今日もじりじりと暑い。
朝から熱がこもるアスファルト。
墓場とて同じだ。
朝早くから、昨日と同じように墓掃除。
午前中は広い墓地霊園で、仕事に興じる。
昨今、墓場もだんだんと管理するのが大変になってきているらしい。
跡取が居ない墓も増えているそうだ。墓地公園も例外ではないようだ。
いや、墓参にもその影響は、様々でているそうで…。
昼からは別の仕事へ回ると言う。
「墓場仕事には違いないんだけど…。」
と言いながら、郁さんは笑った。
「作業着でって訳にもいかないからね。」
事務所へ一旦戻って、着替える。
チャイナ服では不味かろうということで、今日は白シャツに黒のスラックスという姿。
何でも「代理墓参り」なんだそうな…。
それも、数軒分、まとめて…。
何だかなあ…時代が進むというか…何というか…。
複雑な顔を手向けつつ、もくもくと数をこなしていたら、郁さんが耳元で言った。
「依頼して墓参して欲しいっていう人の事情も汲んであげなよ。仕事の関係で、どうしても、お盆に帰省できない人もいるし、参りたくても足腰が立たないお年寄りだって居るんだから。」
なるほど…。
お盆だからって閉まっている店も少なくなっちまったし…核家族になって、死生観そのものも変わってきてるのかもしれねーし…。
花を持って、ろうそくたてて、線香立てて…。代わりに拝んで。
今日は日曜日だから、結構、どこの墓地も墓参に来ていた。
最後に行った墓は…。見覚えのある、寺の墓苑。
「ここって…。」
天道家の墓がある寺だった。
そう…あかねの母ちゃんが眠る場所。
「どうしたの?」
俺の感情の起伏に気付いたのか、郁さんが声をかけた。
「あの…。少しばかり、線香とろうそく、それから、花を数輪分けて貰えませんか?俺のバイト料から差っ引いてくれてもかまわねーんで…。」
俺は少しばかり、戸惑いつつも、郁さんに言った。
「別に良いけど…。誰か知り合いの墓でもあるのかな?」
「え…ええ。」
「素通りするのも心苦しいって訳ね。いいわ。ここで最後だから、仕事が終わったら自由にして良いよ。」
と有難いお言葉。
天道家は節目に墓参りをしているようだ。俺が一緒についていったのは、おばさんの命日くれーだが…。おじさんは月命日ごとに、墓参を欠かしちゃいねーようだ。
あかねの母ちゃんのこと、今でも愛しているんだな…。それだけは、はっきりとわかった。
あかねも時々、ここへ足を運んでいることも、俺はちゃんと察している。
三姉妹の中で、母ちゃんと過ごした時間が一番短けーんだもんな。
他の墓に比べて、手入れも行き届いているのは、墓参が多い証拠だ。
枯れた花を生け変えて、さっと清掃する。
恐らく、明日か明後日にでも、家族揃ってここへお参りするだろう。
俺はオフクロに早乙女家の菩提寺へ引っ張って行かれるだろーから、同行できねーと思う…。だからって訳でもねーんだが、先に墓参済ませておくことにした。
郁さんは気を利かせて、駐車場で待っていてくれるという。
空気が読める人だから、助かるぜ。
今日、何基もの墓へ参って来たから、ろうそくに火をつけるのも、その火から線香を灯すのも手慣れちまった。
風に揺られて、ろうそくの火が揺れる。
急場だから、お供え物は無いけれど…許してくれよな。
おばさんは俺の存在なんか、知らねえだろーが…。どこのどいつだ?…とか石の上から思ってるかもしんねーけど…。
神社に参る訳じゃねーから、お願い事とかはしないものだし…。
こんな場合、何て祈ろうか…。
「あかねの許婚の早乙女乱馬です。」
と、一応、心の中で自己紹介だけでもしておくか…。ん…よろしくって言うのも変かな…。あかねを産んでくれてありがとうございます…とかも違うよな…。
そんな他愛のないことを考えていると、線香の煙の中、手を合わせていると、風がさわさわと渡って行った。
特に、誰の気配を感じた訳でもねーが…風が俺の傍で吹き止まり、ふと笑ったような気がした。
「天道家の皆は、元気でやっていますから、安心してください…。特に、俺の許婚のあかねは…思い切り元気です。おばさんの代わりに俺がちゃんと見てますから、安心してください…。」
声に出さないで、それだけを伝えた。
本当はおばさんだって、天道家のことが一番、心配に違いねえ…。俺が一番心配しているあいつのことも…。
それだけ、念じて、ホッと顔を上げた。
カナカナと蜩(ひぐらし)の声。ふと見上げると、赤とんぼが飛んでいた。
まだ猛暑が続いているってーのに…次の季節の微かな予兆を含んでいる。
「さて…郁さんをあんまり待たせちゃいけねーよな…。」
腰を上げると、砂利道を歩き始めた。
|