とある美容院にて
夢見人さま作



「ねえ、乱馬・・・美容院に行かない?」
「はぁ?」
まだ冬休み、三箇日も過ぎた日の事であった。
乱馬は呆れ顔であかねを見ていた。
「ちょっと髪伸びたくれぇでいちいち行かなくてもいいだろ?自分でやりゃいいじゃねえか。」
「あのね〜・・・こういうのは専門の人にやってもらうのがいいのよ。とにかく、乱馬も行けばわかるわよ。」
あかねは半ば強引に乱馬を引っ張って行った。
「最近新しいお店ができたのよ。ちょっと変わった店長さんがいるって今噂なのよ。」
「ったく女ってのは・・・そんな噂何処で拾ってくんだよ・・・」
あかねはしばらく歩いたが、突如足を止めた。
「このお店・・・だけど。」
「・・・なあ、これ、何十年前の店だ?」
見た所、かなり脆そうな作りの店であった。
中も客は皆無で、掃除もきちんとされてないみっともない店であったが、料金は比較的安い部類だった。
「・・・この店であってるのか?」
「うん、住所はここで間違いないけど。」
二人が恐る恐る入ると、店内は意外と明るかった。
「いらっしゃいませ。」
どうやら一人でいるらしい。小さい店内である故、大して支障はないようだ。
「格闘洗髪道場にようこそ。ではどちらが勝負を受けるのですかね?」
「かっ、格闘?」
乱馬の目が光った。
「もちろん、俺だ。で、どんな勝負なんだ?」
「おや、初めてのお客さまですか。では説明しましょう。格闘洗髪とは、お客さまを満足できるようにきれいに洗いながら、対戦相手をこてんぱんにする究極の格闘術です。なお、対戦相手を攻撃しても、対戦相手のお客さまを攻撃するのは反則ですよ。」
「わかった。」

そして、店長は何処からか一人連れて来た。
さらに、何か手ぬぐいのような物をその人の口元に当てて、席に座らせていた。
「では、そちらの流し台を使って下さい。それでは、開始しますよ。」
「いつでも準備はできてるぜ。」
「乱馬・・・負けたらただじゃおかないわよ。」
「大丈夫だ。俺は格闘と名の付くものに負けた事はねえんだ!」
「では・・・勝負開始!・・・あ、そうそう、忘れていました。勝負の結果でもっとも重視されるのはお客さまへのケア、完璧で素早い洗髪が物をいいます。一番の評価はそこですからね。」
「へん、たいした事ねえよ。」
「それでは、今度こそ・・・勝負!」
二人は同時に動き始めた。
店長は素早くシャワーで全体を濡らし始めていたが、乱馬はどうやら上手くできないようだ。
そして、あろうことか自分で冷水を被ってしまった。
「おい!どうなってんだよこれ!水しか出ないじゃないか!」
店長は振り向き、にやりと笑った。
「それは仕様です。」
「何だって?」
「いやぁ、最近湯沸かし器が調子悪くて・・・あ、大丈夫です。多少温度を高めにすれば使えますから。」
らんまは言われた通りにすると、ようやく適温になった。
らんまも急いで洗うが、既に店長は余裕の表情でシャンプーを髪全体に付けていた。
らんまは追い付こうとするが、シャンプーをいざ付けようとした時、すっと水が飛んで来た。
「ああ、済みません、手が滑ってしまいまして。」
店長はあっさりと言いのけた。
らんまも怒って熱湯を店長に掛けたが、
「いやぁ、この服耐熱防水加工なんですよ。なかなかいいでしょう?」
にっこりと返事をしていた。
らんまはしかたなく、あかねにまたシャンプーをつけるが、また邪魔された。
「あれ、今日はやたら手が滑る様です。」
らんまは怒りを抑えながら、あかねにシャンプーをした。
だが、その頃には既に店長はシャンプーを終えていた。
(こうなったら・・・奥の手でいっ!)

そして、どうにか同時に洗髪は終わった。
互いにタオルで乾かすと、店長は厳しい目で二人を見比べた。
「では、勝負の判決を下します。」
「勝負の結果・・・勝ったのは私です。」
「何だって?」
「いやはや、肝心の仕上げが不十分ですね。これでは勝負になりません。」
「おい、でも一番はお客さまだろ?そのお客さまの答えを聞かないでどうするんだ?」
「あ、それもそうでしたね・・・」
「・・・忘れてたのかよ。」
店長は、互いの意見を聞いてみたが、片方は何も言わなかった。
「ああ、良く眠ってらっしゃる。時々心地よくて眠ってしまう人もいるんですよ。」
「・・・なんか嗅がせてなかったか?洗う時に。」
「ははっ、ばれてしまいましたか・・・では、そちらのお客さまの感想でも聞きましょうかね。もちろん、正直に言ってもらいますけど。」
「え・・・?」
あかねはしばらくらんまを見ていた。そして、口を開いた。
「あの、とても良かったです・・・ええ。」
あかねは笑顔でそう言った。
「そうか・・・じゃあ、私の負けですね・・・残念です。どうぞ、ドライヤーをお使い下さい。」
店長はドライヤーをらんまに差し出した。
らんまはおさげをほどき、自分の髪を乾かしていた。
「らんま・・・あんたって人は・・・」
あかねの拳は震えていた。そして、一瞬後、熱湯をらんまは浴びた。
「何しやがる!」
「あんたねぇ・・・まずお客さまから乾かすものでしょう?もう!」
「まぁ、いいじゃねえか・・・だめか?」
あかねの睨みで乱馬も動けなくなった。
「まぁ・・・お二人とも仲良くしましょう・・・私はもう帰るので。」
「・・・店長、ここに住んでいるんじゃないのか?」
「いや、近くに借家があるんですよ。ここも借りているんですけどね。では。」
そういうと、店長はいつの間にかいなくなっていた。
「あれ?どこに行きやがった?」
そう言った矢先、店ごと全てが消え始めた。そして、残ったのは乱馬とあかねだけであった。
「どうなってるんだ?一体・・・」
乱馬にはもはや訳がわからなかった。
「もしかしたら、最初からみんな幻覚を見ていたのかしら・・・」
「幻覚ってなぁ・・・そんなわきゃねーだろ。水だってお湯だって・・・」
「でも、気にしないのが一番かもしれないね。」
あかねは笑顔を乱馬に向けた。
「ねえ・・・また髪、洗ってくれる?」
乱馬は思わずあかねをまじまじと見てしまった。
「冗談よ。冗談。」
あかねは乱馬を軽くはたくと、スキップして行った。
「お、おい、待てよあかね。」
ふふふっとあかねの声が乱馬に心地よく聞こえた。
あかねの濡れた髪は太陽の光で、より輝いていた。








 RNRの秘密の集合場所でごそごそやりあううちに、無理矢理強奪した移転記念作品です。
 勝手に貰って来たという奴でございます。(勿論、承諾済み)
 実は夢くん、あまり表に公開されてないご様子ですが…実は楽しい作品をたくさん書かれていらっしゃいます。
 何か内輪(RNR隊員など)だけでいつも楽しませてもらっているのが勿体無いくらいに…。
 RNRのどこかに、そっと飾ってくれているかもしれませんので、興味のある方はこそっと探してみてくださいませ。
(一之瀬けいこ)




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