メリ☆クマ

 
「はあ…。」
 乱馬は白い息と共に、口元からいっぱい、溜息を吐き出した。
 
 すっぽりと頭からクマの着ぐるみを着込んで、家電メーカーの販促用の袋入りキャンデーを配る手を休める。後ろを振り返ると、歩道脇の植え込みの下に、どっちゃりとキャンデーの箱が積み上げられている。
 
 家電量販店の店先で、行き交う人波を相手に、孤軍奮闘していたのである。店の前には大きなクリスマスツリーが、イルミネーションをチカチカと点灯している。
 今日は十二月二十四日。世間ではクリスマスイヴ。
 クリスマス…端的に訳せば「キリスト礼拝」という意味の言葉。イヴはその前夜祭。キリスト生誕を祝うこの祭りは、キリスト教徒のキリスト教徒のためのキリスト教徒的宗教行事の筈だ。
 しかも、キリストの誕生日である十二月二十五日より、その前夜の二十四日の方が、この国では盛大に盛り上がりを見せるのだ。誕生日の前日の方を盛大に祝う…などというのは、キリスト様くらいのものではないだろうか?
 クリスマスイヴと呼ばれるキリストの誕生日の前日の二十四日に皆こぞって、ケーキ付の御馳走を食べ、子供達にはプレゼントが配られる。いわんや、恋人たちはロマンチックナイトを二人で満喫しようと遁走する。テーマパークはもとより、レストラン、ホテルにはカップルや家族連れで満杯になる。
 中でも恋人や恋人未満たちは、忙しい年の瀬の日程を遣り繰りして、この聖なる夜に全身全霊を捧げるのだ。男は燃える下心を胸に秘め、女は甘い誘惑に心躍らせ、甘く、そしてインパクトな夜を迎えることを夢見る。
 一人きりでこの日を迎えることは、避けたい一日である。
 敬虔なキリスト教徒は眉をひそめるだろうが、それがこの八十島の国のクリスマスの現状なのだ。


 そう、乱馬もこの国のクリスマスの現状に翻弄される憐れな少年の一人でもあった。


 彼の回りはとかく、かしましい。
 己を追い回してくる、久遠寺右京、珊璞、九能小太刀の三人娘は、特筆に値する強腕の持ち主であり、格闘センスも並外れている上、自意識、つまり、思い込みも激しい。
 しかもだ、誰しもが乱馬が己の未来の夫と、強く信じ…いや、思い込んでいる。
 自称、許婚の多さでは他に類を見ない。当人の想いとは裏腹に、周りが勝手に暴走している感があった。
 無論、彼女達は、様々な騒乱の元凶となる。
「俺んちはキリスト教徒じゃねーから、クリスマスは特に祝わない。」と断ったところで、すんなりと納得して引き下がる娘っ子たちではない。
 彼女達に追いたくられるクリスマスイヴはバレンタインデー同様…いやそれ以上にデンジャラスで、迷惑な一日となることは、目に見えていた。

「クリスマスかあ…。たく。何でこんな行事が、日本にのうのうとのさばってるんだろ…。」
 考えれば考えるほど、不可思議だった。純粋なキリスト教徒は人口の一パーセントにも満たないというのにも関わらず、この、盛り上がり方は何なのだろうか?
 いわんや自分の周りに群がる、娘っ子たちの気合の入り方は、一体全体、何なのだろうか?
「俺にとっちゃ、クリスマスなんて…迷惑以外の何でもねーよな…。」
 ぼそっと心から吐きだした。

 三人娘三様…それぞれ、下心、を秘めて、忙しなく、イヴに向かって入念に準備している気配がある。当然、一筋縄ではいかないだろう。

 いや、事実、思っていた以上に、壮烈な戦いが、クリスマス数日前から、既に始まっていた。

☆ ☆ ☆

 乱馬の迷走クリスマスは、いきなり全開だった。

 平成の世の中になって、天皇誕生日が前日の十二月二十三日が休日になって以降、弱冠、クリスマスの様子も変わってきたようだ。既に、昨日の二十三日から、三人娘に執拗に追い回されていた。 

「で?明日のイヴはどうするの?この様子だと、一日追い回されて終わるわね…乱馬君…。」
 クリスマスイヴ前日、猛追を受けて、逃げ惑い、やっとの思いで天道家に戻ってきたところに、なびきが声をかけてきた。息を切らしたまま、玄関先で靴を脱ぎ捨てるや否やの声かけだった。
「かすみお姉ちゃんは今年も家でパーティーするって、早乙女のおばさまと張り切っているようだけど…。みんなで仲良くクリスマスイヴ…って感じにもなりそうにないわよねえ…そのザマじゃあ…。」
 悪魔の微笑みを返しながら、面白がるっているなびきに、ぶすっと切り替えした。
「だから…俺は…誰とも過ごす気はねーって…。断っても断っても、あいつら、全然、俺の言うことなんて、耳に入ってねーんだから…。」
 と荒い息と共に、愚痴を吐き出した。
「修業に行こうと親父たちを誘っても、クリスマスはパーティーだから行かない…などとふざけたことぬかしがるしよ!武道家とクリスマスとどんな関係があるんだよ!ったく!」
 なびきに愚痴を言ったところで、どうなるわけでもあるまいに、ブツブツと独り言のように、苦言が口を吐く。
「ねえ、だったらさー、どう?あたしのプランに乗ってみない?」
 と、これみよがしに、たたみかけてきた。
「あん?」
 問い返した乱馬になびきは、ビジネストークのように、話し始めた。

「イヴってさあ…猫の手も借りたいほど、商業界じゃ忙しいものなのよねー。どう?この際、イヴはアルバイトして過ごしてみない?悪い話じゃないと思うわよ…。」
「アルバイトぉ?俺がかあ?」
 と、きょとんと振り向く。アルバイトなど、せいぜい、コロン婆さんの猫飯店かウっちゃんのお好み焼き店でしかやったことはない。
「もう…これだから…。この世間知らず男は…。」
 なびきは苦笑いしながら、乱馬をじっと見据えた。
「んだとー?」
 ムキになると、最早、なびきのペースへ引き込まれた証拠だ。
「じゃ、端的に聞くけと…あんたさー、クリスマスプレゼントはどうするつもりなの?その分じゃ、用意してないでしょう?…まさか、一緒に過ごすことだけですり抜けようなんて、甘いこと思ってるんじゃないでしょーね?」
 ぎくっと肩が動く。主語は抜けているが、あかねへのプレゼントはどうするのだと、なびきは暗に問いかけている。
「クリスマスなんて…。」
 と口を尖らせて反論しかけると、それを打ち消すようになびきが言葉を重ねた。
「異教徒の行事だから関係ねー、とかバカなこと、言わないわよね?」
 まさに、そう言いかけていたのだから、パクパクと口を開けて言葉を止めた。
「もー、ロマンの欠片も無い男ねー。イヴに許婚をほっておくなんて、サイテー男のやることよ!」
 と全否定された。
「おめーに、ロマンの欠片が無い…とか、サイテー男なんて、言われたかねーぞ…。」
 軽く吐き出す。
「とにかく、イヴに一緒に居られる居られない…は、この際置いておいて…プレゼントの一つくらいは、買ってあげるのが、許婚の定石じゃないの?」
「う…っ…。」
 そう突っ込まれると、有無も言い返せなかった。手痛い所をついてくる。
「ちゃんと、段取りしとかないと…あかねに嫌われても知らないわよー。イヴって女の子には特別な夜なんだからさー。デートを反故にされた上、プレゼント無しなんて…あんな、ガサツな妹でもさあ、夢見る乙女になる聖夜なのよ…わかってる?あんた。」
 突き放すように言われると、ドキリともするものだ。
 ガサツは余計だと言わんばかりに、なびきを睨みつける。
「俺にどうしろっつーんだ?」
 こう切り返してしまえば、もう、なびきの思う壺だ。だが、そのまま、はいはいと何でも聞き入れるのは、シャクだった。故に、一応、含むところを問い質してみる。
「あのよー…大体よー、アルバイトなんかイヴにやってて、大丈夫なのかあ?…イヴになると、殺気立ってるだろうから、「あいつら」の猛攻は半端じゃねーぜ。前日の今日でこれだもんな…。バイト先に迷惑かけて、金儲けも何もありゃしねー…なんてオチになったら、しゃれにならないぜ?その辺り、考えて物言ってるかあ?」
 正論である。
「何偉そうに言ってるのよ…。あんた。」
 なびきがクスッと笑った。
「ま、素顔を出してバイトしたら、そうなるかもしれないけど…。」
 なびきは笑いながら続けた。
「あたしの言うとおりにバイトすれば、三人娘たちからも逃れられるし、お金だって手にできるから、一石二鳥だと思うんだけどなあ…。」
 と迫られると、これまた断りきれないのが、この男の優柔不断なところだ。
「あいつらの猛追から逃れられる手段になるんだったら…教えろてみろよ。聞いてやるよ、真剣に。」
 ボソッと言った。
「じゃ、教えてあげるから、バイト代のうち、そうねえ…。日給八千円…で斡旋量千円貰うってことで、どう?」
 なびきが掌を上に、右手を差し出してきた。
 抜け目無く、斡旋料の要求を先に突きつけてくる。この守銭奴め…という言葉を飲み込みながら言った。
「おいおい、一割以上も取るつもりかあ?この業突く張りめ!」
「当然よ。タダでは教えてあげられないわよ。それとも何?三人娘たちに、一日中、追い回されたい?」
 その言葉に、心が定まった。
「ちぇっ!わかったよ。払うよ。」
「毎度ぉ〜。」
 どうも、なびきの計略にはまったような気もしないでなかったが、三人娘たちの猛追から逃げられるなら、それはそれで良いかと思った自分が、多少情けなかった。
「ねえねえ…それからオプションもあるんだけど…。」
「オプションだあ?」
 声が裏返った。
「クリスマスのとっておきプランよ…。どう?もう千円で相談に乗るわよ…。あかねへのプレゼントの…。」
 にんまりと笑った。
 あかねを引き合いに出されると、つい、うっと考え込む。
「今から準備するのも大変じゃないの?」
 確かに、イヴは目前。今から買いに走るのは、三人娘に狙えと言っているようなもので、大変危険だ。
「わーったよ。追加払えば良いんだな?バイト料出てからだぜ…。今、持ち合わせてねーから。」
 渋々承知する。

「後払いOKよ。じゃ、そこに詳細が書いてあるから…。」
 なびきは、乱馬にメモ片を渡した。

「良い?朝早く、出かけなさいよ。誰にも気づかれないようにしてね。せいぜい、頑張ってね〜。」

 釈然としない想いも、幾許かは残ったが、文句も言えなかった。


☆ ☆ ☆

 はああああっ…。

 思わず漏れた溜め息は、俄かに冷え込んできた夕暮れに映えて、白く浮き上がる。
 
「気温、下がってきやがったのか…。」
 分厚いぬいぐるみを着こんでいるせいで、寒くはない。むしろ、この状態で軽く汗ばんでいる。これが真夏なら、とっくに脱水症状か熱中症で倒れているのではないかと思われる。が、体力にだけは、自信がある。
 着ぐるみを着ていても、身の動きはシャキシャキしていた。
 サンタ帽子をかぶったクマの着ぐるみ。愛嬌のある癒し系の顔立ち。勿論、表情は無い。人気アニメのキャラクターなら、子供たちがキャッキャッとはしゃぐだろうが、そんなプレミア着ぐるみではない。
 キャンデー五個入りの小さなビニール袋を片手に、店に入って来る子供たちを中心に配って回る。
 家電メーカーのロゴの入ったキャンデー袋だ。

 目の前を、見た顔が通り過ぎても、さすがに、着ぐるみの中に乱馬が居るとは思わず、立ち止まることすらしないのは、ありがたかった。三人娘が乱馬を求めて、彷徨う姿を目の当たりにしても、知らん顔でティッシュを配っていれば、着ぐるみの中身が乱馬だと、想像すらつかないようだった。 

「たく…。しつけーな…あいつら…。」
 想い頭部の中から、覗きながら、舌を巻いた。彼女たち三様に、さっきから、何往復して探し回っているのだろうか。
 きっと、天道家に何度も押しかけて、居所を求めているに違いない。
「なびきの言うように、姿を変えてくらますのが一番有効だったな…こりゃ。」
 最初は、着ぐるみは重いし、面倒だし、疲れる…と思ったが、姿を変えると、誰も乱馬と気付かず、寄り付いて来ないので、ありがたかった。

『着ぐるみに包まれていたら、あんただって、誰も気づかないでしょうから、面倒事にも巻き込まれないで済むんじゃないの?』
 というのだ。彼女の目論見どおり、どうやら、着ぐるみバイト作戦は成功だった。
(まあ、この稼業は体力も必要だし、イヴにわざわざやる人材も不足してるのもわかるけどよー…。しかし、なびきめ、どこでこんなアルバイト、見つけて斡旋してきやがったんだろ…。)
 時々思うが、なびきの行動力には、ほとほと感銘させられるのだ。
(まあ…俺はていの良い金づるなんだろーな…。」


 せっせとキャンデーを配りつつ、ふと、横に目をやると、のうのうと太ったパンダが同じ家電量販店の入口にやってきて、おもむろに、キャンデーを配り始めたのが目に入った。

(げ…親父!)

 着ぐるみではなく、生々しい毛皮のパンダだ。パンダの出現に、道行く人は、何事かと足を止めて、見入る。その隙にパンダは、キャンデー入りの小袋を、パッパッと出していくのである。
 胸に赤い蝶ネクタイをして、時々、向けられる、女子たちの写メに付き合っておどけながらも、あれよあれよという間に小袋が無くなっていくではないか。かなりの手練(てだ)れだった。
『そこの同業の方、お互いご精が出ますなあ…。』
 と見慣れた自体で看板をさっと書いて、隣の乱馬に見せる。
 乱馬は、声を発すると己の正体がばれるので、コクンと相打ちをするだけに留めた。
(親父までこんなところでバイトしてやがんのか?)
 思わず苦笑いが零れ落ちる。
(案外…親父もなびきにたきつけられた口かもなー…。)
 乱馬も負けじと黙々と作業をこなす…。が、手練れパンダの比ではなかった。
 パンダ親父は、物の一時間ほどで、たくさんあった箱を全て、配り終えたのだ。

『じゃ、お先に失礼!良いクリスマスイヴを!』
 トンと乱馬の背中を叩くと、パンダはさっさとどこかへ消えて行く。
 その後ろ姿を見送りながら、複雑になってしまった。
(この季節は…オヤジでも金が要るってことか…?にしても…配るの速っ!)
 舌を巻いてしまったほどだ。

 パンダ親父が去って、暫くしてから、行きかう人の合間に、見覚えがある娘の姿を見つけた。あかねだった。
 商店街の交差点の前。渋谷や新宿、池袋といったほどの人の流れはさすがにないが、それでも商店街はそれ相応の人の流れがある。
 三人娘が朝駆けしてくるよりも早くに天道家を出たので、今朝はあかねと顔を合わせていない。今頃、天道家でお家パーティーの準備に勤しんでいるものと、勝手に決め付けていたので、あかねの出現に、多少、驚いてドキッとしてtしまった。
 あかねはマフラーを口元まで巻きつけて、急ぎ足で通り抜ける。
(俺を探している風でもないよな…。誰かと待ち合わせてる…なんてことも…。)
 キョロキョロと人を探している感じでもなかった。
 黙々と灯火の向こうへと消えて行く背中を見送りながら、なんとなく寂しい想いが通り過ぎていく。
(イヴの賑わいは華やかだってーのに…。何で俺は、こんなことしてんだろーな…。)
 そう思った時だった。
「君は、まだ、配り終えていないのかな?」
 肩を叩かれて、ふと我に返った。操元締め、いや、現場監督の家電メーカーから派遣された社員ががにんまりと笑っている。まだ、箱いっぱいにキャンデーが残っていることに、何をやってると言わんばかりに…。
「この仕事はスピードが勝負なんだよ。ライバルメーカーのパンダなんか、さくっと仕事していったの、さっき見たでしょ?君ぃ…。」
 オヤジのことを示唆しているようだった。
「あ…はい。すいません。」
 着ぐるみの重い頭を垂れて謝る。
「さっさと配らないと、バイト料減らすよ。というか、配り終えないと、家には帰さないよ。君だって、クリスマスイヴを一緒に過ごしたい彼女の一人くらい、居るんじゃないの?僕だって、早く帰りたいんだから…。とっとと配っちゃってね!」
 とはっぱをかけられた。
 夕闇が、そろそろ降りてきている。クリスマスのイルミネーションがこれみよがしに光り始める。
 キャンデー配り稼業も、決して楽な仕事ではない。それを身体で感じながら、せっせと人にキャンデーを渡していく。
「これも修行の一環とみれば…。火中天津甘栗拳の要領で配れば良いのかな…。」
 元来の格闘センスは群を抜いていたので、必殺技を通して考えて、やっと、スピードが出始めた。
 さっき、文句を言いにきた上司も
「やればできるじゃないか、君。」
 と褒めてくれたが、あまり嬉しくはなかった。

 何がしかのアルバイト料は、即金で貰った。
 着ぐるみを脱ぐと、三人娘の目に留まるかもしれないので、そのまま、かぶって家路に就くことにしたのだ。
 一応、バイト先には事前になびきに掛け合って貰っていて、明日に返しに行くという算段になっていた。その代わりと言っては何だが、広告マンよろしく、家電メーカーのゲーム機のCM入りの看板を手にかざして、練り歩くことが条件となっていた。その分の時間給も一緒に入っていたようで、予定よりも収入は少しばかり多かった。
 ゆえに、クマさんが街中を歩いているという、ちょっと、奇妙な感じだった。
 道行く人は、何事かと着ぐるみを目で追ったが、一応、企業名が入った看板を片手に持っていたので、特に声をかけられることもなく、交番の横も怪しまれずに通り抜けられた。
(プレゼント…だったよな…。なびきがメモに書いてたのは、…っと、あの店か…。)
 ふと顔を上げて前を見ると、シャンプーがうろついているのが目に入った。着ぐるみを着ているとはいえ、あまり好い気持ちはしなかった。が、ここは、無関心でやり過ごすに限る。
 シャンプーも乱馬が目と鼻の先に居ることも知らずに、キョロキョロと視線を流しながら、明後日の方向へと立ち去って行った。
 ホッと一息吐き出すと、そのまま、目的の店へと足を踏み入れた。

 可愛らしい小物を扱った店だった。

 さすがに、店内の人はギョッとして乱馬を振り返ったが、おもむろに、ポケットから、なびきが手渡してくれた、伝票を差し出した。
『あかねって、これを欲しがってたのよねー。あんたのプレゼントとしては、値段的にも手頃でしょー?あ、あたしが、ちゃんと予約しといたわよ。そのまま、店員さんに伝票見せて、お金払って貰って来なさいね。』
 これが、なびきが言っていた「オプション」だった。
『何か、手際が良すぎて、気持ち悪いんだけどよー…。』
 と戸惑った乱馬に対して、
『だって、可愛い、妹のためだもの…一肌脱ぐわよ。』
『可愛い妹…ねえ…。』

 相手も商売なので、金を払ってもらえるなら、客が着ぐるみだろうと文句は言わない。
「ああ、天道なびきさまからご予約いただいた、ダディーベアでございますね。少々お待ち下さい。」
 と、丁寧に声をかけながら、着ぐるみに応対した。
 喋るのも億劫なので、乱馬は、そのまま、重い頭を垂れて、相槌を打つ。
「こちらですね…。」
 店員が持って現れたのは、掌サイズの可愛らしいクマのぬいぐるみマスコットだった。キーホルダーにもなりそうだし、ストラップにもなるだろう。
(あかねは、こんなのが欲しかったのか…。)
 少しばかり、微笑んだが、勿論、クマの仮面の下、誰も気付かない。
「プ、プレゼント用で包装いたしますか?」
 へりくだりながら、着ぐるみ客人へとたずねる店員に、コクンと合図する。
「おリボンの色は赤色にしましょうか?それとも水色に?」
 赤を指差す。
「少々、お待ちくださいませ…。」
 店員が奥へと入って行くと、ホッとため息を吐き出した。
 一応、前々から何をプレゼントするか考えてはいた。指輪は意味深過ぎるし、ネックレスやペンダントは首輪をプレゼントするようで、少しばかり抵抗があったのだ。
 かといって、あまり高い物は買えないし…。どうしようかと、頭をフル回転させて考えたが、どうしても妙案が思い浮かばなかった。
 それをなびきは見越していたようで、わざわざ、根回ししてくれたようだ。

『ダディーベアって巷じゃ人気があるレア物のテディベアでさあ…そこの店でしか手に入らないのよー。』
 と言っていたことを思い出す。
(女ってわかんねーよなあ…。何でこんなクマが人気あるんだ?)
 事前に予約していたカップルが、ひっきりなしに店に入って来ては、その、ダディーベアを手に目を輝かせてはしゃいでいる。他にもたくさん、ぬいぐるみや小物があるのに、それだけを目指して入って来るカップルがやたら多かった。
 勿論、彼らは、不釣合いなクマの着ぐるみにギョッとするが、テディベアのキャンペーンか何かかと、特に話しかけられることも無かった。

 ガラスウインドウに、着ぐるみが映し出される。その後ろでカップル達が嬉しそうに、ダディーベアを手に取ってはしゃいでいる姿も一緒に映し出される。

(たく…何やってんだろ…俺…。)
 着ぐるみの愛嬌の良い姿を映し出しながら、自嘲気味にため息をまた吐き出す。
 幸せそうに歓談しつつ店から立ち去るカップルたち。あんな風に肩を並べていつかはあいつと歩いてみたいな…。とぼんやりと考えた。

「お客様、お待たせしました…。」
 まだ戸惑いを残しながら、着ぐるみ客へ丁寧に包んだ袋を差し出して来た若い店員。
 乱馬はコクンと会釈すると、プレゼントを貰い、店を出た。自動ドアが開いて、そのまま、街へと再び足を踏み入れる。着ぐるみの出現に、前を歩いていたカップルが、きゃはっと笑いながら指をさしてきたが、何食わぬ顔で、その脇を通り抜ける。人懐っこい子供たちが、こっちに向かって手を振ってきたので、手を振り返しながら、街を再び練り歩き始めた。
 まだ、このまま帰ると、三人娘の餌食になるとも限らない。なびきには、なるだけ遅い方が良いと言われていた。もっとも、高校生なので、あまり夜中にはなれないが、十時半くらいが丁度良いと思った。
 時間潰しがてら、プレゼントはサンタ帽子の中に隠し、CM看板を持って、イルミネーションが綺麗な街角に突っ立って、道行く人々とクリスマスツリーをぼんやりと眺めていた。
 何となく不思議な気分だった。
 自分であって自分で無いような、そんな感じ。知った顔が居ても、着ぐるみとしか映らないようで、当然、挨拶などもしないで通り抜けて行く。辺りはかなり寒くなってきたようなのに、ホコホコと着ぐるみのおかげで暖かい。頭には小さな幸せのプレゼント。どうやって、これをあかねに手渡そうか、妄想が過(よ)ぎる。
 あかねは、プレゼントを喜んでくれるだろうか?サンタのように、寝屋に忍び込んで、靴下にでも入れておいておいてやろうか…。など等。
 幸せな妄想は孤独を癒してくれる。寒い夕も暖かくしてくれる。
 
 街中の電光掲示板に十時の文字が映し出された頃、乱馬はそこを離れた。
 不思議の国から来た住人のように、通いなれた道を抜けて、天道家へと家路を急ぐ。
 クマさんもお帰りの時間だ。

☆ ☆ ☆

 帰宅すると、道場で皆が集って、ドンちゃん騒ぎは佳境を迎えていた。
 
 大人たちは、すでに出来上がっているようで、コップ酒片手に、ワイワイと盛り上がっている。

「あら、クマさん、いらっしゃい。」
 着ぐるみのまま、足を踏み入れた乱馬に、かすみがにこにこと笑いかけてきた。
「おやおや、クマさんが森からお目見えかい?それは愉快だ!」
 酒の臭いをプンプンさせながら、早雲が上機嫌で迎え入れる。脇ではパンダが皿を回している。その前では八宝斎が真っ赤になって踊りまわっていた。

(たく…。この格好でも引かないっつーのは、ある意味、すごい家だな…。天道家は…。)

 変に感銘した。毎度のことながら、ハプニングが耐えないせいか、珍客には慣れっこになってしまっているらしい。

 かすみが吹聴して集めたのか、町内会の人々も一緒に集って、道場狭しとパーティーが繰り広げられている真っ最中だった。
 右京も珊璞も小太刀も、一時休戦しているのか、それとも、乱馬にふられた腹いせか、それぞれ、目の前のご馳走に必死になって食らい付いている。頭がのぼせているのか、着ぐるみが乱馬だと気づくこともなく、せわしなく、ご馳走を口へと放り込んでいくのが、遠巻きに見えた。
(あいつら…酒とか飲んでねーよな…。)
 じっと目を凝らしたが、酒を酌み交わしている風ではなかった。が、やけ酒のようにジュースやウーロン茶を片手に、ぐだぐだとくだを巻いているようにも見える。場の雰囲気に酔っているとでも言うのだろうか。
(うへっ!三人とも、目が据わってやがる…。)
 
 これは、下手に着ぐるみを脱がない方が得策だと、悟った。乱馬に戻る事無く、着ぐるみのまま、その場に居座ることに決めた。
 

(えっと…あかねは…。)
 瞳をめぐらせて、彼女を探した。
 が、どこにもその姿は無かった。いつもなら、かすみやのどかの指示の元、かいがいしく手伝いをしていそうな彼女が居ないのだ。
(あれ?居ないぞ…どこ行ったんだ?)
 小首を傾げながら、見渡した。
(トイレでも行ってるのかな?)
 暫く待ったが、彼女が姿を現すことは無かった。
(まさか…他の誰かがあかねを連れ出したとか…。九能とか良牙とか…。)
 九能は場末でスイカを割っているし、良牙はあかりちゃんとさしつさされつ、ご馳走を食べている姿が目に入る。
 夕刻、街角であかねを見たことを思い出す。急ぎ足で通り過ぎたあかね。
(誰か別の奴が、あかねを連れ出したとか…。まさかな…。)
 元々ヤキモチ妬きの乱馬だ。猜疑心が頭を駆け巡る。
 なびきの手引きとはいえ、一応、クリスマスプレゼントはある。それなのに、渡すべき相手が見当たらない。焦るなというのが無理な注文だろう。

(落ち着け!俺っ!)
 着ぐるみのほっぺを、両側からタンタン叩いた。何やってるの?となびきが意味深に視線を飛ばしてきたのと出会う。彼女は乱馬を見据えながら、料理へと視線を流していた。

(料理?あ…そっか、料理見たら、あかねが居るかどうかわかるか!)

 乱馬は思い直して、並んでいるご馳走を見渡した。あかねが居るか居ないかは、並んだご馳走を見ればわかる、そう思ったのだ。
 残念ながら、あかねが作った料理を見出すことができなかった。 
 こんな場には、必ずと言って良いほど、彼女が作った料理が並ぶものだ。空気を読まず、迷惑を顧みず、料理を作るのだ。彼女の作った料理は、形の歪(いびつ)な色とりどりの変てこな物体と成り果てる。が、いつもは、必ずご馳走の中に並んで居座る、へんてこな彼女の創作料理の皿が、この場に一つも並んでいない。

 ……ということは、やっぱり、このパーティーは欠席しているのか。
(う…やっぱ、俺が留守してる間に何かあったのかな…。)

 急に不安になってきた。

 あかねをすっぽかして、ヤキモキさせるのは、たいていは自分の方なのに、今夜は違う。
(あかねも、きっと、いつもこんな気持ちで俺を待ってたり、探してたりするのかよ…。)
 柱時計はとっくに十一時を回っていた。宴たけなわ、そろそろ未成年の客人は帰宅し始めている。三人娘は既に乱馬の争奪戦を諦めたのか、それとも、昨日からの争奪戦に疲れたのか、道場の床に突っ伏して、コクリコクリと舟をこぎ始めている。
 父親たちもすっかり出来上がっていて、八宝斎共々、己を見失ったまま、ドンちゃん騒いでいる。
 その周りで、主婦のかすみやのどかが、食い散らかした食器や食べかすを片付け始めていた。
 
 乱馬は、一人、ポツンとパーティーからはじき出されたような疎外感を持ち始めていた。
 時間の経過と共に、不安はだんだんに大きくなっていく。

 と、のどかが近寄ってきて、ポンと着ぐるみの肩を叩いた。

「あかねちゃんなら、部屋で休んでいるわよ…。」
 その問いかけに、エッという表情を浮かべた。
(休んでいる?)
 息を飲み込むと、動作が止まった。無言のまま、しばし放心。
「風邪気味でちょっと熱があるみたいなの…。」
(風邪?…あいつが?)
「夕方にはお医者さんに行って、お薬も貰っていたから、ずっと寝ているのよ…。」
 乱馬が聞きたいことを、独り言のように語り掛けるのどかだった。
 
(…そっか、夕方、街中で見かけたのは…医者へ行ってたのか…。)
 あかねの夕方の行動と、この場に居ない理由が、一本に繋がった。
 戸惑ったまま動かない着ぐるみの背中を、のどかが、トンと押し出した。
「ほら…あかねちゃん、一人じゃ寂しいでしょ?クマさん…。今日はイヴなんだから…ね?」

 その言葉に、くるりと回れ右をして、宴会場…もとい、道場を後にする。
 と、道場の脇で、かすみさんがにこにこしながら、はいっと料理が乗った皿を差し出して来た。
「あの子、何も食べていないから…。一緒に食べてあげてね…。乱馬君のも一緒に乗せておくからね。」
 切り分けられたクリスマスチキンなど、ご馳走をかき集めて盛られた皿だった。
 乱馬はコクンと頭を垂れると、それを受け取り、母屋へ急いだ。

 外はさっきよりも冷え込んでいて、着ぐるみ越しからも冷気が流れ込んでくる。澄んだ空気に星たちも、キラキラときらめいている。天上には冬の大三角形が、クマさんを見下ろしながら照らしつけてきた。
 時々、歓声が漏れてくる道場とは対照的に、母屋は静かだった。時折、かすみやのどかが、飲み物や料理のお代わりを持って行き来している台所以外は一切、灯が燈っていない。
 勝手口から上がって、台所を抜けると、シンと暗闇が辺りを包み込んでいる。人気がない家の中は冷やっこい。両手がご馳走でふさがっているので、電灯もつけずに上がりこんだ。勝手知ったる天道家。しかも、修行の成果もあり、夜目に慣れるのは比較的人よりは早い方だ。それでも、うっかりつまずいてご馳走をばら撒いては大変なので、丁寧に、暗がりを進んで行った。
 着ぐるみのまま、二階へと上がる。いつもより着ぐるみ分体重が重いせいか、それとも、ご馳走を持ったままのバランスが難しいのか、足音がトントントンと大きく響き渡るような気がした。木の階段もいつもよりきしんでギイギイ鳴った。
 真ん中をゆっくりと登りつめる。
 二階の奥まったところに、あかねの部屋がある。勿論、二階に人影は無い。
 どうしようか、扉の外で少し迷ったが、片手にご馳走皿をしっかりと持つと、空いた手で意を決してドアノブへと手をかけた。

 キイイッときしんだ音がして、扉が開く。
 ルームライトの光が、淡く室内を照らし出す。
 上の電灯をつけるのも気が引けて、そのまま、中へと足を踏み入れた。

 その部屋の主は、淡い灯火の下、ベッドに潜り込んでいた。
 
 無言のまま、ゆっくりと近づく。

「誰?」
 ベッドの中から声が響いた。
 
 目を凝らして見上げてる円らな瞳は、クマの着ぐるみの姿を見つけて、キョトンと数回、瞬きをした。そして、プッと噴出した。勿論、彼女には、すぐにクマの正体がわかったようだ。

「何が可笑しいんでー!」
 つい、そう吐き出してしまった。ずっと沈黙で通してきたので、久しぶりの人語だった。

「だって…。あんまり、可愛くないんだもの…。その。クマさん…。」
 と指を差してケラケラと笑い始めた。

「あまり可愛くねーだって?無礼者っ!」
 不機嫌そうな声でクマから話しかける。

「でも…なんだか…似合ってるわ…。」

「あまり可愛くねーのに似合うってのは、どういう了見だ?」
 怒ったふりして、ご馳走を勉強机の上に乗せながら返答する。

「でも…何?何でクマさんなの?」
 と問いかけてきた。
「アルバイトしてたんだ。働いてきたんだぜ。」
 と軽く返答した。
「アルバイト?あんたが?」
 少しばかり、懐疑的な瞳が向けられた。
「悪いか!俺だって、バイトの一つや二つ、することがあるんだよ!」
「イヴなのに?」
「イヴだからバイトしてたの!」
 そう言いながら、もそもそと着ぐるみのサンタ帽子へと手を入れて、小さな包みをあかねの前に差し出した。
「どーしてイヴにクマの格好でバイトしてたの?」
 あかねは興味津々、問いかけてきた。ずっと夕刻からパーティーをキャンセルして寝て過ごしていたから、人恋しかったのかもしれない。
「この格好だったら、あいつらから目を反らせられるって言ってよー、なびきのヤツが斡旋してきやがったから、乗っかったんだよ。悪いか!」
 と言い放った。
「ふーん…。じゃあ、今日は、珊璞たちと一緒に、追いかけっこ楽しんでたんじゃないんだ…。」
 少しばかりホッとした表情をあかねは浮かべた。
「もしかして…。またヤキモチやきながら、悶々としてたのか?」
 からかい口調の乱馬の言葉に、ぷいっと横を向くあかね。どうやら、痛いところを突かれたらしい。
「うるさいわねー!調子悪かったんだから!」
 
「ほれ!受け取れっ!」
 トンと、あかねの掌へと、包みを乗せた。

「え?」
 思わぬクマの行動に、あかねは目を見開いた。
「今夜はイヴだろ?だから…その…プレゼントだ!ありがたく思えっ!」
 どうしても横柄な言い方になってしまう。
「これ買うのに、クマになってたんだぜ!」
「何か、恩着せがましくって偉そうね…クマさん。」
 そう言いながら、少し物憂げな表情を見せた。
「ごめんね…あたしからは、無いの…。朝から熱っぽくて…。」
「朝から具合悪かったのか?」
 とクマ身を乗り出す。
「うん…。起き上がるのが億劫なくらい…。折角のクリスマスイヴなのに…。」
「そっか…俺は今朝、早かったからな…。」
「ホント…クリスマスイヴなのに…馬鹿みたい…。」
「こ…こら、泣くなっ!」
 ほろっとしかかったあかねに、クマが、慌てた。
 
「いいから、泣くなって…。べ、別に、俺はプレゼントなんか、要らねーから。そ、その…。クマだから…。」
 最早、何を口走っているかもわからない状況。その、言い方が可笑しかったのだろう。泣きかけた瞳が、明るく笑った。
「いいから…開けてみろよ…。」
 と促した。とにかく、泣かれることに慣れない彼は、あかねを涙から遠ざけたかった。

「うん…。」
 あかねは大きくうなずくと、リボンを解いた。不器用ゆえ、絡み付いて取れない。
「だあっ!たく、てめーは不器用だな。貸せっ!」
 思わず、クマの手を差し出して、ほどこうとするが、分厚いクマ手はもっと心許ない。
「あんたも駄目じゃん!クマさん。」
 ケラケラとあかねが笑った。
 二人で格闘すること数分。リボンがほどけ、包みが開く。大きく瞳も一緒に見開いた。
「わあっ!」
 あかねが小さく歓声をあげた。
「これ…。ダディーベアじゃない!」
 と目を輝かせた。
「欲しかったんだー…。」
 と胸にぎゅっと抱きしめる。
「そっか…。」
 クマの着ぐるみを着ていて、良かったと思った。顔は真っ赤に熟れて汗ばんでいる。その表情をあかねに見られるのは、男として少しばかり照れ臭い。
「良くわかったよね…。あたしの欲しい物。」
 キラキラ輝く瞳に、
「な…なびきに相談したら、それが良いって…。ごめん、自分では思いつかなかった…クマだから…。」

「もー、何でもクマのせいにしないでよ。」
「うるせー!」
「でも…嬉しい。」
 ぎゅうっとぬいぐるみを握りしめる姿に、少しばかり嫉妬心を描く、複雑な男心。ぬいぐるみを握りしめるより、自分を抱きしめて欲しい…などと、思ったが、勿論、口に出来るはずがない。

「あのさ…。このぬいぐるみのサイドストーリー…知ってる?」
 あかねが語りかけてきた。
「サイドストーリー?」
「…そーよね…知らないわよね。」
 まだ、ぎゅっとしながら、あかねが話しかけた。

「これね、とある外国絵本のクマのキャラクターがね、旅立つ恋人の無事を祈って、自分をかたどって手作りして作ってプレゼントしたって、そんなサイドストーリーがあるのよ。
 でね…。プレゼントされた恋人はぬいぐるみと共に旅をして、無事に戻ってきて、結婚したって…そんなお話があるの。そのストーリーを元に、ぬいぐるみ会社が作って売り出したら、大人気になって…。
 クリスマスバージョンやバレンタインバージョン、ホワイトデーバージョンなんかがあって、それぞれ引っぱりダコのプレミアムグッズなぬいぐるみなのよ。知ってた?」
「へえ…。そんな話は知らねーや。」
 と言いつつも、店にやたら、カップルで買いに来る連中が多かった訳が、何となくわかった。とかく、女の子はこういう話に弱い。恋人にねだって、サイドプレゼントに買ってもらっていく…店内がそんな感じだったことを、今になって思い出していた。

「だろーな…。そんな話知ってたら、買えないもんねー、シャイなクマさんは…。」
「なっ!何だとぉ?」
 と強く言い返す。

「そっかー、なびきお姉ちゃんが気を利かせてくれたんだ…。」
 ぬいぐるみの頭を撫でながら、嬉しそうにあかねが言ったのを受けて、少しムッとなりなる、クマ。
「おい、プレゼントしたのは俺だぜ!なびきじゃねーんだから!」

「…わかってるよ…だから嬉しいんだってばー。なびきお姉ちゃんから貰ったって、嬉しさは半減だもの。たとえ、これがプレミアムグッズでもね。」

「あん?」

「だから…特別な人から、特別な日にプレゼントされると…その恋は成就するのよ…。つまり…プレゼントしてくれた人と…ずっと一緒に居られるの。そういう、願いがこめて贈り贈られる小さなぬいぐるみなの…。」

 そして、あかねはぎゅっとぬいぐるみを胸で握りしめると、そのまま、意を決して、背伸びした。
「ありがと…。クマさん…。」

 開いたままのぬいぐるみの口元に、そっと触れてくる唇。勿論、本物の唇に触れたわけではなかったが、クマのまま、乱馬はすっかり硬直状態。体中の間接が、一斉に固まって、瞬時に血が全身を駆け巡っていく…そんな感覚に囚われた。いや、本当に湯気が頭から湧き上がったのではないかと、自分で思ったくらい、真っ赤に熟れていただろう。

「メリー★クマスマス…ね。」

 そんな可愛らしい声が耳元で聞こえたような気がする。

 クリスマスプレゼントは人を暖かく、そして幸せにするものが一番。たとえ、形はどうであれ。
 好きな人と一緒に居られる幸せが、本当は一番なのかもしれない。
 柔らかな幸せを噛み締めながら、ずっと、固まり続ける乱馬であった。



☆ ☆ ☆

「たく…。本当に、ウブなんだから…。」

 なびきはその瞬間を捉えたフォトグラフィーを出しながらくすっと笑った。決定的瞬間が撮れるかもしれないと、こそっと隠しておいたカメラに写っていた画像。別に、義弟をゆすろうとか思った訳ではなかったのだが…。このくらいの茶目っ気は良いだろうと、仕掛けておいたのだ。

 あかねにキスされるクマと、それから放心状態で立ち尽くす着ぐるみクマの画像。その二点セットだった。

「あのまま、数十分、固まってたのよねー、あんた。」
 斡旋料を払いに来た乱馬に手渡しながら、そんな言葉を吐き出した。

「てめー…油断も隙もねーヤツだな!」
 その写真を受け取りながら、顔を真っ赤にする乱馬がそこに居た。
「ゆすりの材料にする気もなくなったから、あんたにあげたんじゃない。」
 とにんまりと笑う。
「ほんと、普通、あそこで、ちゃんと着ぐるみ取って、キスしてあげる場面でしょーが…。なのに、あんたときたら…。立ち尽くしたまんまだったものねー。かすみお姉ちゃんがクリスマスケーキを持って来なかったら、もしかして、一晩中、あかねの部屋で立ち尽くしてたんじゃないのぉ?」
 ゲラゲラと笑う。
「うるせー!からかうなっ!」
 そうなのだ。あれから数分後、食後のケーキと思って、気を利かせたかすみが、暖かい飲み物と共に切り分けたケーキを持って上がってきたのだが、そこに、そのまま、突っ立っていたクマ。
 あかねもぬいぐるみをぎゅっと握りしめたまま、ベッドにたたずんでいたという。

「ほんと、あんたって、肉食系男子かと思ってたけど…草食系にもなんないわねー…。もしかして、植物系?…岩石系かもね。」
 そう言いながら、なびきがケラケラと笑った。

「やかましー!」
 居たたまれなくなって、写真を鷲掴みにすると、乱馬はバタンと扉を閉めて、なびきの部屋を出た。


 その後姿を眺めながら、なびきは一人、呟いた。
「ま…それが、あんたらしいところなのよね。乱馬君。
 ふふ、今度あかねの部屋に入ったら、もっとびっくりするかもね。去年あんたがあげたフォトフレームに入れて、世紀のクマさんとのキス写真がばっちり飾ってあるんだから…。」
 つっと、曇った空を眺めながら、ため息を吐く。
「ホント、あんたたちって、傍から見てると、際限の無いバカップルなのよねー。…ま、もうちょっと、楽しんで稼がせてもらおうっと…。次はお正月ね…。どうやって、たきつけてみるかなー…。」

 見上げたクリスマスの空は、水色。暖かな日差しが、窓辺へと注ぎ込まれていた。



 完


2009年12月作品



 掲載していたかどうか、自信が無い二年前のクリスマス作品。
 プレゼントの定礎になったのは、某テーマパークのダッ●ィーベアです。ミ●ーちゃんがミッ●ーが船旅をする際に、寂しくないようにと手作りしてプレゼントしたという曰く付きの、ミッ●キーフリークなら要チェックのアレです…。

 あ…人形といえば、うる星やつら…にもありましたよね。ラムちゃんが作ってあたるに託した自分の人形。
 


(c)Copyright 2000-2011 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。