◇八宝斎の穏やかな午後



 一月の下旬というのに、上々の天気。
 春にはまだ遠いのに、ポカポカ、ポカポカと暖かい。冬の中休みのような穏やかな気候の日だった。

「いやあああーっ!」
「キャアーーーッ!」

 その平和な放課後を引き裂かんばかりの女生徒の黄色い声が、ここ、風林館高校で湧きあがった。
 場所は体育館裏の女子更衣室。丁度、部活をするために集まったバレー部の女子たちが、ユニフォームに着替えている真っ最中だった。

「何、すんのよーっ!」
「何?この爺さんっ!」
「また、来たわねーっ!変態じじいっ!」
「あたしのブラジャー返してよっ!」

 ビョンビョンと縦横無尽に動き回る、黒い人影。

「おおっ!すぅぃーと!何と芳(かぐわ)しき女子高生の移り香よ〜♪」
 
 繰り出されるブルマ姿の女子バレー部員たちの攻撃をかわしながら、ひょいひょいと狭い更衣室を逃げまどう。戦利品を次々と今頃流行らない「緑色唐草模様の風呂敷き」へと放り込むと、窓からひょいっと外へ飛び出した。

「わーい、わーい…。全部、ワシのじゃもんねー!」
 明るく笑いをふりまきながら、グラウンドの方へと遠ざかる。

 勿論、女子たちも黙って見過ごす訳ではない。
 着替え終わった女子たちが、一斉に、ホウキ、チリトリ、モップ、バケツなどの飛び道具、もとい、掃除道具などを手に追い始める。
「誰かーっ!捕まえてーっ!」
「下着ドロボーッ!」
「変態じじいーっ!」
 口々に騒ぎたてながら、校内を疾走する。


「ねえ、乱馬…。あれ…。」
「ん?」
 あかねに促されて、乱馬は声がする方を振り返った。
 下校するため、丁度、昇降口から下ばきに履き替えて、出て来たところだった。

「たく…。じじいめ…。また、やってやがるのか…。」
 フツッと漏れる言葉。
「放って置く気?」
「まさかっ!放って置いたら、無差別格闘流の名折れだろ…。」
 背負っていた通学かばんをあかねへ投げると、ダッと駆け出した。
 赤いチャイナ服に黒いズボン。いつものいでたちだ。身軽で動き易い。

「ちょっと、それ貸してくれ。」
 乱馬は飛びだし際、校舎の脇で出くわした、野球部員から、木製バットと硬球を借り受けた。
 それから、ポンッとボールを軽く上に投げる。

 カッパーン!

 勢い良く、ボールがバットから打ち上げられる。
 乱馬は並みの運動神経の持ち主ではない。ボールは校庭を逃げまどう爺さん目掛けて襲いかかる。

「おっと!危ないっ!」
 寸(すん)ででボールの強襲に気付いた爺さんは、ひょいっと身を避けた。

 ギュ―ンとボールは晴天を突き抜けて、グラウンドへと飛んで行く。

「ちぇっ!一発目は外したか…。」
 勿論、一発で仕留められる相手では無いことは百も承知だ。
「ま、まだ獲物(ボール)はたくさんあるし…。ほっ、次々、行くぜっ!」

 カキューン、カキューン!

 乱馬は横に置かれたボール籠から硬球を引きあげると、逃げ惑う爺さん目掛けて、千本ノックさながらに連打していく。下手な鉄砲、数打ちゃ当たる…的な精神だ。


「おっと小癪なっ!」
 爺さんはギラリと飛んでくるボールへと狙いを定めた。
「がははは、どこを狙っておるっ!全然、当たらんわーいっ!」
 爺さんは器用に飛んでくるボールを避けながら、お尻を叩いて煽って来る。

「むかつく奴だな…。こなくそっ!」
 乱馬もムキになって、カッコーン、カッコーンとボールを浴びせかける。
「でいっ、でいっ、でいっ、でいっ!」
 バッドを縦横無尽に振り回し続ける。


「がっはっは!こんなへなちょこボールになんか、絶対に当たってやんないもんねー!」


 ゴオオーッ!
 そう言った爺さんの頭上から、大きな影が降りて来る。
 ハッとして振り返ると、人の倍はあろうかという岩の塊が、爺さん目掛けて流れ飛んでくる。

「げええっ!」
 さすがの爺さんも焦ったようだ。しかも、見事な不意打ち。

 ズズーンッ!

 岩は見事に爺さんの真上から着地する。
 持っていた唐草模様の風呂敷から、女子生徒達から奪い取った「戦利品(下着)」が投げ出された。

「やったわっ!」
 その背後から、得意げな声が聞こえた。
 あかねである。爺さんが彼女は乱馬の打ち込む硬球に気を取られている間に、どこから引っ張り出して来たのか、岩を持ち上げてそのまま投げつけたのである。
 見事な連携プレイであった。

「ははは…あかねの馬鹿力はさすがだな…。」
 思わず止めたバットを片手に、乱馬が苦笑を投げつける。

「目には目を歯には歯をよ…。それより、今のうちよ、乱馬ッ!お爺ちゃんを捕まえて。」
 あかねは岩の下敷きになって目を回している爺さん指差して見せた。

「ああ…。」
 そう言いながら、乱馬が岩を取り除こうとしてハッとした。
 爺さんと思っていたのが、木の塊に化けていたからだ。
「クソッ!変わり身の術か?」
 そう言葉を投げ返した途端、ドヒューンとあかねの傍らを黒い影が通り過ぎて行った。

「きゃああっ!イヤン!」
 通り際に、見事、あかねのスカートを思い切りめくり上げて行く。

「あっかねちゅわーん!今日はイチゴパンチィーかのー。スィートっ!似合っとるぞっ!」
 と言葉を投げることも忘れない。

「なっ!何するのよーっ!」
 当然あかねは真っ赤になって、爺さんへと声を荒げた。
 暫し、目を点にしたまま、あかねの方を見やる乱馬。健康な男子だ。つい、あかねのめくれ上がったスカートの中身へと視線が凍りついたのだった。
 その気配に気がついたあかねは、真っ赤になって叫び倒した。
「ばかーっ!何、凝視してるのよっ!とっととお爺さんを追いかけんかいっ!」
 一緒に石つぶても飛んでくる。

「おっと、いけねーっ!」
 その言葉に我に返った乱馬。
「待て―ッ!クソじじいっー!」
 遠ざかる爺さんを追い始めた。

「待てと言われて待つ馬鹿など、おらんわいーっ!ベロベロビーッ!」
 憎々しげにアカンベ―を投げかけながら、縦横無尽、グランドを走り回る。

 あかねの周りに、爺さんに下着を盗られた女子生徒たちが群がる。
「あかね、ありがとー!」
「下着を変態爺さんから取り戻してくれたのね。」
 風呂敷包みから下着を取り分けながら、あかねへと声をかけている。
「お爺さんは取り逃がしちゃったけど…。」
 あかねは苦笑いを浮かべながらそれに対する。
「下着を取り戻してくれただけで「御(おん)の字」よ。」
「ホント…。いつもいつもあの変態爺さんったら…。」
「油断も隙も無い…。」
 グラウンドで追っかけっこをやっている爺さんと乱馬を眺めながら、口々に言葉を吐きつける。


 ムキになった乱馬は、執拗に爺さんを追いすがっていた。
「じじいっ!今日という今日は、絶対に捕まえてやるぜっ!」
 距離をとりつつも、若者と年寄のパワーの違いだろうか。だんだんに爺さんのパワーが落ち始める。
「たく…おまえもしつこいのー…乱馬よっ!」
「ほほー…。パワーが落ちてきたじゃねーか、じじいっ!」
 ニッと乱馬はほくそ笑んだ。爺さんの息が上がり始めている気配を察したのである。
「年は…とりたくはないもんじゃ…。」
 もつれるように足が遅くなり始める。



「乱馬君…お爺さんに追いついたみたいね。」
「うん…。さすがに体力の差が歴然と現れてきたみたいね。」
「捕まるのも時間の問題ね。あかね。」
 遠ざかる二人の影を目で追いながら、女子運動部員たちはあかねへと声をかけた。
 その声を背後に、じっと二人を見詰め続けるあかね。
「そう…上手い具合に行くかしら…。」
 と半信半疑の言葉を吐き出す。
「あら…許婚の腕を信じないの?」
「どう見たって乱馬君、優勢よ?」
 不思議そうに女子部員たちはあかねへと言葉を吐き継ぐ。
「相手が…八宝斎のお爺ちゃんだもの…。紛いなりにも、元祖無差別格闘流の創始者にして、乱馬の不肖の師匠だもの…。」
「師匠って言っても、相当のお年を召してるわよ?」
「百歳近いんでしょ?」
「まー、そーだけど…。」



「へへっ、じじいっ!足がもつれて来たぜ。」
 乱馬は背後を追いながら、爺さんへと言葉を投げた。

「何の…これしき…。まだ、ワシには奥の手がある!」
 そう言いながら、ゴソゴソと胸元をまさぐり始めた。探し当てるは、爆弾花火だ。

「往生際の悪い爺さんだな…。八宝大華輪を繰り出すつもりだな?」

「その通りじゃ!喰らえ、最大級的八宝大華輪!」
 懐のどこに、どういう風に忍ばせていたのか、八宝斎の倍ほどあろうかという、爆弾花火を、乱馬目掛けて投げつけた。

 ヒュルヒュルヒュルヒュル…。

 大きな塊が、爺さんの手元から投げつけられてくる。


「おっと…その手はお見通しでいっ!」
 乱馬はそう吐きつけると、スッとその影から受け身を取りながら、ダンと地面を思い切り深く蹴った。
「玉より上空へ逃げれば良いんだよっと!」
 何度も何度も「八宝大華輪」の餌食になって来た経験上、どうかわせば良いか、彼なりに返し方を修得していたのだ。
 花火より上空へ飛びあがったところで、轟く爆裂音。

 ちゅどーん!

 破裂音と共に、花火と爆風が弾け飛んだ。

「けっ!当たらなかったら、実害はねーんだっ!」
 乱馬は得意満面、爆裂を上空から見下ろしていた。
 彼に失態があるとすれば、そこに油断が生じたことだろう。

「ふふふ…。未熟者め…。かわせただけで安心しよって!」
 乱馬の更に上空から、爺さんの声が響いて来た。

「なっ!何?」
 その声に驚いて、上空を見上げた時だった。

「喰らえーっ!元祖、無差別格闘必殺奥義!八宝大華輪っ乱れ落としーっ!」
 背後の至近距離からもう一発、特大級八宝大華輪を投げ込まれたから堪らない。

 どーんっ!

 火の玉と共に、轟音が弾け飛ぶ。その爆風に煽られるように、落下していく。反撃を繰り出す暇も無かった。

「うわああああーっ!」
 背中から地面へと落下して行く。

「それ、とどめじゃーっ!」
 右手の人差し指を突き立てて、爺さんは乱馬へと上空から襲いかかって来た。その速さたるや、隼の如く。
 突き出された指によって、更に落下スピードが増した。真っ逆さまに落ちた。


 ドッボーン!
 
 激しい水柱が上がった。

「あっちゃー…やっぱり…やられちゃった…みたいね…。」
 その水柱を見ながら、あかねはフウッと息を吐きだした。

 そう、乱馬が落下したのは、幸か不幸か、プールだったのである。

 真冬とはいえ、プールには水が張ってある。というのも、プールは元々、水を張った状態を保つように強度が設計されて建造されている。故に、水を完全に抜いたまま数日も放っておくと、強度が変わり崩壊を招きかねないのだ。それに、防火水槽の役割を持っていることも多い。故に、夏場が過ぎても水は張られたままなのである。

 下が地面で無く、水であったとしても、決して助かったと思うことなかれ。
 穏やかな冬の陽気とはいえ、真冬だ。氷こそ張っていないが、水温はかなり低い。無論、乱馬の場合それだけではすまされぬ「身体の事情」がある。

「ち…冷(ち)めてーっ!」
 冷水から這い上がって来た時、案の定、乱馬は女体へと変化を遂げていた。呪泉の呪いはまだ現役で、相変わらず、「半分女の身体」を引きずっていた。
 八宝斎の爺さんは「確信犯」だったのである。体力に限界が来たと見せかけて、ふらふらと足取り軽く、乱馬を水辺へと誘導したようだ。
 それが証拠に、乱馬が女へと変化した途端、態度を翻した。

「おおー、これは、麗しき女体のらんまちゅわーん!」
 這い上がり際、すかさず、抱きつく爺さん。ずぶ濡れになっていることなど、毛の先も気にしていない様子だった。
「久しぶりじゃのー…。こんなに濡れて…。ワシが拭いてあげよーかのー。」
「こらっ!これのどこが拭いてるんでーっ!」
「すりすりすり…、ふきふきふき…。おお、芳しき乙女の濡れた肌…。」
「気色悪い…こらっ!じじいっ!離れろーっ!」
 涙目になりながら、乱馬は背後からぴったりと張り付いてくる爺さんに言葉を投げる。
「嫌じゃもんねー。宝の下着が無くなった分、しっかり貴様の身体で楽しませて貰うもんねー。げへ…げへへへへ…。」

「やめろー!この変態じじい――っ!」

 女乱馬の悲痛な雄叫びが轟き渡った。



☆★☆



「たく…。ひでぇ―目にあったぜ…。」
 乱馬はゴシゴシとバスタオルで濡れた頭をしごきながら、風呂場から出て来た。
 帰宅するや否や、熱いシャワーを浴びて、男に戻っていた。

「お爺ちゃんにこっぴどくやられちゃったものねー。でも、バレー部の女子部員(みんな)は感謝してたわよ。下着が取り戻せたって…。」
 あかねがチラッと乱馬を見やりながら言った。逞しい鎖骨から胸板へ滴(したた)り落ちる水滴は、女心がドキンと高鳴る魅惑がある。少しときめいたことを隠すように、さっと視線を横へと流す。

「感謝されても、負けは負けだからな…。クッソー、うっとうしい!」
 あかねの高揚など全く気付かぬまま、あからさまに不機嫌な顔をしてみせる。

「あんたが、お爺ちゃんを百発百中しとめるまで、まだまだかかりそーだわよねー。」
 苦笑いを浮かべながらあかねがそれに応じた。
「たく…化け物じみたじじいだぜ…。」


 並んで茶の間に入ろうとすると、部屋の中ほどに座していたかすみが、「し―っ」と、口に人差指を当てる真似をした。
 静かにしなさい…という暗黙の合図だ。


 その様子に、疑問符を脳内に描きながら、乱馬とあかねは、かすみが黙って指をさした方向へと瞳を巡らせる。
 それは「縁側」だった。かすみの指は、まだ、少し夕陽の陽だまりが降りている中、干してある敷蒲団の上をさした。

 良く見ると、八宝斎の爺さんが、大の字に転がって眠っていた。スーピース―ピーと寝息が聞こえて来る。

「じじい…。」
 乱馬が小さく声を出した。
 放課後散々な目にあわされた乱馬だ。八宝斎を認めると、ギュッと拳を握った。

「ダメよ…乱馬君。疲れているご様子だから、もうしばらくそっとしておいてあげてくれるかしら…。」
 かすみがそんな言葉を乱馬へと投げかけた。乱馬の心が荒ぶるのを、敏感に察したのだろう。かすみは鈍そうに見えて、本当は鋭い観察眼の持ち主なのかもしれない。

「お爺ちゃん、夕方、帰って来てから、あの通り、お昼寝なさってるのよ…。よっぽどお疲れになっているみたいなの…。干しているのはお爺ちゃんの蒲団だし…。あのまま少し寝かせておいてくれるかしら…。」
 心根の優しいかすみが諭すように囁きかける。

「ま…あれだけ暴れたら疲れるかもしれないけど…。」
 あかねが苦笑いを浮かべながら、かすみへと返した。

「それに…まだ、お洗濯ものを取り込んだばかりで、たたみ終わっていないから…。ね?乱馬君…。」
 と、洗濯かごに溢れている洗濯物を指差した。天道三姉妹のパンティーやらブラジャーも当然のことながら入っている。このまま爺さんを起こしたら、それを持ってどこかへトンズラされるかもしれないという危惧を、この天道家の主婦の長姉は案じている様子でもあった。

「…わかりました…。」
 渋々乱馬はかすみの言に従った。暴れん坊の乱馬とはいえども、かすみの言には逆らえなかった。ほっこりとしたかすみの笑顔の中に、そこはかとない「凄み」を何となく察したからだ。
 天道家の家事一切を預かるこの長姉には、あかねやなびきにはない「貫禄」がある。「菩薩のかすみさん」という異名まで持つ穏やかで決して怒らない彼女ではあったが、得体の知れなさがどこかに潜んでいるのだ。
 眠りこけている八宝斎の爺さんですら、何故か、かすみにはあまり直接的な手を出さない。絡(から)むのは決まってなびきかあかね。それも、頻度の高さから言えば、乱馬の次にあかねに絡むのである。

「ほんと、今日はお天気だったわねー。」
 そんな言葉を吐きだしながら、かすみが洗濯物を次々にたたみあげて行く。

「このまま、冬が終わってくれたら良いのに…。」
 つられてあかねも、ポツンと言った。
「んな訳(わきゃ)、ねーだろ…。まだ二月にも入ってねーのによ…。」
「そりゃまーそうだけど…。」
「桜の季節にはまだ早いぜ…。」

 ほっこりと、夕暮れが迫って来る。
 だんだんに陽の光が失われてくる。陽が落ちてしまえば、それなりに冷えて来るだろう。
 乱馬も黒ランだけでは寒くなり、赤いチャイナ上着を羽織った。

「ったく…散々昼間は暴れまくってたくせに…。こうやって眠ってたら、ただの爺さんだな…。とても、迷惑エロじじいには見えねーぜ…。」
 八宝斎が身じろぎもしないで眠りこけている様子を見ながら、乱馬が吐き出した。
「ねえ…八宝斎のお爺ちゃんって、幾つくらいなのかな?」
 あかねが問いかけた。
「さーな…。気にかけたこともねーけど…。」
「シャンプーの曾おばあさんとどっこいどっこいなのよね?」
「多分な…。」
「曾おばあさんなら……最低でも八十歳は越えているわねー。」
「早婚だったとしても、八十は越えてるだろーな…。案外、百なんて軽く越えてるかもしんねーし…。」
「そんなお爺ちゃんに負けるんだ…乱馬ったら…。」
「うるせーよ…。人間、年と共に力が衰えても、長けて来る部分があるんだよ…。ずる賢くなるっつーか…。」
「でも…こうやって眠っていたら、ただのお爺ちゃんよね…。どんな世界を生き抜いて来たんだろーね…。八宝斎のお爺ちゃんって…。」
「只者じゃねーことだけは確かだけどな…。呪泉郷とかにも出没してたみてーだから…かなりハードだったんじゃねーのか?
「そーよね…。小さい身体のどこにあれだけのパワーがあるか不思議だし…。」
「不死身だな…。親父たちにやりこめられても死ななかったみてーだし…。」

 カタカタと風に窓ガラスが揺れた。
 
「陽が傾いて、冷えて来たわね…。風邪ひいちゃうと厄介だから毛布でもかぶせてあげようかな…。」
「風邪なんてひくじじいじゃねーぞ。」
 横から乱馬が口を挟んだ。
「それもそーだけど…。ほら、背中を丸めたわよ。」
 と指差す。
「…相変わらず、お人好しだな…おめーは…。」
「悪い?」
「悪いなんて言ってねーよ…。」
 そう言いながらやおら立ち上がると、乱馬は押し入れから毛布を抱え出した。

「俺がかけてやるよ…。おめーが下手に近寄ったら、『あっかねちゃーん!スイート!』とか何とか言って抱きつかれても嫌だからな…。」
 とうそぶく。
「嫌って誰が?」
「俺がだよ…。」
 ブスッとしながら、本音をチラリとこぼす。
「へえ…。気を遣ってくれてるんだ…。」
 クスッと笑いをこぼすあかね。
「女のオーラにゃ、容赦しねーからな…このクソエロじじいは…。だから、おめーより俺が毛布をかけてやった方が安全なんだ。」
「安全ねえ…。」
「こんなじじいでも、年寄は大切にしなきゃな…。」
「何、気持ち悪いこと言ってるのよ…。昼間の騒動で、どっか打った?」
「打ってねーよ…。俺は優しいんだよっと。」
 そう言いながら、毛布を八宝斎へとかけた。
 乱馬に殺気が無いせいなのか、それとも、本当に疲れ切っているのか。目を覚ます気配も無かった。


「乱馬…まだまだヒヨッコじゃのー…。」

 離れ際に一言、八宝斎の口から小さな寝言が吐き出された。
「ちぇっ!眠っても口が悪いじじいだぜ…。」
 苦笑いを浮かべながら、フッと溜息を吐く。
「幸せそうに眠ってるわねー。」
「寝顔だけ見てたら騙されそーだな…。」
「確かにそうね…。」
「寝顔は人畜無害に見えても、煩悩の塊みてーな奴だからな…。八宝斎のじじいは…。」
「どんな夢をみてるのかしらね…。」
「どーせ、ロクな夢じゃねーだろーぜ。おねーさんたちに囲まれる夢とか…ランジェリーに埋もれる夢とか…。」
「らんまちゃんに絡む夢とかもしれないわよ…。」
「やめてくれ…。想像しただけで虫唾(むしず)が走るぜ…。」
 そう吐き出したところで、あかねと視線が合い、乱馬はふっと笑みをこぼした。

「ま…夕飯までにはまだ時間があるし…もう少しこのまま寝かせておいてやろーぜ…。」
 ポンッとあかねの肩を叩くと、そっと茶の間を離れた。

 穏やかな冬の一日は、もうすぐ終わる。
 辺りは夕闇が迫って来ている。やがて、夜の帳(とばり)がゆっくりと降りて来るだろう。
 乱馬とあかねが立ち去った後も、ほこほこと暖かい太陽の残り香のする蒲団に包まれて、八宝斎はいつまでも穏やかに眠り続けていた。




 完
2014年2月3日筆




追悼的駄文


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