◆=Are you expect?=
みのりんさま作



 純白のウェディング・ドレスに身を包み、“彼女”はそっと微笑む。
 ――嗚呼、この瞬間を――
 緋色のヴァージン・ロードの上を進む“彼女”。
 ――どれだけ夢見ていただろう――
 鼓動が高まる。 
 ――この瞬間のために――
 ドクン……ドクン……


 ボコッ!
「起きなさいよ!」
 ハッとする乱馬は、目をパチリパチリと目をしばたかせる。
 それを呆れた顔であかねは見ていた。
「人にテスト勉強を頼んどいて……こんな調子じゃ、留年決定ね。」
 慌てて乱馬は教科書を手に取る。
「ま、待て。今から真面目にやっから!」
「そう言っといて、どーせ寝るんでしょ。」
「寝ねえって!」
 ジト目で乱馬を見て、あかねは明後日の方角に顔を向けた。
 まともに授業を受けていなかったせいで、定期テストの点数全てがすこぶる悪かった。
 つい先日、学年主任の先生に呼び出されてしまった。

「なあ、早乙女。もういっぺん、同じ学年やるか?」
「はい?」
 左肩に手をおかれ、開口一番に言われた一言は、乱馬の心に大きな爆弾を落とした。
「お前、主要五教科、全部平均点以下だ。」
「はあ……」
 重々しい声で、学年主任は言う。
「どれも悪いが――特に英語の成績、授業態度と共に、最低ライン以下だ。」
 ――そういえば……
 と、英語の時間に自分がしていたことを、乱馬は思い返していた。
 早弁、熟睡……相手がひなちゃん先生だと、あなどりすぎていた。
「次のテストで、平均点以上が取れなかった場合……」
「と、取れなかった場合……」
 ゴクッと乱馬は出てきた生唾を喉に通す。
「留年だ。」
「そ、そんな……」
 まず乱馬の脳裏に浮かんだのは、嘲笑するあかねだった。
『ほほほほほ……これから、“天道先輩”って呼ぶことね。』
 そして、ひろしと大介が乱馬を指差して笑う。
『へ〜落第か。』
『じゃあな、下級生の早乙女くん。』
 そして、気の毒そうな顔をする右京。
『乱ちゃん、たとえ同級生やのうても、仲良うしたってや。』
 ――嫌だっ!!

 そんなわけで、あかねの部屋で彼女に勉強を教えてもらっている身分で、うつらうつらと、舟をこいでしまったのであった。
「いーのよ。あたしは別にあんたが留年しようと、しまいと関係ないし……」
「だから、寝ねえって!」
「ホント?」
 チラッとあかねが横目で乱馬を見た。
「マジだって!」
 何度も頷きながら、乱馬は言った。
「じゃあ、『お願いします』って、頭下げなさいよ。」
「はぁ……」
 あかねは乱馬に顔を近づけながら言う。
「ど〜もあんたって、人にものを頼むてことが、態度からして、なってないのよね……」
「だ――っ!」
 ドンと大きな音をたてて、乱馬は机を叩いた。
「さっきから、何べんも頼んでんじゃねえか!」
 短気な彼はあかねを睨みつける。
「言ったでしょ。『お願いします』って、心から頭を下げなさいって。」
 ――あかねに、頭を下げるなんて……おれのプライドが……
「乱馬くん、留年決定おめでとー」
 ニンマリと口元を歪めるあかねの目は、笑ってなかった。
「………………」
 乱馬の思考は一時停止。
『ほほほほほ……これからは“天道先輩”とお呼び!』
 冷笑するあかねの声が、乱馬の頭の中でこだまする。
 ――頼むは一時の恥、頼まざるは一生の恥!(←現国、赤点男)
「…………」
「ど〜するの?」
 ――ええいっ!氷の心だ!土下座ぐれえ何度でもしてやらぁ!!

 今まで戦ってきた中で、これほど手強い相手はいなかったのでは……と、後になってから思い返せた。
 なんども逃げ出そうとする“本能”との戦い。
 大量の“公式”の山と“記号”の山、“単語”の山との戦い。
 いずれも劣らぬ強敵で、乱馬は苦戦する一方だった。
 ……けれど、それをずっと支えていたのはあかねだった。


 そして――――
「良かったわね、乱馬くん。進級おめでとう。」
 乱馬が一人でテレビを見ていた時に、なびきがいった。
「お、おう。」
 再び、学年主任の先生に呼びつけられた時、乱馬の進級が確定したことを告げられた。
「ねえ、ねえ、乱馬くん。」
「なんだよ?」
「一つだけ、教えてあげましょうか?」
「金取るんだったら、いらねえぜ。」
 そう言うと、なびきは「今回に限りタダ。」と言う。
「まあ、大切な妹のことだから……」
「あかねが、どうかしたのか?」
 乗り出すように言う乱馬に、なびきは上目遣いで。
「今回のテスト、あかねの実力だったら、もっといい点取れたはずなのに、なぜか全体的に悪かったんだって。」
 ――あかねの成績が下がった。
 理由はすぐに分かった。
 ――おれの勉強に付き合ったせいだ……
 慌ててあかねの部屋に走って行く乱馬の後ろ姿を、ニンマリとほくそえんで、なびきは見送った。

 トントン。
「はい。」
 すぐに返事は返ってきた。
「あかね、おれだけど。」
「あ、チョッと待って。」
 ガシャガシャと紙が擦る音が中から聞こえた。
「……どうぞ。」
 あかねは机の前の椅子に腰掛けて、こちらを見ていた。
「何か、用?」
 そう尋ねるあかねの顔を見て、言葉が出なくなった。
 たくさん言いたいことが山のようにできていたのに、一瞬にして消えてしまった。
「えっと……」
「どうしたのよ?」
 問われて、乱馬は困った。
 ――何だっけ……
「えっと、その……」
「だから、どうしたのよ?」
 そう言うあかねの顔色に、不審の色が浮かぶ。
「あの、今度の日曜、ひま?」
「はあ?」
 突然出た言葉に、己自身驚きながら、懸命に乱馬は言葉を繋いだ。
「つ、つ、つ……付き合って……欲しいんだ。」
「え?!」
 あかねは目を見開いた。
 ――まさか……“デート”の誘い?
「べ、勉強、おめえのおか……げで、助かったからさ……その……お、お、お礼がしてえんだ……よ。」
 自分の顔が真っ赤になっているのを、乱馬は感じていた。
 乱馬から視線をそらすあかねの顔も、赤くなっていた。

 =Are you expect?=








作者さまより

 祝!“京極夏彦先生、直木賞”!!(←ファンです)
 「後巷説(のちのこうせつ)百物語」での受賞でしたが、私としては“京極堂(妖怪)シリーズ”の方をお勧めします。
 けれど、「巷説百物語」はWOWOWで映像化され、TVアニメ化もされました。
 アニメの方の演出がスゴク斬新で、大人でも楽しんで見られるアニメです。
 京極先生自身も“京極堂”役で登場!
 ベテラン揃いの声優さんの演技の凄さも、特筆すべきものです。
 アニメ版は、ビデオレンタル 2004年1月16日スタート!
 一度、ぜひ“京極ワールド”を見てみてください。
 (ちなみに、今、「陰摩羅鬼の瑕」を読書中です)(^_^)


 先日、京極さんが同世代たということにショックを受けた管理人です(笑・・・もっと年上だと思ってたんで、私。(深い意味はない)
 最近トンと読書というものから遠のいてるから、未チェックですいません(笑
 アニメのほうは面白いと悪友が言ってましたっけ・・・。関西エリアでは同時間に「キャプテンハーロック」(山寺さんと勝平さん声の新作のほう)やっておったんでチェックしとりませんでした(汗)・・・二台稼動してるビデオデッキ環境なのですが、一方は兄貴が使ってるんで使えなかった。(爆!
(一之瀬けいこ)


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