明日は追試…。
ということは、後一日の命…じゃなくて、勉強期間だ。
目前に迫る現実…。
今日の昼間、オフクロが、後生大事に持っている「家宝」の刀を、一心不乱に手入れしているところを目の当たりにしてしまった俺。
懐紙を片手に、入念に切っ先を磨いてやがった…。
それって、何のパフォーマンスだ?
「おばさま、本気なのかしらねえ…。」
俺の真横を、なびきが意味深に笑いながら通り過ぎる。
「一回、首、すげ変えて貰ったら?」
一緒に通り過ぎたあかねが、そんな言葉を俺に吐きつけてきやがった。
…たく…こいつは…。まーだ、昨日のこと、根に持ってるのかよ…。
無言のまま、背中でそう受け答えた。
昨日は夕暮れまで、目いっぱい、大介たちが天道家に居た。
五寸釘はあの夜以来、戻って来なかったが、俺たち不出来な男子三人。みっちりと、あかねたちにしぼられ続けた訳で…。
いや、正確には、あかねとのお勉強会は、まだ続いている。
あかねも、「あの件」以来、どことなく冷たい。
まだ、わだかまりが解けない、俺たち二人だ。
関係もぎくしゃくしている。
もう、慣れっこになっているから、ほっときゃ、そのうち、元の鞘に収まるのだろーが…今回は人がたくさん居た分、長引いている。
そんな俺たちを、慮(おもんばか)ってか、今朝からは、なびきが俺の勉強に一枚噛んでくれている。
俺が直接頼んだ訳ではないから、恐らく…かすみさん辺りが関っているのだろう。
あかねはどう思っているかわかんねーが、かすみさんもなびきも、妹が大事なんだろう。
俺には兄弟が居ねえから、少し、羨ましいと思うこともある。
「後は丸暗記かなあ…。」
昼過ぎになって、俺の顔をチラチラ見ながら、なびきが持っていた、教科書を放り出した。
「暗記ねえ…。」
「あんたの暗記力が明日の明暗を分けるかもね。所詮、勉強なんて、所詮、反復演習よ。」
「そーゆーもんか?」
「って、あんたも高校入試の時はそーだったんじゃないの?」
「だって、俺、高校は受験してねーもん。」
「え?」
「前に言ったろ?中高一貫の男子校だったから、スル―だったんだ。」
「ってことは、中学をお受験したの?」
「いんや…。」
「じゃあ、どうやって私学なんかに入学できたのよ。」
「うーん…あんま、覚えてねーんだよなあ…。」
「武道関係が強い学校で、特待生で通ってたとか?」
「さあ…。」
と首をかしげた。
特に部活が活発だった訳じゃなかったと思うしなあ…。まあ、中学時代も俺、奔放に親父に付いて修行に出かけていたから、そんなに成績も良かった訳じゃねー。
ま、あの学校には良牙も居たし…。だからという訳でもなかったが、秀才が居るような感じでもなかったと思う…。
かといって、やばい連中ばかりでもなかったし…。
「実際、細かいことは、わかんねーんだよな。…気にしたことも無かったし。
親父と放浪していたよーなもんだから、小学校は流転ばっかりしてさー。中学だって、ここへ行け…みてーな感じで、通わされたっつーか…。」
「案外、いい加減に生きて来たのねえ…。」
「否定はしねーよ。親があいつだもん…。」
縁側でパンダになって汗をかきつつ、将棋勝負している親父の姿を顎で指しながら、なびきへと言葉を返した。
多分、風林館高校へ編入学できたのは、早雲おじさんの力が働いているんだろーが…。
…っていうより、どこの馬の骨ともわかんねー俺みたいな奴を、ポーンと私立高校へ通わせてくれてるよなあ…と思うぜ。
細かいことは聞いたことがねーが、多分、親父のことだ。学費なんて払えねえ筈だ…。とすれば、スポンサーはおじさん以外に考えられねー。
いくら、天道家の許婚だからと言っても…。ましてや、娘も二人、現役で私立高校生なんだぜ…。
あんまり深く突っ込むと、頭の中が、やばいことになりそーなんで、俺は全くノータッチで居候させて貰っているのだが…。
「ほらほら、ぼんやりしてないで…。今日はきっちりやんないと、明日は切腹日和になっちゃうわよ。」
「うへっ!冗談じゃねーや。」
俺は、再び鉛筆を持つと、たったかと、問題集へと手を伸ばした。
その後ろ側で、あかねの鋭い視線を感じる。あいつも、宿題をやっている訳だが…。
…そんなきつい瞳で、いちいち俺を射て来るな…ってーのっ!
個人授業はなびきじゃなくて、おめーの役割じゃなかったのかあ?
「こらこら、集中なさいっ!あたしが折角、ロハで付き合ってあげてるんだから…。」
「わ…わかってるよ。」
「この答案、採点して合格してなかったら、罰金貰うわよ。」
「あんだと?」
「嫌なら、集中しなさいねー。えっと、タイムリミットはあと十分。」
「短けーぞっ!」
「男は文句言わないの。」
「わかったよっ!やりゃーいいんだろ?やりゃーっ!」
熱気にほだされながら、問題へと目を転じる。
チリン…、チリン…。
軒下の風鈴が、涼しげな音を鳴らして、熱風が吹き抜けて行った。
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