鬼は外



 節分、豆まき、鬼は外。

 いつの頃からか定着した厄払いの行事。
 勿論、我が家もこの行事、外したことはない。
 鬼退治は武道家の勤めだとか。それはともかく、こういう大騒ぎは好きな連中が、この家には巣食っているからな。
 結婚してもそれは変わらずに。いや、ガキが出来て、それなり物心が付いて成長し始めたら、こういう行事は盛んになってくような気がする。

 今の俺。住まいは天道家、家族は七人プラスアルファ。
 早雲義父さんと、声を大にして言いたい「愛妻、早乙女あかね」。その間にできた「龍馬(りゅうま)と未来(みく)」という男の子と女の子の双子。それから、やっぱりそのまんま、居ついてる俺の親父とオフクロ。親父はまだ時々パンダになる。
 で、プラスアルファはなびき姉と八宝斎の爺。俺たちが祝言挙げてからは、気分によって出たり入ったりを繰り返してる二人だ。なびきは事業を起こしてから都内に2DKのマンションを買ってる。でも、完全に天道家から撤退したわけではなく、時々、ふらっと帰ってきやがる。何でも光熱費と食費の削減なんだそうだ。たく、ちゃっかりしてやがる。爺は相変わらずで、こいつも気まぐれに戻ってくる。

 さて、節分会。
 豆まきなんて、真剣にやってる家庭はあるようで、案外少なかろう。まあ、大阪方面から浸透した「恵方に向かって無言で太巻き食べる」という訳ワカメな食卓行事と、縁起のものだから炒り豆を買って来て、年の数だけ食べてやり過ごすって家庭が殆どだと思う。
 でも、俺のところはちょっと違う。
 
 いつものように夕刻、出先から帰宅した俺。
 ここんところマスコミ関係の仕事も多い売れっ子格闘家。格闘試合のほかに、テレビ出演の依頼だの、雑誌の取材だの。そうそう、講演会の依頼なんてのもあるんだぜ。結構、そっちで日銭を稼ぎ出してる俺。まあ、そんなことはどうでもいい。
 まだ早い冬の日暮れ。真っ暗になる頃に戻って来た。今日はお付き合いを丁重に断って帰ってきた。何せ節分会の晩だからな。
 門戸には柊にイワシの頭。古くから伝わる節分の魔除けだ。

(おっ!今年もやる気だなっ!)

 そう思いながら、門をくぐる。

 …おっと、やっぱりな。
 漂ってくるぜ、玄関先から小さな殺気がムンムンと。息を潜めて待ってやがる。玄関先の明りはいつもなら灯されているのに、今日に限ってはついていない。どうもわざと消されているように感じる。

 にんまりと笑いながら、俺は歩みを進めた。コツン、コツンと御影石を蹴る足音をわざと大きめにたてて。
 俺は引き戸の前で歩みを止めた。
 そして徐に、ガラス戸に手をかける。

 さて、いくぞ!戦闘開始だ。

 ガラガラっと開け放つ音。


「オニはそとっ!!」
「フクはうちっ!!」

 甲高い声と共に、バラバラと振ってくる豆粒。

「おっと、俺に豆を当てようなんぞ、てめえらには十年早いぜっ!!」
 俺は咄嗟に、コートを翻すと奴らの襲撃を逃れた。ひょっとそのまま、後ろへと大きく下がる。勿論、豆は一粒も当たらないで、前に落ちる。

「あー、お父さん、ずっるーいっ!!」
 小さな声が俺の耳下に届いた。
「オニさんの役やってくれないとダメじゃんっ!!」
 
 続けざまに声。
 俺の可愛い子供たちだ。

「俺に一粒でも当てられたらやってやらあっ!」
 笑いながら逃げ惑う。この行為はしっかり「鬼の役」やってることになるんだけどな。
 俺は逃げながら玄関先から池のある庭へと回り込む。

「オニはそとっ!!」
「フクはうちっ!!」

 そら、来た来た。ムキになった子供たちが、追っかけて来た。
 勿論、大人の俺のほうが数段足が速い。子供らの腕力もまだ弱い。何せ、まだ五歳児だからな。

「そうら、当たらないぞーっ!」
 からかい気味に俺は余裕で逃げ惑って見せる。

「こら、乱馬っ!ちゃんとオニの役をこなしてやらぬかっ!」
 目と鼻の先で声がした。親父の声だ。
「やだね。豆当たったら痛いもん!」
 俺は笑いながら親父の声からも遠ざかる。
「貴様、あの子たちの父親だろうがっ!」
「だったらてめえが、オニの役やれよっ!親父っ!」
 俺はこれみよがしに、親父の背中をトンっと蹴りこんでやった。

 ドバシャーン!

 勢い良く、水飛沫があがって、そこから現われ出でたる一頭のジャイアントパンダ。

「ぱっふぉー!」

 お、怒ってる怒ってる。
 親父はまだパンダになる体質を背負って生きている。
 あ、俺はもう体質は解消してるぜ。随分前に呪泉郷へ行って男溺泉へ浸かってきたからな。

「ばっっふぉっふぉーっ!!」

 冷たい水浴びて頭来たんだろうな。親父が未来の持ってた豆袋を取り上げた。
「ぱふぉふぉふぉふぉーっ!」
 ムキになって投げつけてきやがった。親父は大人だから、結構、豆の飛距離も長い。だから、俺にバラバラと当たる。
「いってえじゃねーか!」
 大人気ないと言うなかれ。昔から、挑まれた勝負は受けてたちたい性質(たち)。それが早乙女家の男子というものだ。
「ほら、龍馬、そいつを貸せ。」
 そう言うと、俺は龍馬の持っていた豆袋を取り上げた。

「あ、父ちゃんっ!ずるいーっ!!」

 豆袋をかっさらわれた龍馬が口を尖らせた。だが、その時にはもう、俺は親父とやりあうのに無我夢中。
 
『このどら息子!成敗してくれる!』
「うるせーっ!パンダ親父っ!」
 バラバラ、ボロボロ、豆の音がはじけ飛ぶ。
 パンダと格闘家の一騎打ち。
 すぐさま豆はなくなった。

「ちぇっ!もうなくなったか。未来。こんどはおめえのだ。」
 と言いながら、ひょいっと未来の手から豆袋を取り上げた。
「まだまだ行くぜっ!親父ーっ!!」

 俺が豆を握り締めて投げつけようとした、その時だった。

「何やってるのよーっ!あんたたちっ!!」
 縁側から怒鳴り声が上がった。

「うわ、鬼。」
 思わず吐き出しちまった。
「誰が鬼ですってえ?」
 腰に手を当てて、ぷりぷり怒ってる奴。それは、あかね。
 彼女はおもむろに、縁側に置いてあった、でっかい豆袋を持ち上げた。
「乱馬ぁっ、覚悟なさいっ!!」

 げ、それは、落花生じゃねえか!

 普通の女だったら、落花生はふわふわ柔らかい殻に包まれていて、投げつけられても痛くはなかろう。だが、相手は、お転婆娘、じゃじゃ馬でならした、あかねだ。

「いてっ!いててててっ!!」

 案の定だ。馬鹿力で目いっぱい投げつけてきやがる。痛いの何のって、たまらない。

「母ちゃん、カッコいいっ!!」
 豆袋を取り上げられた腹いせか、龍馬のおめ目が爛々。
『ざまあみろ!』
 軒先でパンダ親父が看板片手に俺を指差し笑ってる。

「こらっ!あかねっ!おまえ、亭主に向かって何なんだよっ!!」
 まだバラバラと降って来る、落花生の銃弾をまともに身に受けながら、俺は抗議。
「ふん!子供たちの豆袋取り上げておいて、亭主面しないのっ!!」

「おっし!そっちがその気なら。」
 俺は、火中天津甘栗拳よろしく、のびあがって、ひょひょいのひょいっと落花生を受け止める。それから、親指で弾き出す。
「鬼は外っ!」
 そう言いながら、あかねの身体を狙い撃ち。あ、勿論、顔は避けたぞ。これでも紳士だからな。
「きゃあっ!」
 俺の反撃にあかねは物凄い顔で睨みやがった。相変わらず、熱し易い奴だぜ。こいつは。

「乱馬あっ!!もう許さないんだからあっ!!」

 とうとう、切れた。
 こうなると、猪突猛進してくるだけ。そこんとことは許婚時代から変わってない。
『あかねちゃん、パス!』
 そう書いた看板を掲げながら、あかねに落花生の大袋を差し出す親父。あかねにさっきの仇を取らせるつもりか?

「わあ、お母さん、ガンバレーッ!」
「俺も父ちゃんやっつける!」
 未来と龍馬の目が更に欄々々。

 ちぇっ!皆して共同戦線張ってやがんの。

 こうやって、親子揃っての豆合戦が始まった。
 もう、鬼もお多福も、掛け声もどうでも良くなったらしい。

 バラバラ、ぱらぱら、豆や落花生の弾け飛ぶ音。
 こりゃあ、鬼が居たら、真っ先に逃げていきそうだぜ。
 俺もあかねも子供たちも、いっしょくたになって暴れまわる。
 十分も戦闘状態が続いたろうか。さすがに俺も息切れがして、汗だくになったころ、奥からオフクロの声がした。

「さあさあ、豆まきはそのくらいにして、恵方巻き、皆でいただきましょう。」

「はあーい!!」「おお!!」
 子供たちも俺も、オフクロの戦闘終結宣言を快く受け入れる。
 ちらっと見やると、あかねも息を切らしてる。俺はポンっと肩を叩くと、にっこりと微笑みかけた。あかねの目からはとっくに怒気は消えている。

「あらあら、たくさん豆がまけたわね。明日、お日様が昇ってから、皆で豆を拾いましょうね…。」
 オフクロがにっこりと微笑む。
「これは随分派手にやったなあ。」
 早雲義父さんも笑っている。

 それから先は、皆で太巻きを手に持って、恵方を向いてもくもくと食べる。今年も無病息災、家内安全でありますようにと。


 この豆まきで唯一つ、まずったことがあるとすれば、それは、子供たちを、いささか興奮させすぎちまったことかな。
 子供というのは、興奮すると、夜なかなか寝付かないものなんだ。
 案の定、この夜の二人の元気だったこと。いつもなら八時も過ぎると、キューバタンなんだけどな。
 久々の出先からの帰還だったんだが。さすがに子供たちの前じゃあ、あかねと正々堂々いちゃつけねえ。
 こっちの方が疲れて、キューバタンしそうだ。それを必死で耐えていると、あかねがくすっと笑った。「自業自得よ。」と言いたげな目を差し向けて。

「父ちゃん、どうしたの?」
 未来があかねに苦笑いを返した俺を見て問いかけた。
「いや、何でもねえ…。」
「父ちゃん、鬼さんはもう、家には来ないかな。」
「鬼は外、たっくさんしたからな…。」
 こくんと揺れる可愛い頭。だけど…。

「鬼は外…福は内。…で、ガキは早く寝ろ!」
 つい吐き出しちまった。
 きょとんと俺を見詰める四つの円らな瞳。
 その向こう側であかねが笑ってる。

 はあ…。こりゃあ、まだまだ、こいつらの目が硬いや。

 鬼は追い出したのに、もうちょっと、甘い時間はおあずけ…。欲求不満がたまりそうだ…なーんてな。











 半さんの絵板イラストから浮かんだ未来イメージから、私、一之瀬がダダダダっと本当に短時間で書き下ろしました。
 半さんの言にによれば、「乱馬はこのような視線をあかねちゃんに向けてはいけねえっす!」ということだったんですが(笑…ガキならええかな…ってことでしたよね?
 この絵から私がイメージしたのは、豆まきにだんだんムキになっていく、乱馬だったんです。思うがままに書かせて貰いました。
 どっちがガキなのかわからないような、お父さん乱馬でした。
 目が硬い…この表現は、関西地方の方言かも…宵っ張りで目がなかなか閉じないという意味です。

 久々のHALFMOONモード作。半さん、作文許可ありがとう!
一之瀬けいこ)



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