8月11日(月)
優柔不断?

 アルバイト三日目。

 今日も朝から、郁さんと墓掃除隊に出かける。
 公園墓地の清掃請負だ。
 この時期、公園墓地も墓参が多いので、大わらわだ。ある程度、規模が大きいところは、きちんと清掃員が居るのだろうが、正規だけでは足りないらしい。
 午前中は作業着で、縦横無尽に、そこここの区画へ入り込み、ごみなどを回収していく。

「ほんと…普通の子なら、三日目にもなると、腰に身が入ったりして、辞めちゃう子も居るんだけど…。あんたは、丈夫だねえ。」
 郁さんは汗を流す俺を見ながら、変に感心する。

…あったりめーだ。一応、武道家になるべく、身体鍛えてんだ。他の奴らと一緒にしねーでくれ。

「このまま修行を続ければ、武道家としても、良い線行けるかもね。」
 バシッと背中を叩かれた。
 昼飯時、郁さんに、
「乱馬君さー、あんたが昨日参ってたお墓…天道家って書いてたから、なびきちゃんところのお墓なんだろ?」
 単刀直入に聞かれた。…やっぱ、見てやがったか…。
「ええ…まあ…。」
 もごもごと玉子焼きを口に突っ込みながら答える。
「あんたさー。なびきちゃんとはどういう関係?」
「同居人…。」
 ボソッと答えた。
 へっという表情を一瞬返して、郁さんは目を見開いた。
「まさか…あんた…。なびきちゃんと同棲してんの?」

 ズルッと前に思い切りつんのめりそうになった。

「ち…違いますよっ!」
「だって、同居してるって言ったら…。」
 三白眼で俺をジト見する。
「言い方変えます…。俺、なびきんちに家族で居候しているんです。」
「えええ?若い身空でもう家族が居るの?」
 ぐっと脱力しかかるのを必死でこらえた。
「ち、違いますっ!家族ってーのは、俺のオヤジとオフクロですっ!ちょっと色々複雑な事情があって、家族で天道家に転がりこんでるんですっ!」
 とつい、向きになってどなり気味になっちまった。
「誰のつてで?」
「なびきんちのおじさんと、俺の親父が親友同士だから、そのつてを辿って居候させて貰ってるんですよ。…変な誤解しないでくださいね。」
 と念を押す。
「なんだ、なびきちゃんのコレじゃないのか…。」
 と小指を立てて来た。
「違いますっ!」
 思いっきり否定した。

 正確には「なびきの妹の許婚」なのだが、そんな個人情報を教える気もねー。それに、あんな欲深い奴…頼まれても付き合えねーし、彼氏とも思って欲しくねー。
「じゃあ、彼女は居るの?」
 ぼそっと聞いて来た。

「居るよーな…居ねーよーな…。どっちつかずなヤツなら、一人居ますけど…。」
 ぼそぼそっと歯切れわるく答える。
「それがなびきちゃんな訳?」
 どーあっても、なびきの彼氏にしてーのか?郁さんは…。
「違いますっ!あんな抜け目のねえーしっかりモンとは違いますっ!」
 つい、声が上ずっちまった。本当のことだから、しかたあるめー?
「どっちつかずって…片思いなの?」
「いえ…。」
 戸惑い気味に、返答する。
「じゃあ、両想いな訳?」
「……。」
 思わず黙りこくっちまった。

 そう言えば、俺たち…。面と向かって、想いを告げたことは無かったよーな…。
 というか、天道家で年月を重ねているうちに、あいつとは許婚同士だということが、当り前になってて…。多分、相思相愛で……だからと言って、いちゃいちゃベタベタできている訳でもねーし。
 時々、あかねには適当に扱われているというか…乱雑に扱われてるよな…俺。
 で、かく言う俺も、決して丁寧にあいつを扱っていると声を張れる自信も無え。
 ここんところ、同じ屋根の下に居るにしても、すれ違いが続いてるし…。

「何、真剣に考え込んでるの?あんた…。」
 郁さんが俺を見ながら、円い瞳を傾けた。
「あ…いや、別に…。」
 ポリポリと頭を掻いて誤魔化そうとする。
「結構、優柔不断そうだもんねー。乱馬君って…。」
「は?」
「例えば、私が、誘惑したらどーするのかな?」
 ぴっとっと郁さんが身を傾けて来た。

「ちょ…ちょっと!冗談でしょ?郁さんっ!」
 思わず焦って声を荒げちまった。
「うん、冗談。」
 ぼそっと郁さんは吐き出した。
 カクッとそのままうなだれる俺。いいようにあしらわれてねーか?
「あのねえ…郁さん。」
 思わず、声が上ずっちまった俺。

…頼むから、純情な高校生を手玉に取って遊ばないでくれよ…。

「男漢気溢れてる割には、優柔不断なところもあるのねえ…乱馬君って。可愛いー。」

…だから、何が、可愛いーだっ!

「ともかく、今はそれでも通用するかもしれないけど…。好きな子がいるなら、優柔不断だと、命取りなことにもなりかねないわよー。
 惚れた子が居るんなら、もっと、積極的にいかなきゃねっ!」
 バシッと背中をまた叩きやがった。

…何、脅かしてやがる?…この、おば姉さんは…。
 まあ、確かに、優柔不断なところがあるのは認めるけどよー…。でも、俺は、あかねが許婚であることを、全否定したことは、一度もねーんだぜ。表面上じゃ、天邪鬼言ってても、心底、あいつに惚れてんだっ!

「さて、小休止終わり。とっととやらないと、帰れないしね。」
 郁さんはそう言いながら、ほうきを持った。
「あ…はい。」
 俺も従う。

 
 優柔不断かあ…。確かに、忌むべきところではあるがよー。
 だからと言って、積極的になれねーんだよな…。

 沸き立つ入道雲を見上げながら、ふうっと大きな溜息を吐きだした、暑い午後だった。


 
 


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