◇ダークエンジェル プロローグ
   First Contact  後編



六、味噌っかす

 ポイントA。昨日の現場に到達する。
 宇宙船をトンネル工区のすぐ横につけ、二人、降り立った。工区内では、工事関係者や警備担当者が慌しく動き回っているのが見えた。それなり、緊張感漂う空気。

「あら…。あなたたち。」
 少し上がった工区のところに、昨日見かけた顔を見つけた。いや、向こうから見つけて歩み寄って来たとでも言うべきだろうか。
「あ…。あなたは。」
 あかねは、見覚えのある女性官を見て、目を見開いた。
「ここの担当補佐官、セリーヌよ。待ってたわ。」
 と、愛想笑いを浮かべた。カレリア准将と共に、あかねとなびきに対処してくれた三十代半ばほどの担当官だった。
「何だ、あなたが乱馬とコンビを組んだの?」
 と、じっと乱馬とあかねを見比べる。
「え、ええ…。まあ…。」
 と、あかねは口ごもった。昨日、セリーヌが乱馬をパートナーにと、自ら人事に手を挙げたと言っていたことを思い出したからだ。
「へえ…。そうだったの。」
 セリーヌは、少し冷たい瞳であかねを見下ろしたように思えた。
「で、状況は?」
 乱馬は無愛想にセリーヌに問いかけた。
「さっぱりよ。爆弾の欠片も見出せないわ。行き詰っていたところなのよ。それより、あなたの手腕をまた間近で見られるのね。嬉しいわ。」
 セリーヌはにっこりと微笑んだ。それを無視して乱馬はおもむろに、左腕のスイッチを押した。
「じゃ、始めるかな。」
 ブンとディスプレイを目の前で立ち上げた。
 この時代、端末機、いわゆるコンピューターを腕などにコンパクト収納して必要な時に取り出し、使用するのが一般的だった。スイッチ一つで、瞬時に組み立てられ、立ち上がる。
 すぐ目の前で、空間ディスプレイが立ち上がった。
 彼は操作しながら、何かのモニターを始めた。
「何、それ…。」
 あかねが興味を示して覗き込む。
「爆弾の時限装置なんかから、直接、漏れ出る「電波」や「音」を探査するためのソフトを投入してあるんだよ。」
「そんな物、携行してるの?」
「当たり前だろ?俺たちの任務は特殊なんだぜ。言わずもがなだよ。それに、ほれ、あっちもこっちもカタカタやってるだろう?」
 乱馬が言うように、そこここで爆弾探査をしている人影ロボットが居た。
「俺の機械は、かなりの性能だからな。プロが使うものよりも性能が良いかもしれねえ。こいつで昨日も十個見つけ出したんだ。」
 そう言いながら、乱馬は操作し始めた。

「へえ…。さすがねえ…。」
 後ろから覗き込んだセリーヌも感心してみせる。というより、爆弾探査のノウハウを知らないあかねを、真っ向から馬鹿にしているようにも見えた。

「これでここの工区の状況をもう一回見てみる。それらしき物があったら、警報音と赤いポイントが表れる仕組みになっているからな。二、三分もあったら終わると思うぜ。」
 乱馬は、あかねに軽く説明しながら、ディスプレイを覗き込み、チェックし始めた。
 流れていく画面には警告の点滅など現れない。カーソルがどんどんと自動的に探索していく。


(そういや、なびきのヤツ、気になるものを寄越してきてたな…。)
 爆弾の探査をしながら、乱馬はふと考えをめぐらせた。
 小惑星基地を出る前に、なびきに呼び止められたのだ。
『今回の任務、あんたを是非って、ブルートンネルの現場を通じて打診があったのよ。いわゆる、ご使命任務って訳ね。』
『ご使命任務だって?』
『ええ、あんたも昨日会ってるでしょう?セリーヌさんが是非にってね。』
『ふうん…。連邦には優秀な爆弾探査チームがあるぜ。わざわざ俺なんか呼ばなくても…。』
『昨日、准将からちらっと聞いたんだけどさあ…あんた、今回あかねとコンビを組むことが決まる前に、セリーヌさんに直接「パートナーシップの申し込み」受けてたんでしょ?』
『准将め、余計なことを…。あ、ああ…。何度か前に任務で一緒したことがあってよう…。確かにしつこく、パートナー組まないかって勧誘された。』
『ふうん…。なるほどねえ。で?』
『俺の口から断ったよ。』
 あっさりと答えを返した。
『年上は好みじゃないって、やんわりやったの?』
『バーカ!んなんじゃねえよ。俺とは全然タイプの違う、特務官だからな、セリーヌ女史は。相性の是非は、下手すると互いの命にかかわるからな…。丁重にお断りしたんだよ!』
『ってことは、あかねとは相性が良いって、直感したのね?』
『ばっ!…んなんじゃねえよっ!あいつは、論外だよ!相性云々前に、腕が悪すぎらあ!このまま誰にも育てられずに、宇宙に放りだしたら、確実、死ぬぜ!』
『へええ…あかねをベストパートナーにイチから育てようって思ったんだ。光源氏みたいねえ…あんたさあ。』
『てめえ、からかうつもりか?』
『ま、気をつけていってらっしゃいな。何か情報をリークしたら、あんたに流してあげるわ。ってことで、これ。』
 そんな会話を交わした後、なびきがくれた小さなチップ。そこに記されていた情報。

(なびき…。あいつ、ありゃあ、相当な腕の諜報官だな…。経験積んだら、俺のクソ親父をも凌駕する「化け物」になるかもな…。)
 この裏には何かある…。そう判断して、なびきなりに、一晩の間に「使えそうな情報」を集めてくれたようだった。

「ねえ、乱馬ったら、乱馬っ!」
 つい、深く考え過ぎたのか、傍であかね身体を揺すった。
「あん?」
「何、熱中してんのよ。ほら、解析、終わってるわよ。」
 と促された。
「あ、本当だ…。で、どこにも爆弾の影はなし…か。」
 とポツンと吐きかけた。
「徒労に終わったわけ?もしかして、警備が厳重だから諦めたとか、ガセだったとか…。」
 あかねが乱馬に尋ねる。
「いや…。そう簡単に引き下がる連中なら、苦労はしねえ。もしかすると、時限装置付きの爆弾を使うつもりはねえのかもしれないし…。」
「じゃあ、身体に巻きつけて持ち込んで来るとか?」
「それも無理だろうな。アリの子一匹逃さねえほど、今日の持ち物チェックは厳しいぜ…。」
 と乱馬は周りを見渡した。
「じゃあ、あたしたちみたいな特務船や関係者の宇宙船に紛れて持ち込まれるとか、あるかもよ。」
 あかねが言い放った。
「そんなの、最初からチェックしてるさ。連邦軍や連邦警察だって、「無能」じゃねえ。なあ?」
 乱馬はセリーヌを振り返った。
「そうね…。ちゃんと想定してチェックはしてあるわよ。」
「そらみろ。」
 乱馬は小馬鹿にした表情をあかねに差し向ける。
「俺たちの乗ってきたダークホース号だって例外じゃねえ。物凄いセンサーが通り抜けてたぜ。そら、着岸体勢に入る前、空気の流れが変わったろ?」
「ああ…。髪の毛がふわっと逆巻いた時のあれ?」
「おめえなあ…。本当に何も気にしねえんだな。大雑把というか。あれが、センサーだったんだよ。」
 呆れたと言わんばかりにあかねを見据える。
「そんなの訊いた事ないもの。それでチェックされてた訳かあ…。」
「全く暢気ねえ、あなたって。」
 セリーヌの口元にも侮蔑的な微笑みが浮かぶ。
「じゃあ、敵はどうやって、仕込んでくるのかしら…。」
「さあな。でも、連中、絶対に何か考えてる筈だぜ。」
 そろそろ、開通式典が始まる時間帯に近づいてくる。最初の通行船が小惑星トンネルに入った頃あいだろう。
「時限装置も発見されない、センサーも完璧に作動している…。となると、後、考えられるのは外からの攻撃くらいじゃないの?」
 あかねは思いついたことをそのまま言葉に乗せる。
「言っとくが、外からの攻撃も、この惑星トンネルに対しては無理だぜ。」
「何でよ?外からの攻撃でどっかんと狙いをすませば、破壊工作なんて簡単にできるんじゃないの?」
 と、乱馬はあかねをじっと見返した。それからはあっと、息を吐き出しながら言った。
「おまえなあ…。このトンネルの仕組み、何もわかっちゃいねえだろ。このトンネルにはなあ、小天体の中、貫いてる幹線なんだぜ?当然、四方八方、センサーコントローラーが監視してんだよ。」
「センサーコントローラー?何よそれ。」
「だああっ!たく、おめえなあ。センサーコントローラーのことも知らねえのか?」
 ぼりぼりと頭を掻きむしる。
「トンネルのすぐ傍ではセンサーコントローラーが据えられているのよ。それで自動的に電磁波を発し、近づく小惑星や星屑などの「障害物」を事前に察知して、必要に応じ軌道を丸ごと修正することになっているわ。そうやって、衝突をトンネルから回避をさせるという仕組みになってるのよ。お嬢さん。」
 セリーヌが脇から、小馬鹿にした口調であかねに説明してくれた。
「へええ…。で?それが外部攻撃とどう繋がるの?」
「だからあ、天体の突入が避けられないと判断した場合は、分子破壊装置が作動し、微塵に破壊することになってんだ。攻撃破だって、近づく「障害物」には違いねえ。だから、センサーコントローラーが攻撃を察知したところで、分子破壊装置が作動して、ドッカンさ。」
「ふうん…。そんな凄い装置が導入されてるの。」
 あかねは、感心して見せた。
「おめえ…。ホントに何も知らねえのか?ったく…。」
「まあ、経験が薄いお嬢さんは、そこまでお勉強していなかったのかもしれないわね。」
 セリーヌも同調してみせる。かなり棘のある言い方であった。
 だが、当のあかねは、そんな「嫌味」など気にも留まらないのか、己の疑問を素直に投げかける。
「じゃあ、センサーコントローラーをぶっ壊せば良いんじゃないの?あたしがテロリストだったらそうするわね。」
「なっ!おめえなあ…。外部からの攻撃は一切受け付けないって、言ってるだろうがっ!」
「あら、センサーは内部からだって破壊できるんじゃないの?」
「だからあ、ったく、内部は厳重にチェック機能が働いているから、破壊できるわけ……。」

 はっ、と乱馬の動きが止まった。

「もしかして…。」
「乱馬?」
 怪訝にあかねが覗き込んだのと、彼が動き出したのとは同時であった。

「セリーヌさん!やっぱり、あかねが言うようにセンサーコントローラーだ。連中はそれを破壊して、自動制御を不能に陥れようとしてんじゃねえか?」
「まさか…。不可能よ。あなたもさっきやった、時限装置解析でもオールグリーンだったじゃない。
 それに、内部に設置してあるセンサーコントローラーに時限装置がつけてあったら、真っ先にあなたの解析に反応したはずよ…。ホント、その娘と組まされて、カンが鈍ったんじゃないの?乱馬は。」
 セリーヌが皮肉タップリに否定に走る。
「だから、センサーコントローラーはトンネルの内側からだけじゃなくて、外側にも据えつけてあるんじゃねえのか?内部は解析できてるが、幾つかあるはずだぜ。まだチェックしてねえ、外側のセンサーが。」
「あ…。」
 心当たりがあるのだろう。セリーヌの表情が変わった。
「全チェックだ!奴らの狙いは外部にあるセンサーコントローラーだ。全てのコントローラー装置を点検するんだ!早くっ!」
「そうか…。センサーコントローラーをぶち壊せば、小惑星の衝突回避機能がストップするわ。一つでも障害物がトンネルに激突すれば…。」
「大惨事だぜ。」
セリーヌの言葉を受けて、乱馬が吐き出した。
 
 慌しく動き出す現場。

 乱馬の指示どおり、セリーヌはすぐさま、関係者に伝達し、内部、外部を含めた、センサーコントローラーをチェックしはじめた。
 勿論、乱馬とあかねも、その輪の中に加わる。

「俺たちは外側のセンサーコントローラーをチェックする。来いっ、あかねっ!」
 乱馬はあかねを促した。
 コクンと揺れるあかねの頭。
 乱馬が先に駆け出したとき、セリーヌが投げセリフをあかねに吐き付けた。
「本当に、あれじゃあ、乱馬が気の毒ね。…連邦高官も、何で味噌っかすのお守(も)りを乱馬に押し付けたのかしら…。」
 わざと、あかねにだけ聞えるような声で囁きかけてきた。

『味噌っかす…。』
 セリーヌが吐き付けたその言葉が、あかねの心にズシンと響いた。



七、覚醒

 作業工程準備に入りながら、あかねは乱馬に尋ねた。
「ねえ、乱馬…。あんたさあ、セリーヌさんと知り合いだったの?」
「あん?」
「セリーヌさん、あんたとコンビネーション、組みたがってたって昨日言ってたのよねえ…。」
「何だよそれ…。」
 乱馬が怪訝な瞳をあかねに投げつけた。勿論、手は止まらない。作業をしながらだ。
「何となく、あんたがあたしと組んでるのが気に食わないって、そんな感じがしたから。」
 ポツンとあかねの口からそんな言葉が漏れた。
「あたしが優秀な特務官だったら納得させられたのかもしれないけど。」
「おまえなあ…。今更、何、気にしてるんだよ。」
 はああっ、と乱馬の溜息がこれ見よがしに聞える。
「それとも何か?セリーヌ女史に何か言われたか?」
 あかねの手がふっと止まった。
 さっき、投げつけられた『味噌っかす』という言葉が、再び脳裏に響いた。
「ははーん。ひょっとして「ジェラシー」かよう。」
 乱馬はにっと笑った。
「なっ!何よ、そのジェラシーかっていうのはっ!」
 あかねは真顔になって乱馬を見返した。
「あはは、俺に人気があるから、ヤキモチ妬いてんじゃねえのかあ?」
 乱馬は流し目であかねを見やる。
「そ、そんなんじゃないわよっ!第一、何であんたにヤキモチなんか!自惚(うぬぼ)れないでよっ!」
 あかねは真っ赤になって吐き出した。
「たあく、本当におめえはわかり易い性格だよな。」
「なっ!まだ、言うかあっ!」
 乱馬はすっとあかねの鼻っ柱を人差指で押さえた。
「たあく、おめえはまだまだひよっこだし、経験もねえ、そんなのわかりきったことじゃねえか。現時点でセリーヌ女史と能力に差があって然りだろ?」
 その言葉に、あかねの心が、ズキンと一つ、えぐられるような音を発したように思う。
「でもよ、そんなのどうでも良いんだよ。ガキの頃からこの世界にどっぷり浸ってた俺や経験豊かなセリーヌ女史と、まだ駆け出しのおめえに差があるのは当たり前じゃねえか。」
 ぎらぎらした瞳を巡らせながら、乱馬は言い切った。
「むしろ、大切なのはこれからだぜ。それに、セリーヌじゃあ俺の相棒は務まらねえよ。どんなに優秀な特務官でもな。」
 あっさりと言ってのけた。
「そんな事より、今は任務だ。集中しろよ。どんな些細な任務でも全力で当たる。これが俺たちの使命だろう?」
 乱馬は前向きなのだと思った。すぐ後ろ向きになる自分との違いはここらへんにあるのかもしれない。あかねはそう思った。

(うじうじ考えるのは止そう。それより、今は任務よね。)
 乱馬の言うとおり、任務に集中する。
 五感を研ぎ澄ませて、一つ一つ、センサーコントローラーをチェックしていった。
 トンネルの外側と言っても、空気があった。透明な遮断バリアーの中は、充分、作業が出来るだけの空気が満ちているのだ。念のため、酸素供給マスクと小型ボンベを携帯していたが、地球上と変わらず、ノーマスクで作業をしていた。

 と、乱馬の顔色が一瞬変わった。
 何かを感じたらしく、みるみる、表情が硬くなる。
「乱馬?」
 その表情に、あかねは彼を顧みた。
「あったぜ。一つ見つけた。こいつだ。」
 乱馬はアゴで先を示した。
「あれが?」
「ああ。あれだ。おっと、触るなよ。センサーコントローラーはとても緻密な計器なんだ。バランスが崩れたら、機能を失う。」
 その忠告にゴクンと唾を飲み込む。機能を失うという事はコントロールできなくなるということ。
「他の場所はどうだ?確認してくれ。」
 あかねに指示を飛ばした。
「他の場所からの発見報告はないわ。ほぼ解析も終わってるみたいよ。」
「そうか…。ちょっとそれ貸せ。」
 乱馬はあかねが見ていたディスプレイ画面を覗き込んだ。それから、何かこそこそと通信器具兼解析装置に細工し始める。
「何やってるの?」
 あかねが興味津々な表情を浮かべた。
「こうやって、センサー位置を示したデーターに、この時限装置の稼動周波数を乗っけてやるんだよ。見てろっ。」
 乱馬は持っていた機材を手に器用に指先を動かして、配線のようなものを仕掛けられた時限装置へと繋げた。そして、ポンとキーを一つ叩く。
 と、一気に画面へ光の回線図が広がった。
「これは…。」
「この時限装置と同じ周波数を探査するんだ。このエリアにある全てのコントローラー全てが、瞬時にチェックできるって仕組みさ。」
 覗きこむあかねに乱馬は説明して見せた。

「ほら、この赤い印。こいつに、これと同じ時限装置が仕掛けられている。思ったとおり、全部、外側にあるセンサーコントローラーだ。」
 乱馬は再び、キーをポンと叩き込んだ。
「今のは?」
「このデーターを解析してる連中の端末に流した。これを元に、時限装置の撤去を作業してもらえば、俺たちの任務は完了…ってわけにもいかねえか。」
 乱馬の表情が、みるみる険しくなった。懐へすっと手を伸ばす。

 二人の後ろに人影が立ったのだ。それを察知してのことだったらしい。
「さすがねえ…。やっぱり、このまま連邦の中で埋もれさせるには、勿体無い人材だわ。乱馬・早乙女。」
 セリーヌの声だった。

「セリーヌさん?」
 影と声に、振り返ったあかねは、はっと目を見張った。
 何故か、彼女は銃器をこちらへ構えていたからだ。
「けっ!やっぱり、おめえが「黒幕」だったのかよ。セリーヌ。」
 振り向きざまに、乱馬は一発、懐から取り出した銃で、早撃ちして牽制した。

「シット!」
 セリーヌは横へ飛び退いた。見事に流れるような、身のかわし方だった。が、彼女の動きはそれだけで収まらない。

「え?」
 あかねの右手首に、何か紐状の物が巻き付いたのである。
 それは、蜘蛛の糸のように、セリーヌの手から伸びていた。シュルシュルっと伸びてきて、あかねを巻き付ける。と、思いっきり、そいつを引っ張って手繰り寄せる。
「きゃあっ!」
 あかねの身体が、そのまま、宙を舞う。
「ぐっ!」
 そのまま、セリーヌの傍に捕獲されてしまった。

「しまった!あかねっ!」
 乱馬が反応できたのは、その少し後だった。
「てめえ…。ついに馬脚を現しやがったな。」
 ギロリとセリーヌを叩きつけるような瞳。
「ふふふ。本当に、あなたの新しいパートナーはひよっこね。あっさりと捕獲されるなんて。」
 ぺロリと赤い舌がセリーヌから覗いた。
「やっぱり、乱馬。あなたのパートナーは私じゃなきゃ…。そう思わない?」
 そう言いながら、糸をぐっと操る。と、糸はそのまま、あかねの首へと巻き付き、首が軽く絞まった。がっくっとあかねの頭が前に垂れ、崩れるように、足元へと倒れこんだ。
「他愛のないものね。この小娘も…。ふふふ。」
 倒れ伏したあかねを、蔑みながら、セリーヌが嘲った。

「どういうつもりだ?セリーヌッ!てめえ、一体…。」
 激しい口調で牽制する乱馬に、セリーヌはふふふと笑って見せた。

「あなたが、別の小娘と組まされたって聞いてね、どうしても、私の元へ引き寄せたくなったのよ。」

「おめえ…。連邦宇宙諜報局がそんなこと許す訳ねえだろっ!こいつとのコンビネーションは「人事命令」なんだぜっ!おめえ如き、一介の、特務官が覆すことなんて…。」

「出来ないでしょうね。普通なら。…でもね、私が連邦を裏切っていたらどうなるかしら?」

「てめえ…。やっぱり。連邦を裏切ってたんだな?セリーヌッ!」
 乱馬が噛み付いた。
「なびきが寄越してきたデーターにあったんだ。おめえが、妖しい動きをしていたってネタがいくつかな。そして、要注意リストに挙がってるってこともなっ!」
「くくく、そろそろ、潮時だと思っていたのよ。今度の仕事を最後に、イーストエデン、いいえ、連邦から離脱しようってね…。」
 セリーヌはじっと乱馬を見据えた。

「最後の仕事だって?」

「ええ、それはね、あなたを捕獲することよ、乱馬。」
 セリーヌの赤い唇が、不気味な笑みを浮かび上がらせる。
 彼女の身体がポウッと光り始めた。抜けるような肌は更に、玉のような色を発する。この世の者ではないような妖艶さだった。
「私はね、あなたのその、人並みはずれた「超力」に前々から目を付けていたのよ。あなたの、その超力、溢れる男気、そして精気。連邦に埋もれさせておくなんて、勿体無いってね。」
 一回り、彼女の身体が大きく見え始める。
「おめえ…。一体、何者なんだ?「蒼い惑星」に通じている奴らとは根本的に違う…。」
 乱馬は問いかけた。
「私は、「ゼナ」から来た使者。」
 セリーヌは澱みなく言い放った。
「ゼナだって?あの、外宇宙から飛来した第二の人類っていう…。」
「そう。地球人類と対極に居る超人類よ。まだ、公には認知されていないけれどね。知っているとは、さすがに、一流の特務官ね。」
 ふっとセリーヌは笑った。
「ねえ、乱馬、悪いことは言わないわ。あんたも「ミュータント因子」を持っているんでしょう?地球連邦からは忌み嫌われる「超能力」を。だったら、私と一緒に「ゼナ」へいらっしゃい。あなたなら、すぐにでもゼナの高官になれるわ。」
「フン!お断りだね。それに、俺はそんな「超能力」なんか、これっぽっちも持っちゃあ居ないぜっ!」
 乱馬は憤然と吐き捨てた。
「嘘おっしゃい。イーストに連なる優秀なエージェントの、ほぼ百パーセントは「超級ミュータント因子」を持っている能力者。あなたのその、並外れた体力とエージェント能力も、その因子の成せる業よ。」
「だったら、何だってんだ?俺に「人間」を辞めろとでも言いたいのかよう。てめえは…。」
 乱馬は厳しい顔でセリーヌを見返した。
「あら、その能力を最大限に活かせてあげたいだけよ。私は是が非でもあんたをゼナへ連れて行くわ。洗脳してでも、私の傍に侍らせてあげる。あなたなら、私の最高のパートナーになれるもの。」
 セリーヌの瞳が妖しく光り始めた。
 ウワンウワンと乱馬の脳へ、陰気が雪崩れ込んできた。物凄い負荷がかかっているのがわかった。
「てめえ…。催眠術か。俺の脳波を乱そうと…。」
 その束縛から逃れようと乱馬は足掻いた。
「さすがに、一流の能力者ね。普通の子なら、すぐにでも乱れるのに…。ふふふ、ますます、あなたが欲しくなったわ。」
 グンと年を入れるようにセリーヌは、乱馬の方を見て、その脳波を乱れさせていく。
「私の気に身を任せなさい。そう、私の強い想いを受け入れて。」
「うっ…。」
 乱馬は頭を抱えながら、その場に崩れるように膝をついた。セリーヌは、そんな乱馬を見ながら、ゆっくりと近づく。
「抗うのはやめなさいな。私と共に、快楽の世界へ誘ってあげるわ。ほら…。」
 セリーヌの声と共に、甘い香りが漂い、目の前が、明るく開けていくような感覚にかられる。セリーヌの妖艶な微笑みが、乱馬の脳裏いっぱいに広がり、回り始めた。
 目もそぞろになった乱馬の頬を、首筋に向けて、セリーヌのしなやかな手が流れるようになぞっていく。
「さあ、私に身も心も任せて。」
 悪魔の誘惑のように、抗えなくなった乱馬の耳元に囁く言葉。
 彼女は懐からカプセルを取り出した。ポンと小さな音がして、カプセルから液体が入ったグラスが現れる。彼女はそれを乱馬の目の前に差し出す。
「乱馬。これを飲むのよ。」
 グラスの中には黒ずんだ液体が妖しく揺れていた。

「これを…。飲む…。」
 ぼんやりとしてしまった意識の中、乱馬が反芻する言葉。最早、彼の中に「思考力」はこそげ落ちてしまったようだ。虚ろな瞳をグラスに差し向けながら、手を伸ばす。
「さあ、早く…。」
 にやっとセリーヌは笑った。ひざまずいた乱馬に近寄り、それを捧げた。

「ダメよ、乱馬…。そんな女の言いなりになっちゃあ…。」
 這い上がるようにおきだしたあかねが、乱馬の足元から、声を張り上げた。

「まだ、意識があったの?しぶとい娘ね。這いつくばったまま、何も出来ないクセに。」
 セリーヌが、そのまま、足蹴にしようと、したときだった。

「あたし、負けないっ!はああああっ!」
 あかねは、いつの間に、溜めたのか、振り上げざまに、右手を真っ直ぐに、セリーヌの方へ掲げ、「気」を解き放った。体内に溜めた「気」を一気にセリーヌへと撃ち放ったのだ。

 パリン!

 セリーヌが持っていたグラスが、弾け飛んだ。グラスの破片と中の液体が、ぱあっと花びらのように飛び散る。
 その音と映像に、乱馬の意識が戻った。
「あかねっ!」

 己の体内に溜めた気の勢いに飛ばされて、あかねの身体がふわっと後ろに倒れこむ。
「おのれえっ!小娘。」
 セリーヌは、はっしとあかねを睨み付けた。
 怒りにかられた彼女はそのまま、銃身を倒れこむあかねに手向ける。
「死ねっ!」
 あかねにぶっ放そうとした途端、乱馬がそのまま、体当たりを食らわせた。
「させるかあっ!」
 無我夢中、肩からセリーヌに突進していったのだ。

「おまえ、それほどに、あの小娘が大切なのか?」
 仰向けに倒れながら、セリーヌが乱馬に吐き付けた。
「あったりめえだっ!あかねは、俺のパートナーだからな。」
 乱馬はセリーヌに圧し掛かりながら言い放つ。
「あんな、出来損ないの小娘でもか?」
「ああ…。どんなヤツだろうとも、一度、受け入れたんだ。もう、おまえには勝ち目はねえ!大人しくお縄に就け。さもないと、俺の気でおまえを炸裂させるぜ!」
 ぐっと力を込めながら、乱馬が言い放った。
「くっ!こうなったら、貴様ら、二人とも、闇に葬ってくれるわっ!」
 押し倒されながら、セリーヌはにっと笑った。
 バリバリっとはじけ跳ぶ、彼女の美しき体。見る間におどろおどろしい「化け物」へと変化した。

「てめえ、その姿…。それが本性かっ!」
 乱馬はぱっと離れながら、そいつと対した。
「ふふふ、これは私の究極の進化の姿。この姿を見せたからには、生かしてはおかない。」
 背中から伸びた、幾重ものどす黒い触手。そいつがみるみる乱馬の身体に巻き付いた。
「ぐわぁっ!」
 触手は乱馬を包み込むと、淡い光をほとばしらせていく。
「ち、力が…。抜けていく…。」
 締め上げられながら、乱馬が苦しそうにもがいた。
「ふふふ…。わが身体におまえの精気、全て取り込んでやるわ!おまえが自由にならぬなら、私の身体に取り込んでやる。そして、我が血肉となれ。ほっほっほ。」

「畜生…。ダメだ…。」
 絡まれたまま、乱馬の意識が次第に遠ざかる。

 と、その時だ。

 再び、乱馬の前方から白い光が飛び出した。それの方向を見て、閉じかけていた乱馬の瞳が、ぱっちりと見開く。

「あ、あかね…。」

 ぱああっと、あかねの掌から白い気が発光したように見えたのだ。
 そして、彼女から迸った光の輪は、乱馬に巻き付いていた触手を、切断した。
 ブチブチっと触手が切れる感触。それに乱馬の束縛が緩くなった。
「今だっ!」
 乱馬は握っていた掌を、化け物と化したセリーヌ向けて、解き放つ。己の身体に溜めていた「闘気」をエネルギー弾に変えて、解き放ったのだ。

「うっ!こんなもので、やられる私ではないわっ!」
 激しい気弾を浴びてなお、セリーヌは蠢いていた。

「あかね…。おめえも、気弾の使い手なんだな?」
 巻き付いた触手の破片を、身体から剥ぎ落としながら、乱馬があかねを見やりながら問いかける。
 だが、それに対する返答はなかった。
 代わりに、乳白色にあかねの肌や逆立つ髪の毛が輝き始めた。ふわっと空高く、浮き上がる身体。逆巻く長い黒髪。
 閉じられていたあかねの瞳が、ゆっくりと開いた。
 それは、ぞっとするほどに美しき輝きだった。

「あかね?」
 乱馬が再び問いかけた時だ。

『暗黒より生まれいでし忌まわしき者よ…。汝、我が超力(ちから)で闇に帰れ。』
 そう呟く声が確かに聞えた。
 あかねの声だが、あかねではない誰かの意志の声…乱馬にはそう聞こえた。

 すっと、セリーヌに対して上げられる右手。その指先から解き放たれて行く暗黒の光。それは、漆黒の宇宙の闇色をした光だった。
 
 セリーヌの身体に向かって一直線に飛び、その身体を貫く。その気に気圧されて、セリーヌの身体が戦慄いた。
「うわああああっ!嫌だっ!まだ、闇には帰りたくない!嫌だっ!ハル様あっ!」
宙を仰ぎ、もがきながら、セリーヌの身体が、小さな闇色のボールと化した。そいつは一度、跳ね上がると、手繰り寄せられるようにあかねの目の前に飛んだ。

 差し出した掌でそれを抱え込むと、ぐわっと瞳を見開いた。
 冷たい瞳だった。でも、どこか物悲しげに見えた。
 そして、左右の掌を広げ、ゆっくりと両側から押し込めて、閉じてゆく。祈るようにあわせられる掌の中、ボールは静かに消えていった。
 やがて、辺りは静寂に捉えられた。
 そのまま、あかねの瞳は閉じられ、ゆらっと身体が揺れ大きく湾曲した。吸引力を失った身体。
「あかね?」
 次の瞬間、乱馬はだっと駆け出していた。

 天空へと浮き上がっていた彼女は、そのまま真っ逆さまに落下してきた。このままでは地面へ叩きつけられる。
「くっ!」
 全身をバネにして、乱馬はあかねを受け止めに走った。
 抱え込むように、落下してきたあかねを腕に抱きとめる。
 あかねの身体は、ぞっとするくらいに冷たい。人の温もりのない、氷のような冷たさだった。明らかに尋常な沙汰ではない。
「あかねっ!しっかりしろっ!あかねーっ!」
 夢中であかねの身体を抱きしめた。

『大丈夫…。この娘(こ)はただ、超力(ちから)を放出し過ぎて、意識を失っているだけです。』

 空で誰かの声が響いてきた。

「だ、誰だ?」
 はっとして、その声の方向へと瞳を巡らせる。と、そこに女性のような影が、じっと乱馬を見据えながら佇んでいるのが見えた。
「おめえは?」

『私はこの娘に眠っている超力の源です。』
 女性は薄っすらと影をたたえながら畳み掛けてきた。
「あかねの超力の根源?」
『あなたにこの娘の行く末を託すために。最後の超力を振り絞ってこの娘の意識から分離しました。』
「託す?未来を?」

『たった今、この娘の中に超力が萌芽しました。
 時を超えてコスモスから受け継がれた「超力」です。
 その萌芽と共に、私の役目も終焉しました…。
 闇を統べる光の青年よ。運命の青年よ。
 どうか、私に代わって、この娘を守って下さい!』

「俺が守るだって?」

『あなたにしか、この娘は守れない。
 この娘の超力を狙って、やがて強大な闇が襲い掛かかります。
 それは、即ち、地球人類の滅亡へと繋がる危険な闇。』
「何で、俺なんだ?俺しか守れないっておめえにわかるんだ?」
 畳み掛ける乱馬に、女性はふっと微笑んだ。
『見て…。ほら…。』
 彼女の微笑みと共に、 トクン、とあかねの小さな心音が聞えたような気がした。
 堰を切ったように流れ出す、リズミカルな音。それに連れて、冷たく強張っていたあかねの頬に、微かだが人肌のぬくもりが戻ったようだ。

『あなたにはこの娘を癒す超力が備わっている。
 私にはわかるのです。
 やがて、あなたにも、大きな超力が目覚めるでしょう。
 それはあなたに定められた運命の超力。
 それがあなたに宿った運命。
 その超力で、この娘を守って。』

 あかねの温もりが戻ってくるに連れて、女の影がだんだんに薄くなり始めた。消えてしまうのにそう時間はかかるまい。女も熟知していたのだろう。
 一気に乱馬に畳み掛けた。

「おい、何だ?その、俺に定められた大きな超力って。 
 ちゃんとわかるように説明しろっ!こらっ!」

『ごめんなさい。…私はもう、往(い)かねばなりません。』
 女は寂しげに微笑んだ。時限がすぐそこに迫っていたのだ。

「往かねばならねえって、どこへだ?」

 そう語りかけたときには、既に、闇へと飲まれるように、女の姿は点滅し始める。

『さようなら、乱馬。
 どうか、この娘に、あなたの運命の超力と命を……次の世代へ…引き継いで…。』

 最期の力を振り切るように、必死でメッセージを伝えながら、女は消えていく。
「おいっ!」
 乱馬の呼び声が虚しくこだまする。

 だが、それに対する返答は、二度と返されることはなかった。
 女の姿は、跡形もなく闇の中へと消えてしまったのだ。
「その超力って何なんだ?おいっ!」
 身を乗り出した時、腕の中のあかねがくんと伸び上がった。
「あかね?」
 はっとして覗き込んだとき、ふっとあかねの目が見開いた。

「乱馬…。」
 力ない瞳が乱馬を見上げていた。
「良かった…。無事で…。」
 そう、微笑み返すと、すっと乱馬の手を握り締めた。
 さっきまで冷たかった手に、人間の温もりが戻っている。
「あかね…。」
 そう言いながら握り返した時、微笑みかけたあかね。
 そして、そのまま再び閉じられる、瞳。
「おいっ!こらっ!あかねっ!」
 規則的に流れる吐息に、眠ってしまっただけだと悟った彼は、
「たく…。驚かせやがって。」
 と、安堵の言葉を囁いた。

「命令されるのは、好きじゃないが…。ま、いいか。その「運命」とやらに、付き合ってやるか…。」
 そのまま引き寄せる、柔らかな身体。決して、好みじゃない顔立ちや性質ではない。
 あかねの身体を、たくましい腕にすっぽりと包み込んで、残った力で、命綱を手繰り寄せ、しっかりと二人の身体に固定した。
「あとは、自動操作で、トンネルのステーションまで誘導される筈だ…。」
 ゆっくりと、二人の身体は、ステーションの方向へと、引き戻され始めた。
 それを確認すると、乱馬は目を閉じた。疲れの限界が己を襲っていた。あかねをしっかり抱きしめたまま、命綱へ身を預けた。



八、決意

「たく、心配して来てみたら。」
 ふううっと、思わせぶりな溜息を、目前に吐きつけられた。
 そこに立っていたのは、天道なびきであった。
 トンネルの異変解除と要請を受けて、天道ステーション基地から、慌てて飛び出してきたのだ。

「いやあ、実に良く働いてくれたよ。このコンビネーションスタッフは。」
 わっはっはと笑いながら、見たことのあるツルリン頭の親父が笑った。カレリア准将であった。
「にしては、途中で意識を失って、二人とも倒れてしまうだなんて…。」
 情けないわねと言わんばかりに、乱馬とあかねを見比べた。
「仕方ねえだろう?酸素が一気に失われて、薄くなっていったんだから…。それに、あかねは、あいつと直接やり合ったしよう!」
 ぷくっと頬を膨らませた乱馬。彼の傍では、あかねが力なく横たわっていた。
「酸素チェックくらいして、作業しなさいよ。素人じゃあるまいし。」
 ふっとなびきが言葉を吐き付けた。
「まあまあ、何事もなくおさまったんだから。」
 准将がなだめる側に回った。
「でも、セリーヌさんが蒼い惑星と連携していたなんてねえ…。人は見かけには寄らないわ。」
 と吐き付けた。
「連邦の薄給に魔がさしたんだろうよ。」
 乱馬は、すいっと言ってのける。
「実際、労働の割には給料少ないしな…。俺たちは。」
 とうそぶく。
 実は彼、今回の報告書を上げるのに、咄嗟に「嘘も方便」を書き殴っていた。「ゼナ」や「あかねの超力」との関わりなど、生真面目に報告しても、どこまで信じてもらえるか、わかったものではない。詳細を説明して飲み込ませるのも面倒な作業だった。それに、決意して本当のことを報告書であげると、どんな騒動に巻き込まれるかわかったものではない。あかねや己の「これから」にも関わってしまうかもしれない。いや、確実に関わるだろう。下手をすれば「実験室送り」になるかもしれない。
 ならば、詳細には触れないで、抵触せぬ程度に言い訳して、さらりとやり過ごす。それが一番だ。
 長年の己のカンと渡世術から、乱馬はそう判断し、実行したのである。
 だから、「蒼い惑星」のテロリスト集団には悪いと思ったが、せいぜい利用させてもらった。セリーヌは単独に連邦から離脱するために、デモンストレーションの意味も込めて犯行を試みた、と結論付けて報告したのである。

「で、セリーヌさんはあんたたちに襲い掛かって、そのまま、宇宙空間へ投げ出されて藻屑へと消えたと言うわけね。」
「ああ…。俺もこいつを人質にとられたりして必死だったからなあ。捕獲まで手が回らなかったし、力の加減もできなかった。倒した後の詳細は覚えてねえよ。てめえも知ってのとおり、気がついたらあかねと、ここの医務室に転がってたんでなっ。」
 乱馬は、そう言って溜息を吐き出した。

 誰も、乱馬とセリーヌの修羅場を見ていないから、状況証拠から簡単に説明も就いた。死体も宇宙の藻屑と消えたことになった。勿論、あかねによって闇に処されたことは伏せた。

「ま、細かい事はさておき、無事に仕掛けられたセンサー破壊装置は全部取り外せたし、セレモニーも終了できた。これで、連邦政府の面目も立ったわけだからね。ここ、木星星域でも、前任地の土星星域以上の働きをしてもらえるものと、期待しておるよ。このあかね君も、君の手腕で、一人前のエージェントに育ててやってくれ。わっはっは。」
 カレリア准将は上機嫌で乱馬を振り返った。

 こうして、あかねとの初任務は終わった。

 なびきの船をドッキングさせて、曳航しながら帰路へ就く。
 すっかり超力を使い果たして、ぐったりしていたあかねも、基地へと近づくにつれ、だんだんと元気を取り戻しつつあった。
「あかね、おめえも、ミュー因子の超力、秘めてたんだな…。」
 乱馬はポツンとあかねとなびきに投げかけた。
「ミュー因子?この子が?」
 なびきが怪訝な顔を差し向けた。まさかと言わんばかりの瞳だった。
「あたしにはミュー因子なんかこれっぽっちもないと思うわよ。」
 あかねも小首を傾げる。
「え?だって、おめえ、気弾扱えたじゃねえか。セリーヌとやりあったときに。気弾を扱えるのは、それ相応のミュー因子を持ってねえとできねえ技だぜ?」
「そんな能力、あんた持ってたっけ?」
 なびきが突付く。
「持ってないわよ。ミュー因子も通常クラスよ。」
「ま、皆無だって言っても良いわね、あんたは。」
 あかねだけではなく、なびきの頭にも疑問符が点灯しているようだった。
「おめえ…。」
 乱馬はそう言いかけて、言葉をとめた。
(もしかして…。こいつの能力はまだ「潜在」なのか?…だったら、これ以上突っ込めねえな。)
 そう思うと、ふっと言葉を吐き出した。
「そっか…。じゃあ、きっとあれは、無心の成せる技か、俺の見間違いだな。おめえみたいなへっぽこの味噌っかすに、そんな超力秘められてるなんてわけもねえか。」
 と、わざと大きく笑い飛ばしてみせた。
「何よ、そのへっぽこの味噌っかすってっ!」
 ギロリと返された瞳。
「まんまだよ。てめえはまだまだ未熟だ。発展途上だぜ。今回の任務でよくわかったよ。基本の装置すら知らなかったし、おめえのせいで、俺も危険に晒されたしよ…。」
「なっ!」
 強張ったあかねに向かって、乱馬は容赦なく続けた。
「だから、鍛えてやるっつうてんだよ。この俺が。」
 そう言いながら、にっと笑った。
「修羅場を潜り抜けてきたこの手でな。尤も、てめえが、ついて来られたら、の話だがな。それとも、無能なお嬢さんには、エージェント任務は無理かねえ?」
 乱馬の鋭い瞳があかねを捕らえた。悪口雑言を浴びせられ、途端、彼女の勝気な瞳に火が灯る。
「わかったわ!受けて立ってやろうじゃない!」
 あかねが乱馬に食らいついた。
 それだけではない。あかねは傍にあった短剣を取ると、己の髪をかきあげ、すっと毛に当てた。

「あかね?」
 きょとんと目を見開いた乱馬の目の前で、ざっくりと、長い髪の毛を切断した。あかねのリボンと共に、はらりと長い髪の毛が、その手の中に落ちた。
「おめえ…。その髪。」

 呆気にとられて二の句をつげない乱馬に、きっぱりと言い放つ。
「これは、あたしの覚悟の意思表示よ。受け取って。」
 きっと見詰める勝気な瞳。その手の先には、リボンで束ねられたままの髪が、握られていた。

 乱馬はそれを見て、ふっと、頬を緩めた。

「帰ったら、早速鍛え上げてやっからな。覚悟しとけよ!」
 乱馬は、あかねの決意の意思表示を受け取ると、愉快そうに微笑んだ。



「たく…。上手い具合にあの子を乗せちゃって。」
 なびきがポツンと乱馬にもらした。
 くすくすっと瞳が笑っている。
「何だよそれ…。」
「言葉どおりよ。」
「だから、その言葉どおりってのは何だよ。」
 ぶすっと彼ははきつける。
「あんたさあ…。あかねのこと、物凄く気に入ったんでしょう。」
 唐突に投げかけられる、姉の鋭い指摘。

「なっ!そ、そんなんじゃねえやっ!このままじゃあ、俺の命も危ねえからな!」
 思わずギクッとなりながらも、慌てて、そう言葉を返す。

「ふーん…。そうかしらねえ。あたしには「俺のパートナーとしてずっと一緒に居られるように鍛えてやる」って聞えたんだけど…。」
 にたあ、と笑うなびきの瞳。
「ちぇっ!勝手に思ってろっ!」
 と乱馬は吐き付けた。明らかに照れ隠しだ。

「でもね…。あかねのミュータント因子って、あんたが言うとおり、「超級」なのよねえ。」
 とさらりと言葉を投げかけてきた。
「あん?…てめえ、さっきは…。」
「さっきは確かに、無いって断言したけどね…。本当はあるの。でも、本人には知らせてないわ。」
「何で知らせてねえんだ?普通、その能力があるって判断されたら…知らせて訓練を行うのが…。」
「普通はね。でも、あの子の超力は未知数なのよ。正確には測れない。テストによって数値が莫大だったり、無かったりってね。安定してないのよ。」
「何だ、それ…。」
「ホント、何だ?でしょう?…あたし、調べてみたんだけど、連邦宇宙局の諜報部があんたとのコンビネーションを許可したのも、どうも、その辺に起因があるみたいよ。」
「どういう意味だ?」
「あんたに、あの子の超力の有無を見極めさせようって魂胆が、あるんでしょうね。じゃないと、いくら年が近くても、ペーペーのあの子と、ベテランのあんたをマッチング、なんて無謀取ると思う?」

 乱馬は黙った。なびきの言うことに、信憑性を感じたからだ。
「もしかすると、計り知れない大きさの能力者かもしれねえ…ってか。そいつのお守りを、同世代の俺に託し押し付けた、まあ、高官連中が考えそうな事だな。」
 乱馬は思い切り大きな溜息を吐き出した。でっかい荷物を背負い込んだと思ったのである。

「ってことで、あの子をこれからも、よろしくね。それから…。」
 そう言いながら、なびきは何やらポケットから計算機を取り出した。この時代も変わらずある「電卓」だ。
 すすすいっ、と数字を並べて、計算し始める。
「おい、何やってんだ?てめえ…。」
 ひょいっと覗き込んだ乱馬に、すかさず投げつけられた言葉。
「えーっと、今までの情報料を、ここいらで一回、清算しとくわね。」
「何ぃ?情報料だあ?何だそりゃっ!」
 慌ててなびきを覗き見る。
「あーら、情報を得るためには、それなりの見入りが必要ってことよ。この世界の常識でしょう?」
 とにやりと笑う。

「お、おまえなあ…。今までのは、好意で調べて俺に寄越してくれてたんじゃあ。」
 カクカクと乱馬の手が震え始める。

「何、寝言言ってるの。甘いわねえ…。あたしがロハで情報をあげるとでも思ってたの?」
「なっ!」
 あんぐりと開いた口は閉じることを忘れ去っている。
「来月のお給料支給から、これだけ差っ引いておくわね。勿論、税込みよ。お得でしょう?」
「給料天引きだあ?」
 吐き付けた乱馬に、なびきは笑いながら告げた。
「あたしんちのお給料計算は、あたしが全てやっているのよ。勿論、任務の範囲内でね。だから、ちゃんと天引きしておくから、あんたに手間は取らせないわ。ってことでよろしくね。」
 とウインクされた。
「じ、冗談じゃねえーぞっ!」
「冗談なんか言わないわよ。
ふふふ、これからもどんどん有能な情報を提供してあげるからね。
あ、勿論、有償で…¥」

「畜生!何て任地なんだよ!てめえんちは!」
 乱馬の怒声が、ダークホース号艦内に轟き渡った。



 快調なエンジン音が耳を伝わっていく。
 船は小惑星の中を悠々と流れながら運行し始めた。
 その向こう側に、新しく通った「ブルートンネル」。
 その美しき筋状の灯りが、煌々と灯されて見えた。
 だんだんに遠ざかる光の建造物。


 イーストエデンの若き獅子、早乙女乱馬。
 その許婚であり、パートナーの天道あかね。
 後に「ダークエンジェル」と呼ばれることになる二人。
 彼らの「試練」は、今、始まったばかりだ。
 


プロローグ   First Contact 完






 同人誌展開した作品をネット掲載するのは、本来、掟違反なのですが、…いろいろ思うところあって、今回、公開させていただきました。
 はじまりがわからないと、後に続く話がわかり辛くなるというか、何というか…
 同人誌用に書き下ろしたので、かなり気合が入っておりました。

 公開にあたり、修正も加えております…が、ほぼ、原文のままです。惑星の名前とか、組織の名前とか…。
 偶然なんですが、実在団体と組織名がかぶってしまい…こりゃ、まずいかなあという自己規制で…。ゼナという名前に改名しました。もともと、セレナという謎の惑星を登場させたいと思っていたので、そこから貰いました。

 このシリーズ作品の基盤になったオリジナル作品もいつかは、ちゃんと書きおろしてみたいなあと…。オリジナルは、連邦軍エージェント仕様ではなく、父親の借金のかたに堅気じゃない裏稼業がある宇宙運送会社に放り込まれた青年と、そこの創業社長のお嬢様の冒険譚なんですけどね…。(で、ブルーエンジェルという作品名だったりする)


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