◆木刀
 電柱ユーイチさま作


 風林館高校。この高校において、最強の名を欲しいがままにしている男がいた。
 その男、入学間もない1年生。名を九能帯刀という。
 剣道部に所属し、木刀の扱いにかけては天下一品との評判である。

 そんな九能帯刀を意識している1人の女生徒がいた。
 風林館高校の近くに道場をかまえる天道家の次女、天道なびきである。
 彼女は帯刀と同じく1年生であり、入学当初から何かと目立つ帯刀に興味を示していた。
 しかしそれは、恋心などという清らかなものではない。
 地域有数の資産家である九能家の人間であること、そして、"有名人は金になる"という彼女自身の考えからであった。
 そう、天道なびきは泣く子も黙る守銭奴なのである。

「ねぇ、九能ちゃん。」

「ん、誰だ?」

「天道なびきよ。あなたと同じ1年生のね。よろしく。」

「天道なびきか。・・・気が向いたら覚えておいてやろう。」

「あんたねぇ、こんな美人が話しかけてるのよ?もっと優しく接してくれてもいいんじゃない?」

「あいにく僕は忙しいのでな。
だいたいお前は初対面のくせに馴れ馴れしすぎるのではないか?天道なびきよ。」

「あら、早速名前で呼んでくれたわね。九能ちゃん。」

「だから、その"九能ちゃん"という呼び方は・・・」

 なびきから突然の猛口撃に帯刀はたじろくばかりであった。
 どうもこの男、攻撃には強いが口撃にはいささか弱いようである。

(キーンコーンカーンコーン・・・)

 チャイムが鳴った。昼休みの終了を告げる、学生たちにとっては嫌な音色。
 授業の始まりを告げる音と終わりを告げる音とでは全く違って聞こえるから不思議である。

「あ、それじゃまたね。九能ちゃん。」

 そう言い残すと、なびきは教室へと向かっていった。
 何か言いくるめられた感のある帯刀は、ただ呆然とその姿を見送るだけであった。

 放課後、帯刀が部活を終えて家路につこうとするところを3人の男子学生が取り囲んだ。
 その表情はいずれも憮然としており、今にも帯刀に殴りかかろうとしているようにすら見えた。
 一方の帯刀は至って冷静である。取り囲んでいる3人とは対照的に、 この状況を疎ましく思っているようであった。

「先輩方、またこの九能帯刀に用でも?」

 帯刀が「やれやれ」という感じで口を開いた。

「九能、今日こそはてめぇをぶっ飛ばしてやろうと思ってな。
入学したばかりのひよっこに校内最強を名乗られちゃ、俺たちのメンツ丸つぶれってもんだ。」

「僕は別に最強などと名乗った覚えはない。ただ、周りの人間がそう呼んでいるだけだ。
まぁ、実際にこの僕より強い生徒が校内にはいないようなので、当然といえば当然だが。」

 下級生の帯刀にここまで言われて、上級生の不良グループが黙っているはずがなかった。
 3人は言葉を返すことなく、一斉に帯刀に殴りかかった。
 帯刀は三方からの攻撃をかわすと同時に、まずは右にいた生徒の腹部に一発。

「胴っ!」

 胴打ちを決めながら囲い込みの外に陣取ると、残党2人がいきり立って向かってきた。
 しかし、帯刀が動揺することはなかった。

「小手ぇ!胴ぉ!」

 見事な小手打ちと胴打ちが決まった。
 竹刀ならまだしも、木刀でこれをやられたのだから、不良3人には哀れと言う他ない。

「く・・九能、てめぇ覚えてろよ!今度こそぶっ飛ばしてやっからなぁ!」

 そんな捨て台詞を残して、3人は夕日色に染まった校門をあとにした。

「九能帯刀16歳、人呼んで[風林館高校の流れ星]!
これに懲りたら、もう二度と僕に喧嘩を売るようなマネはしないことだな、はーはっはっは!」

 校門から出て行く3人の背中に向かって大声で叫ぶ帯刀。
 こういう態度が余計に敵を増やしているということには気づいていないようである。

「[風林館高校の流れ星]ねぇ。ネーミングセンスが悪いわよ、九能ちゃん。」

 相手の背中に向かって叫んでいた帯刀の背中に声がかけられた。
 声の主はもちろん、天道なびきであった。

「む、お前は確か天道なびき。まったく、神出鬼没な女め。
しかも僕の異名に対し、センスが悪いなどと・・・」

「人を妖怪みたいに言わないでくれる?
帰ろうとしたら九能ちゃんがいたんだから、神出鬼没はむしろ九能ちゃんの方よ。」

「ふっ、なんとでも言え。・・・ところで天道なびき、昼休みの時から気になっていたのだが、お前はもしや、天道あかねの姉か?」

 天道あかね、というのはなびきの妹であり、現在中学3年生。
 翌年の春からは姉と同じく、この風林館高校に進学するため、日々勉学に励んでいる。
 容姿良し・学力良し・運動神経良しの三拍子揃った、男子のアイドル的存在である。
 しかし、なびきとしては、まさか妹の噂が高校にまで轟いているとは思っていなかったようで。

「え、えぇ、そうだけど?まさかあんたまであかねを狙ってんの?」

「言うまでもない。顕然たる男子ならば、あかね君のような女性との恋愛を夢見るものだ。」

 先ほど、3人を叩きのめした時とはうって変わって、なんともだらしない表情をする帯刀。女癖が悪いということだろうか。

「・・・九能ちゃん、あかねはまだ中学生だし、今はこの高校に入るために受験勉強大変なのよ。
この状況で、あんたみたいな男に言い寄られちゃ集中できなくなっちゃうでしょ。
あかねがここ落ちてもいいわけ?」

「そ、それは困る!僕はあかね君とのめくるめく高校生活を・・・!」

「だったら今は自重しなさいな。
・・・そうねぇ、写真くらいなら譲ってあげてもいいけど、買う?」

「写真か!もちろん買おう!質によっては5千円でも1万円でも出そうじゃないか!」

「え、ホント?」

 なびきの目つきが急変した。この九能帯刀という男が、想像以上に良い金づるになるということを察知した、まさに悪徳商人の目である。

「それじゃ商談成立ね。しばらくしたら写真持って九能ちゃんの教室に行くわ。
それじゃ、今日はこのへんで。じゃね〜。」

 その帰路の間中、なびきの頭は今後どのようにして帯刀から金をもらうかということで、いっぱいだった。自分の妹の写真を同級生に売るという行為に関しては、なんら罪悪感を感じていないようですらあった。

 翌日なびきが登校すると、昨日帯刀にこてんぱんにされた不良の1人に声をかけられた。
 帯刀を倒すために自分が人質に取られるのかと、そんなありもしない心配を一応してみたなびきであったが、直後、その心配がやはり無用な心配であったと気づいた。

「お前、九能と親しい間柄らしいじゃねえか。それでお前に話がある。」

「親しいというか何というか・・・で、何?」

「明日、俺たちはもう一度あいつに勝負を挑む。おっと、無謀だなんて思うなよ。
俺たちだって作戦は考えてんだ。だからこうやってお前に・・・」

「だから、早く話してよ。」

「うっせーな。話には筋道ってもんがあんだろうが。まぁいい。
単刀直入に言えば、あいつから木刀を取り上げてくれ。
何度も戦ってわかったが、あいつの強さの秘密は木刀なんだ。
あれさえ無ければなんとかなるはずなんだよ!」

 そんな嘘みたいな話があるのだろうか、と一瞬考えたなびきではあったが、最終的にはこの状況で商売しない手はないという結論に達した。

「そうねぇ、5万円。」

「はぁ?5万円って何だ。まさか払えって言うんじゃねえだろうな?」

「あの九能ちゃんがそう簡単に木刀を手放すとは思えないわ。
そんな大仕事をやろうって言うんだから、これくらいの報酬は当然でしょ。」

「馬鹿言え!そんな金、あるわけねえだろ!」

「じゃあ、あきらめて。何度も戦ってれば、いつかは勝てるんじゃない?」

「ま、待て!木刀がある限りダメなんだってばよ。・・・い、1万でどうだ?」

「4万円。」

「い、1万。」

「3万円。」

「・・・1万。」

「2万円。これ以上は負けられないわ。」

「わ、わかった。2万払う。その代わり、絶対にあいつから木刀を取り上げておけよっ!」

 結局、高い・安いの押し問答は2万円というところで落ち着いた。
 なびきにしてみれば不本意な結果であったが、下手に粘って1銭も手に入らないよりはマシだ。

 取引価格が確定したものの、なびきの表情は曇ったまま。それというのももちろん・・・

「さて・・、どうやって木刀を奪えばいいのやら。」


 翌日、帯刀の教室になびきがやってきた。
 木刀に関して何か良い策を思いついた、そんな表情をしていた。

「ねぇ、九能ちゃん。昨日ね、あかねに九能ちゃんのこと話してみたのよ。
そしたらあかね、すっごく興味持っちゃって。」

 もちろんでっち上げである。

「何、本当か!よし、早速デートの申込状を・・・!」

「待ちなさい。まだあかねに手は出さない約束でしょうが。
・・・でね、うちって道場やってるじゃない?あかねも小さいころから格闘技やっててさ、強い男が好きなんだって。で、あんたに興味持ったみたいなんだけど、武器使ってるって言ったら冷めちゃったみたいでさぁ。」

 もう一度言うが、これはなびきのでっち上げである。

「武器?あぁ、この木刀のことか。しかしこれはもう僕の体の一部のようなもので・・・。」

「素手の格闘技やってるあかねとしてはねぇ、九能ちゃんが素手でも強くなきゃ嫌なんだって。
あんたどうせ今日も誰かと決闘でもするんでしょ?とりあえず今日は木刀無しでやんなさいよ。
私、カメラ持ってるから、その姿を撮ってあかねに見せるわ。」

「うーん、そうすれば天道あかねがますます僕に惚れるということか・・・。良かろう!」

 あかねが帯刀に興味を持っているという事実すら無いことに気づかないまま、帯刀はなびきの提案を受け入れた。とりあえず木刀は今日1日なびきが預かることになった。
 木刀を持って校内を闊歩するなびきの姿は何やら異様だったが、友人らに木刀について問われても「預かり屋のバイト」という風に答え、友人も特にそれを疑うことはなかった。

 放課後、帯刀にとって、そして不良グループにとって重要な1戦が始まろうとしていた。
 帯刀にしてみれば、木刀無しで勝負することなど経験がない。
 しかし、ここで見事勝利することができれば天道あかねとの恋愛は確実、という勝手な妄想が帯刀を後押しした。一方の3人組にしてみれば、なびきが帯刀から木刀を取り上げ、現在帯刀は全くの丸腰。まさに一世一代のチャンスであった。
 丸腰相手に3人がかりで勝てないとあっては、以後は恥ずかしくて校内を歩けないこと必至。
 帯刀・不良、どちらにしても「負けられない」という気持ちに関しては同じであった。

「おや、九能。いつも持ってる木刀はどうしたんだ?」

 不良の1人がニヤニヤしながら嫌みったらしく帯刀に問いかける。

「なーに、あれがあると僕の勝利は決まったようなものだからな。
此度はあえて木刀無しで勝負してあげようというわけだ。」

 天道あかねに好かれるため、という本来の目的とは違う、もっともらしい理由を返した。

「ほぅ、そうか。そりゃどうも。でもな、後で後悔するなよ!」

 そう言うと3人組は一斉に帯刀に向かって飛びかかった。
 帯刀はとっさに剣道でいう中段の構えをとったが、自分の手に木刀が無いということに気づいたころには不良のパンチが顔面に入っていた。

「ぐはっ・・!」

 帯刀が他人からの攻撃を受けるのは、高校入学以来初めてのことであった。
 一方、初めて攻撃を喰らわせた不良たちはますます勢いを増すばかり。
 3人で帯刀を取り囲み、顔・腹・背中、これまでのうっぷんを晴らすかのごとくの連打で、あっという間に帯刀をノックアウトした。

「はっ、はっはっは!勝った!九能に勝ったぞ!」

「校内最強?まったくふざけんじゃねえよ。
1年は1年らしく、俺たち上の人間にハイハイ言ってりゃいいんだよ!」

 確かに素手同士の真剣勝負だったが、一方は1人、もう一方は3人という、あまりにも不平等な戦いであったことにはまったく触れず、不良たちはボロボロになって倒れている帯刀に対して罵声を浴びせるばかりであった。
 そんな光景を木陰から見つめる視線。天道なびきである。

「九能ちゃんって、木刀があるとないとでこんなに違うの・・・?まずいわね。
ここで変に自信喪失でもされちゃ、今後の商売がやりにくくなる。
せっかく見つけた大口顧客、みすみす見捨てるわけにはいかないわね。」

 帯刀の心配ではなく、自分の商売の心配をするあたり、なびきという人間がうかがえる。
 そしてなびきは決闘の近くまで行き、帯刀向かって木刀を投げた。
 帯刀の前に木刀がカランコロンと転がった。

「九能ちゃん、預かってた木刀返すわ。素手で戦う姿はもうカメラに収めたしね。」

 この行動に納得いかないのは当然不良たちである。

「なびき!てめぇ、なんてことを!」

「当初の5万円から2万円まで値切られたのよ?
2万円じゃここらへんまでね。もう十分戦ったでしょ?」

「そんな馬鹿な話があるか!この野郎!」

 3人組がなびきに襲いかかろうとした瞬間、その背後から痛烈な一撃が決まった。
 もちろん、木刀を手にした九能帯刀である。こうなれば帯刀はまさに水を得た魚、太陽エネルギーを得たウルトラマンである。
 先ほどまでの姿はどこへやら、瞬く間に3人をやっつけてしまった。

「ふう・・・」

 戦い終えてため息をつく帯刀。
 この世に生を受けて以降、もっとも苦戦した戦いであったということは、着衣の痛み具合から容易に想像できた。
 帯刀自身、やはり自分には木刀が必要だと再認識した1戦であった。

「お疲れ様、九能ちゃん。」

「おぉ、天道なびき。お前のおかげで助かったぞ。
正直、僕自身ここまで木刀と一心同体だと感じた日はない。
・・・しかし、天道あかねには嫌われてしまうかもしれんな。」

「大丈夫よ。木刀無しでは勝てなかったけど、勇敢に戦ったっことを話せば、
あかねだって納得してくれるはずよ。任しといて。」

 もちろん、あかねに此度の1戦の結果報告をする気など、なびきには毛頭無かった。
 そもそも、あかねは九能帯刀という人物自体、まだ知らないのだから。

「そ、そうか!よろしく頼むぞ!」

 そうとは知らずに喜ぶ帯刀であったが、彼にはまだ1つ気がかりなことがあった。
 5千円でも1万円でも出すと言って売買を確約した、天道あかねの写真についてである。

「ところでなびきよ、天道あかねの超恥ずかしい写真集の件は順調に進んでいるのか?」

「超恥ずかしいだなんて、言った覚えないんだけど。とりあえず、進行状態は順調よ。」

 と、なびきはとりあえず言っておいた。何しろ一昨日に依頼を受けたばかりなので、まだ何もやってないというのが真実であったが、
 顧客の信頼を失っては負けというのが商人道だからである。

「最終的なお代はそうね・・・5万円くらいいただこうかしら?」

「ご、5万円だとっ?いくらなんでもそれは法外な値段ではないのか?」

「妹の写真を他人に売るって時点で、法も何もないでしょ。
まぁ、いらないって言うんなら別にいいのよ?」

「ぐっ・・・しかし高い!少し負からんのか?」

「おーほっほっほ!私はお金の奴隷〜!」

 そう言ってクルクル回ったあと、なびきは足早にその場を立ち去った。
 校門から出て行くなびきの背中に向かって帯刀は叫んだ。

「ならば、それなりの質と量を用意しろー!」

 天道なびきと九能帯刀、商売関係の始まりだった。



 完




 電柱ユーイチさまからお預かりした作品。
 なお、ユーイチさまは、数少ない「九能ちゃん書き」の一人であります。つまり、九能ちゃんのファンだったと記憶しております。
 案外、「九能となびきの商売関係の始まり」「あかねへの執着の始まり」は、ユーイチさまがこの物語で描いたような感じだったのかもしれません。

 なお、今回の呪泉洞掲載へ際して、呪泉洞形式に段落などを改定させていただきましたことを、最後に告知させていただきます。
(一之瀬けいこ)

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