今日こそ、水泳特訓。
あかねが朝から燃えていた。
水着を着こんで、日焼け止めを塗って、準備万端。
俺も水着を着こんでおいた。そうすれば脱ぐのが楽だもんなあ…。
「乱馬も日焼け止め、塗ったら?」
と、にこにこ顔であかねが差し出して来た。
「いいよ、面倒だし…。」
そう言って断った。俺の場合は男だから、日焼け止めを塗ったところで、男に戻れば小麦色の肌で十分なわけだし。
女ってーのは、無駄な足掻きするもんだな…。胸張って日焼けしたら良いのに…。
と思いつつ、グッと堪える。
あんま、余計なことを言って、刺激するもの、不味いしなあ…。できれば、フレンドリーに真夏のプールサイドを楽しみてえ…。
誰だって、好き好んで戦闘状態になんて、なりたかねーもん。ましてや、相手はぴちぴち水着姿のあかねなんだぜ…。
で、漏れなく、お邪魔虫もついて来る…。
おじさんにおやじ、それからかすみさんになびき…。
みんな揃ってですか。
思い切り嫌な顔をしたら、
「楽しいことは皆でするのが天道家のモットーだからね。」
とおじさん。
ちぇっ!…まあ、暑いし、皆家に居たくねーんだろーなあ…。
「私はお留守番しているわね。楽しんでらっしゃいな。」
オフクロは水着姿になるつもりはねーんだろう。スル―だった。
俺は前に打ち合わせた通り、女子トイレの個室に駆け込むと、そこでだっと脱ぎ去って、水着になる。
それからあかねに伴われ、女子更衣室を通り抜ける。
手ぬぐいタオルで目隠しされながら侵入すると、スプレー芳香剤の匂いだろう…辺り一面充満してやがる。匂いそんなに消したいかあ?水に入れば消えるだろーに…。
クンクンと獣鼻のようにひくつかせると、あかねに背中を思い切りたたかれた。
「何、匂いかいでるのよ、いやらしい。」
「かいでねえーよ。」
「嘘…。」
「嘘じゃねえっ。いいから、とっとと通り抜けさせてくれ。」
目隠しから解放されたのは、シャワーの場所だった。水に入る前に、皆、浴びさせられるあの準備シャワーだ。
太陽は燦々と降り注ぐ…。で、案の定、水際は人でいっぱいだった。
安上がりの公営プールだもんなあ…。休日だからか、ガキもいっぱい、うじゃうじゃいやがる。どっちかっつーと家族連れが多い。
若いのは中坊くれーかも。それも、カップルは殆ど居ねえ。…まあ、カップルなら公営じゃなくて、もうちょっと開放感がある遊園地のプールなんかへ行くだろーしな。
ってか…こんなうじゃうじゃ居た中で、特訓なんかできるのかよ?
あかねは至ってマイペースだった。
俺が思うに、天道三姉妹は、それぞれマイペースだ。かすみさんは独特の間を持っているし、なびきは金の亡者だし…。あかねも、ある意味、マイペースな奴だ。
あかねも浮輪に必死で空気を入れてやがる。足ポンプじゃなくて、口で膨らませてやがる。
これまた不器用だから、空気が上手く浮輪に入って行かない。
プープーって真っ赤になって、顔をしかめているだけだ…。
それじゃあ、ダメじゃん…。いつまでたってもふくらまねーぞ…。
見るに見かねて、「貸してみな。」と、横取りすると、俺が息を入れてやった。
すると、するする浮輪はふくれて行く。
「乱馬、上手いんだ。」
「ってか…おめーが不器用すぎるだけだろー?」
「あんたら、良くやるわねえ…。それって立派な間接キッスじゃん…。」
サングラスをかけたなびきが通り際に言葉を投げて行く。
確かに…今、俺、あかねの後に拭き口に口をつけたよな…。それで思い切り空気を入れたんだよな…。
思わず、かあっとなっちまったじゃねーか。あかねも固まってるし…。
「それよか…場所が無えなあ…。」
あまりの人の多さに、ちょっとばかり引きかける。
「予想はしてたけど…こんなに多いとはね…。」
あかねも頷く。
「まあ、顔をつけることから端っこで始めるか…。」
「うん。」
あかねは水打ち際からそっとプールへと浸水する。水へ入るのも、躊躇われている様子だった。
この怖がりめ…。普段はもっと荒っぽく行くくせに…。
「大丈夫だよ。ちゃんと足届くから。」
そう言いながら、プールの中から手を引いてやる。
「きゃっ!」
足元が思い切り滑ったのか、すぐ目の前をバタ足で泳ぎ抜けたガキに気を取られたのか。バランスを崩して、俺に枝垂れかかる。
柔らかなあかねの身体が俺に密着する。
ドキイッ…。
心音が激しくうなった。
女に変身していて良かったぜ…。じゃねーと、股間辺りがぼっこりと膨らみそうなそんな柔らかさだ。
「き…気をつけろよ…。」
ドキドキしながら、声をかける。
「ごめんなさい…。」
慣れない水の中に居るせいか…いつもより素直だ。
「とりあえず、水に顔をつけるところから始めるぜ。」
「うん…。」
「っていうか、おめー水の中で目、開けられるか?」
「何とかね…。」
「顔をつけて、一、二、三と数えて、四でぷはッと息を一瞬で吐き出すんだ。俺がやるのを真似しなよ。」
と言いながらやってみせる。
「「一、二、三、ぷはっ!」だぜ。これが息継ぎの基本になるからな。」
「へええ…なるほどねえ…。」
「ほら、感心してねーで実践だ。」
とやらせたところで、あかねが上がって来ない。
こいつ…そのまま潜っちまった。
俺は焦って、あかねを抱え上げる。このままじゃあ、おぼれちまう…。
ぷはあっと大きく息を吐き出して、あかねは水面に上がる。
案の定、ハアハアと息が荒い。
「難しいね…息継ぎって…。」
「こら、何やってんだよ。いちいち潜るんじゃなくて、顔をつけるだけだぞ。」
やっぱ、この不器用女わ…。本当にこれで泳ぐ気かな…。
よっぽど気が長くねえと付き合えねえな…こりゃあ…。
「先にバタ足かなあ…。」
そう言いながら、プールサイトに手を当てて、バタ足をして見せる。
「バタ足だけなら得意よ。」
あかねは勢いよくバタバタやり始める。その水飛沫や、半端ねえ。周りに居たガキが、何だこいつという瞳を手向ける。
さすがに、脚力だけは半端ねえな…。下手に後ろに回ったら、蹴倒されそうな勢いだぜ。
「こら、闇雲にやるなっつーのっ!思いっきりバタつかせてたら、スタミナ無くなるぜ…。」
「そう?全然、大丈夫だけど。」
「って…そんなんじゃ、前に行かないぜ…。軽くやれば良いんだよ。俺みてーに。」
万事この調子だった。
こりゃあ、かなりの忍耐力が必要だぜ…。
夕方、帰路に就く頃も、相変わらず、バタバタ、ぶくぶくやってたわけだ。
どんな優秀な水泳コーチでもこいつをスイマーにするのは不可能なんじゃねーかなあ…。
「ごめんね…あたし、不器用だから。」
さすがに、あかねも落ち込み気味だ。
一日、バタバタやっていて、それでも、型にはまんねえし、お世辞にも上手いとは言えなかった。
「いや、予想してたから別に…。」
さすがの俺も苦笑い。
こりゃあ、かなり苦労するぞ…。俺の数学の方がマシなんじゃねーかな…。
疲れ果てたのだろう。帰りのバスの中で、うつらうつら。俺の肩へと身を寄せる。
ちぇっ!こう言う時に限って、俺は女化しちまってて…。
それにしても、無防備なくらい安心しきってるよな…。横に居るのが俺だからか?
頬に当たる髪の毛がくすぐったい。
今夜は個人授業はお預けかな…。
太陽の中に一日中放り出されて、身体がほこほこしてる…。
家に帰って、順番に湯浴みする。
俺の番が回って来た。
脱衣所で服を脱いでびっくり。水際で思いっきり太陽光を浴びていたから、当り前なんだろーが…。
水着の跡がくっきり…。
ってことは…。
熱いシャワーを浴びて、苦笑い。
男に戻っても、水着の跡は消えてねーんだよな…。傷口が残るのと一緒で…。
つまり…その…物凄くマヌケなことになるわけだ…。
男の筋肉に包まれた肉体に女モンの水着の跡がくっきりと白く浮き上がる…。
毎度のことなんだが…これはこれで恥ずかしい。いや、痛すぎる…。
できるだけ、人には知られたかねー身体の秘密だ。(当然、学校の男子更衣室で一緒になる同級生の男連中は皆知ってるがな…。)
脱衣所で身体をしごいていたら、案の定、親父とはち合わせて、思い切り笑われた。
「わっはっはー。なかなか見事な水着を着ておるではないかーっ!」
てめーだけには言われたかねーんだ…。
俺は思い切り、グーで親父に殴りかかった。
「わっはっはー。そんなへなちょこパンチ当たんないもんねー。こりゃ、愉快じゃーっ!」
その高笑いを聞きつけて、目ざとい連中が脱衣所まで走り込んで来る。
「まあ、可愛らしいわ。乱馬君。」
かすみさんはのほほんと笑う。
…それって誉めてんのか?
オフクロもクスクスと笑ってやがる。
「あかねちゃんを真面目に指導してあげていたのね。男らしわ。」
…だから、この水着跡のどこが男らしーんでいっ!
「なかなか良いわよ。乱馬君。ね、あかねもそう思うでしょ。」
「ええ…まあね…。」
クスッという、笑い声が聞こえた。
「こらっ!笑うなっ!つーかっ、あかね、誰のせいでこーなっとるかわかってんだろーな?てめーっ!」
真っ赤になって怒鳴り散らす。
あかねにまともに見られたのは、痛い…痛すぎる。
「気にするんだったら、女の子になったら良いじゃないの。」
…真顔で言うな、真顔でーっ!おめー、許婚が女でも良いってーのか?
「いいから、皆、こっから出てけーっ!」
トランクス一丁の俺の雄たけびが、脱衣所に響き渡ったことは言うまでも無く…。
その後、しばらく、立ち直れなかった。
情けねー。
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