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「らんま一期一会」について


 「一期一会」(いちごいちえ)とは茶道におけるお茶会の心得(こころえ)です。
 茶道を芸術の高きまでに育て上げた、田中宗易(たなかそうえき)こと千利休(せんのりきゅう)の弟子(でし)、山上宗ニ(やまがみそうじ)の書いた『山上宗ニ記』にある「一期に一度の会」という言葉が元になっているのだそうです。


 茶道といえば、「らんま1/2」では原作コミックの7巻に「格闘茶道」のストーリーがあります。格闘茶道大文字流家元(かくとうさどう・だいもんじりゅう・いえもと)のお家騒動(いえそうどう)に乱馬とあかねが巻(ま)き込(こ)まれる話です。また、TVアニメシリーズではこの話を元に、オリジナルな格闘茶道をモチーフとしたストーリーが数話、存在しています。
 アニメ版では格闘茶道大文字流家元のばあさまが
「茶の湯の心は一期一会・・・ここでおうた(会った)が百年目。」
 と、格闘相手のらんま(女)に向かって言い放つ台詞(せりふ)があります。
 もちろん、そんな意味の言葉ではありません。
 原作では「一期一会」という言葉は出てきません。


 本来は「一期(いちご)に一度の会(え)」とは「生涯(一期)に一度、会いまみえる(一会)」又は、「一生に一度限りである」という意味の言葉です。言いかえるなら「一の縁(えん)」。
 茶道では「そこに集う人に一生涯(いっしょうがい)に一度の素晴らしいおもてなしをする」という意味合いで「茶の湯の心は一期一会」と言うのだそうです。そのくらい、心を込めてお茶を点(た)てるのが礼儀なのだそうです。


 さて、一之瀬家では、娘が小学生の頃から茶道(表千家)を習っています。
 月に一度、同級生のお宅に伺って気楽に茶の湯の基礎を教えていただいています。
 手水(ちょうず)での手洗いに始まって、お茶室への入り方、畳の歩き方、掛け軸や生け花の鑑賞のし方、お茶菓子の取り方、茶器や袱紗(ふくさ)、茶杓(ちゃしゃく)、茶筅(ちゃせん)の扱(あつか)い方、お茶のいただき方、退室のし方まで、ひととおり毎回しっかりと私の友人でもある先生に就(つ)いて教わっています。
 天道家のような造りのおウチに行く事も彼女の密かな楽しみなのです。
 かく言う私、一之瀬は、お恥(は)ずかしながら、全く、茶道の心得はございません。
私の母は表、裏、煎茶(せんちゃ)、とひととおりお免状を持っているのですが、娘の私は茶の湯とは全く無縁でここまで来てしまいました。無作法です。(苦笑)


 一之瀬家の生息地、奈良県生駒市(ならけん・いこまし)は茶筅(ちゃせん)の里としても有名です。息子の通っていた地元の公立高校には、その校章に茶筅が使われているほどなじみがあります。
(奈良県の公立高校の統廃合の折、校名が北大和高校から奈良北高校に変更になり、校章も変わりましたが、茶筅の文様は同じです。)
 女の子だし、知らないよりはいいか・・・とまあ軽い気持ちでお稽古を始めました。(2011年現在も続いています。)
 娘も遊びの延長で、友人との月一回のお稽古を楽しみにしています。彼女は習字も好きで、共に同じ流派で私と競い合うように頑張っています。
(2011年現在、娘はやめております。母はその後、今の師匠に入門し流派を流転。2011年読売書法展に初入選してから、世界が一転…。本気で修業しております。)

 また、書道の墨も良質なものが奈良県下で作られていることから、書道も盛んな土地柄(とちがら)でもあります。



 閑話休題(それはさておき)
 茶道の心得(こころえ)をいただいて、ここに来られる人が「一期一会」のひとときを楽しんでもらえたら・・・という願いをこめて私達のHPの名前を「らんま一期一会」とつけました。
 また、「いちごいちえ」の言葉に「一語一絵」という意味も掛詞(かけことば)として含ませていました。
 みなさまの「らんまに寄せる一言や絵を一枚いちまい大切にしたい」と思ってサイトを運営し始めたのです。
 大好きならんま的話題を中心にみんなでも盛りあがれたら・・・という思いは今も健在です。



「らんま1/2」との出会い


 我が家で最初に「らんま1/2」に出会ったのは私、一之瀬けいこです。
 たまたま入った本屋さんで、山積みにされた新刊の「らんま1/2」1巻を手にしたのです。
 「うる星やつら」で一世(いっせい)を風靡(ふうび)した「高橋留美子さん」の新作ということで、そのまま買って帰りました。「うる星」とはまた違ったテンションの、面白い構成に、子育て爆走中の私は、そこそこ楽しんでおりました。
 7巻辺りまではちゃんと発売日に新刊のコミックを買っていたのですが、その後、二番目の娘が生まれてからは、新刊を買わなくなっていました。確か、出産と出産後のトラブルで入院が長引いている間に新刊が出たからだったと思います。
 一度買い逃すとそのままズルズル忘れ去ってしまうことって多々ありますね。
 ちょうど、TVアニメの放映も始まった頃。アニメで見るから原作はええかな…と途中下車。
 あの頃の私には「らんま1/2」に対する強い思い入れなど皆無でありましたから、そのまま原作は買わずに年月を過ごしたのです。
 そのうち、二人になって子育てはますます忙(いそが)しくなるわ、関東に転勤はするわなどで、どたばたしているうちTVの方も真面目に見なくなりました。見られるときはちゃんと見ていたのですが。


 月日は流れ、1998年春のこと。「らんま1/2」の再放映が関西TVの夕方枠で始まりました。
 コミックもアニメも中途半端にしか見ていなかったことが、アニメ好きの私の心の片隅に引っかかっていた私は、ビデオにチェックしながら見始めたのです。乱馬とあかね、あのカップルはどんな顛末を迎えたのか、何故か気になったのです。
 再放映が始まって間もない頃、実家に行った子供達は私の部屋のマンガ本棚で原作を2冊見つけました。
 4巻と5巻です。多分、娘を身篭(みごも)っていたとき、実家に来て置いておいたのでしょう。
 それを読んで、子供達は即座に「らんま1/2」が気に入ったようでした。
「誕生日プレゼントに全巻そろえて!」と当時七歳だった娘が言い出しました。
 そして、原作を求め、本屋、古本屋を走りまりました。3ヵ月ほどかけて原作を集めたのです。
 当時、私の住むエリアでは再放映の影響か原作新刊本、中古本どちらも全然見当たりませんでした。
 とにかく、見つけたら買うということを繰り返して集めました。
 因(ちな)みに最後まで見つからなかったのは26巻です。(笑)〜分るような気がします。


 まだ、その夏頃までは私も平穏でした。まさか、自分で同人活動を始めてしまうなどとは思いもよらず。
 多分、音読カードの裏に「らんまの絵を描いて」とよっちゃんにねだられて描き始めた頃から目覚めて、突っ走り始めたのだと思います。そう、乱馬を描いているうちに、テンションがあがり始めたようです。
 私を横から眺(なが)めていた近所のど腐れた友人(主婦)は(現在は京都在住)
「他人がツボに嵌(は)まっていくサマは端(はた)から見ていて気持ちが良かった!」
 と申しておりました。時々彼女には的確な同人的アドバイスを貰ったりして、膨らんでいきました。
 その後、我が家のパソコンをネットに繋ぐようになって、たくさんらんま好きなお友達ができて・・・。
 気がついたらHPを開設し、二次創作を始めていました。
 「らんま1/2」という作品を通じて、いろいろな方と出会えましたし、交流も始まりました。
 いい時代になったな〜と実感しています。


 HPを作成するに際し、全くマンガを読まない旦那が嬉しいことに「らんま1/2」の原作を読破しました。
 通勤電車で読んでいたので、二ヶ月近くかかりましたが・・・。この手の話しをしなかった父も、最近らんまネタについてこられるようになりました。ますますおバカな一家になったことは言うまでも無く。



 「らんま一期一会」もWeb上に定着して月日が流れました。
 中学生だった息子は2011年春に就職し、現在会社の寮住まい。
 小学生だった娘も、成人しました。
 父は相変らず飄々と生きております。
 母は…同人活動まで始めましたが、現在、健康上の理由で休止しています。オンラインのみで暫く活動していきます。

 なにはともあれ、らんまという作品が、私の人生を変えてしまったと言っても過言ではなく。
 これからも、「らんま1/2」という作品を愛し続けていこうと思っています。
 たくさんの出会いをくれた「らんま」に感謝!皆様との一期一会に感謝!