◇imitation ACT.2
kawachamonさま作


「寒いぜ!!なんなんだ、こんなトコに連れ出して」
天道家の屋根の上、良牙は乱馬に呼び出された。
といっても良牙は筋金入りの方向音痴、自分でたどりつけるはずもなく、Pちゃんになって天道家を我が物顔で歩いているところ、屋根へと乱馬にラチられたのだった。
「いや、ちょっと、話が・・・」
寒風吹きすさむ夜空の下、二人は屋根瓦に腰掛けた。
屋根瓦は落ち着かせた腰を思わず浮かしてしまうほどにつめたい。
12月半ばの夜は、頬をなでる風がまるで刃物のように感じるほど冷え込んでいた。
「それで、話ってなんだ」
良牙はなかなか話だそうとしない乱馬をせっついた。
乱馬はもじもじと良牙を上目づかいにみる。
口に出そうとするのだが、それはなかなか言葉にならない。
「んん、ああ・・・、やっぱいいわ。すまねぇな良牙」
結局乱馬はあきらめて立ち上がり、その場を立ち去ろうとした。
「まてよ、乱馬。話ってあかねさんの事じゃないのか?」
最初からわかっていたのか、良牙は落ち着いた調子で言った。
「やっぱ、おまえも感じでたか」
その言葉に観念したような響きがこもる。
恐れていたことが現実になった。
乱馬はそんな顔をしていた。
「ああ、感じるもなにも、Pちゃんには別人としか思えない態度だぜ」
良牙は切なげに夜空を見上げた。。
「具体的にどうちがうんだ?」
「俺を抱いてくれなくなった。Pちゃんってやさしくよんでくれなくなった。部屋にもいれてくれなくなった。なにより愛してくれなくなった。
・・・、あかねさんにとって俺はもはやただの豚だ。スーパーに並んでいるあの豚肉と同じ豚なんだ」
自嘲的な笑みを浮かべ良牙はなおも星空を見上げる。
そうしないと思わず涙がこぼれそうだった。
あかねに恋心を抱いてだいぶになる。
自分にあかねの心はむいていない。
そうはわかっていても恋する心はとめられない。
あかねを独占できるのはPちゃんになった時だけだった。
ブタになる、彼にとってそれは屈辱的な事であったが、同時にあかねの愛を一身に受けられる至福の時でもあったのだ。
なのにここ3ヶ月、あかねの態度は急変した。
なぜだ・・・?彼もまた乱馬と同じく苦しんでいた。
「乱馬、おまえはどうなんだ。あかねさんの変わったところってどこだ?」
「・・・。手合わせを嫌がるようになった。まえは毎日していたのに、最近一度もしていない。あと料理がうまくなった。
信じられるか?!あの殺人的な料理を作っていたあかねがだぞ!まるでプロ並の腕前なんだぜ!
おまけに素直にもなった。いつも俺にケンカばっか売ってたのに、今は口を開けば「乱馬、大好き!」だぜ!」
乱馬はいっきにまくしたてた。
「・・・。おまえ俺を馬鹿にするのもたいがいにしやがれ!」
良牙の拳が乱馬を襲う。
乱馬はひょいっとそれをかわし、カウンターをみまう。
「それだけじゃない!最後まで聞けよ!」
といっても、肝心の良牙はのびている。
乱馬はのびた良牙の背にエイっと気合いを入れ目覚めさせる。
「だから最後まで聞けってんだよ!たくっ!」
良牙はウッとうなって気がついた。
「わかったから、続きを言えよ」
「あぁ、話はこれからだぜ。あかねの雰囲気がなんとなく違うと感じたのは3ヶ月ほど前からだ。
あいつは友達が多くて、いっつもクラスの女子たちに囲まれてたのに最近は俺の横にいるか一人かどっちかなんだ。
ゆかやさゆり、あっ、えーっとあかねが特別したしくしてる奴等なんだが、あいつらも最近あかねと話せないって言ってた。
あかねが笑わないんだとよ、一緒にいてもつまらなさそうなんだって。
俺も心配になって、あかねにゆかとさゆりと喧嘩でもしたのか聞いてみたんだだが、違うってあいつらと一緒にいても意味がないっていうんだ。
俺と一緒にいなくちゃ意味がないって。変なのはこれだけじゃない。俺が一番きになったのは・・・」
ここまで話すと乱馬は、ため息にも似たちいさな深呼吸をした。
「こないだの事なんだが、下校途中あかねが何人かの男にからまれてたんだ。
アイツ、その、顔がかわいいからよくあることなんだが、いつも軽くケガがない程度にノシていなすんだ。
だから俺も別に心配なんかしてなくて、またからまれてやがるって思って遠目でみてたんだ。
そしたら案の定バタバタ男どもが倒れてったんで、いつものパターンだって思ってたんだけど・・・」
「で、どうしたんだ?」
「あかね・・・、男たちにとどめをさそうとした。もうのびてる相手に・・・。とっくに勝負あってんだぜ。なのにとどめまでさそうとした・・・。
俺、慌ててそれを止めに入ったんだけど、逆になんで邪魔するんだ、相手にとどめをさすのは当たり前の事だって噛み付かれた。
そん時のあかねの目、すげぇ冷たくて。倒れた相手をまるで人間とも思ってないって目をしてた。怖かった。
あかねの事、はじめて怖ぇて思った。俺、あかねの事、優しい奴だって思ってた。人を本気で傷つけることのできねぇ奴だって。
武道家にはその優しさが邪魔だって思ってたのに・・・」
「あかねさんが?信じられない・・・」
「俺だって、信じられねぇよ!あかねがあかねじゃねぇみたいだ・・・」
二人の間に重い空気が横たわる。
「乱馬くーん!、どこにいるのー?お父さんが話があるってー!」
その空気をつっきるかのようになびきの声が聞こえてきた。
「なびきさんが呼んでるぞ」
「あぁ、なんだろう?おじさんが話・・・」
なんとなく嫌な予感・・・。聞きたくない。乱馬はそんな気がしていた。



仏間に行くと家族が勢ぞろいしていた。
居間ではなく仏間に呼ばれた事が気にかかる。
早雲が一番奥に座っていた。
まずい、この雰囲気・・・。
乱馬は自分の嫌な予感が的中していることを悟った。
「お、おい・・・。俺、なんだか場違いじゃねぇのか・・・?」
一人で行くのが嫌で良牙についてきてもらったのだが、どうもそれも何の役にも立たなさそうだ。
「乱馬君、あかねこっちへきなさい」
早雲は二人を奥へと呼び寄せた。
「良牙君、あなたはここに座っててね」
かすみは自分の隣に座布団をしいて笑顔で良牙に席を勧める。
「あぁ、どうも・・・」
正座しながら良牙は乱馬の背中を目でおう。
(どうするつもりだ乱馬・・・)
「うほん、乱馬君、あかね。二人が出会ってそろそろ2年半。二人とも18才になった。
そろそろ祝言をあげようと思うのだが、どうかね?」
早雲の言葉は問いかけているものの、もはや逆らうことなど許さないという響きがこもっている。
「私はいつでもいいわよ。乱馬と一緒になれるなら明日だっていいわ」
あかねは上機嫌。花嫁にふさわしい幸せな笑顔をみせている。
「乱馬くんはどうかね?」
きたっ!!乱馬は思わず身をちいさくした。
以前のあかねなら乱馬も祝言は望むところだった。
しかし、今のあかねは・・・。
正直、今、自分はあかねを愛しているのか・・・、それは乱馬にも分からなかった。
横にいるあかねは、16のころから知っている愛くるしい姿だ。
何度もあかねの窮地を救い、また自分も救われた。
愛していると、何度いっても足りないくらい愛していたはずなのに・・・。
「乱馬、どうなんだ!?はっきりせい!!!」
なかなか答えない乱馬に玄馬も業を煮やす。
「乱馬、男らしくないわ!!」
のどかにいたってはすでに日本刀にてをかけていた。
「おじさん、祝言はちょっとまってもらえませんか?」
言ってしまった。
「なに!?それはどういうことかね?うちのあかねとは添い遂げられないそういうことかね?!」
早雲の巨大化が始まる。
「ち、ちがいます!!その、えーっと、あの、祝言を挙げる前に、どうしても男に戻りたいんです!!中国へ行かせてください!」
苦し紛れに口からとびでた言葉だった。
中国に行くなど先ほどまで微塵も考えていなかった。
しかし意外にもその言葉に加勢する人物が現れた。
「そ、そうだぜ!乱馬はいつも言ってました。あかねさんと祝言を挙げる前に必ず男に戻るんだって。じゃなきゃあかねに悪いって!」
良牙は良牙で、このごに及んでもやはり乱馬とあかねが祝言を挙げるのはなんとしても阻止したい。
そう思っていたのだった。二人とも大嘘つきだ。
「うーむ、そうだったのか。あかねのことをそこまで・・・。乱馬君、君ってこは・・・!」
「乱馬、男らしいわ!」
二人の嘘は意外にも事をそうしたのか、その場のみんなは納得している。
ただ一人あかねを除いては・・・。
「中国?!いやよ!絶対いやよ!!」
しきりに抵抗するあかね。目に涙までうかべている。
「あかね、乱馬君の気持ち、分かってあげて」
かすみはやさしくあかねの頭をなでる。
「でも・・・、いやなものはいやなの!!」
なおも首をふるあかね。
「あかねもガンコねぇ。あきれるわ」
なびきはあきれ顔だ。
「だいたい、あんた最近なんか変よ。なんかあかねじゃないみたい。前はもっとかわいげがあったような気がするんだけどなぁ。そんなんじゃ乱馬君も祝言あげてくれないわよ」
きついセリフを彼女は平然という。
その瞬間、強烈な平手がなびきの頬を打った。
「な、なにすんのよ!!」
なびきは頬を押さえて、自分に手をあげたあかねを睨む。
乱馬はあわててあかねの手首をつかみ取り押さえた。
「お前、なにやってんだよ!?」
それほどあかねは殺気だっていた。
乱馬は男達にとどめをさそうとしたあかねを思い出していた。
「あんた、あたしに手を上げたわね!!そりゃ力じゃかなわないわよ!!あんたは武道やってって私は何もしてないもんね!!でも何?!たたく事ないじゃない!!
あたしたち、たくさん姉妹ケンカしてきたわ、でもあたし、あかねに手を上げられた事なんてなかった・・・!!あんたなんか・・・、あなたなんか・・・、私の知ってるあかねじゃない!!」
ヒートアップしたなびきは立ち上がり、あかねをビシッ音がするほど指差した。
「あんた、いったい誰なのよ!!」
”お前いったい誰なんだ?”
乱馬も心の中であかねに問いかける。
今こうして自分が取り押さえている人間はあかねではない。
自分の愛したあかねではない。

仏間がシンと静まりかえった。

「なびきもあかねもいいかげんになさい」
穏やかだが、凛とした声が響いた。菩薩、かすみの登場だ。
「あかね、もう少し乱馬君の気持ちを分かってあげて。中国にいかせてあげましょうよ。ね?」
かすみのあたたかさはすっかり修羅場とかしたその場の雰囲気を溶かしていく。
「わかった・・・」
かすみに言われてはあかねも了承する他はない。
「よしっ!じゃぁ話は決まった。乱馬君、善は急げだ!明日には中国に向けて出発してくれ!!いやぁ、めでたい、めでたい!!」
早雲は今までの雰囲気などそっちのけで上機嫌だ。
「ははははっ!ははははっ!天道君めでたいねぇ!乱馬が中国から帰ってくれば、われわれは親戚だ!これからも仲良くしようねぇ!」
もう一人、空気の読めない奴が一人・・・。
こうして乱馬の中国行きがきまったのだった。



次の日の早朝、乱馬は一人静かに旅立つことにした。
昨日、みんなの了承を得たと言ってもやはり口からでた出まかせ、家族に見送られるのは気が引けた。
なによりあかねの顔をみたくなかった。
もう愛しているかどうかなんて、乱馬自身にもはっきりとは分からなかったが、あかねの悲しむ顔はみたくない。
玄関をあとにし、門まで続く道を重い足取りで歩く。
”俺はこの家にまた戻ってくるんだろうか”
ふと振り返りそんな事を思った。
「乱馬」
門の影にあかねがいた。
「あ、あかね・・・」
今思った事をまるで聞かれたかのように、乱馬はバツの悪い気持ちになる。
「乱馬、やっぱりいくの?」
あかねは真顔で聞いた。
「・・・。あぁ」
「帰ってきてくれるわよね?」
その問いに乱馬は答えられない。
あかねは一歩一歩乱馬に近づく。
そして乱馬の背に自分の腕を回し、胸に顔をうずめた。
「私、待ってるから」
うずめた顔のその表情はわからない。
「だって、もう離さないって言ってくれたわ」
そうだった。3ヶ月前、乱馬は今と同じようにあかねを胸にしそう誓ったのだった。
「ごめん・・・」
だめだ、胸が痛い。あかねの触れている胸が痛い。
「なんで?なんであやまるの?」
乱馬はあかねを振り切った。
「ごめん!あかね!」
そのまま全力で走り出した。
このままあかねに抱きつかれたままでは自分を失ってしまう。
あかねを見ているとこんなに心乱れる。
やはり俺はあかねを愛しているのか?!
分からない・・・。
しかしこんな不確かな気持ちであかねと結婚するわけにはいかない。
自分には時間が必要だ。
乱馬はそう思った。
「乱馬ーー!!まってるからーーー!!!」
ありったけの声で叫ぶあかねの声がする。
中国に行く、それはいったい何のためだ?
何がどう変わるというのだろう?
逃げているだけだはないのか?
あかねを悲しませているだけではないのか?
乱馬が乱馬に問いかける。
「あかね、ごめん」
自分の問いに答えられないまま、乱馬はさらにスピードをあげた。



つづく



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