描いて振った。
「あかねちゃーん! 大きくなってもっともっと強くなってぜったいむかえに行くからねーーー!」
 乱馬もあかねの後ろ姿に大きく手を振った。
 またいつか会える日を夢見て・・・・・。


「へーー。結婚の約束までしたんだ、乱馬君。」
「ガキ頃の話しだけどな。」
「ふ〜ん。でも、約束は約束! 迎えに行かなくっていいの?」
「だ・か・ら! ガキの頃の話しだってば。どーせその子も忘れてるいぜ、きっと。」
 乱馬のその一言にあかねがぎくっとする。
「じゃあ、どうしてあんたは覚えてたのよ? うっちゃんの事ですら忘れてたあんたが。」
「うっ・・・・」
 乱馬も右京のことを言われると言葉に困ってしまう。
「・・・わらった顔が可愛かったからかな? 同じ名前でもあかねとは大違いだな♪」
 いつもの悪態をつくがあかねは一向に乗ってこない。
 と、いうよりは照れているようである。
「な、なんだよ・・・?」
 乱馬にはあかねの反応の意味が分からなかった。
「はーー。乱馬君、あんたほんとに鈍いわねぇ・・・。」
 なびきは乱馬を一瞥した。
「へっ?」
「なんでもないわよ。先にご飯食べに行くわよ?」
 そういってなびきはさっさと居間へと戻っていった。
「ふ〜ん。 じゃあ、乱馬?」
 さっきまで口を閉じてたあかねが口を開く。
「なんだよ?」
「もしその子が約束きちんと覚えてたら、その子のところに約束果たしに行くんだ?」
「なんだよ、おまえまで。・・・あぁ、そうだな。その子がちゃんと覚えてたら迎えに行くだろうな。」
「へー、そうなんだ? 早くその子みつかるといいねぇ〜。」
「おまえほんっとかわいくねーなー。そんなんじゃ嫁のもらい手ねぇぞ。」
 あかねの態度が気に入らなかったのだろう。
 乱馬があかねを挑発しようとする。
 しかしあかねはその挑発には乗らなかった。
「大丈夫よ。1人宛がいるから♪」
「へっ?」
「ねぇ、Pちゃん?」
 あかねは上機嫌でさっきから膝の上に抱かれているペットのPちゃんに話しかける。
 Pちゃんも喜んでいる様子だ。
『なんだ・・・P助のことか・・・・あせった・・・』
「さ、Pちゃん。ご飯食べに行こうか?」
 そう言ってあかねは道場から出ようとした。
「あっ! 乱馬も初恋は実らないって思う?」
 あかねは振り返り越しに乱馬に訪ねた。
「はぁ?」
 乱馬は訳の分からないことを聞かれて少しとまどったが、すぐさま答えを出してやった。
「そんなの、出逢ったそいつら次第だろ?」
「うんっ!!」
 乱馬の答えに満足したのだろう、あかねは上機嫌で居間へと行ってしまった。
「どうしたんだ? あかねのやつ。えらく機嫌良かったな・・・・・・・あれ・・?
 確かあの時俺がいた公園って近所にある公園とにてるような気がする・・・・・まさかな・・・・・。」
 後に残された乱馬は困惑していた・・・・・・。

ーーーーその頃のなびき嬢
「乱馬君ってやっぱ鈍いわ♪ なんでわたしがこんな事調べてるのか聞くの忘れるんだもん♪
だって、右京とシャンプーと小太刀に売る何て言ったら絶対協力してくんないもんね。それにしても乱馬君の初恋の娘があかねだったとは・・・・ふっ・・・高く売れるわ。この情報」
 こうして明日、乱馬君がどんな目にあったのかは・・・・言うまでもない・・・。


作者さまより

 乱馬君の初恋をテーマにがんばりました。実際はこんなにうまくいく分けないかなぁ、なんて思ったりもしましたが、【必然】っていうものはあると思います。乱馬君にとってもあかねちゃんにとってもお互いが出逢うという事が必然だったらといいな、なんて思ったりしながら書きました。
所でどうして「すこしだけ坂道」って題にしたかというとその曲がこの駄文のテーマ
だったりするからです。この曲好きなんですよ♪
 補足ですが『』が心の中の気持ちの部分で、「」が普通の会話文です。


 
 当時、まだ中学生だった「らんまNAVI」管理人の葉月玲奈さまに、らんま一期一会内の掲示板にて前におねだりしていただいた小説です(^^)
 玲奈様の初期作品が読めるのも、古参サイト呪泉洞ならでは…です、皆さま。
 可愛いお話に思わず笑みがこぼれますね。
 乱馬君の初恋はあかねちゃん…。その説には大いに賛成です。
 なお、「らんま1/2DoCo」のCDアルバムには、同名の歌があります。
(一之瀬けいこ)


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