良牙、苦難の旅路
夢見人さま作



「一体ここは、何処なんだ〜〜!!!」
山奥に轟く声。
響良牙は、今日も山で迷っていた。
「(いかん、このままでは明日のあかりちゃんとのデートに間に合わない・・・)」
山はすっかり紅葉を迎え、あちこちで美しい色彩をつくり出している。
しかも前回は、予定より二週間も遅れてしまったのである。
いつもの事とはいえ、毎回毎回遅刻ばかりしては申し訳ないと言う気持ちが良牙の心に深くのしかかる。
しかし、家族揃っての強力な方向音痴の遺伝子の前には、さすがの良牙もどうしようもなかった。
「(さすがに今回はいつもの失敗はしたくないんだがな・・・)」
大抵、二人があう時は、不思議と途中で雨が降ったり、乱馬やあかねと鉢合わせになってしまう事が多かったのだ。
だから今回は、ごくありふれた高原で待ち合わせをする事になっていた。
「この地図によればもう見えるはずなんだがな・・・」
今回も、良牙はあかりに書いてもらった、普通の人なら決して間違えないだろうと言うくらい、
わかりやすく、気配りのこもっている地図をもらっていた。
残念な事に、それが前回書いてもらった物だというのに良牙は気付くことはなかったのである・・・


雲竜あかりは、まだ前日だというのに、もうその場所に来ていた。
何故なら、良牙はいつその場所に迷いつくかわからないからである。
辺り一面が芝生のこの高原は見晴しが良く、まさに絶好の地であった。
「まだ良牙さまは来ていらっしゃらないのですね・・・」
周囲を見渡し、小さくため息をつくと、あかりはテントの準備に取りかかった。
食料は二週間分、それと非常食とお菓子をもっている。
しばらくかけて、ようやくテントは完成した。
カツ錦が手伝ってくれるので、順調にテントは組み上がった。
中に入り、荷物をきちんと整頓すると、あかりは紙と筆箱を取り出した。
あかりは逆に、待つのを楽しんでるかのように、手紙の返事を書き始めていた・・・

そして翌日。
天道道場ではいつもの光景があった。
「おやじっ、たくあん横取りするんじゃねえッ!」
「何を言うか乱馬、このたくあんはわしが先に取ったんじゃ!」
朝から威勢の良い居候親子の声。
「あらあら、今日も元気ね〜」
「もう、どうして落ち着いて食事もできないのよ!」
「どうでもいいけど、食卓の上で喧嘩するのはやめてよね。」
「あ〜っ!味噌汁こぼれたッ!どうしてくれるの早乙女君!」
天道家の明るい食卓からあふれる声。
そして、この後その光景が一瞬にして変わる事を、その時この面々が知ってるはずも無かった・・・


畳に異変が起きた。
武道家の一家としての直感か、みんなは食器に無意識に手を伸ばす。
しかし、食卓の上でたくあんの取り合いをしている親子には、それに気付く余裕がなかった。
畳が粉々になり、食卓は真っ二つになる。
物凄い轟音と、その衝撃で舞い上がるほこり。
「うわっ!」
「ぬおっ!」
とっさに身を翻して難を逃れたものの、その親子は肝心のたくあんを見失ってしまった。いや、それはどうでもよい事なのか。
そして、聞き覚えのある男の声が聞こえた。
「一体ここは何処なんだ!」


・・・・・・
その、周りの余りにも冷たい空気に、出てきた男は顔が真っ青になっていた。
「こ、ここは天道道場か・・・すまんな、道を・・・間違えた。」
「あのねえ、食事中に邪魔されちゃ困るのよ。」
なびきがまず言いたい事を良牙に言い放つ。
「良牙君、また道に迷ったの?」
続いてあかねが思った事を素直に訊ねる。
「まあ・・・おかずがもったいないわ・・・」
かすみがさりげない一言で良牙の心を苦しめる。
「あ〜!ごはんが!焼き魚がぁ!」
ひとり早雲が騒いでいる。
「あ、いや、その・・・こ、これは事故です、はは、ははは・・・」
異様に冷や汗をかきながら良牙はやっとの思いで言葉を口にする。
「で、では、失礼します・・・すみませんでした・・・」
なんとか強引にその場を後にする良牙。
その出来事でぼう然としている天道家の面々には、しばらくの沈黙が待っていた・・・のだが。
「あ〜っ!たくあんみっけ!」
「おやじ・・・てめえ、まだ探してたのかよ・・・」
明らかに周囲とは関係のない行動をしている早乙女親子が別にいた。


かなりの動揺を隠せないまま、良牙は地下を掘り歩いていた。
「(さすがにあれはまずかった・・・今度天道道場についたらきっちり謝らねば・・・)」
色々と謝罪の言葉を考えながら、良牙はただ「まっすぐに」進んでいた・・・


その夜。
あかりは、すやすやと寝ていたのだが、ふと目覚めた。
寝巻きのままテントから出ると、周囲を見渡した。
「良牙さまっ!?」
その行動を不思議そうにみるカツ錦。
「良牙さまがいたような気がしたのに・・・気のせいかしら・・・」


その時、良牙はあかりのいるところから600Mほど下を掘り進んでいた。


翌朝。
あかりは目を覚ますと、着替えて朝食の支度をはじめた。
もちろん、良牙の分の食器も用意してある。
持ってきた道具を駆使して米を炊きながらも、あかりは昨日の夜の事について、考えに耽っていた・・・


時を同じくして天道道場。
昨日の一件でぼろぼろになった部屋には仮補修がされていたが、かなり無理なものがあった。
それでも、一応は使えるのでそのままになっている。
「みなさん、あさごはんですよ〜」
かすみのやわらかい声が周りに心地よく響く。
どたどたと廊下をかける音が聞こえる。
だが今日は、いつもの親子の醜い争いはなかった。
その食卓が、いつまた壊れてもおかしく無い程脆くなってるからである。
何しろ、ちょっとでも力を入れると、すぐまた壊れそうな程度の補強である。
みんなが箸に手を付けたその時、悲劇はまた起きた。


「ここは、何処だ!」
再び、沈黙。
心なしか、殺気も感じる。
良牙はもう、何も言えない状態だった。
「あ、その・・・これは決してわざとじゃ・・・」
もはや良牙に、予め考えておいた言葉を思い出す余裕は無かった。


数時間後。
満身創痍になった良牙は、今度は普通に歩いて移動する事にした。
周りに注意しながら歩く・・・こんな時に水をかぶったらとんでもないことになる。
「えっと・・・この地図によれば、こっちの方だな・・・」
良牙は、地図を真剣に見ながらどんどん目的地より遠ざかっていった。


・・・それから3日が過ぎた・・・
ようやく良牙は、高原まで辿り着く事ができた。
「はぁはぁ・・・ここは・・・どこ・・・だ・・・?」
良牙は目をこらして周りを見渡すと、テントが見えた。
だが、そこまで不眠不休で移動を続けていた良牙は、もう体力の限界であった。
突如目眩が襲い、周りがぼやけていく。
テントから人影が現われたのを見ると、そのまま意識を失ってしまった。


あかりが良牙の気配を感じ、外に出てみると、ぼろぼろになった良牙が今にも倒れるところであった。
「良牙さまっ!」
あかりが慌てて駆け寄ると、既に良牙の意識はなかった・・・


「うっ・・・ここは・・・」
良牙が目を覚ますと、そこはテントの中であった。
まだ体のあちこちが痛む。
どうやら以外と重症を負っていたらしい。
しかし、誰かが包帯等で手当てをした跡がある。
ふと、周りを見ると、疲れたのであろうか、座ったまま寝ているあかりがいた。
「あ、あかり・・・ちゃん・・・」
良牙は思わず呟いた。
その声に反応したのか、あかりは目を覚ました。
「良牙さま・・・もう起きられたのですね。」
「ここは一体・・・?」
「高原ですわ。良牙さまがいついらっしゃるかわからないものでしたから、テントを張って待ってたんです・・・」
「そ、そうか・・・」
良牙は不思議と感動を覚えていた。
「も、もしかして、あかりちゃんがおれを・・・?」
「え、ええ・・・まあ・・・」
ぎこちない会話。少し動いただけでも走る痛み。
「このおけがは・・・どうされたんですか?」
「ちょっと迷ってたら・・・いや、大丈夫、すぐに治ると思うから。」
体中包帯だらけの無様な状態。余計に心配させてしまった後悔。
「大丈夫・・・なんですか?」
「ああ・・・心配かけてしまって、すまない。」
「いえそんな・・・心配だなんて・・・」
そんな中でも・・・あかりちゃんの献身的な看病や、照れくさそうな仕草は・・・
「私は良牙さまを信じていましたから・・・」
「えっ・・・?」
おれの今までの不幸を忘れさせるには・・・充分過ぎる・・・
「良牙さまなら・・・きっと来て下さると信じていましたわ・・・」
「あ、あかりちゃんE・・」
その純粋な喜びで満ちた笑顔は、良牙の心を何か、熱くさせていた。
「本当に・・・無事で・・・」
やはり相当心配してたのであろう、あかりの目元が潤んで見えた。
その不安をかき消す喜び、それがその正体だという事に。
「おれも・・・あかりちゃんと会えて・・・」
心の高なりが、体の痛みを忘れさせる・・・
「良牙・・・さま・・・」
あかりの声は弱く、震えていた・・・
「あかり・・・うっ!」
少し動こうとした矢先、良牙の背中から激痛が走った。
「良牙さま!?」
慌ててあかりは良牙を揺する。
「大丈夫だ・・・だから・・・」
「だから・・・?」
良牙は辛そうな顔のまま、無理に微笑みながらこう言った。
「手を・・・しっかり握ってくれ・・・」
あかりは一心に良牙の手をしっかりと握った。
良牙は安心したのか、そのまま眠りに付いた・・


翌朝。
良牙が目を覚ますと、そこにあかりの姿はなかった。
どうやら、朝食を作っていたようだった。
そこへ、あかりはテントの中に入ってきた。
「あら?もうお目覚めになったんですか?」
「あ、ああ・・・もう大丈夫だから・・・」
「今、朝御飯を作ってますので、もう少しだけまって下さいね。」
そういうと、すぐにあかりはテントの外に出ていった.。


30分は経ったであろうか。
あかりは御飯と箸をもって、ややためらいながら良牙の横に座り込んだ。
良牙はまだ残る痛みをこらえ、上半身をおこした。
「あ、あの・・・箸・・・持てますか?」
妙にうつむきながらあかりが尋ねる。
「え?・・・ああ、たぶん・・・」
あかりは箸を良牙の手に持たせた。
良牙は箸を持つ手に力を入れるが、上手く扱えない。
茶碗はあかりが持っているが、そこまでうまく手が届かない。
箸で米を掴もうとして、箸を落としてしまった。
あわててあかりが拾う。
「あ・・・やっぱりわたしが・・・」
「え・・・?」
「いえその・・・お手伝いしようかと・・・」
良牙は頬の紅潮を感じた。
「そ、それって・・・その・・・」
「あ、あの・・・早く食べないと御飯がさめてしまいますし・・・」
お互い動きがぎこちなくなる。
「そ、そうか・・・そうだよな。」
あかりは不思議と震える手で箸を使い、米を掴み、それをそのままゆっくりと良牙の口元に近付ける。
お互い目を合わせられない無言の緊張が続く・・・
少し時間が過ぎ、良牙が下を見ると、あかりと視線が合った。
不思議と目が離せない・・・
高鳴る緊張。
箸の先端は今にも良牙の口に触れそうであった。
良牙の口が僅かに開く。
箸は迷わず良牙の口の中に静かに入り、そしてすぐ離れた。
更に数秒間の空白をおき、あかりが尋ねる。
「おいしいですか?」
「う、うん・・・」
心なしか口元が引きつっている良牙。
「良かった・・・場所が場所ですので、上手く作れなかったんですけど・・・」
「そうか・・・でも、とてもおいしいよ。」
その一言で、あかりの目は輝きを増した。
「まあ、嬉しいですわ!」
「あ、あのさ・・・あかりちゃん・・・」
「なんですか?良牙さま。」
良牙はなにかいいづらそうだ。
「あ・・・あ・・・あの・・・その・・・」
「どうかしたんですか?」
良牙は顔中真っ赤にしている・・・だが。
「あ、あい・・・」
「あい・・・何ですか?」
「あ・・・い、いや、ありが・・・とう・・・」
良牙はつい本音から逃げてしまった・・・
「いえいえ。わたしは良牙さまのためならなんでもいたしますわ。」
あかりはその良牙が言わんとした言葉に気付かず、律儀に返事を返す。
「あ・・・うん。」
良牙は自分が逃げてしまったことをすぐに後悔した。
恐らく気持ちは伝わっているはずなのに、言葉で表現できない・・・
何故言いたくなるのだ・・・と、自分の心で葛藤が起きる。
「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
良牙が自分では気付かず辛そうな表情をしてしまっていたので、
あかりはつい心配になって声を掛けた。
「え?あ、ああ・・・大丈夫です。」
良牙はこっそりため息を吐くと、また食事を食べさせてもらった・・・


その3日後・・・
良牙はようやく元気な状態まで戻った。
あかりは朝食を整えると、荷物の片付けを始めた。
奇妙に静かな朝食を終えると、2人はそそくさとテントを畳み始めた。
早朝の高原の冷たい風が身にしみる。
良牙は、あかりをこのような寒いところにずっと居させたことに罪悪感を覚えてしまった。
あかりは荷物をカツ錦に持たせると、カツ錦を先に帰らせた。
「さあ、参りましょう、良牙さま。」
「そうだな・・・でも、カツ錦に乗らなくて大丈夫なのか?」
「え、ええ・・・」
あかりはうつむきながら答える。
「ここからだとかなり距離があるが・・・何日かかるか分からないぞ。」
「大丈夫ですわ。あ、あの・・・良牙さまが一緒なら・・・」
あかりは恥ずかしそうにそう言った。
その一言で良牙もあかりと同じように下を向いてしまった。
「さ、さあ、行こうか・・・」
「ええ・・・」


そして2人は歩き出した・・・
良牙が地図を出すと、あかりは何かに気付いた。
「あら?その地図は前回の・・・」
「え・・・?」
良牙の顔が真っ青になる。
「まさか・・・その地図でここまで来たのですか?」
あかりは驚いた表情をしている。
良牙はどう言ったらいいのかわからず、必死で言葉を考えていた。
あかりはくすりと笑うと、こう言った。
「でも、その地図で間違ってなかったようですわね。」
「え?どう言う事だ・・・?」
「だって、もしその地図でなかったらここまでお近づきになれませんでしたわ。」
あかりは今度はまじまじと良牙を見つめながら言った。
良牙は理解したが・・・足が止まってしまった。
あかりは再び微笑むと、そっと良牙に寄り添った・・・








 こちらは夢くんの処女らんま的小説だそうです。無理矢理書かせてしまった悪い奴〜それは私です。
 良牙×あかりという組み合せの小説に思わずにっこり♪
 良牙×右京の小説はあちこちで読みましたが、良牙×あかりは結構珍しいのではないでしょうか?
 良牙×右京ファンの方々にどやされそうですが、私はどちらかといえば、良牙にはあかりちゃんが似合っているような気がしています。
 原作36巻の湖畔でのデート編が好きなんですよね♪あのお話では乱馬とあかねが何かと二人の世話を焼いているのが可愛くて・・・。
 
 登場人物の性格もきちんと整理されていて、私はとても読み易い作品でした。
 これに懲りずにもっとらんま的世界を独自に展開して描いてくださいね・・・。夢さんっ!!
(一之瀬けいこ)



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