◇闇の狩人 覚醒編


第二話  まどろみ



一、

「へえ、乱馬さんって変身能力が備わってるんだ。」
 そう言ってナオムが軽く笑った。
「うるせーっ!俺だって好きでこんな風になってるわけじゃねえっ!」
「十分、特殊な能力じゃないですか。わざわざ特殊な任務に就くために、今でもその伝説の泉、呪泉郷へすすんで自ら身を投じるエージェントも少なからず居るっていう話、聞いたことありますよ。自分を偽るために。もしかして、乱馬さんもそうだったんですか?」
「馬鹿っ!俺は呪いの水をわざわざ浴びに行ったんじゃねえっ!浴びせかけられたんだっ!第一、こんな能力持っていたって、何の得にもなりゃしねえんだからなっ!!」
「そうかなあ…。その泉枯れて久しいって言うし。…僕なら特殊任務のために、有償でも水を浴びてみたい気持ち、ありますけどね…。」

 ナオムには少し侮蔑したような光が宿っているのではないかと乱馬は不機嫌だ。いや、それだけでカリカリしているのではない。任務にあたり、女を強要されたことに対して、憤慨しているのだった。

「畜生、なびきの奴めっ!何もここまでしなくってもいいじゃねえかっ!!」

 男気溢れた見てくれよりもずっと心が狭い乱馬は、そう胸に吐き出す。

「ま、そのくらいの気合入れないと、あんたは任務に本気にならないじゃないの…。」
 あかねは冷ややかに乱馬を見据える。まだ、朝の出来事に腹を立てているようだった。言葉の節々にトゲがある。

「はいはい、とにかく、今回の任務の責任者はあたしだから、そのつもりでね。それから、乱馬君が男であることは、超級極秘扱い。従って、彼の名前は「乙女乱子」という名前で登録してあるの。」
「乙女乱子だあっ?」
 乱馬が叫んだ。
「そういうこと。この任務上には「早乙女乱馬」は存在しないってわけ。」
 なびきがにっと笑った。
「冗談じゃねえぞっ!何でそこまで…。」
 そう言い掛けたのをなびきが制した。
「アンナケに行くんだからね。そのくらい用心しないとね…。」
「じゃあ、あかねはどうすんだよ。バリバリ本名と正体ばればれじゃねえかっ!」
 怒鳴り散らす乱馬になびきがちゃきちゃきと言い放った。
「彼女まで変えたら不自然でしょう?だから…。今回の任務は、あんたが昔に使ってたセカンドネームの「乙女乱子」を使うんだから。ふふふ。乙女乱子がイーストのエージェント登録されてることはあんたも知ってるでしょう?」
「うぐ…。」
 なびきにぐいぐいと迫られて、乱馬の声が詰まった。
「とにかく、敵はゼナだけじゃなさそうだし。今回はウエストのエージェントも数名居るからね…。」
「だから、セカンドネームを持ち出すって訳か…。」
「そういうこと。わかった?あかねもナオム君も、以後は彼のこと、乙女乱子として扱うこと。これは、司令官からの命令よ。」
「了解っ!!」
 あかねとナオムが元気良く答えた。
「ほら…。乱馬君、あなたは?」
「わーったよっ!!了解すりゃあ、いいんだろ?」
「宜しい。」


 こうして、不本意ながら、乱馬は「早乙女乱馬」ではなく「乙女乱子」として、以後の任務で扱われることになってしまった。


 予定通り、木星のエウロバへ出向き、地球から派遣されてきたという科学者を数名、この船に乗せる。傍にはさりげなく、連邦軍の護衛艦が二隻ほど一緒に並行して飛ぶという念の入れよう。

「ちぇっ!特務任務ならよう、学者も軍艦に乗せればいいのに、何で俺たちのダークホース号(ふね)に乗るんだよっ!」
「ごちゃごちゃ言わないの。軍関係の船だと快適な旅を得られないからでしょう。」
 あかねが切り返す。
「そりゃあ、贅沢なこって…。」

 このダークホース号には三人の女性学者が乗り込んでいた。いずれも二十代後半から三十代前半といった、これから脂に乗ってくるだろうと思われる才女ばかりだ。 
 この船の中には黒一点のナオムは、彼女たちをもてなすには最良の相手だったかもしれない。とにかく、どこで覚えたのか、乱馬たちと接するのとは違って、研修生の初々しさをナオムはさらりと演じている。

「たく…。嫌味なガキだぜ。俺たちの前では散々、生意気なことを言ってるくせによう。学者のお姉さまたちの前では尻尾振りやがって。」
「何ぶつくさ言ってるのよ。」
「何でもねえよっ!」
「どうでもいいけど、任務はしっかりやってよね。二人とも。」
 なびきはやれやれと二人を見やった。こうやってわだかまりをぶつけ合うこの若いカップルに、苦笑いを投げかけた。

(たく…。まだ二人とも精神的にはお子様ね…。蒼いわ。)

 目を転じるとそこは漆黒の闇。高速飛行なので、エンジンの操舵音も微かだが聞こえてくる。


 アンナケまでは高速飛行で約五日間。
 そこで、様々な方面から集る、連邦宇宙局手配の学者やエージェントたちと合流する。そういうことになっていた。
 最初の三日間は難なく過ぎる。乱馬とあかね、なびき、ナオム。それぞれなびきが組んだ完璧なシフトで交代して運行にあたっている。今回はあえてナオムの担当を二人から外した。直々、その資質を見るためにも、なびきが主にクルーを組んだ。
(へえ、なかなかやるわね。この子。)
 やり手のなびきが感心するほどだ。宇宙船の操舵も情報の分析も、確かに目を見張る素質が備わっているようだ。この若さで研修に出されるだけのことはある。
(案外、連邦宇宙軍の中枢部へと入る、エリートとして育てられていくのかもしれないわ…。)
 鋭い目でナオムの最後の研修を実地担当する。
(でも…。あまりにもセオリーどおりに無難に何でもこなすのも、気に食わないところでもあるんだけれども、ね…。)
 乱馬と反りが合わないのも納得できると思った。
 乱馬のパイロットとしての素質も、これはこれで、目を見張るものがあるのだが、ナオムとはタイプが全く違う。決められた運行をきちんと正確にこなすナオムの操舵と、殆ど本能的な感覚で機具を操る乱馬と。純粋培養のご子息と、原野の野生児との違い。そんなものを感じた。

 この飛行計画に当たって、珍しく一つだけ乱馬が要求を突きつけてきたことがある。
「この要求を飲まなきゃ俺たちは船を下りる。」
 なびきに頑として突きつけたわがままな要求。エージェントとして、任務を断ることは不可能に近いことはわかっているのだが、珍しく乱馬が我儘を言って食い下がった。

「ま、この場合、仕方ないか…。確かに、胡散臭い任務ではあるし、彼があそこまでしつこく要請してくる事だし…。」
 なびきの裁断で、渋々受けた。



二、

「えーっ!!何であたしがあんたと一緒に休眠時間に入るのよっ!!」
 思っていたとおりあかねが声を張り上げた。
「任務中よっ!任務中!遊びに行くのに飛んでるんじゃあないんだからっ!」
 飛空四日目、あかねは最後の休眠を乱馬と取るように言い付かったのだ。
「あんなあっ!俺だってそんくらいはわかってらあっ!それに、今は女の格好してるだろうがっ!」
 乱馬は不機嫌なあかねを睨み返して言った。
「女の格好してるって言ったって…。」
 精神的には男じゃないの。そう言おうとしたが、ナオムが怪訝な顔をして見返したので、そこで言葉を区切った。

「ナオム君はあたしが最後の研修の面倒を見るから、あんたたちは今のうちに英気を養っておきなさい。この宇宙空間では何が起るかわかったものじゃないし、あちらへ無事に着いたからって、仕事が「はい、終わりっ」て訳でもないんだから。いい。これから十二時間きっかり、安眠カプセルでしっかり休養して、疲れを残さないようにするのよ。それも任務。命令よ。わかった?あかねっ!」

 なびきがすらっと言って退ける。

「ということだ。文句あるか?」
 乱馬がそれみろとあかねを見返す。
「わ、わかったわよ…。」
 渋々承知する。
「いい子ね。あかね。」
 なびきがにっと笑った。

 乗務員の居住区は、操舵室の下方にある。
 何か事が起こればいつでも対処できるようになっている。
 落ち着いた感じの絨毯張りのフロア。それぞれクルーのために安眠カプセルが並んで置かれてある。殆どは一人用の睡眠カプセルだが、一つだけ二人用のカプセルが安置してあった。
「ほら、こっち来いよ。」
 乱馬は迷わず二人用のカプセルにあかねを導く。
「あんたねっ!今は任務中でしょう?」
 何を考えているのだと言わんばかりにあかねが切り返した。
「おまえ、何か勘違いしてねえか?」
 乱馬がきつい目をあかねに返した。
「勘違いしてるのは乱馬でしょう?まだ任務遂行中よ。ここは別々のカプセルで眠るのが筋ってもんでしょうが。」
 あかねは怒ったように言った。
「だから、それが勘違いっつーんだよ。」
「これのどこが勘違いなのよっ!」
「あんなあ、今の俺は女なんだぜ。」
「だからって女同士じゃ楽しむ…とか思ってるんじゃないの?助平!」
 あかねの怒声が飛ぶ。と、乱馬がまなじりを釣り上げた。
「お馬鹿っ!何が嬉しゅうて、女の形(なり)でおめえと抱き合わなきゃならねえんでいっ!そこまで節操なしじゃねえぞっ、俺はっ!」
「じゃあ、何でよっ!!何で二人用の安眠カプセルに入るのよっ!」
「それはおめえが一番わかってることじゃねえのか?」

 真摯な瞳が真っ直ぐに向けられてくる。身なり格好は女のそれだが、もとは逞しい青年の乱馬。
 あかねははっとして彼を見返した。

「俺の目は節穴じゃねえぞっ!ったく…。まだこの前仕留めたゼナの闇を、身体のどこかに引きずってるだろっ!おめえは。」

 あかねは乱馬の言葉に黙って床へと目を落とした。
 
「そら見ろっ!だから、俺が直々癒してやるっつーてんだ。ありがたく思え、馬鹿。」
 そう言いながら乱馬はカプセルを開いた。プシュッと音がして扉が開く。

「何でわかったのよ…。」
 小さな声が響く。

「あの任務が終わってこの方、ずっと、ナオム(がき)の世話で完全に浄化させてやる時間が取れなかったからな。……今日まで二度ほどしかおめえと肌を合わせてねえ。あれだけ狡猾かつ大きな闇を二つも仕留めたんだ。そう簡単にはおさまるまい。ましてや一人はおまえの最初のパートナーだった男だぜ。」
 乱馬は安眠するための用意に手を動かしながら、とうとうと話しかける。
「それに、いつも互いに最良のコンディションで任務にあたる。これはこれから死地に赴くかも知れねえ俺たちには必要不可欠なことだからな…。小さな懸念でも、放っておけば致命傷になりかねねえ。ましてや、この先、どんな過酷な任務が待ち受けてるかもわからねーんだ。」
「だからお姉ちゃんに言って、時間を作って貰ったの?」
「ああ、悪かったな…。でも、おめえはこれくらい強引にしねえと、素直にうんとは言わねえだろ?」
 最後に安眠カプセルの稼働時間を合わせると乱馬はあかねを見返した。
「ほら…。眠るぜ。男の俺じゃなくて悪いけど…。俺は俺だ。おまえに癒しの波動くらいは送ってやれる。一人で眠るよりは数倍も具合がいいだろうさ。」

 あかねも、もう、抵抗はしなかった。
 まだ、どことなく、自分の中にわだかまる「闇」を彼女なりに意識していた。彼に浄化してもらえるならば、それに越したことはない。
 二人は真向かいになって身体を寄せると、カプセルの扉を閉じた。グイーンと音がして、密閉される。
 それから、互いに向き合ったまま、目を閉じる。

 トクン、トクン…。

 乱馬の心音があかねの耳に響いてくる。不思議と安らぐ柔らかな音だ。

 トクン、トクン…。

 その鼓動にあわせるように、己の心臓も共鳴を始める。
 やがて、下りてくる眠りの淵へと、誘われていく。
「ゆっくり休め。次に目覚めたら、過酷な任務が待ち受けているかもしれねえからな…。」

 乱馬にそう言われる頃には、あかねは寝息をたてはじめていた。身体と心は正直なもので、安心しきると、全身全霊を委ねて休眠へと入っていく。
 いつもは一回り大きな身体であかねを包み込むことができるが、今の状態では見詰めるのが精一杯だ。それでも、乱馬は満ち足りた瞳をあかねに手向け、まだ、不安げな眠り姫へと己の波動を送る。

「この任務、辛いものになるかもしれねえ…。俺の感がそう言いやがるんだ。」

 心でそう語りかける。

「もしかすると、あいつが、俺たちを呼んで…あの「時の女神」が…。」

 或いはこの超力が寝覚めなければ、もっと違った愛の形を求めることができたかもしれない…。と。
 あの忌まわしい土地へ再び赴くことになった今回の任務。

「あれから、もう三年近くが過ぎちまったのか…。」

 乱馬は眠ってしまったあかねを見詰めながら、心の奥底に閉じ込めていた記憶を巡らせ始めた。







 あれは、まだ、「許婚」というお互いの立場を認めようとはしていなかった頃のこと。出会って一年が過ぎかけた頃のある任務でのことだった。







 それまでパートナーだった同じエージェント稼業の父親に、半ば強要され、置き去りにされる形で「天道運送会社」に放り込まれた。そこで新しいパートナーとして出会ったのは自分と同じ年の生意気な少女だった。同じジャパニーズの血を受け、ダークアイを持つ少女。
 未熟なくせに、勝気さだけは一人前。男でも躊躇うような修羅場に大胆不敵に飛び込める根性と思い切りの良さには目を見張った。
 最初の一年間は、パートナーとしての素養を見るために、あまりハードなミッションは与えられては居なかった。
 組まされた当初から、喧嘩が絶えない最悪のパートナーシップの二人。互いの強烈な個性をぶつけ合ううちに、やがて、不器用な愛が育ち始めていた。
 いや、本当は、初対面の時から互いにわかっていたのかもしれない。今、目の前にいるパートナーは、最良の相手になり得るということを。
 だが、時として、共鳴しすぎるペアは、かえって「わだかまり」を持ってしまう。これまた男と女の一つの条理だった。
 乱馬とあかね。
 この二人の場合は、「許婚」という親同士が与えた出会いが、返って「素直な和合」からそれぞれの距離を遠ざけていた。互いの変な意地の張り合い。それは、強要された許婚への反発となって顕著に現われた。
 自然に出逢っていれば、また事情は変わっていたのだろうが、とにかく、有無も言わさず「おまえたちは許婚同士だ。」と紹介されたのだ。反発しない筈がない。
 彼らは、出会った時点から、協調という部分が欠落しているそんなちぐはぐなパートナーだった。
 だが、必要以上の反発は、同時に必要以上の結びつきをも産むものだった。それも男と女の不文律の一つかもしれない。
 そんなこんなで、ここに至るまでには様々な紆余曲折があった。
 最悪だった出逢いから一年も経つ頃には、ある程度の任務をこなせるまでに息は合い始めていた。
 と同時に、そろそろ本格的なエージェントとしての任務が舞い込み始めていたのである。
 本格的にエージェントとして始動するということはまた、死と隣り合わせの危険な任務を遂行しなければならなくなるということを示唆していた。
 勿論、乱馬もあかねも、「死」への恐怖はとっくにどこかへ置き去っていた。それが特務官としての当然のあるべき姿であったからだ。
 だからこそ、互いに、その安くはない命を守ろうと「一つの愛の形」が生まれてくるのもごく自然な流れだったかもしれない。

 ともあれ、そんな二人に、或る日、とんでもない任務が下ることになったのだ。
 自分よりも少し遅れて、あかねが十八歳の誕生日を迎えて間がない頃のことであった。


 安眠カプセルの中、淡い眠りに身を任せながら、乱馬は、まだはっきりと脳裏にある「記憶」を巡らせ始める。
 「ダークエンジェル」という超力を持つことになってしまった、あの運命の任務の記憶を…。これから向かおうとしているあのアンナケという星の出来事を。


 そう…。
 あれは三年ほどまえのこと……。
 同じようにアンナケへ飛べという任務が下ったあの日のこと。



三、

「えーっ!!な、何よっ!その任務っ!!」
 あかねは驚きの声を思いっきり張り上げた。その傍で乱馬も苦虫を噛み砕いたような顔を手向けている。
「嫌よっ!絶対に嫌っ!!」
 はき棄てるようにあかねが言葉を投げつける。
「嫌だって言ってもね…。あかね。」
 なびきがにんまりと妹を見据えた。
「あんたもわかってるでしょう?これは任務なの。イーストエデンの特務官、天道あかねに対するね。」
 そう鋭く言い放つ。
「何が任務よっ!そんなの、人権無視も甚だしい命令じゃないのおっ!!」
 姉の言葉へ果敢に「文句」を言い放つ。
「じゃあ、乱馬君はどう?」
 なびきは同じ命令を発せられた彼へと言葉を手向けた。
 
 ぐっと腕組みして、考えていた彼は、たったひとこと受けて答えた。
「それが俺に課せられた命令ならば…実行します。」
 と。
 その返答を聞いて、あかねは信じられないというような目を向ける。
「ほら、御覧なさい。あかね。彼の方がずっと道理がわかってるじゃない。」
 なびきがあかねの言葉を押さえ込むように先に続けて言葉を放った。
「あんた、本気なの?」
 あかねは構わず言葉を叩きつける。
「本気も何も、それが連邦局からの命令ならば、受けて立つのが特務官の務めだろ?だったら、迷いも拒否も発生しねーんじゃねえの?遊びじゃねえんだぜ、任務はっ!」
 と淡々と答える。
「そういうこと、あるのは「了解」という漢字二文字だけだわよ。元々選択も拒否の余地もないのよ。私たちにはね。」
 なびきはにんまりと笑った。
「だからって…。」

「だからって…。何もてめえと本当に結婚式を挙げるわけじゃねーんだぜ。偽装が必要ならば偽装するだけのことだ。何も考えることはねえ。」
 乱馬は重ねてそう言い切った。
「でも…。」

「いい加減にしなさい。あかね。これは任務だ。私事を挟む余地はない。連邦局がそう言う風に命令を出してきている以上、このイーストエデン支部からも誰かが出なければならないんだ。ざっとここの面子を見渡して、その任務に当たれるのは、乱馬君とおまえしか居ないだろう?」
 司令官でもあるあかねの父、早雲が嗜めるように言った。
「そうよ、あかねちゃん。私と乱馬君じゃあ、歳だって逆転しているし、似合いそうにないでしょう?だから、あなたと乱馬君が良いの。乱馬君はちゃんと任務として認識を持っているんだから、あなたもそうするべきよ。ね?」
 かすみがにっこりと微笑む。
「わかりました。」
 そうまで言われては矛先を収めるしかない。あかねはそこで黙ってしまった。

「じゃあ、改めて命令するわ。これより、早乙女乱馬及び天道あかねの両名は、「連理比翼ミッション」を拝命し、その完遂に当たって最大限の努力をすること、以上。」
「直ちに、早乙女乱馬と天道あかね両名は配置に付きます。」
 きびっと背筋を伸ばして乱馬が言い放った。あかねも渋々それに同調させられた、そんな感じであった。
 しかし、拝命させられたとはいえ、わだかまりが直ぐに消えるというものではなかった。

「何で、あたしが乱馬と婚約者として、その、結婚セレモニーへ参加しなきゃならないのよっ!何で、新郎新婦の真似事までしないといけないのよっ!!」

 どうも合点がいかないのであった。
 二人に与えられた任務は、とある企業体の企画した「るんるんハネムーン」というツアーに参加するということであった。それも、結婚するという名目で集められた一般参加者としてだ。
「はい、これがその会場となる星のパンフレットや資料。明日飛び立つから、それまでにざっと目を通して、建物の地図やツアーの内容についてしっかりチェックしておきなさいよ…。旅の準備はかすみお姉ちゃんがやるって言ってたから…。」
 無責任ななびきはそう言ってあかねにどっさりと書類を手渡した。
 まだ合点がいかないと文句を言いたげな妹に、なびきは追い討ちをかける。
「その気になったら、本当に結婚式挙げて帰って来てもいいって、さっき、お父さんが言ってたわよっ!もし必要なら入籍届けも持ってけって。」
 とピンク色の申請用紙をあかねに差し出した。勿論「婚姻届」とはっきり記された書類だ。見ると、ご丁寧に、乱馬とあかねの詳細記録まできちんと整えて書かれてある。
「ちょっと、お姉ちゃんっ!!」
 あかねはいよいよ腹が立って、その書類を手にかけようとした。
「待ったっ!その書類は必要物だからね。その星へ侵入するためには。…破るのは任務が終わってから後よ、後。わかった?」

 脳天に強力なパンチを食らったように、あかねはそのまま立ち尽くす。悪い冗談だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「まさか、お父さんもお姉ちゃんも、あたしと乱馬を本当に結婚させようだなんて企ててるんじゃないでしょうねっ!」
「さあね…。親の心娘知らずってね。」
 なびきは意味不明な慣用句もどきを告げるとさっさと司令室を出て行ってしまった。
 残されたのは無言で立っている乱馬とあかねだけ。

「その…。本当に任務だから履行するだけだからな。わかってると思うけど。」
 当該人の片割れはそれだけを無愛想にあかねに告げた。
「あったりまえでしょっ!!こんなドサクサに紛れて本当に結婚させられたら、たまったもんじゃないわっ!!」
 あかねの鼻息はまだ荒い。
「ま、せいぜい、可愛らしく振舞えよ。」
「うっさいわねっ!!あんたこそ、ちゃんとリードしなさいよっ!!」

 プンっと互いに横を見ると、それぞれ自分の部屋へと引き上げていく。
 勿論、この頃の二人はまだ、隣り合わせの居住区には住んでいなかった。それぞれあさっての方向の私室へと歩き出す。互いにあかんべをするのは忘れずに。

「たく…。相変わらず、反発…か。まあ、いいわ。でも、面白くなりそうね…。この任務。」
 なびきは自分用にも用意された分厚い資料へ目を通しながら、楽しそうに笑った。
 まだ、誰も、この後に展開される修羅場のことは予想だにできなかったのであった。



つづく




過去譚へと話は移ります。
もとい、第四部は過去譚中心の話になります。


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