アルバイト三日目。
今日も朝から、郁さんと墓掃除隊に出かける。
公園墓地の清掃請負だ。
この時期、公園墓地も墓参が多いので、大わらわだ。ある程度、規模が大きいところは、きちんと清掃員が居るのだろうが、正規だけでは足りないらしい。
午前中は作業着で、縦横無尽に、そこここの区画へ入り込み、ごみなどを回収していく。
「ほんと…普通の子なら、三日目にもなると、腰に身が入ったりして、辞めちゃう子も居るんだけど…。あんたは、丈夫だねえ。」
郁さんは汗を流す俺を見ながら、変に感心する。
…あったりめーだ。一応、武道家になるべく、身体鍛えてんだ。他の奴らと一緒にしねーでくれ。
「このまま修行を続ければ、武道家としても、良い線行けるかもね。」
バシッと背中を叩かれた。
昼飯時、郁さんに、
「乱馬君さー、あんたが昨日参ってたお墓…天道家って書いてたから、なびきちゃんところのお墓なんだろ?」
単刀直入に聞かれた。…やっぱ、見てやがったか…。
「ええ…まあ…。」
もごもごと玉子焼きを口に突っ込みながら答える。
「あんたさー。なびきちゃんとはどういう関係?」
「同居人…。」
ボソッと答えた。
へっという表情を一瞬返して、郁さんは目を見開いた。
「まさか…あんた…。なびきちゃんと同棲してんの?」
ズルッと前に思い切りつんのめりそうになった。
「ち…違いますよっ!」
「だって、同居してるって言ったら…。」
三白眼で俺をジト見する。
「言い方変えます…。俺、なびきんちに家族で居候しているんです。」
「えええ?若い身空でもう家族が居るの?」
ぐっと脱力しかかるのを必死でこらえた。
「ち、違いますっ!家族ってーのは、俺のオヤジとオフクロですっ!ちょっと色々複雑な事情があって、家族で天道家に転がりこんでるんですっ!」
とつい、向きになってどなり気味になっちまった。
「誰のつてで?」
「なびきんちのおじさんと、俺の親父が親友同士だから、そのつてを辿って居候させて貰ってるんですよ。…変な誤解しないでくださいね。」
と念を押す。
「なんだ、なびきちゃんのコレじゃないのか…。」
と小指を立てて来た。
「違いますっ!」
思いっきり否定した。
正確には「なびきの妹の許婚」なのだが、そんな個人情報を教える気もねー。それに、あんな欲深い奴…頼まれても付き合えねーし、彼氏とも思って欲しくねー。
「じゃあ、彼女は居るの?」
ぼそっと聞いて来た。
「居るよーな…居ねーよーな…。どっちつかずなヤツなら、一人居ますけど…。」
ぼそぼそっと歯切れわるく答える。
「それがなびきちゃんな訳?」
どーあっても、なびきの彼氏にしてーのか?郁さんは…。
「違いますっ!あんな抜け目のねえーしっかりモンとは違いますっ!」
つい、声が上ずっちまった。本当のことだから、しかたあるめー?
「どっちつかずって…片思いなの?」
「いえ…。」
戸惑い気味に、返答する。
「じゃあ、両想いな訳?」
「……。」
思わず黙りこくっちまった。
そう言えば、俺たち…。面と向かって、想いを告げたことは無かったよーな…。
というか、天道家で年月を重ねているうちに、あいつとは許婚同士だということが、当り前になってて…。多分、相思相愛で……だからと言って、いちゃいちゃベタベタできている訳でもねーし。
時々、あかねには適当に扱われているというか…乱雑に扱われてるよな…俺。
で、かく言う俺も、決して丁寧にあいつを扱っていると声を張れる自信も無え。
ここんところ、同じ屋根の下に居るにしても、すれ違いが続いてるし…。
「何、真剣に考え込んでるの?あんた…。」
郁さんが俺を見ながら、円い瞳を傾けた。
「あ…いや、別に…。」
ポリポリと頭を掻いて誤魔化そうとする。
「結構、優柔不断そうだもんねー。乱馬君って…。」
「は?」
「例えば、私が、誘惑したらどーするのかな?」
ぴっとっと郁さんが身を傾けて来た。
「ちょ…ちょっと!冗談でしょ?郁さんっ!」
思わず焦って声を荒げちまった。
「うん、冗談。」
ぼそっと郁さんは吐き出した。
カクッとそのままうなだれる俺。いいようにあしらわれてねーか?
「あのねえ…郁さん。」
思わず、声が上ずっちまった俺。
…頼むから、純情な高校生を手玉に取って遊ばないでくれよ…。
「男漢気溢れてる割には、優柔不断なところもあるのねえ…乱馬君って。可愛いー。」
…だから、何が、可愛いーだっ!
「ともかく、今はそれでも通用するかもしれないけど…。好きな子がいるなら、優柔不断だと、命取りなことにもなりかねないわよー。
惚れた子が居るんなら、もっと、積極的にいかなきゃねっ!」
バシッと背中をまた叩きやがった。
…何、脅かしてやがる?…この、おば姉さんは…。
まあ、確かに、優柔不断なところがあるのは認めるけどよー…。でも、俺は、あかねが許婚であることを、全否定したことは、一度もねーんだぜ。表面上じゃ、天邪鬼言ってても、心底、あいつに惚れてんだっ!
「さて、小休止終わり。とっととやらないと、帰れないしね。」
郁さんはそう言いながら、ほうきを持った。
「あ…はい。」
俺も従う。
優柔不断かあ…。確かに、忌むべきところではあるがよー。
だからと言って、積極的になれねーんだよな…。
沸き立つ入道雲を見上げながら、ふうっと大きな溜息を吐きだした、暑い午後だった。
|