◇天使と人間の恋 最終部
ayaさま作


 乱馬は、天界へ帰ってきた。太陽の光に、植物の緑が映えていてとても美しかった。其れは、今まで変化は無い。そして、これからも。
「乱馬・・・帰ってきたか。」
 一人の少年が、乱馬の前に現れた。歳・・・は、外見からして乱馬と差ほど変わらないだろう。
「良牙・・・。」
 良牙というらしい。
 良牙は、乱馬に歩み寄った。
「何があったかは知らん・・・。だが、俺に力になれる事が有るならば出来るだけ力になろう。何でも言え。」
 乱馬と良牙とは、普段はいがみ合う仲である。しかし、心の何処かではお互いの事を認めているのだ。
「すまねぇ・・・。」
「困った時はお互い様じゃねぇか。」
 そう言って、良牙は右手を乱馬の肩の上に乗せた。
「少し話すか・・・?」
「ああ、そうだな・・・。」
 二人は、人気の無い所へ向かった。
 其処は、二人の秘密の場所だった。嫌な事が合った時は何時も此処へ来た。
 しかし、成長した今となってはあまり来なくなっていたが。
 直径2m位の小さな池のようなものが、其処にはあった。勿論、汚れてなどいない。
「此処も変わらんな。」
と、良牙。
「・・・そうだな。久しぶりに此処に来た・・・。」
 乱馬もしみじみと答えた。だが、何処か元気が見られない。先程の事で悩んでいるのだろう。最愛の人を取るか、天界の人々を取るか・・・。
 乱馬にとって、これ程までに辛い試練は、850年生きてきた中で無かっただろう。
 良牙は、そんな乱馬の様子から余程良くない事が遭ったのだろうと感じ取った。
 そして、良牙は己の翼を羽ばたかせ、ある樹の枝に登り、座った。
「よく、此処に登ったな。」
 良牙が登った樹は、随分と年齢を重ねていた。
「ああ・・・。」
 乱馬もまた、翼を羽ばたかせ良牙の隣に座った。
「何時も・・此処に登った・・・。不思議と・・・落ち着いたな・・・。」
「とても、温かい『気』で俺たちを包み込んでくれた・・・。」
 良牙も、乱馬の話に合わせる。
「今も・・・包み込んでくれている・・・。」
「やはり、分かるか・・・?」
「当たりめぇだろ。」
 乱馬が笑った。今の今まで、にこりともしなかった乱馬が、微笑んだ・・・。
「・・・良牙・・・。俺さ・・・下界に行ったの、お前知ってるだろ・・・?」
 乱馬が、今までの事を語り始めた。
「ああ・・・天界中に其の話が広まっていた。」
「・・・下界でさ・・・一人の女と出会ったんだ・・・。とても繊細で・・・綺麗な・・・。」
 良牙は乱馬の話を黙って聞いた。
「・・・そいつさ・・・俺の事・・・偏見な眼で見ないんだ・・・。人と接する時と同じように俺と接してくれたんだ。嬉しかったなぁ・・・。」
「・・・素敵な女性ではないか・・・。」
「ああ・・・お前もそう思うか・・・。・・・其れで・・・そいつの家に招待されたんだよ・・・。
其処の家の人も、すごく親切で・・・俺を避けなかった。それどころか・・・寄って来てくれた・・・。」
「・・・今時、居ないな・・・そういう人達は・・・。」
 良牙も、言葉には出さないが、ひどく驚いていた。
「其れで・・・俺・・・一緒に過ごす内に・・・俺・・・・・・」
「・・・新たな感情が・・・?」
 乱馬は顔を赤く染め、黙って頷いた。
「どうにも止められなかった・・・。掟は俺も学んだ。だけど・・・止めるなんて・・・出来ない・・・。」
 乱馬は俯き、声を搾り出すように話した。
「・・・気持ちが・・・分かり合えた途端に・・・いきなり連れ戻されちまうんだもんなぁ・・・。
・・・正直・・・終わったと思ったよ・・・。」
「いきなり連れ・・・・・・お前があの部屋に入れられたときか・・・?」
「ああ・・・。」
「そうか・・・其れでか・・・。」
「辛かった・・・一緒に居た時間よりも、離れている時間が長かったからな・・・。今回、あいつに会いに再び下界に降りたときは、不安で押し潰されそうだったよ・・・。」
 微かに・・・乱馬の肩が震えていた。
「だけど、あいつが未だ俺の事・・・想っててくれたと知った時は・・・死ぬほど嬉しかった・・・。
・・・こんな経験・・・初めてだ・・・。」
「・・・俺は・・・つい最近、天使が人間になれる事が有るという事を知った。」
「なっ・・・!」
 信じられない言葉だった・・・。其の事を知っているのは、大界神と天界神、乱馬だけかと思っていた。
「・・・ずっと昔・・・千数百年も前の事だ・・・。俺たちが生まれるずっと前の事・・・。
 ・・・やはり、お前と同じように下界に降ろされた一人の男が居たそうだ・・・。そして・・・下界の女と恋に堕ちた・・・。」
 其れは、日本で言う、奈良時代初期頃の話だった。
 一人の男が、天界の退屈な生活に飽き飽きしていた頃、大界神の提案で、其の男を下界に降ろした。
 男が、羽を隠し道を歩いているところ、一人の美しい農民の女性と出会った。男は、瞬時に心を奪われた。女もまた、男に惹かれた。
 女は、病弱な父と共に暮らしていた。
 母親は・・・他界していた。
 其の父は、とても親切で、心優しい人だった。好意で、共に暮らす事になった。
 男は、女の父の分までしっかりと働いた。女は、外見だけではなく、心も美しかった。人を思いやり、偏見など持たない。男は、女のそんな所にも惹かれた。女もまた・・・惹かれていった。
 しかし、男は自分が天使である事、何時の日か帰らねばならぬ事を、女に話していなかった。勿論、父にも・・・。
 ある日、女の父の病気が悪化。父は、苦しみながらも女と男にこう言った。
『娘の花嫁姿を見せてくれ。』
と。
 其の夜、女の父は・・・・・・他界した・・・。
 女は、一日中涙に明け暮れた。母を亡くし、父を亡くした。・・・天涯孤独の身となった。男は、そんな彼女を放っては置けなかった。ずっと、傍に居てやりたかった。が、其れは叶わぬ思い。種族の違いが、掟が、其れを許しはしない。しかし、男は敢えて掟を破った。自分が天使である事を告げ、
そして自分の気持ちを告げた。女も自分も同じ気持ちだといった。種族の違いなど関係無いと言った。
そして、ずっと男が帰って来る事を待つと言った。
 男は、天界にかえされた。
 幾月もの時が流れた。
 男は、下界に降りた。自分が、人間になる事が出来るという知らせを持って。愛する、女のもとへ・・・。
 あの時共に暮らした、あの家へ男は戻った。
 ・・・だが其処には・・・見慣れた女と、見知らぬ男が二人住んでいた。
 男が人間になるには、両性の強い絆と気持ちが必要不可欠だった。
   ・・・絶望・・・
 女の気持ちは変化していた。女の男に対する気持ちはあの時、あの一瞬だけだった。
 男は、何も言わず天界へ戻った。そして、二度と下界へは降りなかった。
「結局、其の男は人間になる事は叶わなかったそうだ・・・。」
 乱馬は黙っていた。
「乱馬・・・お前は幸せだ・・・。お前は恵まれている・・・。」
 そう言うと、良牙は樹から降りた。そして、乱馬を見ると、
「このチャンス・・・逃すなよ・・・。」
 そう、言い残して去っていった。
 陽は既に沈みかけていた。





 其の夜・・・乱馬は中庭に有る噴水に腰掛け、星を眺めていた。先程、良牙から聞かされた話を思い出していた。
(あかねは・・・良牙の話の中で出てきた女とは違う・・・長い間離れていたのに、俺のことを忘れて
は居なかった・・・。)
 そう思うと嬉しかったが、男が気の毒になった。
(今は・・・如何しているんだろう・・・。)
 死んでいる筈は無いだろう・・・。でも、周りの天使達の中にはそのような人は見られない・・・。では、一体誰が・・・?
 其の時、後ろのほうから、ガサガサと音がした。
「此処に居ましたか・・・探しましたよ・・・。」
 草木の茂みの中から現れたのは天界神だった。
「・・・天界神様・・・。」
 天界神は乱馬の隣に腰掛けた。
 そして、空を眺め、
「・・・綺麗ですねぇ・・・。」
と、一言。
「何故俺を・・・?」
「・・・今、貴方はどの様に考えていますか・・・?」
 乱馬は俯き、黙った。
 暫し、沈黙・・・。
「・・・貴方は・・・こんな話を知っていますか・・・?」
「どの様な・・?」
「昔にも、貴方と同じような境遇に立たされた天使が居たという話です・・・。」
「はい・・・良牙から聞きました。」
「そうですか・・・貴方は其の話について如何思いましたか・・・?」
「・・・とても・・・残酷な話だと・・・。」
「其れは、どの様なところから・・・?」
「・・・気持ちの、冷めやすさからです・・・。これ程までに辛く、残酷な事は無いでしょう。
・・・少なくとも俺はそう思っています・・・。」
「確かに・・・。其の話の男が今如何しているか・・・知りたいですか・・・?」
「やはり・・・未だ・・・」
「はい・・・この天界に・・・。」
 天界神は静かに微笑み、乱馬を見た。
「彼は、立ち直るのに随分と時間を要しました。何せ、最愛の人から裏切られたのですから・・・。」
 天界神は再び空を眺めた。
「そして・・・彼女の事を忘れるために自分を磨く事に専念したのです・・・。
何かを一生懸命している間は嫌な事なんて忘れてしまいますからね・・・」
「悲しい事です・・・」
 乱馬は一言言った。
「そうですね・・・そして彼はある日、神になるチャンスを与えられました・・・。」
「神に・・・。・・・!?」
 乱馬は慌てて天界神を見た。
「天界神様・・・」
 天界神は再び微笑み、
「・・・そうです・・・。」
 これだけ告げた。
「私も、掟破りです。貴方が入れられたあの部屋にも入りました。」
 笑って言った。
「・・・辛かった・・・。いっその事死んでしまおうかとも考えました。・・・しかし、大界神様の御蔭で今の私が在る様なもの・・・。
大界神様には感謝しています。だから、私はあの方に尽くしています。」
「天界神様。」
「私は・・・出来れば、貴方は人間のあの少女と一緒になって欲しいと考えています。」
 天界神は乱馬を見ていった。
「貴方が、初めて下界に行くとき、私は止めさせたかった。私の二の舞になる事を恐れて・・・。
 予想は当たり・・。貴方は人間と恋に堕ちてしまった。私と同じように・・・。強制送還されたときの貴方は見ていられなかった・・・。」
 天界神の表情は何時の間にか険しいものになっていた。
「唯一つ・・・私の予想外だった事は・・・、貴方と人間の少女の絆が強かった事・・・。」
 天界神は微笑み、こう言った。
「自分に正直になりなさい・・・。今の貴方は悩む必要など無い筈です・・・。貴方の友も、応援してくれた筈でしょう・・・?」
 乱馬ははっとした。良牙の最後の言葉・・・、


『このチャンス・・・逃すなよ・・・。』


 この時、乱馬の瞳が変わった・・・。
「決心・・・しましたか・・・?」
「はい。」
 もう、迷いなど何処にも無かった。有るのは、自分の想いのみ。
「では・・・私はもう行きましょうか・・・。」
 天界神は立ち上がり、その場を去ろうとした。
「・・・天界神様!!」
 乱馬が呼び止める。
「何でしょう?」
「有難うございました・・・。」
 天界神は何時もと変わらぬ笑みを浮かべて、暗闇の中に消えていった。
 乱馬は、空を見上げ、そして歩き出した。





 翌朝、あかねは日の出と共に目を覚ました。閉じられたカーテンを開け、外を見る。雲ひとつ無い、清々しい朝だ。
 そして、机の上に立てられた写真立てに眼をやる。其処には、楽しそうに笑う愛しい彼の写真が挟まっていた。手に取り、近くで見る。彼の声を、彼の動きを想像し、想う。
 毎日の日課。
 普段着に着替え、階段を下りる。台所ではかすみが朝食を作っていた。人の気配に気づき、かすみが振り返る。
「あら、あかね。お早う。」
「お早う、かすみお姉ちゃん。」
「今日は、早いのね。」
 味噌汁の味見をしながら話す。
「うん・・・なんだか眼が覚めちゃって・・・。」
「・・・今日は、学校よね・・・?」
 あかねの私服を見ていった。
「今日は、ちょっと用事が有って行かないの。」
「そう・・・。」
 かすみはそれ以上は聞かなかった。
 あかねは、居間に行った。しかし、誰もいない。当然だろう。
(あ・・・そうだ・・・!)
 あかねは、何かを思い立ったようで、脱衣所に向かった。バケツに水を入れ、雑巾、洗剤と箒を持ち出し2階へ行く。襖を開け、中に入る。
 ・・・乱馬が使っていた部屋だ。
 あかねは、先ず窓を開け、換気を良くした。そして置くにある机を拭きだした。あまり埃は溜まっていなかった。そして、壁、タンスと時計回りに丁寧に拭いていく。
「こんな朝っぱらから掃除?」
 後ろから声をかけられて振り向く。
「なびきお姉ちゃん・・・。何時から其処に?」
 制服に身を包んだなびきが襖に寄りかかり、腕を組みこちらを見ていた。
「ほんの1、2分前よ。其れより如何したの?掃除したのは3日前の日曜日だったでしょ?」
「うん・・・でも、埃が溜まってるから・・・。」
「急に如何したの?週に1回じゃ飽き足らず、週に2回掃除する気?」
「ううん・・・今日は特別。」
「ふ〜ん・・・学校は・・・?」
「今日は、休むの・・・。」
「そう・・・ま、頑張りなさいね。」
 そう言って、なびきは階段を下りていった。
「有難う・・・なびきお姉ちゃん・・・」
 そう呟いた。
 一周すると今度は箒を掴み、畳の目に沿って掃く。そして、雑巾がけ。途中、かすみが朝食を食べないかと来たけれど、断り掃除に集中した。全てが終わった頃は、11時近く。用具を片付け、居間に行くとかすみと早雲がいた。
「お掃除、終わった?」
 かすみが何時もと変わらぬ笑顔で声をかけてきた。
「うん。」
「あかね、何時ごろ出かけるんだい?」
 用事が有るという話をかすみから聞いたらしい。
「うん、もうそろそろ。」
 時計をチラッと見ていった。
「そう・・・。でも、其の前に御飯を食べなさい。朝食を食べてないから・・・。」
「はい」
 かすみは、其の言葉を聞くと、台所へ向かった。早雲はテレビのチャンネルをあれこれ変えている。
 暫くして、かすみが、食事を運んできた。
「お父さんも、ちょっと早いでしょうけど食べましょう。」
「おお、済まないねかすみ。」
 3人だけの昼食。あかねには、何処か寂しげに感じた。





「じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
「うん」
 かすみと早雲に見送られ、あかねは12時前に家を出た。
「・・・今日は、沢山お料理を作らなくちゃね。」
「如何してだい?かすみ。」
「なんだか、そんな気がするの。」





 あかねが向かったところは、勿論あの森。何度も行き来するうちにすっかり道を覚えてしまった。
 乱馬と再会した時間は大体2時ぐらいだろうか。あと、2時間程で約束の24時間。次第に足を進めるのが早くなってしまう。そう長くしないうちに目的地に着いてしまった。
 何時もと変わらぬ風景。少しひらけた所には10mは越すであろう大木が堂々と聳え立っていた。あかねは、其の樹に歩み寄った。


『植物から生気を貰うんだ・・・。』


(『気』か・・・。)
 前に、乱馬が言った言葉。
(早く・・・逢いたい・・・。)
 其のとき、後方で、バサバサッと羽ばたく音が聞こえた。振り向いた其の先には、相も変わらず神秘的な大きな翼を持った一人の少年がいた。
「乱馬・・・。」
「へ?!あかね・・・?」
 驚いた乱馬は間抜けな声を出した。
「何で?」
「何でって・・・来るに決まってるでしょ!」
「早いなぁ・・・。」
 乱馬はあかねに歩み寄ってきた。
「・・・あかねの言ったとおりだったよ。答えが出た。」
「うん。」
「少し、話すか?」
「そうね、時間・・・未だ有るみたいだし。」
 あかねは、腕時計を見ていった。二人は肩を並べ、樹の傍に座った。
「天界で・・・こんな話を聞いたんだ・・・。」
 乱馬は、良牙から聞かされた話を簡潔に話し始めた。
「千数百年前に、やっぱり俺と似た理由で下界に降ろされた人が居たんだ。」
 あかねは黙って、乱馬の話に耳を傾けた。
「その人は、一人の女性に出会った。そして恋に堕ちた・・・。今の俺達みたいに・・・。」
「え・・・!?そうなの?」
「ああ・・・。そして、俺達の様に引き離された。俺達よりも長い時間・・・。だけど、その人も、俺みたいに大界神様に人間になれると告げられ、女性のもとに戻ったんだ。けれど・・・」
 乱馬は少し、間をおいた。
「けれど・・・?」
「女性の方は・・・他の男と一緒になっていた・・・。」
「そんな・・・」
「その人は、女性の事を諦め天界に戻ってきた・・・。女性の事を忘れるために、色々と努力したと聞いた・・・。」
 二人の表情は暗いものだった。
「その人は・・・今も・・・生きて・・・?」
 あかねが、遠慮がちに聞いてきた。
「ああ・・・俺の身近に居て、俺が尊敬している人だった・・・。」
「え!?」
 思わず、大きな声を上げてしまった。
「・・・俺も驚いた・・・。あの人は・・・優しく微笑んで話してくれた・・・。」
「・・・今では・・・思い出話・・・か・・・。」
 二人は、それから黙ってしまった。
(・・・乱馬は、一体どんな答えを出したんだろう・・・。ううん・・・もう直ぐ分かる事じゃない・・・。どんな答えを出しても、文句は言わないって言ったじゃない・・・。)
(・・・後悔はしない・・・。もう、決めた事だ・・・。自分に正直になるんだ・・・。後悔なんて・・・するもんか・・・。・・・したら・・・終わりだ・・・。)
 時は過ぎる・・・。早々と・・・。
 時刻は・・・約束の時間をさした・・・。
 二人の頭上が、白く輝いた。光が消えた頃、目の前には、大界神が立っていた。
「・・・運命の・・・境目だ・・・」
 静かに・・・話す・・・。
「はい・・・」
「乱馬・・・お前が、人間になる為には・・・二人のお互いを想う気持ちが必要不可欠・・・。
分かっているな・・・?」
「はい。心得ております。」
「お前の・・・心に決めた想いを聞こう・・・。」
「・・・俺は・・・正直、迷いました。本来ならば、迷ってはいけないところで・・・。」
 乱馬は視線を下に向けていた。
「・・・・・・俺は・・・天界を・・・天界のみんなを・・・忘れる事は出来ない・・・。」
 あかねは、我が耳を疑った。乱馬の口から発せられた、予想もしていなかった言葉に・・・。
そして・・・絶望・・・。
(そんな・・・そんな事って・・・)
 溢れ出てきそうになった涙を必死に堪えた。
「・・・だけど・・・」
 乱馬の話は未だ終わってはいなかった。
「・・・だけど俺は、天界に留まりたいとは思わない・・・!俺は・・・愛する者と・・・あかねと、生きていく・・・!」
 あかねは、其の大きな瞳を更に大きく開いて顔を上げた。乱馬は、真っ直ぐと大界神を見て、少し微笑んでいるようにも見えた。
「これが、俺が出した答えです・・・!」
 乱馬の其のグレーの瞳の中には陰りなど無かった。寧ろ、輝いている。
「乱・・・馬・・・」
 今の今まで塞き止められていた涙が、止まる事無く流れ出て、あかねの綺麗な顔をクシャクシャにしていた。乱馬はあかねを見て、優しく微笑みをかえした。何処か、大丈夫だ・・・そう言っている様にも見えた。
「・・・そうか・・・お前の気持ちが其れ程までに強いのなら・・・・・・。但し、二度と天界へは戻る事罷りならんぞ・・・!」
「・・・其のつもりです・・・。」
「・・・では・・・前へ・・・。」
 乱馬は、言われるがままに前へ出た。
「・・・ちょっとの間に・・・大きくなったな・・・。」
 そう言うと、大界神は何やら、呪文らしき言葉を唱え始めた。
 少しずつ、少しずつ乱馬の身体が光を放ち始めた。其れは次第に輝きを増し、乱馬を包み込んでいく。
 乱馬の身体は宙に浮き始める。其のとき、乱馬は背中に痛みを感じた。
(・・・っ!!あ・・・つい・・・せな・・・かが・・・焼け・・・てる、みてぇだ・・・。)
「・・・ぐぅ・・・!」
 あまりの激痛に唸り声を上げる。乱馬は自分でも気付かぬ内に腕を交差させ、自分を抱きしめる格好をしていた。
 背中の痛みは衰える事無く増し続ける。それどころか、身体のあちこちに痛みを感じていた。
身体に火がついた様だった。
「・・・ぐあ・・・・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
 悲痛の叫び・・・。あかねは耳を塞ぎたい思いだった。
(・・・駄目・・・乱馬の方がよっぽど辛いのよ・・・!我慢しなさい・・・!!)
 自分に言い聞かせる事で精一杯だった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜!!!」
 まるで、身体を引き裂かれているような叫び声だった。あかねは座り込み、耳を塞ぐ一歩手前のところで踏み止まっていた。
(乱馬・・・頑張って・・・!!)
 乱馬を包む光が、次第に弱まってきた。乱馬の身体も、地に降りた。
 乱馬は・・・気を失っていた。あかねは、慌てて駆け寄り、乱馬の身体を抱き起こした。身体は、汗でびっしょり濡れていた。
「乱馬・・・しっかり・・・。」
 声を掛けるが、反応が無い。険しい表情のままぐったりとしている。
「暫くすれば・・・直に意識が戻るだろう・・・心配せずとも良い。」
 大界神があかねに話しかけた。
「・・・はい・・・。」
「・・・そなたは・・・乱馬の何処が良いのだ・・・?こやつでなくとも、もっと他にも居るであろう・・・。」
「・・・私は・・・この人が良いんです・・・。」
 あかねは、乱馬の汗を拭いながら話した。
「この人の全てに惹かれました。・・・私は・・・この人無しでは生きてはいけません・・・。」
「・・・そうか・・・。」
 其のとき、乱馬の指がピクリと動いた。
「う゛・・・。」
「乱馬・・・!」
 あかねに呼ばれると同時に、其の瞳を開いた。
「・・・か・・・ね・・・?」
 擦れた声が、乱馬の口から発せられた。
「・・・よか・・・った・・・。」
 あかねの眼から大粒の涙が流れ出てきた。
「・・・っ良かったよぉ・・・。」
 声が震えている。余程不安だったのだろう・・・。
「俺・・・一体・・・。」
 乱馬は身体を起こして、額に手を当てた。
「ん・・・?・・・あっ・・・!羽が無い!!」
 乱馬の背中には、あの美しかった大きな翼は無かった。
「乱馬よ・・・。」
 少し、動揺気味の乱馬に大界神が話しかけた。
「乱馬よ・・・お前は人間になったのだ・・・。」
「へ?」
「今、この瞬間から・・・、お前は人間と同じように食物を食べ、人間と同じように学び、人間と同じように歳をとる。・・・本当に・・・これで良かったのだな・・・?」
「や・・・・・・」
 乱馬の身体が震えている。
「乱馬・・・?」
 あかねが心配になって尋ねる。
「や・・・ったぁ〜〜〜!!!」
 いきなり大声を上げたかと思うと、あかねに抱きついた。
「きゃっ!?ちょっ・・・乱馬?!」
「やった、やったぁ!!あかね!これでお前とずっと一緒にいられるぞ!!」
「く・・・くるひい・・・」
 乱馬は慌ててあかねを身体から離した。
「あ・・・ご、御免。つい嬉しくて・・・」
 其の光景を見ていた大界神は凛々しかった顔が崩れている・・・。目が点と化していた。
「こ・・・後悔はしとらんようだな・・・。」
「勿論です!!」
 即答・・・。
「・・・まったく・・・どうしようもない奴だな・・・お前は・・・。」
 飽きれて物も言えない様子。
「へへ・・・すみません・・・。」
「では・・・さらばだ・・・乱馬・・・。」
 そう告げると、大界神は己の翼を羽ばたかせ宙に浮いた。
「大界神様!!」
 大界神の身体が光に包まれる前に、乱馬が呼び止めた。呼ばれた大界神が、ゆっくりと乱馬を振り返る。
「今まで・・・・・・ホントに・・・本当に・・・お世話になりました・・・!!」
 深々と、頭を下げる。表情は・・・伺う事が出来ない・・・。
 大界神は、優しく・・・包み込むような温かい瞳を乱馬に向けると、
「幸せに・・・彼女を悲しませるな・・・。」
 そう言って、光の中に消えた・・・。乱馬は未だ頭を下げたままだった。何時の間にか、
あかねも一緒に頭を下げていた。そして、二人同時に頭を上げた。乱馬の瞳が、少し潤んでいるようにも見えた。
「・・・帰ろうぜ・・・おじさん達に報告・・・しねぇとな・・・。」
「うん・・・。」
 乱馬とあかねは並んで歩いた。
「乱馬・・・。」
 あかねに呼ばれ、乱馬があかねに顔を向ける。そして・・・二人の唇が重なった・・・。ほんの、一瞬だけ・・・。
「あ・・・。」
「早く帰りましょう!」
 あかねは、最高の笑顔を乱馬に捧げ、乱馬の手を引き走り出した。
「あ・・・ああ・・・?・・・ああ・・・///」
 ・・・状況が・・・呑み込めて・・・いない様子・・・。
 最初は、あかねに引かれて走っていた乱馬だが、何時の間にか、隣を走っていた。しっかりと手を繋ぎ・・・離れる事は無かった。
 家への道を行きながら乱馬はふと、空を見上げる・・・。
(・・・見ててください・・・絶対・・・幸せになりますから・・・。)
 心の中で、そう告げた。
 次第に、天道家が見えてくる・・・。変わらぬ門を潜って・・・。


         『ただいまぁ!!』




・・・FIN



 読み終えた後に来る、この余韻が素晴らしい…そんな作品だと思います。
 また始まる新しい世界への扉…最後の門を潜る場面がさあっと脳裏に浮かんできました。
 乱馬の切ないまでの純粋な想いが迫ったパラレル作品。原作を凌駕しつつ、発展するパラレル作品。
 素敵な作品、ありがとうございました。
 (一之瀬けいこ)






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