◇まほろば

第六話 揺れる想い

十二、

 三月半ばとはいえ、まだ、夜は冷える。
 天道家は、古い日本家屋だ。隙間風がどこからともなく、肌に当たってくる。
 大都会、東京都に位置するとはいえ、周りは、閑静な住宅街だ。

「ふう…。」
 何度目かの寝がえりを打ち、瞳を見開いた。
 暗がりに、瞳は慣れてしまい、薄らと漏れて来る街灯の明かりだけでも、部屋は見渡せた。
 枕元の目覚まし時計は一時をとっくに回っている。
 
(ちぇっ、今夜もなかなか眠れええや…。)

 ここ数日、寝つきが悪くなった。
 修行生活が長かった故に、「いつでも、どこでも」横になれば眠れた。あまり睡眠で悩まされたことはない健康体だった。だが、あかねが記憶を失って以降、ストンと睡眠の淵に落ちて行かないのだ。
 この日も、悶々と闇の中で、眠れぬ夜を持て余していた。
 眠ろうとすればするほど、返って、目が冴え渡って行く。

 ぐうう…。

 さっきから、執拗に、腹の虫も鳴いている。
 そう。あかねのコロッケを食して後から以降は、何も口にしていない。夕飯の途中で目を回したのだから、仕方があるまい。
 つまり、普段の半分も夕飯を食していない。お腹が食べ物を要求しているようだ。
 女化していても、男の時とそう変わりはないほど、食欲に満ちている自分だ。女の時のほうが、胃袋は小さくなっていようが、そんなことはお構いなしに良く食べる。
 腹の虫の機嫌が悪い。音が、やむ気配はない。

(真夜中だから…我慢するしかねーよな…。)

 居候の身の上だ。そう、格式ばって遠慮する性質(たち)では無かったが、夜中、台所へ出入りするのは、さすがの乱馬でも、気が引けた。いつも、持って上がってくる、湯のみポットも、ドタバタのせいで、部屋に無い。お湯一つ、腹に満たせないのだ。
 すきっ腹を忘れようと思えば思う程、胃袋は食物を要求せんばかりに、意地汚く鳴り響く。辺りが静まり返っているので、余計に、ぐううっと耳につくのである。
 こんな時に限って、押入れに蓄えている、買い置きの菓子類もすっからかんだ。

(ああ…とにかく、寝るっきゃねーよな…。)

 はあああ…。
 また、長々とした溜息が漏れる。
 こういう眠れない時に限って、浮かんでくるのは、あかねのこと。そして、己のこと。
 これでも、悩める十七歳だ。

 天道家の許婚として、この家に来て、そろそろ二年が来ようとしている。
 たった二年間なのに…かなりの年数が経ってしまったようにも思える。
 ここへ来るまでは、一所に何カ月も腰を据えたことはない。父と共に放蕩の生活をして十余年。
 父との放浪は「家庭生活」とは、縁遠い厳しいものだった。借金取りに追われ、命からがら逃げたこともある。山へ入って道に迷い、飢え死にしかけたことも、一度や二度ではない。今からは、考えられないほど、ハードな生活をしてきたのだ。
 小、中学校、何度転校を余儀なくされたことか。いや、通わせてもらえた自体が、奇跡に近かったと、今でも思うことがある。放浪生活が続くと、学校へなど行かせる余裕もなくなるものだが、何故か、父は、そこだけはしっかり考えてくれたようだ。
 今にして考えると、スチャラカオヤジでも、天道家に乱馬を押しつけるに当たって、義務教育くらいはきちんと修了していないと不味いと思っていたに違いない。成績の良しあしについても、何も言われなかったが、サボれば怒られた。
 転校が頻繁でも、学期途中で変わることは、殆ど無かったのは、せめてもの親の配慮だったのだろう。
 言わば、長期休みのたびに、登校する学校は変わっていたから、そんなに優秀な成績を残せるものでもなかった。また、根を下ろしたことも無いので、当然のことながら、懇意になった友人は殆ど居ない。親しくなっても、すぐに離れなければならないので、自分から近寄って仲良くなることは、いつしか辞めてしまっていた。
 地域社会の繋がりが強い学区では、いじめられたこともある。もちろん、当人はいじめられていても、苦にはならなかった。度々あったいじめやいやがらせは、持ち前の「身体能力」で跳ねのけてきた。力のある者に、一目置く…。そんな暗黙のルールが、子供社会でもきっちり働いていたので、乱馬の武道の素質に気圧されて、いじめっ子も自然消滅する場合が殆どだった。
 だからといって、暴力を誰彼かまわずふるったことはない。武道家たるもの、決して力をひけらかしてはいけないし、弱い者いじめは禁物だと、父親に幼いころから言い含められてきたからだ。
 玄馬も、あれでいて、かなり理屈っぽいところがある。己はどうなのかと問い質したいことも多々あったが、力は絶対で、口答えはできなかった。
 
(たく…いい加減な親父に連れ回されて、俺も良く、やってきたよなあ…。)

 一番、カチンときたのは、中国で娘溺泉に突き落とされたことだ。おかげで、女体変化自在な変な体質になってしまったのだ。しかも、親父はパンダときている。
 更に、その後がいけなかった。
 変身体をひきずって帰国するや否や、天道家へ行くと言い出した。

(あんの親父…。変身体になったことで。急に怖気づきやがって…。)

 あかねの父・天道早雲と玄馬との間に、どんな盟約があったのかは、乱馬にはわからない。
 今の法律では、男子が婚姻届を受理されるのは十八歳以上。まだ、二年は猶予があった筈だ。にも拘らず、有無も言わせず、強引に天道家へと連れて来られた。
 以来…天道道場の婿候補、そして、居候としての生活が継続している。
 あれから、二年弱。
 早雲の好意で、風林館高校へ通わせてもらい、許婚としてあかねを宛がわれた。
 これが、可愛い顔とは裏腹の、跳ねっ返り娘。何かにつけて、突っかかって来た。
 最初は困惑だけしか浮かばなかったが、いつの間にか惹かれ、現在に至っている。多分、自分だけではなく、あかねも…。

 そのあかねの記憶が、全て欠落してしまった。
 それも、己の優柔不断が元で…。

(俺のこの体質と一緒だな…。いつ、元に戻れるのか、迷路にはまりこんじまってる…。)

 つらつらと考えてながら、いつの間にか寝入ってしまうのが、ここ数日のパターンであったが。今夜はいつもに増して、目が冴えている。きっと、夕食のコロッケに瞬殺されて、気を失っていた影響が、出ているに違いあるまい。

 と、その時だった。

 カタンと廊下の方で物音がした。
 ハッとして、気配を探ると、誰かが廊下を歩いて来る。階段とは違う方向に、今の乱馬の居城があるから、トイレではあるまい。ということは、この部屋に用事があるのか。
 こんな深夜に潜んで来るのは、時々思い出したように帰って来る、八宝斉のじじいくらいのものだ。。三人娘とて、こんな真夜中に潜んでは来ない。
 
(じじい…か?)

 いつでも、飛び出せる体制で、ギュッと拳を握りしめ、蒲団を被る。
 
(たく…懲りねえじじいだなな…。)
 グッと引き寄せてから、攻撃する。そう思って、じっと、息を潜める。

 乱馬の部屋の前で、歩みは止まった。中の様子を、じっと伺うように、襖に手を当てているようだ。

(いつでも、来やがれ…。相手になってやるぜ…じじい。)

 が、やっこさんはなかなか部屋へ踏み込もうとはしない。
 一、二分にしか満たないだろうが、とても長く感じられた。

(じじい…何を戸惑ってやがるんだ?)
 さすがの乱馬もイライラしてきた。
(いや待て…。俺が眠っていないことを、感づきやがったのかな…。)
 一応、腐っても、元祖無差別格闘流の一番の使い手だ。乱馬ですら、なかなか八宝斉を出し抜くことは困難ときている。
 あれこれ勘繰ってしまう。

 と、スッと空気の流れが変わった。
 ゆっくりと襖が開く気配を確かに感じた。

(よっし、今だっ!)

 人の気配がすぐ枕元に立ったのを察知すると、乱馬は一気に蒲団をまくしあげ、そいつ目がけて攻撃を繰り出した。

「こんな、真夜中に、人の部屋に来て、何のつもりだ?じじいっ!」
 つい、声を荒げた。そして、羽織っていた掛け蒲団をそのまま、侵入者目がけて投げつける。
 怯んだ人影に、そのまま、蒲団ごとつかみかかって、敷き蒲団の上へと、圧し倒した。

「あ…れ?」

 投げ落としたところで、違和感を覚えた。
 八宝斉にしては、いともあっさりと、倒されたからだ。一切抵抗も無かった。
 じいさんなら、着地するや否や、「あまーいっ!」とか何とか叫んで、反撃を加えてくるだろうに。
 しかも、投げられた躯体がやけに、大人しい。
「変わり身の術でも使いやがったのか?」
 半信半疑で、被せた蒲団へと手を伸ばす。

 びらんっ!

「いっ!」
 蒲団をめくって、息を飲んだ。
 そこから現れたのは、パジャマ姿のあかねだったからだ。
 いきなり、「乱子」に攻撃されて、目を白黒させていた。

「あ…あかねっ?」
 驚いた目を差し向けると、
「ご…ごめんなさい…。」
 敷布団の上で、おろおろとこちらを見上げている瞳とかち合った。
「あ…いや、俺こそ…。ごめん。おめーだと思わなかったから…。つい…。」
 言い訳を始める。あかねを怖がらせてしまったかと、内心、気が気でなかった。
 じじいと思って取り押さえたのが、あかねだったのだ。一体、何が起こっているのか、咄嗟に理解できなかった。
 じっと、見上げてくる瞳が、どこか、切羽詰まっているようにも見受けられる。
「ど…どーしたんだ?こんな夜中に…。」
「眠れないの…。」
 乱馬の言を受けて、か細い声があかねからこぼれた。
「あん?」
「一人じゃ怖くって…。だから…あたし…。」
 乱馬に反撃を受けて怖かったのか、それとも、もっと別に理由があるのか、ひっくひくと、しゃくりあげているのが、暗がりでも伺えた。
「乱子ちゃんっ!」
 わっと上体を起こして、そのまま、乱馬へと抱きついた。
「ちょ…ちょっと…あかねっ!」
 その勢いに、乱馬の女体がそのまま、弾き飛ばされた。敷布団へと、仰向けに倒れ込んだ。
 男の身体なら、何とか持ちこたえられたろうが、今は女化している。その分、体重が軽い。あかねより、身長も一回り小さい。
 あかねに押し倒されるように敷布へと落下するや、シーツに貼り付けられるようにカチコチと固まってしまった。

「乱子ちゃん…お願い、一緒に寝て!」

 元々、照れ屋ときているし、その上、女子の扱い方に不慣れな純情男だ。
 あかねの柔肌が己に触れているだけで、緊張して、身体はガチガチ。
 起き上がることも忘れて、蒲団に沈んだまま、へばりつく。
 常のあかねが決して口にしない言葉を投げつけられて、すっかり、高揚してしまった。

「一緒に寝て…っておめー。」
 春先だと言うのに、鼻先には汗が浮き始めていた。心音は一気に上昇し、さっきから耳の奥で、ドクドクと早打ちしている。
 女に変身していても、本性は男。しかも、抱きついているのは、自分が惚れた娘。
 とても、平常心で居られる訳がない。
「暗闇で一人居るのが、怖いの…。だから、乱子ちゃん、一緒に寝てっ!」
 あかねは乱馬の胸倉にしがみついて、しくしくと泣き始めた。
「そ…そんな、急に…一緒に寝ろって言われても…。」
「お願いっ!」
 あかねは上体を起こし、蒲団の上にチョコンと正座までして、手を胸の前に合わせて、懇願を続ける。目はうるうると、懸命にこちらを見詰めたまま。じっと視線を外さない。
「わかったよ…。」
 あかねに、そう言わされてしまったような気もする。

「寝てやるよ…。でも、…蒲団はどうすんだ?おめーの部屋から持って来るのか?」
 当然の問いかけである。
「このままでいいわ。」
 あかねがぽそっと吐き出した。
「このままって…。」
「乱子ちゃんと一緒のお蒲団でいい。」

 何て事言い出すんだ…と言わんばかりに、視線を流した。

「一緒のお蒲団に寝かせて!」
 と、揉み手される。
「おい…そんなの…。」
 俺が困る…と言いかけた乱馬を制して、あかねが口を挟んだ。
「もう真夜中だし。部屋から運んでて、家の人を起こすのも悪いでしょ?…。だから…ねえ…。枕だけは持ってきてるから…。」
 そう言いながら、あかねはサッと枕を前に突き出した。
「で…でも…。」
 狼狽し始める乱馬。当り前である。一つ蒲団であかねと二人仲良く、お寝んね…いくら女性化していても、それはそれで、きつい。
 返答に戸惑っていると、
「乱子ちゃんは私と寝るのは嫌?」
そう言いながら、少し曇った、あかねの顔。

 ブンブンブン…。

 大慌てで首を横に振る。

「別に嫌ってわけじゃねーけどよ。いいのか?狭いぜ?」
 と取り繕う。
(嫌ってわけじゃねーけど…。俺、ホントは男なんだぜ!おめーは忘れちまってるだろーが…。)
 今はあかねに告げられない言葉を、喉の奥へと押し込める。
「狭くてもいい…。一緒に寝かせてくれたら…。」
 あかねはホッと息を吐きだして、にっこりとほほ笑みかけてくる。
(俺は、ちっとも良くねーんだけど…。)
 そう言い返しそうになるのを、グッと堪える。
 こともあろうに、あかねと一つ蒲団…それも、シングルサイズの上に眠る羽目に陥るとは…。
 乱馬に許しを貰ったことに安堵したあかねは、そそくさと、乱れた蒲団を整えにかかる。
 敷き蒲団の歪みをなおし、掛け布団を平らにならし、その上に毛布をかける。そして、最後に、持ち込んだ自分の枕を、乱馬の枕と共に並べ、横たわる。
「ね…。乱子ちゃん。冷えちゃうから早く蒲団に入ってね。」
 などと、掛け布団をめくって、乱馬を誘ってくる。無邪気な分、性質が悪い。
「お…おう…。」
 男言葉で返事しながら、蒲団の端を掴んで、寝床へと滑り込む。
「まだ、夜は冷えるね…。」
 すぐ傍であかねの顔が揺れた。

 ドキッ!
 心音が一つ、思い切り波打った。

「そ…そーだな。」
 さっきまで泣いていたあかねが、微笑んでいる。
 ノックアウトされるには、充分過ぎる距離だ。もちろん、持て余す手を背中に回すわけにもいかない。それに、背中合わせになるのも、何だか変だ。
 この場は、是が非でも、「女同士仲良こよしお友達」…それを演じ切るしかあるまい。
 もし、己の理性が吹っ飛んで、男の本性が牙を剥いたら…女同士の濡れ場になってしまう…。冗談ではない。
 この場は、必死で理性を握りしめ、耐えるしか、無かった。

「あ…あのさ…あかね。な…何で、俺の部屋に来たんだ?」
 ドキドキしながら、問いかける。回しそうになる手を、あかねに見えないところで、必死で、握りしめている。

「…病院ではかすみお姉ちゃんが傍にいてくれたけど…。家に帰って来たら一人でしょ?不安なの…。」
「自分の家じゃねーか。ましてや、自分の部屋の自分のベッドだろ?」
「うん…でも、あたしには記憶が無いから。」
 ふっとあかねの瞳に憂いが過った。このまま、泣かれたら、理性がますますどこかへ吹き飛んでしまいそうだ。理性を引きとどめようと、慌てて言葉を継ぐ。

「お…俺の部屋じゃなくって…べ…別に、かすみさんとかなびきの部屋でも良かったんじゃねーのか?」
 そうである。ここは血の繋がっている姉たちの部屋に行くのが筋ではないのかと、やんわりと問い質したつもりだ。
「かすみお姉ちゃんは、ゆうべまであたしに付き添ってくれたから、疲れてるんじゃないかなって思って…。」
「じゃ…なびきは?」
「何となく…なびきお姉ちゃんのところは、行きたくないかも…って気持ちがあったの…。どうしてかわかんないけど…。」
(それは、あれだな…。なびきは、宿泊代とか言って、代金を請求してきそうな腹黒さもあるし。本能的に危険回避したんだろーな…。)
 そんなことを考える。

「乱子ちゃんのところが一番、安心して眠れそうだと思ったから…。」
 ポンと言葉を投げられた。
 ガツンと一発、胸に突き刺さる、あかねの言葉。
「迷惑だったかしら…。」
 不安げに揺れる瞳。
「い…いや、そ…そんなことはねえよ。」

(嬉しいぜ…。自然に、俺のところへ足が向いてくれたのなら…。)
 それが本音だ。だが、かといって、たがを外すわけにはいかない。
(堪えろ…俺…。)

「ありがとう…。ここなら、安心して寝られるわ。」
 そう吐き出した言葉が少し気になった。
「安心?自分の部屋が一番安心できる場所じゃねーのか?」
 つい、問い返していた。
「っていうより…。一人で寝るのが怖いの…。ここのところ、ずっと、怖い夢ばかり…見てるから。」
「怖い夢?どんな…。」
「黒い闇が襲ってくる…とっても怖い夢…。」
 乱馬を見上げながら、あかねが言った。
「黒い闇?」
「うん…。」
 コクンと揺れるあかねの頭。
「ったく…。おめーは臆病だなあ…。」
 もし、普通のあかねなら、そんな言葉をかけようものなら、鼻息が荒くなるに違いないだろう。
「…あたしって、やっぱり臆病だった?」
 真摯に問いかけてくる、あかねの瞳。
「まーな…。でも…。臆病なのは、俺も同じだけどな…。」
 思わず、自戒の念が言葉に零れ落ちた。
「そうなの?乱子ちゃんって、臆病という言葉とは縁が無いみたいに、見えるけど…。」
「んなこと、ねーよ…。このまま、男に戻れなかったらどうしようとか、思うことあるもん。」
 つい、零れ落ちた、本音。しまったと思って口を抑えた。
 あかねがキョトンと乱馬を見上げる。
「男?」
「あ…いや、何だ…。男が寄りつかなかったらどうしよーって…。俺って、男っぽいし。」
 慌てて誤魔化しに走る。
「何だ…聞き間違えちゃったわ。」
 クスッとあかねから、笑い声が零れた。
「こら、そこ、笑うところか?」
 少しふくれっ面を見せると、
「大丈夫よ。乱子ちゃんなら、きっと、素敵な男の子が現れるわ。」
 断言された。
「ははは…そうかな?」
「きっとそうよ。」

(…現れたら、怖いんだけど…。)
 心の声が、突っ込みを入れて来る。

「でも…あたしは…。好きだった人が居たのかさえ、上手く思い出せないわ…。」
 小さな声であかねは吐き出す。
 思わず、乱馬の心音が一つ、ドキンと発した。
(たとえ、おまえが思い出せなくても…俺は…。)
 喉元まで出そうになる言葉を、必死に飲み込む。
「そう落ち込むなよ…。きっと…思い出せるさ…時間がかかるかもしれねーけど…。さて、夜も遅いし…寝ようぜ。朝が起きられなくなっちまう。」
 視線をあかねから反らせながら、そういうのがやっとだった。
「そうね…。乱子ちゃんの傍なら、ぐっすり眠れそうな気がするわ。」
 そう言いながら、あかねはゆっくりと瞳を閉じた。
「おやすみなさい。」
「おう…おやすみ。」
 数分もしないうちに、あかねから、寝息が漏れ始めた。
 すやすやと、安心しきった規則的な息遣い。和らいだ気が、あかねの全身から流れて来る。

(ごめん…あかね…。)
 溜まらず、手が伸びた。
 眠ってしまった彼女に対して、卑怯だと思ったが、その腕をあかねへと回した。
 男の姿なら、すっぽりと包めるだろうに。中途半端な抱擁しかしてやれない。あかねの顔が、己の胸に当たる。分厚い胸板ではない。肉付いた福与かな丸い胸だ。
 
「女で良かった。」という思いと、「男に戻りたい。」という本音とが、複雑に行き来する。

 記憶を失ったあかねは、乱馬に対して、警戒心は全くない。目の前に居るのが、許婚の乱馬ではなく、親戚の子の乱子だと、心根から信じ込んでいる。
 この寝顔は、乱馬ではなく、乱子へと手向けられた物。
 そう考えると、心苦しくてたまらない。
 その後ろめたい気持ちが、かろうじて、乱馬に理性を残してくれている。

(今はこのままでもいい…。でも、必ず、男に戻って、おまえをこの胸に抱きしめるから…。あかね…。たとえ、おまえが上手く思い出せなくても…俺は…。)
 胸に抱いたあかねの額に、軽くキスをすると、瞳を閉じた。
(ぐっすりと眠れそうなのは、おめーだけじゃなく、俺もだ…。このまま、朝まで…一緒に…眠らせてくれ…。)
 やがて、乱馬の口からも、柔らかな吐息が流れ始めた。
 不眠を感じていたことなど、とっくに忘れている。触れて来る柔らかなあかねの身体。ぬくもりに触れて、眠りは和らぎへと満ちていく。

 丁度、その時、乱馬の部屋の襖の向こう側で、黒い霧が、怪しげに揺らめいていた。
 その尾尻を辿ると、玄関の三和土から伸びてくる。あかねのファンと自称した謎の青年に贈られた真っ赤なバラ。退院するときに、一緒に持ち帰り、かすみが玄関へと生け変えたものだ。

『ふん…部屋に居ないと思ったら…。こんなところに…。』
 影は不気味に笑いながら、乱馬の部屋へと侵入を試みる。が、何かに遮られるように、ジジジっと煙が襖に当たって弾けた。
『く…この力は…。奴らのものか…。』
 ぐぬっと煙は、乱馬の部屋の前で立ち往生を続ける。いくら試みても、襖から向こう側には入れない。
 乱馬の枕元に畳まれた、赤いチャイナ服から微かに漏れてくる、蒼白い光の霧。そいつが、黒い霧を押しのけようと、襖へと押し寄せる。
『小癪な奴らだ…でも…。もう、遅い…。この娘は我らのもの…。誰にも渡さぬ…。渡さぬからな…。』
 そう吐き出すと、影はすうっと、闇に飲まれて消えていった。


十三、

 次の日の朝。乱馬は先に置き上がった。
 あかねはまだ、眠り続けている。
「もう、朝だから、離れてもいいよな…。」
 そう思って、そっと蒲団から抜け出したのだ。
 廊下へ出てみると、ニッとなびきが襖の外で笑いながら立っていた。
「うわっ!…なびき…。」
 思わず後ろへとのけぞりかけた。そして、慌てて、襖を閉めに掛る。中を見るなと言いたげに。
「あかね…あんたの蒲団に寝てたわよねえ…。やるじゃん、乱馬君。」
 明らかにからかい口調だ。チラッとあかねの姿を見られたのだろう。
 下手に否定に走るより、肯定するしかあるまい。咄嗟に腹をくくった乱馬は、
「あいつが、夜中に一人じゃ眠れねえーって俺のところに来たんだから、しゃーねーだろ?」
と、ムスッとした表情で、言い放った。
「あかねを襲ったりしてないわよねえ?」
「あったりめーだ!この姿見て、わかるだろー?」
 女のままの有体を、親指で指し示す。
「まあ、そーね。その姿で、あかねに手を出してたら、文字通り「変態」だものね。」
「うるせーよ!」
「にしても…。何であんたの部屋をあかねが選んだのかしらねえ……。」
「あいつ言ってたぜ。かすみさんはずっと病院に寝泊まりしていたから、疲れてるだろうって…。で、おめーからは、何かどす黒いものを感じて、本能的に避けたみてーなことを言ってたぜ。」
「あらま…。」
 なびきが、目を見開いた。
「ま、正解だろーな。おめーなら、あかねに、一泊いくらよ…とか、吹っかけそうだしな。」
「で。乱馬君の部屋へ直行した訳ね。で、一つ蒲団で仲良く枕を並べてたのね。」
「しゃーねーっつってんだろ?真夜中にごそごそ蒲団を運んで来るわけにも行かなかったし。」
「じゃ、今夜はあんたの部屋で、別々の蒲団で寝るのね。」
「あん?今夜も寝かせる気か?」
「ええ…。お父さんたちは、すっかり、その気になってるわよ。」
 と後ろ側に親指をさす。
 乱馬の背後で、早雲と玄馬が、あかねの蒲団を運んでくるのが見えた。
「親父っ!おじさんっ!朝っぱらから、何やってるんだっ!」
 慌てて、声を荒げる。
「いい機会だからね。今夜も、明晩も…ずっとずっと…しっかりと、あかねに添い寝してやってくれたまえ。」
 敷布団を抱えながら、早雲がにっこりとほほ笑んでくる。
「ぱふぉぱふぉ」(何なら、夜だけ男に戻るか?)
 玄馬はパンダ化したまま、看板文字を乱馬へと手向ける。
「あのなあ…。」
 グッと拳を握りしめたところで、あかねが襖を開けて来た。

「おはようございます。」
 ぺこんと頭を下げる。
 さすがのあかねも、襖の向こう側が、俄かに騒がしくなったのが、気になったのだろう。
「みなさん、お揃いで何ですか?」
 キョトンと見渡すあかねに、
「いや、あかねが乱子ちゃんと寝たがってるって、聞いてね。この際だから、あかねの蒲団を乱馬…乱子ちゃんの部屋に運んでおこうかと思って…。」
 
 早雲の言葉に、あかねの顔が、ぱあっと明るくなった。

「お父さん…いいんですか?今夜も乱子ちゃんの部屋で寝かせて貰って。」
 余程、嬉しかったのだろう。困惑する乱馬を横に、あかねは至って明るい。
「ああいいよ。君たちは仲よしさんだからね。ねえ、乱子ちゃん。」
 早雲がにっこりと、乱馬の方を見てほほ笑んだ。
(断ったら、叩きだすよ…乱馬君。)
 そこはかとなく、そんな言動が、早雲の瞳に浮かんでいるような気がする。

「断れないわね…。」
 ポンとなびきが、乱馬の方を叩いた。
「ま…いいか。蒲団が違ってるだけ…。」
 そう言って、納得するしかなかった。
「あかね…暴れなかった?」
 こそっと耳元でなびきに吐き出された。
「ああ…。昨日は寝相が良かったみてーだ。」
「そう…良かったわね。」
 言われてみて、ハッとした。
 そういえば、あかねの寝相は最悪だった筈だ。いつも、命からがら、眠っている…と、Pちゃん(良牙)がこぼしているのを、何度か聞いたこともあるし、右京が泊まりに来たときや、八宝斉に絡まれた時に、自分でも実感したことがある。
(昨日は、確かに…大人しかったよな。)
 それはそれで、違和感があったが、その場はそれ以上、何も考えなかった。




「ちょっと、一緒に組まねえか?」
 朝ごはんが終わって、落ちついた頃、茶の間でぼんやりとしていたあかねに、声をかけた。
「組むって?」
「これ…。」
 そう言いながら、道着をポンとあかねの傍に投げおいた。
 きれいに洗濯されて、畳まれた真っ白な道着。あかねのものだ。
「これって…道着…。」
 あかねの瞳に、少し困惑した表情が浮かんだ。
「ああ…。」
「でも…あたし…。」
 戸惑いがちに乱子を見上げたあかねだった。
「無差別格闘天道流の二代目として、格闘に精を出すのが、おめーのモットーだったんだけどな。」
 そう乱馬ははき付けた。
「じゃあ…この道着は…。」
「おめーのだよ。」
 乱馬はスッと言って退けた。

(やっぱ、武道をやってたことも、記憶から抜け落ちてやがるのか…。)
 少し、寂しい気もした。

 どうしようかと、道着を見詰めたまま、考え込んだあかね。その背中を、ポンと軽く叩く。

「ま、気分転換に身体を動かす…程度に簡単に捕えていたら良いんじゃねーのか?一日中、ぼんやり何もしねーで過ごすのも、勿体ないぜ。」
 そう言いながら、微笑みかけた。
「それに、身体を動かしていりゃ、何か思い出せるかもしんねーだろ?大丈夫…俺がちゃんと一から手解いてやるからよ。」
 その一言が、戸惑うあかねの背中を、ポンと押していた。
「そうね…気分転換になるかもしれないわね。」
 あかねは立ち上がって、道着へと手をかけた。
「ちょっと、待っててね。」
 そう言うと、あかねはすぐさま、セーターをその場で脱ぎにかかっていた。乱馬を乱子ととらえているあかねだ。気を遣う素振りも無い。
 慌てて、乱馬が後ろを向く。さすがに、あかねの着換えを凝視する根性はない。
 かさかさっと衣擦れの音が、すぐ後ろ側で響く。
 セーターをとって、ブラウスのボタンでも外しているのだろう。
 物の、三分もかからない間に、あかねは道着へと袖を通しきった。もちろん、黒帯をギュッと丹田の前で締める。

 それは、自然な動作だったろう。後ろを向いてじっとしていたので、細部は見ていないが、短時間で、しかも、きちんと、道着に袖を通していた。

「さすがだな…。」
 着換えが完了したのを悟って、後ろを振り向き、あかねを見ながら、乱馬が声をかけた。
「え?」
 脱ぎ散らかした服をたたみながら、あかねは乱馬を不思議そうに見上げた。何が言いたいのか、彼女には、皆目見当がつかなかったからだ。
「だって…。道着って結構、着こなすのって素人には難しいと思うぜ。」
 まざまざとあかねを見下ろしながら、乱馬が感心して見せる。
「そ…そうかな…。」

(身体は、忘れずに、覚えているんだな…。)
 少し照れて微笑んだあかねを見て、乱馬は少しだけ、ほくそ笑んだ。

 そうなのだ。初めて道着を通すなら、胸元の合わせ方や帯の結び位置、それから結び方。簡単にできそうで、なかなかしっくり決まらないものだ。熟練者からみれば、道着の着込み方で、どのくらいの使い手か、だいたいは予測できるともいう。
 乱馬が教唆していないのに、あかねはごく自然に、普段通り道着を着こなしている。物ごころがつくかつかないかのころから、無差別格闘に慣れ親しんで来たので、身体が覚えているのだろう。

(全てがあかねからぬけ落ちちまっている訳じゃねえ…。いっちょ…仕掛けてみるか…。)
 グッと拳を握りしめる。

「ああ。ちゃんと着こなせてるのは、たいしたもんだぜ。畳んだら、道場へ来いよ。」
 そう言って、くるりと背を向ける。

 道場の中は、ひんやりとしていた。
 今日もまた、あいにくの空模様だ。ざざ降りではないにしろ、空の様子が怪しい。
 昨日の昼間に上がった筈なのに、また、低気圧が進んできたようだ。しとしと雨が軒下を濡らしていた。
 ひと雨ひと雨ごと、桜の季節が近づいている。天道家の桜の枝も、かなり花芽が膨らんで来た。
 あと、十日もしない間に、開いてくるだろう。
 
「乱子ちゃん…。お待たせ…。」 

 戸惑いつつも、道場へ遅れて入って来たあかね。
 彼女目がけて、一発目を解き放つ。

「え?」
 驚いたのはあかねの方だろう。
 道場の板間へと足を踏み入れた途端、「乱子」が急襲してきたのだ。

 ブン…。

 あかねのすぐ脇で拳が唸った。

 タン…。

 床板を蹴って、反射的に、飛び退く。

「乱子ちゃんっ!」
 悲鳴とも近い声を張り上げても尚、乱馬の攻撃は緩まない。
 
 もちろん、幾分か、セーブしていた。もし、あかねが避けられなければ、怪我をさせてしまうことが目に見えていたからだ。そうなれば、本末転倒。
 もっとも、女化していても、腕も技もスピードも、全ての点で、乱馬の方が上級者なので、冷静に手加減を加えることもできた。

 しゅっ!

 乱馬は敢えて無言であかねへと、拳を打ち込んで行く。

「やめてよっ、乱子ちゃんっ!」
 そう言いながらも、あかねは上手く、拳を避けた。
 素人ならば、驚いて、尻もちの一つでもついて、ジ・エンドになりそうなのに、良く見極めて、身体だけは動いている。
 そんな彼女の様子を見ながら、絶妙な加減で、乱馬は身体を動かし続ける。まるで、打って来いと言わんばかりの間合いの詰め方で、つかず離れず…そして、攻撃の手も止めない。
 無意識にあかねの身体は、そんな乱馬を上手く避けていく。一挙手一投足、動きに無駄は無い。それどころか、腰もちゃんと基本通りに引けている。足も乱れることなく、床板を良くとらえ、ふらつくことも無い。
 ただ、いつもと違うのは、あかねから打ちこんで来ないということ。
 普段のあかねなら、避けてばかりではない。攻撃も加えてくる。元々、勝気な性格だ。攻撃に出て、返って自滅して、乱馬に負かされてしまうのが常だった。
(ま…攻撃してこねーのは、この際仕方ねーか…。)
 拳を繰り出しながらも、冷静にあかねの動きを観察する乱馬。
(ちょっと、けしかけてみっかな……。)
 意を決すると、すうっと息を吸って、言葉と共に吐き出した。

「逃げてばかりじゃ、らちがあかねえぜっ!少しは打ってみたらどうだ?」

「そんなこと、言われたって…。」
 戸惑いながら、あかねが答えた。

「良く、動けてるじゃねーかっ!来いっ!我武者羅にでも、一発、その右拳、俺に向けて来いよっ!」

 その言動に、煽られたか否かはわからない。多分、あかねには考えて打ちこむ余裕など無かったと思われた。
 
「だから、やめてーっ!乱子ちゃんっ!」
 一言、そう吐き付けると、無我夢中、拳を振り上げてきた。

(な…何っ…。)
 予想外の展開だった。あかねは利き腕の右側ではなく、反対側の左手の拳を、乱馬めがけて打ちこんできたのだ。勿論、乱馬も、みすみすその拳の犠牲になる気はさらさらない。
 元々力技にはそれなりの定評がある、あかねだ。利き腕ではないが、破壊力は群を抜いている。
「っと…。」
 反射的に、身体が横に飛びのいた。その乱馬目がけて、利き腕があかねから振り下ろされて来るのが、目に入った。
 このままでは打たれる…。
 次の瞬間、無我夢中で拳を突き上げていた。
「きゃあっ!」
 巻きあげられた拳が発した風に、あかねの身体が上に飛ばされてしまったのだ。
「やべっ!強く打ち過ぎた…。」
 乱馬とて万能ではない。力をセーブして打ちあげたつもりだったのが、予想外に反動強く、風が吹きあげたのだ。
 あかねの拳自体にスピードが乗っていたのが、災いしたようだ。
 このままでは、あかねが床板に打ちつけられる。
 そう判断した乱馬は、咄嗟に両手をあかねへ向けて差し出した。

 男の身体ほど、頑強ではない。果たして、あかねを受け止められるのか。
 そんなことを、考える余裕も無かった。
 怪我をさせる訳にはいかない。
 その一心で、我武者羅に、あかねへと身体ごと突進していく。

 ダンッ!

 力いっぱい、床を蹴ってあかねへ飛び込む。道着ごと、あかねを引き寄せ、腕に抱えた。

「はっ!」
 足首を思い切り振り下ろし、あかねを抱えたまま、空で一回転する。
 が、体重が男のときより、軽い分、つい、回転し過ぎてしまった。
 
 ドサッ!

 鈍い音が、床から上がった。
 臀部から床へ着地した。
 静寂が少しあった。

「ふう…。」
 乱馬の口から、安堵のため息が漏れた。
「何とか着地できたか…。」
 無我夢中、受け身を取りながら、落下点を瞬時に見極めたのだ。その辺りは、隙が無い。
「悪かったな…。攻撃して…。」
 ぼそぼそっとバツが悪そうにあかねへと声をかけた。
「良かった…。あたし…。」
 乱馬の膝の上で、あかねがふるふると震えていた。
「ちょっと試すだけのつもりだったんだが…。暴走しちまったぜ…。」
 思わず苦笑いが零れた。
 緊張の糸がプッツンと切れたのだろう。わっとあかねが泣きだした。
「ごめん…。無茶して…。」
 つい、女に変身していることを忘れて、あかねへと手を伸ばす…。

 と、周りで別の気配が急に沸き立った。
 怒気…それも、かなりの。
 何事だと、気配が湧きあがってくる方向へと、瞳を巡らせる。

「いっ!」

 思わず、息を飲み込んだ。

 ダッダッダッダッダ!

 猪突猛進…黒い塊が物凄い勢いで、外から駆けこんで来る。
 
「ブギ――――ッ」
 
 一声、怒声を張り上げると、思い切り、乱馬の右手に食らいついた。

「てっ!痛ってー!」
 思い切り柔肌に噛みつかれて、のた打ち回る。
「いきなり、何しやがんでーっ!」
「プギギギギ!」
「やめろっ!この豚っ!」
「ブブブブー!」
「誤解だっ!てめーが思ってるようなことは、俺は一切してねーっ!」
「ブブブギギーッ!」

 乱馬に執拗に噛みついたのは、黒豚Pちゃん…もとい、響良牙だ。

 勿論、あかねは、この子豚のことも、記憶からすっかり抜け落ちていた。が、そのやり取りが、彼女なりに、壺にはまったのだろう。
 クスッと、笑い声が零れた。
「子豚ちゃん…乱子ちゃんをいじめないで。」
 そう柔らかく微笑みかけると、乱馬の腕に食い付いていたPちゃんを引き剥がすように抱きとめる。
 が、まだ、溜飲が下がらないらしく、ブウウウと鼻息を荒げて乱馬を睨み返している。

「たく…。ちゃんと訳を話してやるから…。落ちつけっ!」

 一指し指を差し出すと、そこへもガブリ!

「いってー!やめろっ!このブタ野郎!」
「ぶぶぶぶぶ!」
「ちょっと、やめなさいって、子豚ちゃんも乱子ちゃんも…。」


 道場の真ん中で、乱子とあかね、そして、Pちゃんの声が、果てることなく、響き続けていた。


第七話へつづく



ついに登場。最強のお邪魔虫・Pちゃん…。
第一部で九話を予定していますので、確実ボリューム高い長編になること間違いなし…。
三部にするか二部で必死に書き流すか…思案中です。プロット作らず、どこまで書き遂せるか…久々に手さぐりしつつ、書いています。(ソースだけは調べ上げていますが…。どう料理するかなあ…。)


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