#5 ラプソディー IN モンスターハウス


 それぞれのデートのパートナーが兄と妹という関係だったので、鉢合わせてしまった乱馬とあかね。当然、二人の上には重苦しい空気が圧し掛かってくる。
 憮然とした表情の乱馬と俯いたきりのあかね。
 二人とも、会話は愚か、視線を合わせるのもためらわれてずっと黙り込んだままだった。
 反対に、剣兄妹の方は、すっかりリラックスしたらしく、足取も軽やかにお互いのパートナーを紹介し合う。乱馬とあかねが「許婚」という関係であることを知る由もないこの二人は、どこまでも陽気に満ち溢れていた。
 
 目的地の遊園地に着くと、兄の卓也の提案で、それぞれパートナーとなっていろんなアトラクションを楽しむことになった。
 勿論、乱馬もあかねも互いのことが気になって、気になって…遊園地を楽しむという気持ちにはなれない。お互いのパートナーの語りかけにも、ずっと生返事の二人だった。
「じゃあ、あかねさん…。」
 卓也があかねの手を取った・
「え…?」 
 あかねがきょとんと見上げると
「嫌だなあ…これはデートなんだから、手を組むことくらい当たり前じゃない…。それとも僕じゃあ役不足かな…?」
 卓也の微笑みにドキッとしたが、あかねはすぐ横の乱馬が気になってしょうがない。ちらっちらっと横目遣いで見やったが、乱馬は乱馬でブスッとした表情を浮かべて黙ってあかねを睨んでいた。いや、正しくは卓也に組まれた手を睨んでいたのであるが。
「じゃ、俺たちも…。」
 あかねがこっちを見ていることに気付くと、乱馬は気のない素振りをして、麻衣子の方へと右肩を差し出した。
 今度はそんな乱馬の行状を睨み返すあかね…。
 
 …そっちがその気なら…

 互いの心は180度違った方向へとベクトルを伸ばし始めていた。

「あらーっ!随分面白そうなことになってるじゃない…。」
 そんな二人の様子を、少し後ろからオペラグラスで見詰める瞳が二つ。天道なびきだった。何か商売のネタにでもなるのではないかと、そそくさと後をつけてきたのである。
「己れ…あの男…あかねくんと気安く手など組みおってっ!!」
 なびきのすぐ横には、九能帯刀が今にも飛び出しそうな状態で木刀を握り締めていた。
「はいはい…打目よ。九能ちゃん。短気は損気よ。ここはぐっと堪えなきゃ。」
 なびきはそう言って九能を嗜めた。
「あの女、乱ちゃんにちょっかい出したら、只ではすまへんでっ!!」
「そうね…乱馬、ホントに女とみたらベタベタと見境ないねっ!」
「まあっ!乱馬さま…わたくしという者がありながら…悔しいっ!」
 右京とシャンプーと小太刀がそのまた傍らで、こっそりと乱馬の動きを見詰めていた。
「ふんっ!乱馬如きどうでも良いが…あかねさんの純潔は守らねばならんっ!」
 そのまた後ろには良牙も控えていた。
 皆、ぞろぞろとなびきに導かれてここに終結していたのだ。なびきにとっては情報提供料をたんとばら撒いてくれる上客ばかりであった。
 そう、この場には役者が揃っていた訳だ。

 そんなふうに見詰められているとは知らずに、乱馬もあかねも気のないデートを続けていた。
「お化け屋敷なんてどう?」
 卓也が面白そうに一行を誘いかけた。
 …たく…何考えてやがる…。暗闇に乗じてあかねに何かする気じゃあねえだろうな…
 乱馬は乱馬で行動とは裏腹に、あかねのことが気にかかるのだった。
 …あたし、お化けは苦手なんだけどな…
 あかねはあかねで不安な気持ちが表情に混じる。
 「じゃあ、私は乱馬さんとおにいちゃんはあかねさんと上手くやってね!」
 麻衣子はさっと乱馬の手を引っ張ると先に暗闇の奥へ消えていった。
 「じゃあ、僕たちも行こう。」
 卓也は微笑みながら不安がるあかねを先導して後へ続いた。

 お化け屋敷の中は暗闇に包まれていた。日の光のない苔むしたような異様な雰囲気が漂っていた。全部作り物とわかってはいても、やはり、辺りは不気味極まりなかった。
 真っ暗な中、当然のこと、作り物のお化け達はうようよと潜入してきた者たちを待ち構えている。
 ひょいっと上からお化けの人形が仰々しく落ちてきた。
「きゃあっ!」
「いやーっ!」
 傍の麻衣子は黄色い声を出して容赦なく乱馬に食らいついてくる。
 乱馬は一瞬ドキッとした表情をしたが、しがみつく女の子があかねではないことを確認すると、何故か落胆にも似た気持ちが心をついて出た。ほっと息を吐くと、暗闇の中、寡黙に歩きはじめる。少しでも早く外に出たい…そう思わずにはいられなかった。
 少し離れた後ろから、怖がるあかねの声が響いてきた。
「だめっ!あっち行ってっ!!」
 あかねはそんな言葉を吐いている。
 「いやーっ!こっち来ないでってばーっ!!」
 あかねの悲鳴がつき抜けて耳に突き刺さる。
 構わずしがみ付いてくる麻衣子のことはともかく、耳はずっと後ろのあかねの声ばかりを追いかけている自分が情けなかった。
 …あかねの奴、あいつに抱きついてるんじゃあねえだろうな…。
 麻衣子がしがみ付いて来る度に、不埒にもそんなことを考えてしまうのだった。
 
 さて、そんな乱馬とあかねの後ろを付いてくる一行があった。
 良牙、九能兄弟、なびき、シャンプー、右京の御一行さまたちである。
 物見遊山のなびきを除いて、彼ら、彼女らもまた、お互いの胸中は穏やかではなかった。
 悲鳴が飛び交う度に、怒りが込み上げてくるのだった。
「あかんっ!ウチもう我慢でけんっ!!」
 先に行動を開始したのは右京だった。
「私も行くねっ!!」
「うおーっ!俺もだあーっ!」
「ならば、僕も!」
「私もですわっ!」
 暗闇に乗じて、彼らは行動を開始した。
 具体的に何をしたかというと、互いの敵を蹴散らそうと暗闇に紛れたのである。
 まず、良牙。
 彼は極度の方向音痴。悲しいことに、彼も九能と同じく、あかねの元へは辿りつけずに、暗闇の中をとうとうとさ迷い続けることになった。
 九能は駆け出しザマに、あかねを見つけて駈け寄った。
「天道あかねーっ!!」
 あかねは突然振って湧いた九能を、いつもの条件反射で思いっきり上へと殴り飛ばしていた。
「さらばだ―っ!皆の衆ーっ!!」
 九能は無念の雄叫びを残して、お化け屋敷の天井を突き破り、虚空へと舞い上がって行った。
「な、何だ?今のは…。」
 卓也はきょとんとした様子で遠ざかってゆく男を見上げていた。
「い。今の…九能先輩よね…。」
 あかねは自分の拳を見詰めて、黙って立ち止まった。
 その後方、駆け抜けてくる影が三つ。右京、シャンプー小太刀の三人娘だった。彼女たちは競って乱馬を目指して突き進んできた。
「ウチが先に行くっ!」
「私ねっ!」
「私ですわっ!」
 女のサガ。いつもの調子で我先にという考えが働いてしまっていた。歯止めというものが利かなくなっていたのだ。
 あかねと卓也の傍を通り過ぎると、一目散に乱馬へと向かって突き進んでいった。
「右京…シャンプーっ!小太刀まで…。」
 あかねは暗闇を走りぬけた三人をしかと目におさめていた。
「あの子たち、まさか…。」
 あかねの予感は当たった。
 前方で乱馬の怒号が聞こえたからだ。

「シャンプーっ!うっちゃん!げっ、小太刀まで…。」
 乱馬は突然現れた彼女達に驚愕するとともに、構わず仕掛けてくる彼女達の愛の攻撃を必死でかわさねばならなかった。
「ちょっとまてっ!おめえら、いきなり何だ?」
「乱馬っ!デート許さないあるねっ!」
「乱ちゃん、行くでっ!」
「乱馬さまーっ!!」
 三人の怒号が交じり合う。目の前で取っ組み合いが始まってしまった。
「しょうがないな…。」
 呆れて立ち止まっているあかねの背後からなびきがひょいっと顔を出した。
「お、おねえちゃんっ!」
 突然の姉の登場にあかねは目をシロクロさせた。
「もう、みんな、我慢ってこと知らないんだから…。」
 なびきは辺りを見回した、そして消化バケツを見つけた。そして素早くそれを掴むと、乱馬に向かって投げつける。
 水飛沫が乱馬の上を飛んだ。
「ちょっとお姉ちゃんっ!!」
 あかねが叫んだのと、乱馬が変身したのは一緒だった。
「うわーっ!!ね、ねこーっ!!」
 乱馬は一瞬のうちに女に変身し、同じく水を浴びて変身したシャンプーを見て動揺声を張り上げた。そして、目にも止まらぬ早さで、駆け出して行った。
「乱馬さんっ!!」
 何がなんやら訳がわからないのは麻衣子だった。
「あかね、後はあんたに任せたわっ!」
 なびきはこそっとそう言って、あかねに手にしていたポットを差し出した。
「ちょっと、お姉ちゃんっ!!」
 あかねは困惑を極めたが、このまま乱馬を捨て置く訳にもいかず、
「卓也さん、ちょっと待っててねっ!」
 と断わると、らんまが走り去った方に向かって走り始めた。
「あかねさん?」
 卓也は一部始終を見ていたが、これまた狐に摘まれたようにきょとんとした目で見守る他は術がなかった。
「乱ちゃんっ!」
「乱馬さま…」
 右京と小太刀は蚊帳の外へと放り出され、乱馬が立ち去った暗闇を眺めていた。そこへ、先ほどあかねに突き飛ばされた九能が万有引力の法則よろしく、すざましい勢いで落下してきたから堪らない。
 ドスンと鈍い音がして、右京と小太刀は落ちてきた九能の下敷きになって気の毒にも目を回してしまった。
「もう…。ほんとに世話が焼けるったらありゃしない…。」
 なびきはやれやれという表情を九能たちに向けて一つ溜息を付いた。


 あかねは、駆け出しながら、らんまの気配を探した。
 彼女も武道家の本能が備わっている。暗闇にも目が馴染んでいた。センサーで察知しているのか時折襲いかかってくるお化けの作り物にも、最早何の恐怖も感じなかった。いや、抱く余裕がなかったと言った方が適切だったかもしれない。
 作り物の人形たちを蹴散らしながら、必死でらんまの後を追った。
 らんまはシャンプーを背中に乗せて、ひたすら走りまわっていた。
「ねこーっ!!やだーっ!!ねこーっ!怖いっ!」
 らんまのねこ恐怖症は極限に近い。このまま放っておくと、猫化して手が付けられなくなる。
 ようよう追いついたあかねは、らんまの背中に乗っかっていたシャンプーを鷲掴みにすると、無理矢理引き離した。そして、まだ逃げ惑うらんまを必死で追いかけた。
 出口が見えた。その時。
 あかねはなびきから受け取ったポットを開けると、夢中で前を行くらんまに思い切り投げつけた。
「あ、あっちーっ!あちいじゃあねえかっ!」
 乱馬は熱湯を頭から浴びせ掛けられ、我に返ったのだった。



つづく



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