◆九能の苦悩
ゴンタックさま作


「乱馬、体の調子はどう?」
「ん、まあ…だいぶ良くなったかな。」
学校の帰り道、乱馬とあかねは東風の接骨院へと足を運んでいた。
「ったく、何であのタイミングでかすみさんが来るんだよ?」
乱馬は肩に手を当て、首をコキコキと鳴らしながら不平を言った。
「仕方ないじゃない、状況が状況だったし。かすみお姉ちゃんに悪気があったわけじゃないんだから。」
「あったら余計悪いっつぅの。」
「ハハハ……。」
ジト目で見てくる乱馬に、あかねはただ苦笑するしかなかった。
「しっかしよぉ、東風先生のあの性格はどうにかなんねえの?」
「ムリッ。」
「うわ、即答かよ…。」
「当然でしょ、乱馬よりあたしの方が東風先生との付き合いが長いんだから。今さら治せっていうのは無理よ。」
「でもよ〜……。」
「あんたの猫嫌いを治すのと同じくらい無理!」
「…なんか妙に説得力あるな。」
乱馬はため息をついた。
「大丈夫よ。診察の時だけ、かすみお姉ちゃんを東風先生のとこから離しておけば問題ないわ。」
「そりゃそうだけどよ。マジで頼むぜ、姉の管理。」
「ハイハイ。」
そんな話をしながら、もうすぐ二人が接骨院の入り口に着くという時である。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

接骨院の入り口から一人の男が奇声を発しながら現れた。
「な、何だぁ!?」
「…あれ、九能先輩じゃない?」
二人の目の前に現れた男、九能は何かショックを受けているらしく、乱馬とあかねの存在に気づいていない。
乱馬はゆっくりと九能に近づいていった。
「そ、そんなバカな……!」
「九能先輩。」
「この僕が……!!」
「どうしたんすか?」
「風林館高校の青い雷と呼ばれるこの僕が……!!」
「お〜い。」
「う、うあぁぁぁぁっ!!」
「って、だめだ。全然聞いてねぇ。」
九能の顔の前で手を振りながら、何度も話しかけたが全く反応しない。
今度はあかねが九能に近づいた。
「九能先輩、どうしたんですか?」
「う、うあぁぁ…ん、おおっ!天道あかね、僕のことが心配で来てくれたのか!」
「きゃあぁぁっ!」
あかねの声を聞いたとたん、九能は彼女に抱きついてきた。
「うれしいぞ、天道あかね!」
「離してくださいっ!!」
「僕と交際しよう、天道あかね!!」
「なんでそうなるんですかっ!!」
「てめえ、さっきと反応が全然違うじゃねえか!」
当然のように、九能の顔面に乱馬の蹴りとあかねの鉄拳が炸裂した。
「ぐ…貴様は早乙女乱馬!」
「気づくの遅ぇよ。」
九能は痣のできた顔で乱馬を睨んだ。
「なぜ貴様がここにいる?」
「東風先生に用があるから来たんすよ。先輩も東風先生の診察受けてたんすか?」
「ん、ま、まあな。なかなかの名医がいるという噂を聞いたのでな。」
「で、結果は?」
九能はギクッと反応した。
「フ、フン。そんなことを聞いてどうする?」
「…なに動揺してんだ?」
「な、何わけのわからんことを!この九能帯刀が動揺しているなど断じてあるわけないだろう!」
「なんか言われたんですか?」
「て、天道あかね!き、君まで何を言うんだ。そんなわけないだろう…そうだ、そんなわけない……。」
「お、おい?」
「そうだ、この九能帯刀にそんなのは有り得ない…あの医者の言うことは嘘に決まっている…!」
「九能先輩?お〜い。」
「僕は信じないぞ…断じて信じんぞぉぉぉぉっ!!」
勝手に一人の世界に入り込んでしまった九能は、叫びながら土煙を上げて走り去ってしまった。
「……なんだったんだあれは?」
「……さあ?」
なんとなく取り残されたようになった二人は、九能の後姿を眺めていた。


「こんにちはー。」
「……ちわーす。」
「乱馬、なにキョロキョロしてんのよ?」
「いや、かすみさんは近くにいないよなと思って。」
「大丈夫だって。かすみお姉ちゃんは今家にいるんだから。」
「でもよ〜…。」
「ほら、さっさと入りなさいよ!」
「わっ、バカ!まだ痛ぇんだから、そんなに引っ張んな!」
あかねは乱馬を引きずるように診察室に入った。
「やあ、乱馬君にあかねちゃん。いらっしゃい。」
「東風先生、お願いします。ほら乱馬、さっさとそこ座んなさいよ。」
「うっせーな、わかってるよ。……お願いします。」
乱馬はあかねを睨みながら椅子に座った。
東風は乱馬の肩や腕、背中などの触診を始めた。
「ん〜、どれどれ……うん、だいぶ良くなってきてるね。」
「そりゃ一ヶ月近く休んでましたから。本当は数日で治る予定だったんすけど。」
「乱馬、そんな言い方しないの!」
「ハハハ、あかねちゃん別に構わないよ。元はと言えば乱馬君がこうなったのは僕の責任だからね。」
「で、でも、あれは東風先生にとって不可抗力だったし……。」
「そんな不可抗力あってたまるかっ!」
あかねにツッコミを入れる乱馬に、東風は苦笑した。
「今回は僕のミスっていうことで、診察代はサービスしとくよ。」
「そんな、いいんですよ東風先生。もう慣れてますから。」
「…それはそれで、なんか悲しいね。」
「っつうか、あかねが見慣れても、やられる俺の体がもたねえよ!」
「あ、あはは〜…。」
東風と乱馬それぞれの反応に、今度はあかねが苦笑した。


「…それにしても、九能先輩どうしたんだろ?」
「そういえば…東風先生、九能先輩になんかあったんすか?」
「ん、ああ、さっきの九能君だね。」
二人の疑問に答えようと、東風は一枚のカルテを出した。
「九能君は最近、肩の調子が悪いと言ってここに来たんだ。」
「珍しいわね、先輩が体の不調を訴えるなんて。」
「元気の塊みたいなもんだからな、あの人は。」
「で、簡単に診てみたんだけど……。」
東風はカルテの内容を確認し始めた。
「どうやら肩の関節の仕組みを保護する筋肉と、腕を動かすための筋肉のバランスが崩れているようなんだ。」
「バランスが悪いとどうなるんですか?」
「たいていの場合は関節を保護する筋肉が本来の役割を発揮できずに、肩関節の機能が低下して、骨がぶつかったりして炎症ができてしまうんだ。」
「原因は何なんですか?」
「ん〜、九能君の場合は普通の人間では考えにくいほどの激しい運動が原因だと思うんだけど。」
「そういや九能先輩、しょっちゅう俺にケンカ売ってくるよな。『天道あかねは僕のだ!』とか何とか言って。」
「あたしはモノじゃありませんっ!っていうか、いつあたしが九能先輩のモノになったのよ!?」
「いや、俺に怒っても…。それにしてもあの木刀の振り回し方は尋常じゃないぜ。『ダダダァー!』って。」
乱馬は九能の動きを真似した。
「きっとそれが原因だね。」
東風は九能のカルテに『原因、木刀の振り過ぎ』と書いた。
「でもよ〜、たったそれだけのことであんだけショック受けるか?」
「確かにそうよね。さっきの先輩、いつも以上に変だったし。」
「ショック?九能君、ショック受けてたのかい?」
「はい、さっき……。」
あかねはつい先ほどの出来事を東風に話した。
「というわけで…。」
「ん〜、やっぱり言わない方が良かったかな…。」
「なんかマズイこと言ったんすか?」
東風はポリポリと頭を掻いた。
「いやね…診察した時にこの症状は珍しいね、みたいなことを言ったんだよ。そしたら九能君がどんな珍しい病気なんだって問い詰めてきてね…。」
「病名を言っちゃったんですか?」
「あまりにしつこく訊いてくるもんだからね…。あかねちゃんに看病してもらうんだとか何とか言いながらね。」
「何だそれ、思いっきり下心みえみえじゃねえか。」
「で、何て言ったんですか?」
あかねの問いに東風は苦笑しながら答えた。

「五十肩。」
「……へ?」

一瞬、時が止まった。

「…マジすか?」
「うん。」
「五十肩って……九能先輩、あたしたちと同じ高校生でしょ?」
「だから珍しいんだよ。たいていはその名の通り、五十代の人がなりやすいからね。十代でこれになるとは相当なものだよ。」
「…確かにショック受けるわね、これは。」
「マジで洒落にもなんねえな…。」
乱馬とあかねはさっきの九能の後姿を思い出していた。


その翌日。

ズドドドドドッ

「OH、タッチィ、五十肩なんてかわいそうデース!!」
「貴様ぁぁぁっ!スピーカー片手に叫び回るなぁぁぁぁぁっ!!」
「HAHAHAHA〜HA!HAHAHAHA〜HA!!」
「こらぁぁぁ!待たんかっ、貴様ぁぁぁっ!!」
風林館高校では校長と九能の壮絶なる鬼ごっこが繰り広げられていた。
「九能先輩、五十肩なんだって…。」
「高校生でもうそんなのになるなんてねえ…。」
「本当に九能先輩って高校生なの?」
「もしかして年齢詐称してるのかも…。」
校長の後を追う九能の耳には他の生徒たちの声が入ってくる。
「ぐっ…他人の視線が痛い…。」
「オ〜、かわいそうなタッチィ。みんなから変な目で見られてますネ〜。」
「誰のせいだ、誰のっ!!」
「HAHAHAHA〜HA!HAHAHAHA〜HA!!」
「おのれぇぇ、人ごみのある所へわざわざ逃げおってぇぇ…貴様を斬るっ!!」
「そんなことしたら、五十肩がもっと悪くなりま〜す!」
「だぁぁぁぁっ!それを言うなと言っておるのがわからんのかぁぁぁぁっ!!」

叫び回る校長と九能を教室の窓から眺める乱馬とあかね。
「昨日とうってかわって元気そうじゃねえか。っていうか、完全に校長に遊ばれてるな。」
「乱馬、校長に昨日のこと言ったの?」
「んなわけねえだろ。」
「じゃあ、何で校長、九能先輩のこと知ってんだろ…?」
「さあな。俺たちは言ってないし、まさか本人が直接言うわけねえだろうし。」
「東風先生が言う可能性もあるけど?」
「それはないだろ。昨日、俺たちに口止めしたくらいなんだから。」
「じゃあ誰か盗み聞きしてたってことよね?」
「まあ、九能がらみでそんなことする奴っていったら…。」
「あの人ぐらいよね……。」
二人は何気なく天井を見上げた。


「帯刀様、お許しくだされ。帯刀様同様、父上殿の命令も絶対でござるゆえ……。ズズズ…あっ、茶柱。」

校舎の屋上では佐助が茶をすすっていた……。








作者さまより

 変な職業病(?)にかかってしまった九能君ですが、九能家にとってはそんなことはからかいの対象にしかならないのでは…。
 作中にはありませんが、小太刀も高笑いしていることでしょう。「いい気味ですわ。」とか言って(笑
 そんな家族に仕えている佐助の苦労が報われる日はいつになるのやら……。



 
 四十肩を通り越して五十肩っていうところが微妙にツボにはまりました。
 この話をいただいたまさにその日、五十肩の話を友人たちとしていたものですから…。いやはや、更年期近くなると女性でもいろいろ身体に障りがあるといいますが、これに見舞われた経験がある友人が、その時の辛さををトツトツと語ってくれたのでありました。
 ところで、九能校長は五十肩は大丈夫なんでしょうか?親子で五十肩だったら悲惨ですね…。(こらこら
(一之瀬けいこ)



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