◇らんま1/2外伝 
 『幻の大陸からの使者』 
 電柱ユーイチさま作




九能帯刀。高校時代は剣道部に所属し、自らを[風林館高校の蒼い雷]と称していた。
言葉だけじゃなく、実力も高校一の強者だった。もっとも、俺が転校してくる前の話だが。
あかねにベタ惚れしていたが、あかねが俺と結婚してからというものあかねへの想いを断ち切るかのように剣の道に邁進(まいしん)。
今日に至っては、剣道家として世界に右に出る者はいないだろう。
一年前にあかねの姉であるなびきと結婚。二人は高校時代のクラスメイトで、当時から仲が良かったから、妥当と言えば妥当な組み合わせだ。
仲が良かったというよりかは、九能がなびきのいい金ヅルになってたといった方が正しいかもしれないが。

「確かに九能なら木刀で刃物並みの切り傷をつくることくらいたやすいだろうな。高校時代の時からすでに風圧によるカマイタチで石像を真っ二つにしてたくらいだ」

「なびきお姉ちゃんが『ニュース見て』って言ったのって・・・。だとしたらこれってやっぱり九能先輩なのかしら・・・」

「十中八九間違いないわ」

後ろから声がした。振り返らずともわかる。俺も昔は九能と同様、いい金ヅルにされていた。

「なびきお姉ちゃん!どうしていきなり。家から電話してきたんじゃなかったの?」

「この世には携帯電話というものがあるのよ、知らなかった?」

こちらに向かいながら携帯電話で会話するくらいなら最初からこっちに着いてから話せばいいものを。
九能家に嫁いでから少々金銭感覚が鈍ったのだろうか。
いや、なびきに限ってそんなことはないはずだ。

「もう、だったら最初からここに来て話してくれればいいじゃないのー」

さすが夫婦。以心伝心か。

「だって、実家(うち)着くまでにニュース終わってちゃ意味ないじゃない。
私がこれから話そうとしていることは、あんたたちがあのニュースを見たってことを前提としてるんだから」

なるほど、そういうことか。良かった、なびきの金銭感覚は基本的に昔のままみたいだ。

「で、話すことってのは・・・九能のことか」

「乱馬くん、今では私も九能なのよ。軽々しく呼び捨てにするのはやめなさい」

「あ、ああ。すまねえ・・・。それで、九能先輩はいったいどうしちまったんだ」

「・・・あれは一週間前のことだったわ」



その日の夜はなんとなく寝付けなかった。
ホットミルクでも飲もうかと思って台所へ行ったの。
途中、中庭に面した道を通るんだけど、その中庭で九能ちゃん、うーん、自分も[九能]なわけだからなんだか変な感じがするわね。
ま、九能ちゃんが素振りをしてるのが見えて。

「九能ちゃん、まだ素振りやってんの?」

「おお、なびきか。今日は四千回素振りをすると決めていたのでな。なに、残り348回だ、すぐに終わるわ。はーはっはっは!」

「九能ちゃんのそういうところ・・・呆れるけど嫌いじゃないわ」

んで、台所に行ってホットミルク飲みながら一息ついてたの。
中庭からは相変わらず九能ちゃんの「めーん!めーん!」って声が聞こえてたわ。
でもミルクを飲み終えた時くらいかしら、その声が途切れたのよ。
348回にはまだ足りないし、変だなって思って戸を開けてチラッと中庭の方を見たの。
そしたら九能ちゃんの他に誰かいたのよ。九能ちゃんはそいつと話してた。

「貴様、何者だ。この僕を剣道界の蒼い雷、九能帯刀二十七歳と知っての狼藉か」

「もちろん、知っての狼藉だ。お前ほどの腕を持つ者でなければ意味がないからな」

離れた場所だったから何を話してるかまではよく聞き取れなかったし、辺りが薄暗くって相手の顔もわからなかった。
ただ、一触即発な雰囲気であることはわかったわ。これでも格闘家の娘だもんね。

「なるほど、お前が僕を目当てでここにいることはわかった。
・・・ではもう一度聞こう、貴様は何者だ。交際の申し込みなら断るぞ。
僕にはすでに妻がいるし、男と交際する趣味はないのでな」

「そんなに知りたいのならば教えてやろう。俺は・・・」

私、出るに出れなくて、九能ちゃんと相手が話してるのを見てることしか出来なかった。
しばらくすると九能ちゃんが剣道でいう中段の構えの体勢になったのが微かに見えたわ。
その瞬間だった。雷でも落ちたんじゃないかってくらいに辺りがピカッと光ったの。
たぶん、相手が閃光弾か何かを使ったんだと思う。
それで目がくらんで・・・ようやく辺りを把握できるくらい目が見えるようになった時、すでに九能ちゃんと相手の姿は中庭に無かった。



「それから今日で一週間。まだ九能ちゃんは戻ってこないわ。町内は佐助さんがくまなく探してくれたんだけど全然見つからなくって」

佐助というのは九能家に仕える御庭番、つまりお手伝いさんだ。本名は確か猿隠佐助。
おっちょこちょいな部分があるが、九能とは昔からの名コンビ、いや、迷コンビだ。

「で、九能先輩が行方不明になったとほぼ同時期に現れたアメリカの通り魔に目をつけたってわけか・・・」

確かにあの通り魔はほぼ間違いなく九能だ。
ただ、なぜあんなことをしているのかがわからない。
考えられるのは、一週間前に九能と話していたという謎の人物。
おそらく九能をさらった張本人だろう。いったい何者なんだ。

「九能先輩・・・どうしちゃったのかしら」

ガラガラ。

あかねがつぶやくと同時に玄関の戸が開く音が聞こえた。
たぶん親父たちがどっかで適当に朝飯を食って帰ってきたんだろう。
そういや俺は全然朝飯を食ってない。だが、どんなに腹が減っていても目の前に並ぶ料理を食べようと思わない。

「いやー、ただいまただいま。あれ、なびきじゃないの。こんな朝早くからお父さんに会いに来てくれるとはうれしいかぎりだねえ」

のんきなもんだ。まあ、たまに娘が帰ってきたんだし、さっきの話も聞いてなかっただろうからしかたない。
通り魔のニュースもまだ知らねえんだろう。
朝読んでた新聞に書いてなかったのだろうか。
俺は少し立ち上がり、親父に耳打ちする。

「おい、朝稽古の時に言ってた不吉なことってのは、あかねの飯のことだったのか?」

親父も耳打ちで言い返す。

「違う、あかねくんの料理は想定外だ。それに、わしが感じている不安はこのような些細なものではない」

些細なもの?だったらこの料理食べてくれ、と言いたい。
しかし、親父が数日前から感じている不吉なことって、もしかして九能がさらわれたことと何か関係があるのか?
親父は間の抜けてるところこそあるが、格闘家としての経験も技量も豊富だ。
ひょっとして九能家に現れた不穏な気配を知らず知らずのうちに感じたのかもしれねえ。
・・・ハッ、そんなわけねえか。

「久しぶりね、お父さん。でも残念、今は優雅に朝のひとときを過ごす気分じゃないの」

「ほう。深刻な顔をして、いったいどうしたというんだね、なびき」

なびきがおじさんと親父に今までのことを簡単に説明する。
九能がいなくなったこと、アメリカで九能らしき人物が通り魔として騒がれていること自分たちだけではどうしようもなくなり、皆と相談するためにここに来たこと。

「なんということだ・・・」

「九能帯刀といえば乱馬やあかねくんにすこぶる惚れとった男ではないか。あの若者が通り魔などするもんかね」

親父の言うとおりだ。九能は確かに変態だが、人に迷惑をかけるような・・・いや、むやみに人を傷つけるようなことをする男じゃねえ。

でもそういえば・・・。

高校時代、今回と同じようなことがあった。
夜の学校でオバケが出るとかいう噂がクラス内で流れて、俺を含めた数人がオバケ退治と称して夜の学校に忍び込んだ。
そのオバケの正体がわからないまま、仲間は次々と倒れ、とうとう俺やあかねだけになった。そして体育館に入った時、ついにオバケが現れた。
暗闇の中の月明かりで浮かび上がったその姿は、九能だった。

あの時の九能には、往年の剣豪・佐々木小次郎の霊が乗り移っていた。
バカ正直な九能は霊に乗り移られたり、誰かに洗脳されたりそういうのにひっかかりやすいのかもしれない。
だとすれば今回のことも誰が九能を洗脳して・・・。

「いくらなんでも九能先輩が通り魔なんてするわけねえ。
こりゃあ誰かに洗脳でもされてるぜ。昔もそんなことがあったよな?あかね」

「え?洗脳なんてされたっけ、九能先輩・・・。あ、確か幽霊に乗り移られたってことはあったわね」

自分の記憶だけでは不安だったのでさりげなくあかねにも尋ねてみたが、良かった。
俺の記憶に間違いはなかったみてえだ。

「確か、その幽霊って宮本武蔵よ。私のことを恋人のおつうさんと間違えたりしてたし」

そういえば宮本武蔵だった、佐々木小次郎じゃない。
やっぱりあかねに確認して良かった。自分よがりの記憶は実にアテにならない。

「そ、そうそう、宮本武蔵!きっとあの時みてえに誰かが九能先輩を操ってるに違いねえ」

一応提案してみたが、実際そうだったとしてもいったい誰が九能を操ってるのか見当もつかない。
いや、九能をさらった奴が関係してるのは間違いないが、そいつの事が全然わからない。

「ああ、そういえば猫飯店のお婆さんが
お師匠様を連れて遊びに来るって言ってたじゃない、天道くん」

「早乙女くん、するどい!なびき、とりあえずあの二人が来たら話してみよう。お師匠様はともかく、猫飯店のお婆さんなら何か知ってるかもしれない」

どうやら親父たちは猫飯店で朝飯を食べてきたらしい。
猫飯店というのは近所にある中華料理店。
お婆さんってのは、中国の女傑族出身の婆さんで、年齢がいくつなのかはわからない。
ただ、武道に関してはかなりの達人で、知識も豊富。
知らないことは無いんじゃねえかってほどだ。
そして、親父たちがお師匠様と呼んでいるのは、文字通り親父たちの武道の師匠。
無差別格闘流の元祖だ。その名を八宝斎という。婆さんと同じく年齢はわからない。
他に特徴といえば、この上ない女好きだということくらい。
二人は因縁の関係だったみてえだが、最近じゃ茶飲み友達のような関係に落ち着いたらしい。
ようやく二人とも年寄りじみてきたってことだろうか。



つづく






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