◇らんま1/2外伝
『幻の大陸からの使者』
電柱ユーイチさま作
三
しばらくして婆さんとジジイがやってきた。
この二人が連れ添ってやって来るなんて、俺が高校生の時には考えられなかったが、時の流れというものは人の感情をも変えてしまう力を持つらしい。
もっとも、そのおかげで俺はあかねと結婚できたわけなんだが。
「おお、お師匠様にお婆さん。待ちわびましたぞ」
ようやく来たかという感じでおじさんが二人を出迎える。
九能がいなくなったということは、おじさんにとっちゃ息子がいなくなったってことだから、必要以上にそわそわしていたのは当然か。
「なんじゃ早雲。ついさっき猫飯店で飯食ったばっかりじゃろうが」
「いえ、それが・・・」
口ごもるおじさんを見ながらなびきが話し出す。
「お婆さん、ちょっと聞いてもらいたいことがあるの」
「ほう、このわしにか。夫婦円満の秘訣でも知りたいか?ほっほっほっ」
夫婦円満・・・。今のなびきの状況を知ってか知らずか、婆さんはある意味核心をついた。
「そうね、夫婦の問題であることには変わりないわ。実は九能ちゃんが」
「言わずとも良い。あの男、お主の婿(むこ)がいなくなってしまったという話じゃろ」
やはり知ってて言ったのか。相変わらず油断ならない婆さんだぜ・・・。
でもどうして知ってんだ?九能がいなくなったなんてことは俺たちだって、朝のニュースを見るまで知らなかったのに・・・あ。
「さすがね、何もかもお見通しってわけ」
「九能帯刀を知っている者が今朝からのニュースを見れば、誰でも気づくわ。もっとも、最近この町に現れた異様な気配を感じておったから、近々何か起こるとは思っておったがの。今朝ハッピーと話していたのはそのことじゃ」
ハッピーというのは婆さんがジジイを呼ぶ時に使う呼称だ。八宝斎だからハッピー。
単純と言えば単純だが、本人らに依存は無さそうなので別にどうでもいい。
それよりも、婆さんが異様な気配を感じていたってことがひっかかる。
「まったく、珍しく早雲と玄馬が猫飯店に来たからてっきり貴様らも例の異様な気配について話に来たのかと思えば、食うだけ食ってとっとと帰りよって!それでも格闘家の端くれか!」
「ひっ、も、申し訳ありません、お師匠様!」
親父とおじさんがジジイに向かって土下座をする。もう幾度となく目にしている光景だ。
おそらくジジイが死ぬまでこの力関係は変わらないだろう。
「でも、親父は前から胸騒ぎがするとか言ってなかったか?」
なんとなくフォローを入れてみる。
普段はスチャラカな親父だが、格闘家としては師匠だし、尊敬もしている。
おじさんは・・・すいません、フォローしきれません。
「お、おお。よくぞ言うた、乱馬!
そうじゃ、先々よりわしが感じていた嫌な予感とはこのことだったんじゃ!」
「ふん、どうせまた口から出任せじゃろう」
「違うわよ、お爺さん。早乙女のお義父さん、『何か起こるかもしれない』ってここんところずっと朝稽古の量を増やしてたんだから」
「うーむ、あかねちゃんがそこまで言うのならばしかたないの」
このジジイは前から女の言うことだけはホイホイ受け入れる。
逆に言えば、ジジイを納得させたければ女が説得すれば高確率で成功する。
そういう意味では単純で扱いやすい。
「乱馬くん、あかね。・・・私は?」
こっちにもフォローを、と言わんばかりの表情でおじさんがこっちを見つめている。
でもやっぱりおじさんに対するフォローの言葉は見つからない。
毎日稽古してるのは俺と親父だけだし、こう言っちゃ悪いがおじさんの格闘家としてのレベルはすでにかなり低いと思う。
「早雲!貴様という奴は天道道場というものがありながら格闘家としての修行を怠っておるな!」
「お、お師匠様!決してそのようなことは・・!」
「問答無用!」
あわれ、おじさんは庭先に放り投げられた。
しかしまぁ、ジジイの小さな体のどこにそんな力があるんだか。
「さて、内輪もめはそのへんでいいじゃろう。
帯刀がいなくなったことについてわしの考えを話すとしようかの」
ようやく、という形で婆さんが話し始めた。
異様な気配、そして、なびきが見た人物の正体はいったい何者なんだ。
っていうか、待てよ。婆さんやジジイ、親父でさえ感じていた異様な気配とやらを、俺はまったく感じ取れなかった。俺は格闘家としてまだまだってことなんだろうか。
そう考えると自分の自惚れ(うぬぼれ)グセを改めなきゃいけねえなぁ。
「はるか昔、太平洋の真ん中にムー大陸があった」
いきなり何を言い出すか、この婆さんは。
俺を含め、その場にいた全員が「は?」という顔をした。
「このムー大陸というのは」
「ちょちょ・・・ちょっと待ってよ、お婆さん。ムー大陸って伝説上の大陸でしょ?確か海底調査でもハッキリした痕跡は見つからなかったって・・・」
全員を代表してあかねが婆さんにツッコむ形になった。
おそらくあかねがツッコまなくても誰かがツッコんでいただろう。
いきなりムー大陸がどうのこうの言われても混乱するだけだ。
「おお、そうか。すまんすまん。
ムー大陸が実在したと知っておるのは女傑族などの中国少数民族だけじゃからのう。
まずはそこから説明せねばならんか」
ムー大陸が実在した・・・。まさに衝撃の事実というやつだな。
となればアトランティス大陸やレムリア大陸も実在したんだろうか?
いや、今はそんなことどうでもいい。
「地殻変動でムー大陸が海に沈んだ時、多くのムー人がユーラシア大陸に流れ着き、原住民に追われながら奥地へ奥地へと逃げのびた。そして細々と暮らしていたのじゃ。
わしら女傑族のような少数民族も中国の漢民族のような大勢力に押されて同じように奥地でひっそりと暮らしていた。
そんなムー人と少数民族は似たもの同士、言葉は違えど交流はあった。
そのころの様子を記した書物などが現在の女傑族にも伝わっておる。
だからこそ、わしらはムー大陸の存在を信じて疑わないんじゃよ」
「な・・・なるほど。にわかに信じがたい話ではありますが、お婆さんが申すことですから真実なんでしょうな」
と、おじさんは言ってるが、俺はまだいまいち信じられない。
あまりにも資料が少なすぎるし、現代科学を総結集して海底調査を行ってもこれといった証拠はねえんだ。いくら婆さんの言うことでもこれは・・・。
「で、その話が本当だとして、今回の事件とムー大陸がどう関係してるってんだ?」
これ以上ムー大陸の説明を受けても時間の無駄だろうし頭が痛くなるだけだ。
俺は一気に核心にせまってみることにした。
「まぁ、そうせかすでない。今年、2006年はムーの暦で世紀末にあたる。
西暦のように百年ごとの世紀末ではなく、ムー暦では千年ごとに世紀末がおとずれる。
だからこそ、ムー人にとって世紀末はわしら以上に特別な意味をもつ」
なんだか余計に難しそうな話になってきた。正直、こういう込み入った話は苦手だ。
「古来よりムー人は世紀末ごとに、部族で決められた儀式を行ってきた。
そして過去と同様、世紀末にあたる今年、ムー人らは何かしらの儀式を行うはず。
ムー人が帯刀をさらったという確証はないが、儀式のために帯刀のような男が必要となった可能性は否定できん」
婆さんの説明はなんとなく理解できたが、
やはり婆さんをもってしても九能をさらった張本人まではわからねえか・・・。
でもやっぱり気になる存在ではあるな、ムー人。
「結局のところ、今我々ができることというのはいったい・・・?」
おじさんが婆さんに尋ねる。俺たちが知りたいのはそこだ。
このまま九能が帰ってくるのを待つしかないのだろうか。
あんな奴でも今は義兄だ、なんとかしてやりたいとは思う。
「このまま手をこまねいていてもアメリカで被害者が増えるだけじゃろう。帯刀にかけられた洗脳がそう簡単に解けるとも思えん。
となれば、行ってみる必要があるじゃろうな。アメリカに」
「そうこなくっちゃ!腕が鳴るぜ!
九能・・・あ、いや、九能先輩とはもう長いことやり合ってねえしな」
「婿殿、お主はここに残った方がよい」
「へ?」
なんで?と思わず聞き返したくなってしまったが、何か考えがあってのことなんだろう。
でもやっぱり理由は知りたい。
「なんでだよ、婆さん!あいつとマトモにやり合えるのなんてこの中で俺以外には・・!」
「婿殿、状況をよく考えるんじゃ。
帯刀がさらわれたことでこの町内の危険が過ぎ去ったと考えることは安易すぎる。
近くまた何かあるかもしれん。婿殿はそういう事態に備えて、残ってもらいたいのじゃ。
同じようなことが起こらんようにの」
な、なるほど・・・。確かにそういう事態も考えられなくもねえが・・・。
「でも俺が残ったとして、誰がどうやって九能先輩の洗脳を解くっていうんだ?」
「洗脳を解くには力で攻めてもいかん。
身近な人間の言葉こそが、当人の心の奥底に眠る意識に働きかけることができる」
身近な人間の言葉・・・。ということは。
「妻である私が適任ってわけね」
まぁ、なびきだろうな。
でも正直、力で攻めても駄目だといっても、なびきだけで行かせるのは危険すぎるだろう。
護衛役というか、そういう人間も必要だ。
「話は聞かせていただいた!是非拙者もなびき様と一緒に・・あひゃー!」
天井裏から何か落ちてきた。舞い上がるホコリが収まるのを待って、改めて落ちてきたものを見てみると、忍者姿の男が一人。
まったく、ちゃんと降りてこられないんなら最初から天井裏なんかに忍び込むな。
「佐助さん!」
あかねが久々に口を開いた。
「なははは、お久しゅうございます。あかねさん。それに皆さんも。
いやー、帯刀様がご結婚なされてからというもの、天道家に忍び込む機会がパタッと無くなりまして」
そういえば久しぶりに佐助を見た気がする。
俺がまだ高校生だったころは毎日毎日見ていたような記憶がある。
九能の傍ら(かたわら)にはいつも佐助がいたからな。
九能が惚れてたあかねの動向を探るために、しょっちゅう天道家にも忍び込んでいた。
いやはや懐かしい。
「あ、いや。こんな世間話をしている場合ではござらん。
なびき様、是非拙者も同行させてくだされ!
帯刀様の一大事・・・いてもたってもいられませぬ!」
「助かるわ、佐助さん。いくらなんでも私一人じゃどうしようもないもの」
さて、これで護衛役が一人出来たか。
かといって佐助はそこまで優秀な護衛役とも思えねえ。
あと一人くらいついて行った方がいいと思うんだが、誰か適任はいないものか。
格闘家としての器量があって、九能と深い面識がある人間・・・。
「オーホッホッホ!ホッホッホッホッホ!」
聞き覚えのある甲高い笑い声が聞こえてきた。そういえばこいつがいたか。
「小太刀、ちょうどいいところに」
「お久しぶりですわ、乱馬様。ご機嫌麗しゅう」
九能小太刀。その名の通り、九能帯刀の妹。
高校時代から格闘新体操の使い手で、聖ヘベレケ女学院新体操部のエースだった。
現在は同校同部の顧問をしているとか。昔から俺にベタ惚れ。
ただ惚れられるだけなら可愛いもんなんだが、痺れ薬を使って無理矢理俺を襲うなどと無茶苦茶。
兄と合わせて変態兄妹だった。俺があかねと結婚した今でも密かに俺を手中に入れようと企んでるらしい。あかねの苦悩はまだまだ続きそうだ。
しかしまぁ、佐助といい小太刀といい、よくぞこんなにも都合良く現れるもんだ。
「小太刀、私と一緒にアメリカに行ってくれない?佐助さんだけじゃなんとなく不安なのよ」
一瞬佐助が「がーん」という表情をしたが、まあどうでもいい。
「あーら、お姉様。夫の不祥事を片づけるのは当然妻の責務ですわ。
妹である私が特に口出しすることじゃありませんことよ」
そういえば小太刀となびきの仲は結構悪いらしい。
嫁・小姑の争いってやつか。でもここで小太刀が行かないとなると、もう他に思い当たる人材がいない。ここは是が非でも小太刀に行ってもらわねば。
「小太刀、九能先輩はお前にとってたった一人の兄貴じゃねえか。
助けてやろうとは思わねえのかよ」
「そ、それは・・・」
「頼む、九能先輩は俺にとっても義兄だ。なんとか助けてやってくれ」
とりあえず俺が精一杯頼めば小太刀は同意してくれるはずだ。
多少不本意ながらも頭を下げておこう。
「違うぞ、乱馬!無差別格闘早乙女流奥義・猛虎落地勢とはもっとこう頭を・・・」
「だぁ!うるせーな、親父!」
猛虎落地勢とは親父の言う通り、無差別格闘早乙女流の奥義・・・らしいのだが、要はただの土下座。虎が崖から落ちて痛がってる姿に学んだとかどうとか。
借金取り相手に活用したらしい。
「・・・わかりましたわ。乱馬様がそこまで言うのなら、私、必ずやお兄様を無事に連れ帰ってきますわ」
ふう、これで無事九能家三人集が勢揃いしたか。
説得の面でも護衛の面でもとりあえずは大丈夫・・だろう。
九能家といえば、まだ誰か忘れてる気がしないでもないが、思い浮かばないとなれば、その程度の人間ってことだろう。どうでもいいか。
「・・・ふむ、まだ多少心許ない気もするが、こちらの警備も手を抜くわけにいかんからのぅ。
アメリカへはお主ら三人で行ってもらうこととしよう」
「九能ちゃん・・・待っててね」
三人はすぐさま準備を整えて空港へと向かった。
つづく
作者注/この作品はフィクションです。ムー大陸が実在したという事実があるかどうか知りません。
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