第四話 華麗なるカップルたち


一、

 その日は梅雨の中休みか、久しぶりに太陽が覗いたような気がする。
 だが、梅雨の晴れ間は、どこか重たい空気を吸い込んでいて、すっきりしない。空も突き抜けて蒼いというよりは、日差しだけが雲間から差し込めてくるといった感じだった。
 心なしか蒸し暑い。
 じめっとした典型的な気候だ。

「本当に大丈夫なんだろうね…。」
 早雲がそわそわとあかねを見た。
「大丈夫よ…。もう子どもじゃあないんだから。」
 あかねは軽く返答を返した。
「子どもじゃないから、心配なんだよ。あかね。」
 いよいよ、あかねは、葉隠魁と二人きりで会うことになった。
 その準備に朝から余念が無いあかね。そんな娘を見ながら、早雲は不安げに言い返す。

 乱馬も玄馬も、黙り込んだままで、朝から動き回るあかねを、どこか冷めた目で見詰めていた。薄青色のアンサンブル。この夏流行の重ね着風だが、いやらしさは無い。
 化粧もいつもよりは入念にしているように見えたが、決して濃くはない。ナチュラルな雰囲気。薄く引いたルージュはピンク色系。
 手にした白いハンドバックが清楚な感じを演出している。
 ヒールが低い白いパンプス。

 梅雨のすっきりしない天気のように、何処となく歪んだ感じの天道家だった。

「じゃあ、行ってきます。」
 そんな重苦しい空気を押し退けるように、あかねは玄関から元気に外へと出て行った。



「行ったか…。」
 ほおおっと溜息を吐きつける早雲。
 彼はちらりとなびきを見詰めた。
「そう急かさなくってもわかってるって、お父さん。」
 なびきがにっと笑った。
「さてと…。乱馬君。」
 そう言いながら、くるっと中庭の木の棒に蹴りをお見舞いしている乱馬の方へと語りかけた。

「何だよ?」
 乱馬は憮然と言葉を投げ返す。明らかに不機嫌だ。

「あんたも、ちゃっちゃと準備なさい。」
 そう言いながら、水を思いっきり頭からぶっかけた。

「何しやがんでいっ!!」
 みるみる縮んだ彼は、思いっきり甲高い声を張り上げた。

「だから、あんたも付き合いなさい、って言ってるのよ。」
 なびきはそう言いながらにんまり笑った。

「けっ!あかねのことなんかほっときゃいいんだっ!ほっときゃっ!」
 彼はどっかとその場へ胡坐(あぐら)を掻いて座り込んでしまった。

「誰もあかねのことって言ってないわよ。」
 くすくすとなびきが笑った。
「うっ…。」
 自爆であった。
 渡世に慣れている、彼女から見れば、乱馬の扱いなど、赤子の手をひねるようなものらしい。
「そーんなに気になってるんなら、尚更、ね…。ほら、とっとと準備なさいな。場所は東京湾クルージング、クリスタル号よ。クルージングのチケットも、ちゃんと根回ししておいたから…。ほら。ちゃんと正装しないと追い出されるわよ。」
 そう言いながら、なびきは、クルージングチケットを差し出した。

「たく…。何で俺が…。」
 まだぶつぶつ言う彼に諦めなさいと言わんばかりの視線を投げかけた時だ。


 勢い良く、玄関の扉が開く音がする。

「お邪魔しますっ!あかねちゃん、居るか?」
 そう言ってずかずかと入ってきたのは、右京だった。
 慌てているようで、有無も言わさず、奥の茶の間へと進んできた。

「あら、右京さん、いらっしゃい。」
 かすみがのほほんと出迎える。
「あかねちゃんは?」
 そう言いながら周りを見渡す。

「あかねなら、さっき、出て行ったわよ。」
 となびきが答えた。

「一足遅かったか!」
 と右京が吐き出した。

「どうしたの?そんなに慌てて。」
 なびきが怪訝な顔で右京を見返した。

「ちょっとな…。デートに出かける前に、耳に入れておきたいと思った話があったから…。」
 右京は指をくわえながら、どうしようかと思案に迷っている様子があった。
「耳に入れておきたかったこと?」
 なびきの目が好奇心で輝いた。
「良かったら話してくれない?今日のデートに関係のあることなんでしょ?」
 じっと見据えるなびきの瞳に、右京はこくんと頷くと、遅れて入ってきた、紅つばさを見やった。

「これは、つばさに訊いたことなんやけど…。」
 コホンと前置くと、右京は、話し始めた。

「あの、葉隠魁って男、かなりの食わせ物らしいわ。」
 と、まず言い放った。
「食わせ物?…。なかなかの貴公子ぶりだったけど。」
 なびきが答えた。
「だから、食わせ物やっちゅうねん。…つばさ、あんたの見聞きしたこと、言うたり。」
 そう言って、傍らでまだ息を切らせているつばさの肩をポンと叩いた。
「はい右京様。」
 つばさは右京の言うことは良く訊く。

「あの、先頃、取り込みごとがあって、葉隠流武道の一族会っていうのがあって、流派の末席ながら、紅家の一人として、呼び出されて行ってきたんですけど…。」
 何となく、込み入った話になりそうだ。
 一同は、興味津々な顔つきをして、じっとつばさの話に耳を傾けた。
「先代の葉隠流当主が、つい最近、亡くなったんです。その、四十五日法要も兼ねて、一族郎等が寄り合った時、次の当主についての話し合いになったんです。」

「ほお…。葉隠流は一子相伝の流派ではないのかね?」
 早雲が横から問いかけた。同じく、部門の家柄に育ったものとして、興味があったようだ。
「ええ。流派の血の正統性よりも、古来、実力を問う。それが、葉隠流の相続の仕方なんです。だから、葉隠一門の中から、優れた者を当主として据える。それが「しきたり」なんです。」
「で、つばさは、葉隠一門の男子として、その当主を決めるという話し合いの場に臨んだっちゅうわけなんや。」
 右京の説明にこくんと頷くつばさ。
「男子ねえ…。」
 思わず、疑ってしまいたくなるようなつばさのなよっとした、姿形。
「で、話し合いでは片がつかず、結局は「試合」をすることになったんです。腕に覚えのある一族の者が、果たし合って、次の当主を決めるという。」
「なるほど、血よりも実力を問い、一族を導くという方法をとっておるのか。葉隠流は。なかなか、勇猛果敢な一族だな。」
 早雲が感心して見せた。
「で、つばさ君も出たの?」
 なびきが問いかけた。

「まさか。私のはただの「突撃流武道」。一族には、足元にも及ばない名手がぞろぞろ居て、とても、そんな危険なものに挑戦する気はなかったから、末席から見届けていただけです。…それはさておき、その、腕に覚えがある当主候補たちの中に、居たんです。」
「居たって誰かね?」
 早雲が怪訝な顔を向ける。
「だから、あの、葉隠魁と名乗る青年が。やっぱり、葉隠一門の武道家だったんです。思ったとおり…。」

「で、その、葉隠魁って青年、めっちゃ強かったらしいわ。」
 右京が補足するように横から口を挟んだ。
「ええ、ええ、その強さったら、目を見張るものがありました。次の当主にと目されていた流派の本家筋の兄さんなんか、一発でのされたほどでした。」

 つばさの話に寄ると、魁は、集るように襲い掛かってくる、一門の青年たち相手に、本気を出すことなく、簡単に投げ飛ばしていったのだという。

「ほお、さすがに、ニューウエーブ武道、世界チャンピオンだけのことはあるな。」
 早雲が、こくんと頷いた。
「当然、どの挑戦者たちよりも、葉隠魁は強かったってわけか。」
「それで?葉隠魁が次期党首の座を射止めたってわけなのね?」

「いえ、それが、最後の最後で決まらなかったんです。」
 大方の意見を覆すように、つばさが言い放った。
「決まらなかったって…。あの魁とタメをはれた格闘家でもいたとでも?」
 なびきが率直に問いかける。
「いえ、あのレベルの格闘家は一門とはいえ、他には居ません。だから、誰が見てもそのまま、魁が当主になると思ったんです。が…。今回の当主決めの責任者でもあり、亡くなった先代当主の弟でもあり、立会人の代表でもある、おじじ様が、最後の表決を下す前に遁走したので、決定に至らなかったんです。」
 
「当主の弟の爺さんですって?」

「ええ、葉隠姓から離れて、現在は紅姓を名乗っている、私の祖父、「紅たすき」です。祖父は何かを魁に感じたらしくって…。それで、一族会議の最中に居なくなったんです。」

「随分、無責任なことをするじゃない。その、爺さん。」
 なびきの問い掛けにつばさは答えた。
「ええ、勿論、一族会議も大騒ぎになりました。でも、祖父は、一枚の書状を残していたんです。葉隠魁を一族の当主と定めるならば、己の決めた相手と闘って勝つこと。これが条件だって…。でなければ、当主とは認めない…と。」

「自分が決めた相手ですって?」
 なびきが思わず声を上げた。

「で、葉隠魁はそれで納得したのかね?」

「納得も何も、おじじ様がそうおっしゃった以上は、彼は当主にはなれない。それが、流派の決まりですから…。」
 つばさはゆっくりと話した。
「何でその、爺さんはそんなこと言い出したのかね?…。そんなに強い格闘家なのなら、当主に抜擢したってかまわないだろうに…。」
 玄馬が横から口を挟んだ。

「勿論、強さだけ取れば、素晴らしい格闘家に違いありませんが…。その…人間性に問題が…。」
 つばさは急に顔をしかめた。
「人間性に問題?どういうことかね?」
 興味を持った玄馬が更に突き詰めて尋ねる。
「彼の格闘のスタイルが…その…。容赦がないというか、思いやりの欠片もないというか…。その場に居た、殆どの一族の猛者が、病院送りとなりました…。中には、格闘家として再起不能と診断された者も…。」
「何と…。」
「あれは、格闘家の闘い方ではなかったです。鬼か何かに魅入られた魔物の戦い方でした…。倒れてもなお、相手を容赦なく叩き付け、血まみれになろうとも、止めない…。格闘家が我を失って戦うことはあるでしょうが…。薄ら笑いを浮かべながら、恐怖におののく対戦相手を、斃れるまでなぶる。そんな闘い方でした…。思い出しただけでも身の毛が弥立ちます。」
 つばさは、両腕を抱え込むと、顔をしかめた。早雲も玄馬も言葉を失った。

「葉隠魁の闘い方は、相当なもんらしいで。」
 右京が口を挟んだ。
「実は、小夏も、あいつにやられたらしいんや。やっぱりな。」

「小夏が?」
 なびきが訊き返した。
「小夏君と言えば、男とはいえ、百年に一人と言われた、天才くの一だったのではないか?それが彼と闘ったのかね?」

「ああ。先月、アメリカで行われた「ニューウエーブバトル」の世界大会で、闘こうたらしいわ。それも、昨夜、確かめた。あの忍耐の塊の小夏が、やられて、一週間ほど意識が戻らんかったらしい。今でもアメリカの病院のベッドの上におるんやそうや。やっと回復してきたらしいけど、今しばらく養生が必要らしいで。」
 右京の顔が曇った。
「あの、小夏がねえ…。」
「そん時も、酷いやり方やったらしいわ。審判や観客の見えへんところで、散々いたぶるように傷つけてきたってな…。昨晩かけた、国際電話で小夏がそんなこと言っとった。」

「でも、我が家に来た、葉隠魁は、そんな風には見えなかったわよ。それに、雑誌にはそんな風なことは…。」

「観客は一種の興奮の坩堝の中に放り込まれるからな。冷静に試合を見られるかどうかも怪しいもんや。それに、小夏によると、謎の技を使って攻めてくるらしいで。」
「そんな風には見えなかったなあ…。優しそうだったし。」
 なびきが小首を傾げた。
「あの、人当たりの良い微笑の下に、どんな恐ろしい素顔が隠されてるかわからへん…。せやから、食わせ物やっちゅうねん。」
 右京の目が鋭く輝く。真っ直ぐで曲がったことの嫌いな浪花女には、小夏がこっぴどくやられたことが、相当頭に来ている様子だった。

「訊いたところ、あいつの方から、縁談話を持ってきたんやろ?」
 右京が天道家の面々に問いかけた。
「ええ。うちの本家筋に当たる、大伯母様を通してね…。」
 なびきが答える。
「これはウチの感やけど…。何かあるって思ったほうがええんとちゃうか?…あかねちゃんが危ないかもしれん。」

『あかねが危ない』。
 この言葉は、どんなものよりも、重く乱馬の胸にのしかかってきた。

「とにかく、今日のデート、様子伺った方がええ。このまま、ほっておくと、あかねちゃんを脅しかねん…。」

「そうなれば、ますます、様子を伺いに行かねば…のう、乱馬。」

「けっ!あいつが自分から望んだことなんだぜ?俺は行かねえ!」
 案の定乱馬はヘソを曲げる。
「そんな悠長なこと、言ってて、取り換えしつかへんようなことになったらどないするん?」
「俺の知ったことかっ!」
 乱馬は、それだけを吐き出すと、どこかへ行ってしまった。

「乱ちゃんっ!!」

 右京が何かを言おうとしたのを、なびきが止めた。

「大丈夫。乱馬君、みんなの手前、あんな見栄切ってるけど、あかねのことが気にならないわけないじゃない。葉隠魁がそんな人物だと知ったらなおのことね…。それに、何のかんのったって、クルージングのチケット持って行っちゃったわ。自分の分はしっかりね。」

「クルージングのチケット?」
 怪訝な顔の右京に、なびきは続けた。
「うん、どうやら船上デートするらしいわ。東京湾でね。…で、どう?もう一組分、チケットがあるんだけど…。」
「へえ…。船の上かあ…。面白い。つばさっ!うちらも行くでっ!!」
「きゃあん!嬉しいっ!右京様とデートっ!!」
 つばさは両手を口の前に握り締めて、ぶりっこポーズを取った。目はランランと輝いている。
「ぶりっこすなっ!気色悪いっ!!」
「うふふ…どんなドレス着ていこうかなあ…。」
「あんた、男やろっ!ドレスなんか着ていったら、まんま変態やでっ!!」
「それもいいかもしれないわよ、右京。葉隠一門なら、つばさの顔だって覚えてるだろうし…。この際、変装させてあげたほうが…。何なら、右京が男の子の格好をすれば良いわ。」
「何でうちが男の格好…。」
「だって…。この船は、最近話題になってる、カップルパーティーツアーなの…。つばさくんが女役やるんだったら、男役が必要でしょ。ウっちゃんには男装が似合うんじゃないの?」
「しゃあないなあ…。ここは、乱ちゃんとあかねちゃんのためや…。それに、船上パーティーってのにも興味あるしな。」
「わあ、嬉しいっ!右京さまあ、是非是非。」

「でも、なびき。乱馬君は一人で行ってしまったようだが…。」

「彼なら心配ないんじゃない?適当にそこら辺で男の子引っ掛けるでしょうし…。」
「男の子かね?何で…。」
「あら、乱馬君の性格からしてみれば、こういう場合は、変身して臨むわよ。あかねと魁を邪魔するんだったら。」
「良くわかってるな…。乱ちゃんやったらやりそうやわ。それ…。」
 右京が感心した。
「ふふふ、あたしも準備しなきゃ。」

「なびきも行くんか?」
 右京が顔を見上げた。

「あったりまえじゃない。」
「でも、カップルで行かなあかんのやろ?」
「あら、場に相応しい、トラブルメーカーを連れて行けばいいんじゃないの?」
 そう言いながらにっと笑った。

「じゃあ、ワシらも…。」
 と、早雲と玄馬が立ち上がったとき、
「お父さんたちは駄目よ。」
 となびきにあしらわれた。
「何で?ワシらも行きたいっ!行きたいようっ!!」
「そうだよ、父さんたちも行きたいっ!!」
 とだだをこねる父と玄馬。
「お父さんたちはカップルにはなり得ないでしょう?」

「ワシ、今から玄子ちゃん!」
 早代わりで女性化する玄馬。

「気色悪いこと、すなっ!!おっちゃん!」
 右京が思わず、そばにあったコップを投げつけた。
「ぱふぉふぉふぉふぉ…。」
 みるみるパンダに変わり、怒り出す玄馬。

「たく…。いいから、お父さんたちはかすみお姉ちゃんと留守番してて…。」
 なびきからも思わず苦言がこぼれた。



二、

 船の上は、別世界が輝き渡っていた。

 東京ベイエリアの夕景が水面に揺れながら浮かび上がってくる。

「で、何で俺がこんな格好でココに居なけりゃなんねえんだ?乱馬よ。」
 怪訝な瞳が、乱馬を映し出す。派手に着飾った衣装。
 ふさふさとしたかつらをすっぽりとかぶり、おさげを隠している。
 勿論、化粧もしている。
「何が哀しゅうて、女装したオカマ野郎と、こんなところへ来なくっちゃならねーんだ?」
 ぎゅううっとこぶしを握り締めているタキシード姿の青年。頭には不釣合いな黄色のバンダナを巻いている。
 そう、乱馬が連れ込んだ相手は、良牙だった。
 たまたま、あかねを求めていた時に、練馬中をさ迷い歩いていた彼に会ったのだ。これ幸いと、己の計略に、良牙を巻き込んだのである。
 あかりちゃんに頼み込んで、衣装を貸してもらい、ついでに化粧もお願いしたわけだ。そして、訝る良牙の手を引いて、やって来たというわけだ。
「たく…。周りはカップルばっかりじゃねーか!どうせなら、おめえとじゃなくって、あかりさんと来たかったぜ。」
「ハイハイ…。あかりちゃんは後でてめえが連れて来てやんな。今日はその偵察でいいじゃねえか。」
 と乱馬はぐいぐいっと良牙を引っ張っていく。途中で、良牙にはぐれられては大変だからだ。
 入口では、入場券とカップルのチェックが行われる。
 誰も、まさか、乱馬が男だとは思わず、良牙と二人、難なくパスして、乗り込めた。
「一体、何なんだ?こら、乱馬、ちゃんと説明しろっ!!」
 乗船してしまうと、良牙が溜まらずに文句を言った。
「けっ!訊いて驚くなよ…。この船にはあかねが乗ってんだ。」
「あかねさん?」
 円らな瞳が乱馬を見返す。
「ああ…。」
「何であかねさんが乗ってるんだ?カップルじゃねえと乗れないんじゃねーのか?」
「ああ…。だから、あかねの奴、見合い相手と乗ってるんだ。」

「なっ、なにーいっ!!」

「こら、大声出すな。」
 思わず、大声を張り上げた良牙を必至で取り押さえて口を塞いだ。

「今、なんつった?乱馬…。あかねさんが見合いだって?また、どうして…。ははああん、てめえ、ふられたな?」

「ば、バカ言うなっ!お、俺がふられるわけねーだろがっ!!」

 今度は乱馬が叫んだ。
 周りが怪訝な顔で二人を覗きこむ。
 思わず出た大声に、己の口を塞ぐと、乱馬は良牙にもそっと言った。
「あかねを気に入った野郎が居てよ…その、何だ。一回だけデートさせろっつーて誘ったんだ。」
 さすがに「許婚の沽券」があるので、あかねが勢いに乗じてデートを承諾してしまったなどとは、良牙には説明できなかった。まあ、彼の説明でも、あながち「全面的に嘘」ではないので、それは置くとしよう。

「ほお…。てめえ、もしかして、妬いてるな?」
 良牙がにっと笑った。
「う、うるせーっ!!と、とにかくだ。あかねに何かあっちゃいけねーから、俺は、天道家のみんなから見張りを言いつかってるんだ。」
 不機嫌な顔つきで、ぼそぼそと答えた。
「ま、あかねさんは、ホイホイと男に付いていくタイプじゃないけどな…。それで、俺にこんな格好させて、で、てめえは女に変身して、尾行っつーわけか。」
「ああ…。そうだ。」
 歯切れ悪く乱馬が言った。
「と、とにかく、会場であかねを見つけて、さり気に見張るんだ…。良いか?俺からはぐれるなよ、良牙。」
「はは、わかってるって…。そのふざけた見合い野郎にあかねさんには手を出させはしねえ。」
「おい、こら、何処へ行く?」
 乱馬は一人で歩き始めた良牙をぐいっと己の方へ引き寄せた。
「たく…。おれから離れるなっ…。ただでさえ、てめえは「方向音痴」なんだから。」
「あはははは…。」


 とっても不安なカップルだった。


 ちぐはぐなカップルは、乱馬と良牙だけではなかった。
 後で天道家を出た、右京とつばさも、ちぐはぐなカップルに違いなかった。
 こちらは完全に性別転換。右京がシックなタキシード姿ならば、つばさが可憐なドレススタイル。真紅の色が目に映える。どこから見ても、「少女」にしか見えない。
「たく…。似合いすぎとるわ…。きもいやっちゃなあ…。」
 思わず苦笑いする右京であった。
「きゃは、右京様に褒めてもらえた。」
「褒めてへん、褒めてへん…。にしても、何で真っ赤っかやねん。もうちょっと地味な色にできんかったんか?」
「あら…。赤色はポストの色。情熱の色ですわよん。右京様。」
「ポストの色と同じ色のドレスを選んだんかいっ!」
「ええ…。似合ってるでしょ?」
 思わず、「突撃ーッ!」と、いつも突進してくる郵便ポストスタイルのつばさを思い出した。どうやら、つばさのドレス選びも、突撃ポストの範疇からは抜け出ないらしい。
「でえっ!その目をぱちくりさせるのはやめんかいっ!気色悪い。」
「ダーメッ。今日は右京様とデートですもん。やめませんわよ。」
「つばさ…。おまえ、本来の目的、忘れてへんか?」
「え?」
「だから…。これはデートとちごて、あかねちゃんを魔の手から守るためにやっとるってこと、忘れたらあかんって言ってるんや…ウチは。」
「あはは…。そうでしたわね。」
「何か、ものすごう、心配やわ。ウチ…。」
「どーんと、任せんさーいっ!!」
「だから、その、パット入りの胸を叩くなっ!胸をっ!!」
「きゃあ…。」
「そらみい、パットがずれて、変なところ膨らんだやんか…。」


 やっぱり、不安なカップルだった。


 そして、もう一組。俄かカップルが一つ。

「ほら…。こっちよ!早くしないと、美味しいご馳走がなくなってしまうわ。」
 こちらも、本来の使命を忘れたようなカップルであった。
「天道なびき!それは良いが、何故、僕は貴様とこんな、豪華な船上パティーに来なければならないんだ?しかも、僕のおごりで…。」
 すらっとした体格。肩が張っているあたり、鍛えこんでいるのがわかる青年。
 怪訝そうになびきを見下ろしている。
「あら、細かいことは気にしないの…。あ、こっちのお皿、美味しそう!」
「気にするぞ!普通、こういうとことに来るのは、その、お付き合いをちゃんとしているカップルなのではないのか?」
「ほらほら、九能ちゃんっ!結構高いお金払って入ったんだからさあ…。元取らなきゃ、損よ。」
「くおらっ!天道なびきっ!!」
 そうである。
 なびきが引っ張り出した男性は、九能帯刀であった。
 どうやら、チケット代も九能にまわして、ちゃっかりもぐりこんだらしい。ある意味、最強のカップルかもしれない。



三、

 待ち合わせの場所へ行って見ると、白いスポーツカーのお出ましだった。勿論、外国製のオープンカーだ。
 都内をドライブして回った。
 勿論、魁は紳士的で、決して、必要以上にあかねに距離を近づけてはこなかった。普通の男女の距離。それをあえて守っている、そんな感じだった。
 道行く人々は、派手なスポーツカーを羨望の眼差しで振り返っていく。
 どことなく、それが、余所余所しく、かえって、硬くなるあかねである。
 そんなあかねを、魁は柔らかな眼差しで、サングラス越しから見詰めてくる。どうやら、魁は最近、有名になってきたので、ファンが殺到するのが煩わしくて、サングラスで誤魔化しているらしい。
 決して饒舌でもなく。口にする話題は、やはり「格闘技」の世界の話。
「あかねさんの格闘は力で押し切るタイプなんですね…。見た感じとは全然違う…。」
「そうですか?」
「ええ。勇猛果敢な女流格闘家は数多いますが、あかねさんは華麗だ。」
「そ、そんなに褒められても…。何も出ませんよ。」
「ははは、期待しちゃいけないかな…。でも、力だけで押していると、足元をすくわれることもあるから、注意した方がいいかもしれませんね。この前の決勝戦。相手につかまりかけたでしょう?」
「あはは、見てらしたんですか?あれは、自分でも反省すべきところがいっぱいあって…。あとで、乱馬にもこっぴどく叱られて…。」
 思わず、乱馬の名前が口から滑った。何も考えずに喋った結果だ。
 勿論、魁の顔が曇ったが、さすがに彼も大人。嫌味一つ言わないで聞き流すふりをする。
「君の許婚も相当な格闘センスを持ってますね…。」
「で、でも、あいつは、まだまだヒヨッコです。魁さんみたいな実績もまだないし…。」
「ははは…。僕の方が年上ですからね…。実績は年齢を重ねれば、自ずと付いてくるでしょう…。あかねさんは、僕と乱馬君と、闘えばどっちが強いと思います?」
 一瞬、魁の声色がマジになったような気がした。
「さあ…。同じ土俵で試合することがあれば、まだしも…。」
「ふふふ、あかねさんは彼の方が負けるとは決して言わないんですね。」
 ドキッとした。
「同じ世界で生きている以上は、いずれ、彼とやりあうことがあるでしょうね…。」
「え、ええ…。彼がニューウエーブバトルへ手を出せばの話ですけどね…。」
「間違いなく、彼とはそのうち、ぶつかるでしょう…。さて、どっちが勝つでしょうかね…。」
 あかねの言葉が途切れた。
 そうなのだ。葉隠魁は乱馬よりも一歩先へ行く、世界的格闘家。だが、乱馬はまだ、これからの未知を秘めた若輩に過ぎない。
「案外、近いうちに、彼とあたるかもしれませんけどね…。勿論、手加減なんかはしませんよ。僕は…。」
 そう言う彼の先に、埠頭が見える。その先に、美しい白亜の客船が浮かび上がる。


 彼にエスコートされて入る船内。
 もう、たくさんの人で賑わっている。どこを見てもカップルだらけだ。

 その中に、ちぐはぐなカップルたちが紛れ込んでいる。

 勿論、あかねは、己を心配するあまりに、数組のカップルが、同じ船に乗り込んだことなど、知る由もなかった。


『居たっ!!』

 事情を知っている九能以外の人々は、あかねを目敏く見つけた。
 一斉に吸い寄せられる、視線。
 勿論、離れた場所から観察しているので、会話までは聞こえてこない。だが、親しげに魁と歓談しているように見えた。
 軽食を取る皿。

「あかねさんの相手、なかなか、いい男じゃねえか…。乱馬よ。」
 良牙がぼそっと言った。まるで、乱馬の嫉妬を煽るような言い方だった。
「うるせーっ!黙って観察してろっ!!」
 フライドチキンを頬張りながら、乱馬が睨みつける。その様子が面白かったのか
「へえ…。なかなか紳士じゃねえか。おめえとは毛並みが違うように見受けられるぜ。」
 と追い討ちをかける。
「てめえ…。あかねがあんな、にやけた野郎のところへ嫁に行っても良いって思ってるんじゃあんめえな?」
 乱馬が恨めしそうに言い放つ。
「嫁だってえ?」
「これは、見合いなんだぜ?相手を気に入ったら、当然…。」
「おまえに寝取られるのもシャクだが、他の男はもっと嫌だっ!!」
 良牙が頭を抱えた。
「こら、誰が寝取るって?…。」
「と、とにかく、俺が許さんっ!!」

「あ、こらてめえ、どこへ行く?」

「文句の一つも言ってやるっ!」
 ずかずかと足を踏み出す良牙。

「お、おいっ!そっちじゃねえ…。あかねたちはあっちだ…。こら、良牙っ!!」
 乱馬が引き止めようとしたが、人ゴミに紛れて、良牙はすぐに見えなくなった。


「たく…。この方向音痴めっ!…ま、いっか…。奴が居なくなった分、俺ももっと身軽に動けるってもんだ。」
 乱馬はチキンを骨までしゃぶると、すうっと気配をたちながら、さり気にあかねと魁の方へと近寄って行った。

 と、船内の証明がぐっと落とされた。
 真っ暗闇とはいかないが、ムード溢れる橙色の淡い光が、辺りをほんのりと照らし出す。
 さっきまで照り輝いていたシャンデリアが、今度は揺らめく蝋燭のように、チロチロと灯りをともしていた。
 静かなダンスミュージックが鳴り始める。
 どうやら、ダンスタイムのようだ。
 カップルたちは、手を取り合い、流れるように踊り始める。

 魁もあかねの手を取った。

「え?…あたしも踊るんですか?」
 あかねは戸惑いの表情を魁に手向けた。
「ええ、勿論…。」
 にっこりと微笑む魁。辺りに気を遣うのはやめたのか、すっとサングラスを取った。これだけ証明が落ちれば、誰も葉隠魁とは思うまい。そう踏んだのかもしれない。
「でも…。あたし、踊りなんて…。」
 出来ないと言おうとしたのを、魁が遮った。
「大丈夫…。初心者でも僕がちゃんと、リードして差し上げますよ。」
 そう言いながら、魁の逞しい手があかねの細い手に添えられる。
 くいっとそのまま、引き寄せられる。軽く肩に手を触れると、ゆっくりとダンスステップを踏み始める。
 あかねは一瞬、戸惑った。
 こんな風に、さり気に肩を抱かれるとは思わなかったからだ。
 彼の動きにあわせて、足が自然に流れ始める。
 勿論、ダンスのステップなど、習ったことも無い。


「野郎、ドサクサに紛れてあかねに触れやがって…。」
 少し離れてじっと観察していた、乱馬の視線が厳しくなったのは、言うまでも無いだろう。
 許婚の己でも易々と触れない彼女の身体なのだ。それをいとも簡単に。面白いはずが無い。


 その向う側で、右京とつばさが、不器用なステップを踏んでいた。
 周りの手前、真似事でもしないわけにはいかない。
 生真面目な彼らはそう思ってしまったのだ。
「右京様…。」
「こら、そっちへ動くな…。」
「そんなこと言われても…。」
「わたっ!足踏んだやろっ!つばさっ!!」
「いやーん!右京様ったらあ…。」
「こらーっ!ドサクサに紛れて、ウチの胸の中に倒れてくんなっ!つばさっ!!」
「あん、つばさ、幸せ…。」

 万事この調子である。

 さて、もう一組のカップル、なびきと九能。
 ダンスミュージックがかかり始めても、なびきは一向に興味を示さない。それどころか、まだ、ご馳走を食べまわっている。

「こら、天道なびき。貴様はダンスを踊ろうとは思わないのか?さっきから、食べてばかりいるようだが…。」
 半ば呆れた顔が、なびきに差し向けられる。
「あら…。九能ちゃんは踊りたいの?」
「い、いや、べ、別にそういうわけでは無いのだが…。」
 そんな彼を、ベタベタのカップルが舞いながらダンスステップを楽しんでいる。あちこちでカップルたちの甘い吐息が漏れてくる。
 と、なびきはすいっと手を差し出した。

「おいっ!何だこの手は…。ぼ、僕に踊ってくれとでも…。」
 少し緊張した声が九能の口から漏れる。
「あら、嫌ねえ…。その前に、あたしと踊りたいんなら、二千円!」

「おいっ!こらっ!どこの世界に、ダンスを踊ってもらうのに金をせびり取る女が居るというのだ?」

「ここに居るわよ…。だって、ダンスって身体を密着させないと駄目じゃない。ただで、触らせてあげるほど、お人よしじゃないわ。あたしは…。」
 と来た。
「なっ!」
 さすがの九能も絶句しかけたときだった。なびきの方から、視線が反れた。
 彼の視野に、乱馬が映ったのだ。勿論、女モードの乱馬である。同じ空間に居るのだから、遭遇しても然るべきではあった。
 
「おお…。これは、おさげの女ではないか!」

「げっ…。九能先輩…。」

 なびきが九能を呼び寄せて潜入したことなど知らない、乱馬には、唐突な「出会い頭」であった。しかも、今さっきまで一緒だった良牙は会場内で迷子になっている。


「おお、ダンスタイムで何と、奇遇な…。さては、僕を慕って、ここまで…。」
 すりすりと九能がすり寄って来る。
「いいや。違う…。」
 大勢の人々の前で、さすがに九能を蹴り上げることも出来ず、乱馬はジタバタした。
「一曲、所望しようか…。」
 九能は乱馬の手を取ると、自在に踊り始めた。
 何とも言い様の無い、センスの踊りである。
「あら、ずんたった。どんたった。おさげの女、ダンスは楽しいなあ…。わっはっは。」
「ち、ちっとも楽しくないっ!!」
 どんどん、あかねたちから遠ざかる。
 
「あらあら…。九能ちゃんったら…。しょうがない人ねえ…。」
 踊るあかねと魁、乱馬と九能を交互に見ながら、なびきが笑った。


 そんな、中、魁が急にステップを止めた。
 一瞬だが険しい顔つきになった。

「どうしたの?」
 あかねが顔を向けた。

「いや…。視線を幾つか感じたものでね…。」
 魁は再び、微笑を作りかけながら言った。
「視線?」
 不思議そうになぞらえるあかねに、魁は言った。
「少し殺気を含んだような視線だったんですが……。」
 そう言いながらまたサングラスをかける。
「あかねさんは感じませんでしたか?」
「視線ですか?…全然…。気配も何も感じませんわ。」
 と答えた。
 これだけの人ごみの中で、特定の視線を感じるのは、あかねには無理な話だったのかもしれない。いや、まさか、乱馬たちがここまで乗り込んできているとも思っていないのだ。当然だった。それに、格闘の最中ならともかく、あかねは元来「鈍い」。

「ふふふ、彼かな…。」
 魁はふうっと吐き出した。にんまりと笑う口元。

「それより、あかねさん。咽喉が渇いてませんか?」
 そう言いながら、近寄ってきたボーイから飲み物を取った。
 少し白髪がある、年配のボーイであった。運ばれてきたのは、綺麗なグラスに入った透明な飲み物。
「あ、でも、あたし、まだお酒は…。」
 大学生になったとは言え、まだ二十歳には達していない。だからアルコール類は飲むことができない。
「大丈夫…。これはノンアルコールです。僕だってハンドルを握ってますからね。飲めないでしょ?」
「あ、それもそうね…。」
 ほっとして、あかねは取ってもらったグラスへと口を運んだ。
 甘く、それでいて、上品な味わい。シャンパンのような飲み物だった。
「美味しい…。」
 思わずゴクンと飲み干す。
 勿論、アルコールはないので、胃も熱くはならない。
 音楽はさっきとは違って、少しハイテンポなダンスミュージックへと変遷を遂げていた。情熱の踊りとまではいかないが、それに合わせて証明がぱらつき始めた。天井に仕込まれたミュージックボールが回りだしたのだ。

「あっ…。」
 グラスを置いて、立ち上がった時、つい、足元がぐらついた。
 ふわっと吸い込まれる厚い胸板。
「大丈夫ですか?あかねさん…。」
「ええ、ちょっとくらっときちゃって…。」
 あかねはゆっくりと魁の身体から抜け出した。別に、緊張したわけではないが、ドキッとした。

「あかねさん…。」
 魁はそう言いながら声をかけた。

 少し熱を含んだ瞳が揺れている。そう思った。
 いや、彼の左目が、一瞬、違う色に瞬いたように思った。漆黒の瞳では無い、もっと明るい色に。
 魅入られるような、妖しい輝き…。前に一度見たことがある。
 あかねは回らない頭でそう考えた。

「暫く、向こう側の部屋で休まれた方がいいかもしれませんね…。きっと、船に酔ったんですよ…。ゆっくりと船は波の上を動いていますから…。」
「そ、そうかしら…。」
 まだ定まらない視点を巡らせながらあかねが言った。
 確かに少し気分が悪いような気もする。

「君、僕の連れが船に酔ってしまって気分が優れないみたいなんだ。どこか、横になれる場所はないだろうか?」

 さっきの初老のボーイに、魁は語りかけた。
「こちらに休まれるお部屋があります。」
「なら、案内してくれたまえ。」
「こちらです…。」
 魁はあかねの身体をひょいっと抱き上げると、まだ踊りが続く人々を避けながら、ボーイについて、大広間を抜け出した。

「あ…。野郎…。あかねと何処へ行こうってんだっ?」
 当然乱馬の瞳にも、二人の動きが目に入った。

「どうした?おさげの女…。」
 気もそぞろな乱馬に向かって九能が、声をかけた。
「あかね…。」
 乱馬がそう口走ったのを、九能は聞き逃さなかった。
「あかね君?」
 乱馬が流し見た方へと視線を追い遣る。と、九能にもあかねと魁が目に入った。
「ややや…。あれは、あかね君っ!」
 九能の瞳が驚きに変わる。

「な、何だ?あの男は…。早乙女乱馬ではないぞ!」
 当然の事、いつも、ペアでいる乱馬ではない。見たことも無い優男だ。
「あれはね、九能ちゃん。あかねの見合い相手なの…。」
 そこへつかつかと近寄ってきたなびきが、耳打ちしたから溜まらない。
「なっ!見合い相手だあ?」
 案の定、九能の顔つきが変わった。驚愕から怒りへと瞬時に変わる。
「ぬぬぬぬぬ…。見合いだとお?この、九能帯刀様を差し置いて…。」
「お、おい、九能先輩?」
 その豹変振りに、乱馬も思わず振り返る。
「嫌がるあかねを別の部屋に連れ込もうとしてるのかもしれないわね。」
 なびきが更に追い討ちをかけるようなことを口走る。

「ゆっ、許さんっ!!」

 九能がぶちきれるまでに、時間はかからなかった。
 そして、次に来る行動は、追いかけるということ。まるで、暗黙の了解があるかの如く、血相を変えて、あかねと魁を追い始めた。

「おい、九能っ!先輩ったら。おいっ!!」

 あかねの見合い相手の出現に、おさげの女への興味も、一気に失せたようだ。案外、九能はいい加減である。

「九能っ!!」
 乱馬の呼びかけなど、最早、耳にも入らない様子であった。

「ほら、あたしたちも、様子を見に行くわよ…。」
 背後からなびきが言った。
「お、おい、てめえ、まさか、はじめっからこうなることを見越して…。九能先輩をたき付けたんじゃねえだろうな。」
 ギロッと流す視線。

「あら、そうよ。当たり前じゃない。」
 なびきはすらっと言い放った。
「あ、当たり前って、おめえ…。」
「さあ、ぼさっとしてないで、早く行って、その二つの目ではっきりと、葉隠魁の出方を見なさいな。そのために、わざわざ、九能先輩を連れてきてあげたんだから…。」
「お、おめえ…。」
 怖い女だと思った。九能を葉隠魁の餌食にするために、たき付けたといわんばかりだ。

(ははは…。なびきは絶対に、敵側には回したくねえ策士だな…。)
 先に行く後姿を追いながら、乱馬はそう吐き出した。



つづく




一之瀬的戯言
 文章で、ギャグ風味を出すことこそ、難しいものはありません。
 自滅気味です…。
 九能となびき、良牙と女乱馬、右京とつばさ。
 それぞれ、ありそうで無い取り合わせ。
 船上パーティーは盛り上がるか?
 待て、次回(笑

(c)Copyright 2000-2005 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。