◇monologue and dialogue scene.1
マルボロシガーさま作


こんにちは、あかねです。
突然ですが、私は月です。
もちろん夢の中の話だとか気の利いた例えではありません。
生まれた時からこうなんです。
そして、この暗く静かなところにずっと一人で浮かんでいます。
いえ、浮かんでいました、と言ったほうが正しいのでしょうか。
というのも、私は一人じゃないということをある人たちが教えてくれたからです。
(ある人、というのはみなさんの知っている「人」と相違ないと思います。)
少し前、私がお昼寝から起きてすぐのころ、その人たちは私の髪の毛くらいのものに乗ってやってきました。
そして、私のおへそのくぼみから顔を出すのが見えました。
私って、とっても目がいいんです。流れ星のちり、までしっかり見ることができます。
それで、その人たち、髪が長くておひげのおじさんとめがねのおじさんの、おひげのおじさんのほうが大きな声で私に届くように言いました。
「聞こえますかー?」
「はーい、何かご用ですか?」
「今日は、大事な話をしにきましたー」
「何ですか?大事な話って」
「びっくりしないで聞いておくれよー」
「わかりました」
いちいち大声を張り上げているので、おじさんが息を切らしているのが見てとれました。
にもかかわらず、おひげのおじさんはこれまでで一番の音量で私に言ったんです。

「君にはいいなずけがいるんだ」

私は、いいなずけ、という言葉が何だったか考え込みました。
でも、それは私の知っている食べ物や動物の名前ではありません。
「いいなずけって何ですか?」
結局私はその質問をしました。
すると、今度はめがねのおじさんが答えました。
「いいなずけ、というのは将来ずっと二人で仲良く暮らす、ということを約束する相手のことなんだよ」
私は不思議に思いました。
だって、ずっと一人でいたんだからそんな相手がいるなんて思いもしなかったことです。
「おじさんたちのどちらかが私の、その、いいなずけなんですか?」
そう言うと、二人は、目に比べるとちょっと悪い私の耳にもはっきり聞こえるくらいの声で笑い出しました。
「天道君、君がいいなずけになってずっとここに残ったらどうかね?」
「ちょっと〜冗談はよしてよ早乙女く〜ん」
私が言ったことが変だったみたいだけど、何も知らないのにこんなに笑われて嫌な気持ちになりました。
「うわっ、じ、地面が揺れ出したよ!」
「怒らせちゃったんじゃないのか?天道君、本当のことを言ったほうがよさそうだよ。」
「そ、そうだね・・・」
そして、おひげのおじさんがかしこまった顔をして私に言いました。
私も少し緊張してその言葉を聞きました。
「彼が君のいいなずけだよ」
と、言っておひげのおじさんはあるところを指差しました。
しかし、それはあさっての方向と言って差し支えない方角でした。
そこは私が見慣れた風景の一つに過ぎなかったのです。
「あの・・・彼って?」
どう目をこらしても誰もいなかったので、そう聞き返すしかありませんでした。
「ああ、あの青くきれいで立派なのが乱馬君だよ」
・・・・・え・・・・・?
「彼は、君が月であるように、地球というんだよ」
驚きのあまり押し黙っている私をよそにおじさんは話を続けました。
「乱馬君は、よくやってくれているよ。本当に強い子だ。それに・・・」
「彼は、このことを知っているんですか?」
話の腰を折る形で私は聞きました。その時、私の声は震えていたと覚えています。
「ああ、彼も喜んでいたよ。ねえ、早乙女君?」
おひげのおじさんは、一瞬片目を閉じてめがねのおじさんに言いました。
「あ、ああ〜そうだねえ〜」
と、めがねのおじさんはなぜかしどろもどろになって言いました。
でも、そんなことより、彼も喜んでいた、という言葉を聞いて私は舞い上がっていました。
だって、それまでずっと遠くから見ていた彼と一緒に暮らす、そのことを彼が喜んでいるというんですから。
こんなに嬉しいことはないでしょう?
「いずれ、乱馬君のほうからも君と話をするように言っておくから」
もう私は上の空になって、そう言ったおじさんたちが帰る支度をしているのをぼーっと眺めていました。
「じゃあ、私たちはもう行くよ。また用事があったら、すぐには無理かもしれないけど、伝えにくるからね」
「あ、はい・・・さようなら」
「さようなら。乱馬君と仲良くするんだよ」
そして、おじさんたちは地球に、乱馬君のところに帰っていきました。


ここは地球に戻るスペースシャトルの休憩室。
二人の中年男、そして二人の少女が話をしている。
「で、お父さん。あかねだったっけ?あのお月様には何ていったの?」
「うむ、乱馬君は許婚の件は了承している、ということにしておいた」
「悪い人ね〜。人類のため、とか言っといて自分があそこに新しい道場を建てたいだけなんじゃないの?」
「そ、そんなことはないぞ、なびき」
「それじゃあ、私は月からお金になりそうなものをたくさん持ち帰って売ろうかしら。『月面直送!』とかつけて。」
「ま、まあまあなびき君。それはともかくとして乱馬がこのことを知ったら、どうするつもりかね?」
一同に沈黙が流れたが、早雲が意を決したように言った。
「説得するしかないだろう」
しかし、なびきがすぐさま反論する。
「説得ったって、乱馬君、あの子のこと全然知らないんでしょ?」
再び沈黙。
そんな中、かすみがお茶を出しながら言った。
出す、というより手渡すというべきだろう。
この空間では、置いていただけではふわふわと風船のように飛んでいってしまうからだ。
「あら、そんなことないわよ。だって乱馬君って毎日のようにあかねちゃんのこと見てるの。いろんな姿になるから楽しみなんじゃないかしら」
「でも、会ったことも話したこともないんでしょ?」
そんななびきの指摘にも全く動じず、かすみは言った。
「大丈夫、あの二人ならうまくいきますよ」
その自信がどこからくるのかはわからないが、彼女の言葉には不思議なほど説得力がある。
「まあ、かすみさんの保証付きなら安心じゃないか。天道君」
「そうだね。なるようになるよ」
どうやら、親父二人は状況を楽観視したいらしい。
「本当に大丈夫かしら・・・」
それぞれの思いをのせて宇宙船は青い星へと帰っていく・・・



つづく




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