五月晴れのおでかけは…
一、
その日は上々の行楽日和だった。
朝の空気は清々しく、渡る風も心地よく、申し分のない五月晴れ。もう、一週間ほどで梅雨という季節に入ってしまうのだろうが、往く初夏を称えるような晴天だった。
今日はロードワークをせず、仕度に余念がないあかね。
ディズニーランドに行けると思っただけで、嬉しくて自然に笑顔が零れ落ちる。
乱馬はいつものように、早く起きると、日課のロードワークを軽くこなしてきたようで、あかねが茶の間に下りて来たとき、汗を拭きふき、父の玄馬と縁側から入ってきた。
あかねは白いスカートと薄いピンク色のサマーセーターを着ていた。そして、スカーフで髪を軽くとめていた。いかにも、春の行楽に持って来いのいでたちだ。
どうしようか、散々悩んだ揚句、動き易くていつものような感じでいいとあかねなりに結論付けたのである。
あかねはあまり派手な服装は好みで無く、乱馬もまた、そんなあかねの清楚な感じの服装が好きであった。飾り立てるより、素朴であかねらしい…。イヤリングは付けているが、モチロン、ピアスなどは開けていない。今時珍しいほど、清涼たる女子高生、それがあかねだった。そんなことをひっくるめて、乱馬はあかねが大好きだったのだ。
いつもと違うのは、髪のスカーフと小さな星型のイヤリングが耳元で揺れていたこと。あかねらしい、お洒落の仕方だ。
それがまた、乱馬の心をどうしようもなく揺さぶるのだった。
汗をタオルで拭いながら、ちらっとあかねの方を見やって、少し顔を赤らめる。もちろん、そんな乱馬の心の動きなど、他の誰も知る由はなかったが。
朝食には家族みんなが茶の間に勢揃いした。
休日だと、なかなか起きてこないなびきまでいた。
乱馬はちょっといつもの休日の朝と雰囲気が違うことに、それなりに気が付いていた。
かすみが珍しくGパンをはいていたし、のどかもお出かけ用のキレイな着物を着用していた。早雲も普段着の稽古着ではなく、ネクタイこそ付けていなかったがカジュアルっぽい背広というようないでたちだった。八宝斎までめかしこんでいる。
今しがたまだで一緒に朝稽古をしていた玄馬だけは普段どおりの稽古着の白っぽい柔道着だったが…。
「ねえ、みんなもどっかに出掛けるの?」
あかねが見回して訊いた。
「こんなお天気ですもの、もったいないからそれぞれ出掛けるんでしょうよ。」
なびきが動じずに答えた。
「かすみ、おねえちゃんも?」
「おねえちゃんは、東風先生と出掛けるの…それ以上訊かないの。野暮だわよ!」
お茶をすすりながらなびきが口を刺す。
あまり根掘り葉堀り訊かれると、みんなは馬鹿正直だから、あかねたちにこっそり付いて行くという計画がバレかねない。そうなっては、楽しめないから、あかねに軽く釘を刺す。
「で、あんたたちも出掛けるんでしょ?いいわね、デートか。」
と逆にからかう体制に入って、話題を逸らすのもなびきらしい気の回し方だった。
「別に、好き好んで出掛ける訳じゃあねえけどよ…。」
乱馬はご飯を掻き込みながら言う。
「あたしだって、ゆかやさゆりに誘われたから、乱馬を連れて出掛けるだけよ。デートじゃないの。」
と、あかねもムキになる。
「まあ、せいぜい楽しんでらっしゃいよ。」
「あかねのことは任せたからね、乱馬くん。手を繋ぐなり、キスするなりなんでもやっていいからね…。」
と早雲が横から茶々を入れる。
「ちょっと、お父さんっ!!」
「んーなこたあ、絶対しねえよっ!!」
あかねも乱馬も、早雲の暴言に、思わず顔を紅潮させながら否定的な言葉を吐き出した。
「はい、これ。少ないけどお小遣い。楽しんでらっしゃい。」
のどかがそれぞれ二人に白い封筒を差し出す。
「おばさま…。」
「いいのよ。たまには二人で楽しんでらっしゃいな。乱馬、ちゃんと男らしくあかねちゃんをエスコートしなさいよ。」
「おふくろ…だから、デートじゃないって!!」
のどかは、着付けやお花、お茶などのお免状を持っているので、ちゃんと自分の生活分くらいの稼ぎは持っていることを付け加えておこう。
「はい、これ。」
にこにこしながらかすみがステンレスの小さ目のポットを乱馬に渡す。
「何?これ…かすみさん。水筒?」
かすみの真意が良く分らずに乱馬はきょとんと訊き返す。
「お湯が入ってるわ。だって、いつ何時、水を被って女の子に変身するかわからないでしょう、乱馬くん。」
「さすが、おねえちゃんっ。女同志じゃあデートって言えないもんね。」
となびき。
「そうよ。女の子に変身しちゃったら、このお湯を使って元に戻りなさいね、乱馬くん。」
かすみが差し出したポットを
「いいよ。女になったって。デートじゃないんだから…。」
と乱馬は押し戻そうとした。お節介だと思ったからだ。それに、俺は女になったって一向に構わないという態度を示したかった。
「乱馬っ。持って行きなさい。」
後ろでのどかがそう言った。
「でも、女になったってかまわねえって、さっきから…。」
乱馬が否定していると、
「男らしく持って行きなさいっ!それとも…。」
のどかは日本刀の柄に手を掛けていた。否と返事しようものなら、切って落されるかもしれない。
「あ…。はい。わかりました。」
乱馬はあわててかすみからポットを受け取った。
変に意地を張ると、母に切りつけられかねない…。
「きゃっ。もうこんな時間。早く食べて仕度してね。待合わせに遅れちゃうわっ!乱馬っ。」
照れ隠しにあかねはそう言うと、慌ててご飯を食べ始める。
「お、おうっ。」
乱馬もそれに同調する。
…ちょっとからかっただけでこれだから、きっと面白い物が見られるわ…
なびきはふふっと、独り、ほくそえんだ。
二、
「いってきまーす。」
天道家一同の笑顔に見送られて、二人は元気良く門を飛び出した。
「行ったね。」(早雲)
『行ったぞ。』(パンダ)
「行きましたね。」(のどか)
「行った行った。」(なびき)
「行っちゃったわ。」(かすみ)
「うんうん。」(八宝斎)
玄関先で見送ったあと、天道家の住人達はこぞって顔を見合わせる。
「さてと、こっちも追い掛けなきゃね。」
そう、あかねと乱馬の追跡を開始しなければならない。
悟られては元も子もないから、取り敢えず、一台後くらいの電車で追いかけようという事になっている。
広い園内だから、二人を見つけられないかもしれないが、それはそれで楽しんでしまえばいいと、なびきを始め天道家の住人達はちゃっ かりと九能に集ったディズニーランド行きを楽しむつもりだった。
「九能ちゃんと東風先生を呼びに行きがてら、出発しましょうか。」
となびき。
「はーいっ。」
天道家の一同は、こういうときのまとまりはピカイチだろう。それぞれ返事して、出発と相成った。
さて、乱馬とあかねは。
もちろん、駅に向かって駆けていた。
「待ち合わせ、って何時だっけ?」
「七時半よっ!」
「うへっ、急がなきゃなっ」
二人はスピードを上げて一目散に走り出す。
あかねの耳元でイヤリングが揺れていた。
乱馬は後ろからそれを見て、妙に心がウキウキとなってゆくのを感じていた。
ディズニーランド行きを決めてからのあかねは驚くほど上機嫌で今朝まできていた。
例えて言えば、乱馬が喧嘩を吹っかけても、ほとんど乗って来ないくらい、あかねは機嫌が良かった。一瞬、蒸気は上がっても、すぐに冷えてしまうので、喧嘩を売る側としても、面白みが欠けてしまう。そんな状態が続いていた。
おかげで、シャンプーや右京の絡まれても、文句一つ返ってこないくらい、安穏とした生活を乱馬は送っていた。いつもなら、ビンタの一発や二発は飛んでくるシュチュエーションを目の当りにしても、あかねは上の空であたくらいだ。
…そんなに楽しみにしてるのかよ…
東京ディズニーランドという場所に嫉妬してしまいそうな乱馬だった。
実際は場所も当然ながら乱馬と一緒に出掛けられるという喜びから、あかねはずっとご機嫌だったのだが。乱馬はそんなあかねの乙女心に気付くような男の子ではなかったから、少し複雑な心持で、今朝を迎えたのだった。
でも、後ろからあかねを守るように追い掛けながら、あかねが浮き足立っているのを見ると、そんな嫉妬は何処かへ消えた。
こちらまで気持ちがほころんでゆくのを感じていたのだ。
あかねは、朝の新鮮な空気を胸イッパイ感じながら、駅へと急ぐ。
清々しい一日の始まりだった。
昨夜は少し曇っていたので、もしかして雨が…と心配していたが、空は見事に深く晴れ渡っていた。
…てるてる坊主が効いたかな…。
そう、年甲斐も無く、昨夜は不器用な手つきで、てるてる坊主を作って窓辺にかけていたあかねだった。
さっきは家族の手前、否定していたけれども、あかねにとっては、乱馬とのデートといっても過言では無い今日のディズニーランド行きだった。だからといってはなんだが、折角のデートだから好天気に恵まれたかった。
あいあい傘なんて、してくれる乱馬では無いだろうし、雨に当たれば女の子に変身を遂げてしまう…できれば、男のままずっと一緒に園内を歩いて欲しい。そう思うのが自然だろう。
小学校の遠足の時だって、こんなにウキウキして前の日を過ごしたことはないのではないかと思うくらい、あかねは楽しそうに願いを込めててるてる坊主を作ったのだった。
今朝、太陽の光りが部屋中に溢れていた時、つい、てるてる坊主にありがとうのキッスをしてしまったくらいだ。乱馬が見ていたら、…バカか、おめえ…となじられそうだと思ったくらいだ。
二人とも、未だに恋には不器用で、お互いの存在を認め合いながらも、一歩が踏み込めないで、ずるずると月日を過ごしていた。
別に、進展を期待をして、ディズニーランドへ臨む訳ではなかった。家族たちと離れて二人で過ごす休日だ。それだけで心は浮き足立っていた。
あかねがちょっとだけお洒落に装ってみたのも、そう。乱馬がそんなあかねを見てざわめいたのも、そう。
二人にとっては、れっきとした「デート的一日の始まり」だった。
無論、お互い、不器用だから、心に思っていることは微塵も表には出さなかった。
駅についた時、既に、ゆかもさゆりも大介もひろしもやって来ていて、二人の登場を待つばかりだった。
「おーおー、やっと来たか。」
と大介が先に声を掛けた。
「遅かったわね…忘れてると思ったわ。」
と首謀者のゆかが笑う。
「ごめんなさい…待たせちゃった?」
息を切らせながらあかねが言う。
「あら、みんな…。」
あかねは一同を見渡すと、なんと、ゆかと大介、さゆりとひろしはそれぞれペアルックではないか。
「おめえら、いつの間に…。」
さすがの乱馬もそれぞれのペアに向かって呆れたように言い放つ。
「なーんだ。あかねと乱馬くんはペアルックじゃなかったの?」
照れる様子も無く、ゆかがさらりと流す。
「…だって私達は…。」
あかねが口篭もると、
「そういう関係を構築しているわけじゃあ、ねえもんな。」
乱馬は苦笑する。そう答えるしかなかった。
「なんで?許婚同志なのに?」
とさゆりが不思議そうに訊いてくる。
「いやあ、俺もひろしもちょっと照れ臭かったんだけどな、押しきられちゃって。」
と頭を掻きながら大介が言う。
普段は学校で学生服姿しか見たことのない大介とひろしがそれぞれゆかとさゆりとおそろいのTシャツを着ているのを見て、あかねは少しカルチャーショックのような軽い眩暈(めまい)を覚えていた。
乱馬はというと、いつもの普段着、そう、青い色のチャイナ服だった。
それぞれのカップルから見れば明かに見劣りがしてしまう。
別にそれが不満ではなかったが、取り残されたような感に襲われたことも否めない。
「もー、乱馬くんったら、もう少しあかねに気を遣ってあげなさいよ…折角のディズニーデートなのに…。」
気の毒そうにゆかが言った。
「んなこと言ったって…ペアで服を持ってる訳じゃあねえもん…。」
乱馬が口を尖らせる。
あたり前だ。
もし、ペアルックでもしようものなら、天道家ではあらぬ謂れを受けて、大騒ぎになるだろう。
早雲や玄馬、のどかあたりは、さは祝言…などと言い出しかねない。すぐにでも「夫婦」とされてしまうだろう。夫婦になることは異存がなかったが、あかねの気持ちをはっきりと確かめたことはないし、自分もまだはっきりとした気持ちを告げている訳ではない。
ペアルックなんて、考えたことすらない乱馬だった。
乱馬はともかく、あかねは、それぞれのカップルが羨ましくなっていた。
親姉妹に決められた(押しつけられた)許婚として乱馬とで会わなければ、或いはペアルックもすんなりと出来ただろうが、同じ屋根の下に過ごしているからこそ、距離は依然として縮まらない…そんな二人だった。
今の二人にはペアルックなど遠い夢の果てに思えたのだ。
「そうだ、ディズニーランドでペアになちゃったら?」
ゆかが目を輝かせてそう言った。
「ペアって?」
あかねが口篭もると、
「Tシャツとかいっぱい売ってるし、いいじゃない。二人でお土産に買っちゃえば!」
さゆりが口を挟む。
「おーおー、そうしてやれよ、乱馬くん。」
大介もひろしもからかうように言う。
「なんで、そうなるんだよ。俺がこんな可愛くねえ女とペアルックだって?」
「それはこっちの台詞よっ!」
茶化されればその分だけ、意固地になる二人だった。
でも、言葉の裏では明らかに動揺しているのだった。
「ほら、早く行きましょう!九時の開園時間にはゲートに辿りつきたいわっ!」
ゆかが構わず急かした。
「そうね、とにかく、向こうに行ってから考えましょう。道中も長いし。」
とさゆり。
「考えるって何を?」
あかねが問うと
「あんたたちのペアルックよっ!あたしたちで選んであげるからね♪」
と楽しそうにゆかが答えた。
「あのなあ…。」
乱馬がムキになると、
「諦めな…彼女たち二人に任せてペアルックになれっ!乱馬っ!」
「そうそう、この際、腹を括れっ!」
と大介とひろしが後ろから乱馬を羽交い締めにする。
「ほら、電車が来ちゃうわよっ!早くっ。」
ゆかにせかされて、この高校生の一団体は、楽しそうにプラットホームの階段を掛けて行った。
三、
新木場で京葉線に乗り換えて、一行は舞浜へと向かう。
道中、あかねはゆかとさゆりに、乱馬は大介とひろしに、ディズニーランドでカップルとしての心構えをさんざん吹聴されて、少し疲れはしたものの、そこは高校生の一団。それなりに電車の小旅行を楽しんでいた。
電車を乗り継いで、京葉線に乗ると、そこここにいかにも、というカップルや親子連れが目に入り出した。
皆それぞれ装いに工夫を凝らし、これから始まる、夢の休日に心を躍らせているのが良く分った。
葛西臨海公園を横目に、江戸川の河川敷を渡ると、東京ディズニーランドが見える。
海岸沿いにはオフィシャルホテルが立ち並び、大駐車場が見え始めると、電車はゆっくりとスピードを緩める。そして、プラットホームに滑り込み始めた。
ディズニーランドヘ向かう人々と一緒にプラットホームに吐き出された乱馬は、目に映るものが全て、新鮮に見えた。
格闘技のことくらいしか頭にない乱馬にとって、この先は、「別天地」であった。暇さえあると、父親と山に篭ることしかないような生活を送ってきたのだ。当然だろう。
長いエスカレーターには、人が溢れていた。
改札を抜けて駅舎を出ると、ディズニーランドまで長い歩道が続く。
ブロンズ色の洒落た手すりや街灯、パークのアトラクションのポスター、そして、耳に流れ始めるBGMが否応無しにでも、気分をパークへと導いてくれるのだ。
道往く人は、気もそぞろにディズニーランドのゲートに向かって、遊歩道を急ぎ出す。
きれいに舗装されたアスファルトは滑らかにゲートに向かって伸びていた。
目前に、悠々と夢の王国が広がっている。
乱馬はその広さと整備された美しさに目を見張った。
遊園地には何度か足を運んだが、ここまで整備された大型パークは生まれて初めてだ。
なんとなく、あかねが来たがったことが理解出来るような気がした。
もちろん、あかねも同じだった。パークのことは噂や雑誌、テレビで見聞きしたことがあったあかねだったが、実際に見ると、その規模に舌を巻きたくなった。
人々は吸い込まれるように、ゲートに向かって列を組み、流れてゆく。
「広いなあ…。」
乱馬は思わず感嘆の言葉を発した。
「そうね…私もここまで大きいとは思わなかったわ。」
あかねも溜息が出た。
見ると聞くでは大違いだった。
「百聞は一見に如かず」という諺があるが、まさにそのとおり。
実際のパークの整備された規模に、しばし我を忘れる初心者二人だった。
「まだまだ、日々拡張しているのよ。ほら。」
二人の感嘆の言葉に、ゆかが指差す。
「2001年の秋には『東京ディズニーシー』って、もう一つテーマパークが誕生するんだから。なんでも七つのテーマポートで海にまつわるアトラクションが展開されるんだって。」
さすがにゆかは自称TDLファン。詳しかった。
「うげ…まだまだ広がるのかよ…。」
乱馬は更に目を丸くする。
「そうよ。一大リゾートシティーを形成してゆくのよ。アメリカのディズニーワールドに引けを取らないような…。」
とゆかが説明してくれた。
余談だが、2001年秋にオープンが予定されているパーク「東京ディズニーシー」と既成のパーク「東京ディズニーランド」とオフィシャルホテル街をを含めて、昨今は「東京ディズニーリゾート」という言い方がされるようになった。
東京ディズニーランドのワールドバザールにある「ディズニーギャラリー」というスペースにこの新しいパークのイメージイラストや模型が展示されているようなので、是非、足を運んでみるのもいいかもしれない。
ゆかの説明をひととおり、ゲートに並びながら聞いたあかねは
「一日で遊びきれるかなあ…。」
と溜息をつく。
「まあ、無理でしょうけど、今日は存分に楽しみましょうね。」
そこへ、席を外していたさゆりが小袋を持って帰って来た。
「ほら、パーク初心者の君達にプレゼントよ。開けて見て。」
うながされるまま、あかねは袋を開けた。
そこにはミッキーとミニーのチケットホルダーが二つ入っていた。
「これは?」
あかねが尋ねると、
「こうやって、チケットを入れておくと、アトラクションに入る時、いちいち出さなくっていいのよ。便利グッズの一つね。」
「へえ。便利なんだ…。」
あかねはしきりに感心して見せた。
「乱馬くんの分もあるからね。」
そう言ってさゆりは乱馬を一瞥する。
「とにかく、折角、みんなで来たんだから、楽しみましょうよ…乱馬くんもしっかり、あかねをエスコートしなさいよっ!」
そう言って、ゆかはあかねの方に乱馬の背中を押してポンと送りだした。
勢いで二人の手と手が少しだったが触れ合った。
…あっ…
一瞬だたが二人は目が合う。
暫らく見詰め合っていたが、乱馬はなんとなく照れくさそうに目を逸らした。
…そう、ここまで来たんだ。あかねと一緒に目イッパイ楽しもう…
あかねだけではなく、乱馬もそう思わずにはいられなかった。
二人は既に、パークの魅力に惹きこまれていたのかもしれない。
「ほら、人が多いから、あんたたちも、ちゃんと手を組んでおいた方がいいわよ。」
とさゆりがこれ見よがしにひろしと腕を組む。
乱馬は触れ合った手を黙って軽く握った。あかねもうつむいたまま、手を握り返す。
『俺から離れるなよ…。』
言葉はなかったが、乱馬の手の温もりはそう告げていたに違いない。
そんな二人の遥か後方、複雑な思いで二人を見詰める目がイッパイあったことを、誰一人知る由もなかった。
浮かれ調子の天道家一同、右京と小夏、シャンプーとムース、九能兄妹、そして、五寸釘。
断わっておくが、この段階では良牙はここには来ていない…。
まだ、東京ディズニーランドを求めてさ迷っていた。
時は午前九時。
さあ、開園時間だ。
東京ディズニーランドの楽しい一日の幕が切って落とされたっ!!
つづく
この作品は、2000年に書いたものです。従って、現在のパークとはシステムが違うところが露呈しております。
ファストパスなんてシステムも無かったですし、それぞれのアトラクションにランク付けしてあって、それに付随したチケットなんかも存在していた時代なので…。今は、チケットホルダーもその役目があんまりないです。
開園時間も当時は九時前後でしたが、昨今、混雑する日は八時半、八時と早くなっています。
それを御承知の上でお楽しみください…。
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