◇らんま1/2外伝 
 『幻の大陸からの使者』 
 電柱ユーイチさま作

一、

「まだ組み手を続けるだぁ?」

広い道場に立ってる二人、俺と親父だ。
今までさんざん組み手での修行をしてきて、ようやく一段落した。
これ以上やると逆に体を壊すことになるのは親父だってわかってるはずだ。

「バカ言え。体壊す気かよ、親父」

「わしとてそれくらいわかっておるわ。ただ、何か不吉なことが起こりそうな予感が・・・」

親父は難しい顔をして黙り込んだ。
いったい何だってんだ。そもそも最近の親父は何かおかしい。
妙にビクビクして、まるで何かにおびえてるみたいだ。

「不吉なことぉ?またどっかで食い逃げでもして追われてんじゃねえだろうな」

「馬鹿者!わしは真剣だ!格闘家の勘がわしに教えるのだ。何かが起こりつつある、とな」
親父の勘ほど信じられないものはない。
今までどれだけその勘と直感に振り回されたことか。
あやうく切腹させられそうになったことだってある。

「ちょっと乱馬、まだ朝の修行終わらないの?早くしないとご飯冷めちゃうわよ」

道場の入り口から声がした。振り向くと、エプロン姿の女性。髪はポニーテール。
高校生の時にふとした事情で自慢のロングヘアーを切って以来一貫してショートヘアだったが、最近また髪を伸ばし始めた。
彼女の名前はあかね、早乙女あかねだ。そして俺は早乙女乱馬。
苗字が同じだからすぐに気づくと思うが、俺たちは夫婦だ。
今でこそうまくやってるが、出会ったころのあかねはそれはもう寸胴で不器用で間抜けで・・・

「ちょっと乱馬ったら!」

「お、おう。」

ま、今もそれほど変わっちゃいねえが。

「いや、親父が終わってくれねえんだよ。いつまでも組み手組み手って」

「そうなの?でもお義父さん、あんまり無理はしない方がいいと思いますよ」

「・・ふむ。せっかくの飯が冷めてはいかんしなぁ。乱馬、今日の朝稽古(あさげいこ)は終了しよう」

今まで子供というと俺しかいなかったせいか、親父はあかねの言うことに弱い。
おっと、紹介が遅れたが、親父の名前は玄馬。
無差別格闘早乙女流の創始者で、現在は格闘家としての現役をしりぞいている。
ただ、腕が鈍ってはいかんということで、毎朝俺との朝稽古は欠かさない。
居間に移動すると、すでに朝食の準備は整い、同居している男性が一人、新聞を読んでいた。
正確に言えばこの家に同居させてもらってるのは俺たちの方なんだが。

「乱馬くんに早乙女くん、朝からよく頑張るねえ」

新聞を開きながら俺たちに話しかける男性は、あかねの父親、つまり俺の義理の父親である天道早雲。
この家、天道家の大黒柱だ。サラサラとした長髪と立派な口ひげは十年以上変わらない。
どこか変わったところといえば、以前に比べて多少しわが増えたように思う。

「おじさん、わざわざ朝飯待っててくれたのか」

俺は未だに[お義父さん]と呼べない。
何年も[おじさん]と呼んでたし、今更呼び方を変えづらい。

「いやーなに、今日の朝ご飯はあかねが作ったんだよ。君らより先に食べるわけにはいかんだろ。はははははは」

言葉では笑っているが、顔は笑っていない。
おじさんの言葉を聞いた親父も顔がひきつっている。そして、それは俺も同じだった。

「み、水くさいなぁ、天道くん。我々のことなど気にせずどんどん食べてくれたまえ」

「何言っちゃってんの、早乙女くん。あかねはキミ待望の娘じゃないの。ほらほら、娘の手料理を食べてあげなさい」

あかねは親父の義娘である前におじさんの実娘じゃねえか、と言いたくなったがやめた。
二人のなすり合いを傍観していると、彼らの視線が俺に向いた。

「乱馬くん、キミはあかねをどう思っとるのかね!」

「そうだぞ、乱馬。よもや嫁の料理が食えんとは言わせんぞ」

「う、うえっ?なんでいきなりそうなるんだよ!」

たまにあかねが飯を作るといつもこうだ。
毎回のことなので自分自身こうなるであろうことはわかっていたが反射的に「なんでいきなり」と言ってしまう。
そもそもなぜ俺たちがここまであかねの飯を譲り合っているのか。
何のことはない、あかねの飯がすっごぉくまっずぅいからだ。
俺とあかねが初めて出会ったころ、すでにあかねの料理の腕前は最悪だった。

「さあさあみんな、久しぶりに私が作ったんだから、いっぱい食べてねー」

親と旦那を絶望のどん底に叩き落とすあかねの一言。

「あぁ、いかん!早乙女くん、町内会の集まりに遅れてしまうよ!」

「え?あ、あー、もうそんな時間かね、天道くん!あー、惜しいが朝飯食ってる暇など無いなー。
乱馬よ、わしらの分も食べておけ。格闘家は体が資本だからな、まずは食べることだ!んじゃ!」

体が資本だと言うのならば、あかねの飯を食べさせようとする姿勢は明らかに間違っている。
本当に俺の体を思ってくれてるなら、自分が全部食べてくれ。
そんなことを告げる猶予も与えてくれず、二人は足早に場を立ち去った。

「今朝から町内会合なんてあったかしら?まぁ、しかたないか。さあ乱馬、食べて」

夫婦二人きりにされて、この状況で妻の手料理を拒否できるほど俺は冷酷じゃない。

「・・・まったく、お前の料理なんて、俺が食わなきゃ誰が食べるんだよ」

野菜炒めらしきものを一口。
人の味覚というものは各国の文化で違ってくるだろうし、もちろん個々人でも差異はあるだろう。
だが、あかねの料理を食べて「うまい」と感じる人が存在するのかは疑問だ。いるなら是非会ってみたい。

「あ、相変わらず面白い味だな・・・」

試食レポーターが料理に対してのコメントに困った時、つまり出された料理がまずい時にはとりあえず「面白い味」と言っておく、というのを以前テレビで見た。レポーターに無断で使わせてもらった。

「相変わらずって何よー。それに、面白い味ってどういう味よ。はっきり言いなさいよ」

はっきり言え、と言われたらどう答えるかまではテレビでやってなかった。
はてさてどう告げるべきか。良い機会だし、旦那としてガツンと言うか。

「あかね・・・もうちょっと料理の勉強を」

プルルル・・・プルルル・・・

俺の言葉をさえぎるかのように電話のベルが鳴り響く。内心、ホッとしている。

「はーい、はいはいはい」

あかねが電話の方へ走っていく。こんな朝っぱらからいったい誰からの電話なのか。
そんなことを考えながら、目の前に並んでいる朝飯を眺める。

「乱馬ぁ、テレビテレビー。テレビつけてー」

あかねの声が聞こえる。テレビをつけろとのことだが、この時間帯に放送してるのは各局ともニュースだ。
自慢じゃないが、俺はニュースなんかほとんど見ない。
格闘技や食べ物関連の番組は好んで視るけども。
あかねが戻ってきて隣に座る。

「なびきお姉ちゃんがね、どのチャンネルでもいいからとにかくニュース見てって」

なびきお姉ちゃんというのは、あかねの姉だ。
とにかく金に対する執着心が強く、身内であろうが誰であろうが、金に関しては容赦ない。
現在はこの辺有数の富豪である九能家に嫁いでおり、天道家にはいない。

「なんでまたいきなりニュースなんか視るんだよ」

「知らないわよ。っていうかテレビつけてって言ったじゃない、もう!」

あかねがリモコン操作でテレビをつける。案の定、放送しているのは普通のニュース。
ほう、国会議員が国民年金を未納、ねえ。

「続きまして、再びアメリカから、謎の通り魔事件の話題です。アメリカの古館さーん」

謎の通り魔だあ?なんのこっちゃ。
だいたいアメリカなら通り魔事件なんて星の数ほどあるだろうに、何をわざわざ大々的に報道する必要があるんだ。

「はい、古館です。先日より突如出現するようになった謎の通り魔ですが、ついに有力な目撃情報が入ってきました。まず凶器ですが、これまで被害者の傷口状況を見るに、鋭利な刃物と思われていましたが棒のようであり剣のようでもあるもの、という証言が聞けました。
おそらくこれはですね、木刀なんじゃないかと思われます。」

木刀ねえ・・・。そういやなびきの旦那も学生時代から木刀を振り回す変態だったな。
過去形にするのは間違いか、今でも十分変態だ。

「さらにですね、通り魔の格好なんですけども、袴(はかま)姿だったって言うんですよ。
当初から通り魔はアジア系、日系ではないかという話があったんですが、木刀と袴というキーワードを加味して考えますとますますその可能性が高くなったと考えることができるのではないでしょうか。
こちらからは以上です。」

「・・・ちょっと乱馬、この通り魔ってまさか」

あかねに言われるまでもない。俺だってここまで言われると大方の推測はできる。
袴姿で木刀を持ち、木刀ながら刃物で切ったような傷口をつくれる人間なんてそうそういるもんじゃない。だが、その条件をすべて満たす人物が俺たちの知り合いにいる。これは偶然か。否。
なびきが俺たちに見せたかったニュースとはこれだったのか。

「九能帯刀・・・」

俺はあかねと顔を見合わせた。



つづく




 電柱ユーイチさまからお預かりした長編作品。
 長い連載作品ゆえに、以後、呪泉洞にて連載を引き継がせていただきます。





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