◇DAYS OF NIGHTMARE 10
柳井桐竹さま作


「よくわかったじゃない?」
冷たい薄笑いを浮かべながらそう言うらんま。
その体からは禍々しいまでの冷たい邪気がほとばしっていた。
(間違いない。こいつが夢魔だ・・・)
さきほどまでの‘らんま’の憎悪など、その比ではなかった。
乱馬にはありえない冷たい気が、らんまの体から放たれていた。
圧倒的な邪悪な冷気に、あかねの体から冷や汗が流れ落ちた。
「あんたが夢魔ね?」
その圧倒的な邪気に怯む自分を奮い立たせながら、あかねが口を開いた。
クスクスクス__
「だったら、どうする?」
笑いながらそう言うらんまの、夢魔の声は、冥界の底から響いてくるかのような、冷たい響きを含んでいた―――





DAYS OF NIGHTMARE
     第10章 夢魔〜全ての元凶にして始まりなるもの





「どういうつもり、らんまの格好なんかして?」
(まずは状況を把握しなくちゃ・・・)
夢魔の放つ強烈な冷気を振り払うべく、あかねは必死に声をだした。
クスクスクス__
あかねの気持ちが分かるかのように、冷笑しながら夢魔が口を開いた。
「これ?この子の心を追い詰めるのに使ったのよ」
結構お気に入りだし、そう付け加えた。
「どういう意味よ?」
夢魔の言葉の意味が全く掴めなかった。
夢魔が更に頬を吊り上げた。
「あら、ずいぶん物分りが悪いのね?
 この子に、私のことを自分の一部だと思いこませるのに使ったって言ってるのよ」
瞬間、さきほどの‘乱馬’と‘らんま’の争いがあかねの頭を掠めた。
「ご名答。あんな風に、私のことを“早乙女乱馬”の一部だと認識させたの。
 最もさっきの2人は、私が生んだこの子の“闇”の一部を増幅した幻影みたいなものなんだけどね」
まるで、あかねの考えが分かっているのような夢魔の言葉だった。
(まさか、心が読めるっていうの?)
「さあ、どうかしら?」
夢魔はただ薄ら笑いを浮かべていた。
その人を小馬鹿にするような笑いを見ているうちに、あかねの中で、夢魔への怯えが徐々に薄れていった。
次第に、夢魔の圧倒的な冷気をも感じなくなっていった。
その反動としてあかねの中に湧き上がってきた感情は、紛れも無い怒りだった。
「乱馬はどうしたのよ!?」
「この子の心?顕在化して欲しいの?」
そう言うや、夢魔は片手をあげた。
あげた手の先からまばゆい光がほとばしった。
「!」
あかねは思わず眼を細めた。
徐々に光が弱くなっていく。
光が消えた先で姿を現したのは、男の乱馬だった。


現れた乱馬は、死んでいるかのように横たわっていた。
「乱馬!」
駆け寄ろうとしたあかねの体に衝撃が走った。
「きゃっ!」
クスクスクス__
夢魔は、そんなあかねを見ながら楽しそうに笑っている。
「言い忘れてたけど、この子には私以外の誰も近づけないわよ。私が結界を張ってるから」
「どういうことよ?」
あかねが夢魔のほうに向き直った。
「今あなたに余計な事をされると、面倒だからね」
「乱馬に何をしたって言うの!?」
クスクスクス___
夢魔は、乱馬を指差しながら言った。
「別に大したことは何もしてないわよ。
 ただ勝手にこの子が追い詰められていっただけ」
「答えになってないわよ!」
あかねが夢魔を睨みつけた。
夢魔は冷笑を一層深めた。
「そんなに怒んないでよ。この子の言う通り、嫁の貰い手がなくなるわよ?」
どこまでも人をからかい続ける夢魔の態度に、あかねの我慢の糸が切れた。
「ふざけんじゃないわよ!?」
その声と、あかねが夢魔に目がけて拳を放ったのは同時だった。
夢魔はあかねの本気の一撃を余裕の動きでかわした。
(こいつ、出来る・・・!)
あかねの額から、冷たい汗が零れ落ちた。
夢魔が冷笑を浮かべたまま、口を開いた。
「まずは落ち着きなさいよ。あなたとは一度話してみたかったんだし」
「こっちにはあんたと話すことなんて何一つないわよ!」
動揺を隠すための、あかねの必死の強がりだった。
そんなあかねの虚勢を嘲るかのように、夢魔は冷笑を深めた。
「あなたにはなくても、私にはあるのよ。
 大体あなた、この子を助けたいみたいだけど、具体的にどうするつもり?」
「う・・・」
言われてみれば、夢魔の言う通りだった。
乱馬を助けるためにどうすればいいのか、全くの謎といってよかった。
思わず黙りこんだあかねに、夢魔が追い討ちをかけてきた。
「呆れた。状況判断もできないまま、ただ怒るだけ怒って、挙句の果てに暴力に訴えるなんて」
まるで子供ね、そう言って夢魔はあかねを鼻で哂った。
夢魔のその言葉は中途半端に事実なだけに、一層あかねの怒りを駆り立てた。
「あんたに言われる筋合いはないわよ!?」
「あら?現状を把握するために私と話をすることが、あなたにとって全くのデメリットだとは思えないんだけど?」
言い回しは心底腹立たしいものの、夢魔の言う内容自体は正論といって間違いではなかった。
「・・・言いたいことがあるんならさっさと言いなさいよ!」
あかねは噛み付くようにそう言った。
クスクスクス__
「そうそう、まずはそうやって冷静にならなくちゃね」
徹底的にあかねのことを小馬鹿にする言い草だった。
(今に見てなさいよ!)
あかねは、夢魔の言葉で再び沸き立ちそうになる自分を必死で押さえ込んだ。



「で、なにをあたしと話したいわけ?」
苦々しげにそう言うあかねに、夢魔は再び不快な笑みを浮かべた。
「そうね・・・じゃあまずは、あなたがどうやって此処に入ってきたのか教えてもらえるかしら?」
素直に答えるのは、どう考えても癪だった。
「それを聞いてどうしようって言うの?」
情報の一つでも引き出してやる。
あかねはそう考えていた。
「さあ?」
あかねの考えなどお見通しと言わんばかりの夢魔の態度だった。
「じゃああたしも答えるわけにはいかないわね」
クスクスクス__
「あなた、私がこの子に何をしたのか知りたがっていたわよね?」
「あたしが話したら教えてくれるって言うわけ?」
(誰が信じるモンですか!)
あかねは内心で真っ赤な舌を出した。
「信じる信じないはあなたの勝手。
 だけどあなた、何も分からない今の状況をどうにかしたいんでしょう?」
「くっ・・・」
会話の主導権は完全に夢魔のほうにあった。



「・・・夢恋丸よ」
答えたくはなかったが、答えざるを得なかった。
「夢恋丸・・・ねえ」
(え?)
一瞬、夢魔の顔から笑みが消えたような気がした。
夢魔が横たわる乱馬の方に眼を向けた。
この子の心、まだ完全に死んでるわけじゃないのね・・・
夢魔のその呟きがあかねの耳に届くことはなかった。
夢魔があかねのほうに視線を戻した。
「また随分大胆な薬を使う気になったのね?」
そう言う夢魔の顔には、先ほどまでの嫌な笑いが復活していた。
「どういう意味よ!?」
夢魔の顔が嬉しそうに綻んだ。
「まさか、夢恋丸の効用知らないで使ったの?」
どこまでもあかねのことを小馬鹿にする夢魔の態度に、再びあかねの中で怒りが沸騰し始めた。
「こうやって乱馬の心の中に入ってくるのが効用でしょうが!?」
アハハハハ__
夢魔が本当に笑い声をあげた。
「何がおかしいのよ!?」
「別に、なんでもないわ。気にしないで」
依然笑いを引きずったままの夢魔の発言だった。
(『なんでもない』ワケないでしょうが!?)
そうは思ったものの、たとえ追及したところで白を切られるのが眼に見えていた。
あかねはあえて無視した。
夢魔が更に質問を続けてきた。
「夢恋丸を使ったってことは、此処に来る前に何か見たでしょう?」
「さあ、何のことかしら?」
夢魔の真似をして、空とぼけたあかね。
そんなあかねをおかしそうに哂った後、夢魔が口を開いた。
「とぼけたって無駄よ。
 夢恋丸は相手の心と正面から向き合うことで、互いの夢をつなぎあう薬。
 つまりこの子の深層である此処にたどり着く前に、必ず表層部分でこの子の夢に付き合う羽目になるのよ」
あかねにとって、夢魔から得た初めての情報と言ってよかった。
(じゃあ、あの事故の日の映像が乱馬の悪夢・・・)
だとすると、自分もすくなからず乱馬の悪夢に関与している。
そう考えて間違いなかった。
「で、何を見たの?」
「・・・」
(誰が答えてやるもんか!)
完全黙秘に徹したあかねに、夢魔が口を開いた。
「大方この子が倒れたときの夢だと思うけどね」
「!」
クスクスクス__
(しまった!)
夢魔がカマをかけてきたことに気づいたときには、既にあかねの顔は驚愕を形作っていた。
「本当に単純な娘ね。
 で、あなたはあれを見て何だと思った?」
「乱馬の悪夢でしょ?」
思わず答えてしまっていた。
「当たりでもあり、外れでもあるわね」
奥歯に物の挟まったような夢魔の物言いに、あかねは思わず反応していた。
「じゃあなんだって言うのよ!?」
「ふふ、知りたい?」
会話の流れは完全に夢魔のものと化していた。
「あんたが話したいんならね」
自分のポーカーフェイスなど、夢魔にとって何ほどのものでもないことは分かっていた。
それでも、絶対に素直に首を縦には振りたくなかった。
「素直じゃないわね。じゃあもう少し私の質問に付き合ってもらいましょうか?」
「・・・」
あかねは、自分が夢魔の問いに答えることを確信されていることが悔しかった。
それ以上に、夢魔の作る会話の流れに乗らざるを得ない自分が腹立たしかった。



「私が見せたあの2人のこと覚えてるわよね?」
「・・・」
忘れられるわけがなかった。
あんな風に乱馬の心を弄ぶ夢魔が許せなかった。
あかねの沈黙を肯定と取ったらしい夢魔が話を続けた。
「あの2人が、それぞれこの子の何を象徴しているか分かるかしら?」
からかうような口調のままだった。
「・・・女の‘らんま’は強くならなくちゃっていう乱馬の思い。
 男の‘乱馬’は・・・乱馬が隠したがっている弱さ」
心底不快だったが、それでもあかねは正直に答えた。
「じゃあ、結局この子の“闇”がなんだか、あなた理解できる?」
「・・・」
‘らんま’と‘乱馬’に共通していたもの。
それは。
「・・・誰も、本当の乱馬を受け入れてくれないかもしれないことへの恐怖」
確証なんか一つもなかった。
それどころか、自分の導き出した答えがあの自信家の乱馬が考えることだとは到底思えなかった。
それでも、あの2人から垣間見えた心情からあかねが思いつく答えは、それ以外にはありえないものとなっていた。
一瞬夢魔が真顔になった。
しかしそれも、すぐに貼りついた薄笑いの中に隠されていった。
「それがあなたの見解ね。参考になったわ」
どこまでも小馬鹿にするような物言いだった。
いい加減、あかねの我慢も限界に近づいていた。
「結局何が聞きたいのよ!?」
あかねは声を荒げた。
クスクスクス__
「そんなに興奮しないでよ。もう聞きたいことは大体全部聞き終えたわよ。
 で、確かあなたは私がこの子に何をしたのかが知りたかったのよね?」
「最初からそう言ってるでしょうが!」
あかねの怒りは、文字通り糠に釘な扱いをされていた。
夢魔は少し考える態度を取った後、おもむろに口を開いた。
「わかったわ。私が何をしたのか、この子がどうなったのか教えてあげる」
そう言う夢魔の顔には、温度を感じさせない氷点下の微笑が浮かんでいた。



「じゃあまずはあの2人が何だったのか、から説明してあげましょうか」
あかねは何も言わなかった。
「あの2人はそれぞれこの子の“闇”を象徴化してみたもの、それは前にも話したわよね?
 ‘女’のほうは、この子の強さへの欲求を極限まで高めてみたもの。
 ‘男’のほうは、この子自身も自覚していない自分の弱さを自覚させたもの。
 ぶつけ合わせてみたら、なかなか面白い喧嘩をしてくれてたでしょ?」
「ふざけんじゃないわよ!乱馬の心を弄んでるだけじゃない!?」
夢魔への怒りはますます蓄積していた。
「あらあら、随分な言い草ね。
 折角楽しませてあげようと思ったのに」
気づいたときには、あかねは再び拳をあげていた。
それをも、やすやすと夢魔に避けられていた。
クスクスクス__
「話は最後まで聴きなさいよ」
悔しいが、彼我の間での実力差は明白だった。
あかねは奥歯を噛みしめた。
「で、どこまで話したのかしら?」
「・・・あの2人が何だったのかまでよ」
あかねははきすてるように言った。
「そうだったわね。じゃあ本題に移りましょうか」
「・・・」
あかねは夢魔に対して何か言う気も失せていた。
ただ、夢魔への怒りがあかねを支配していた。



「前にも言ったとおり、私は大したことは何もしてないわよ。
 この子が勝手に追い詰められていっただけ」
「・・・答えになってないわよ」
夢魔が楽しそうに哂った。
「そう急かさないでよ、今話してあげるから。
 この子が現実世界から逃げる前に、私がしたことはたった2つ」
夢魔がわずかに間を置いた。
「まずは現実にパラレルした夢の形で、この子の心を揺さぶったこと。
 それくらいは私達夢魔の一般的なやり方として知ってるわよね?」
夢魔が悪夢で人を追い詰める。
それはコロンの口から聞いていたことでもあった。
とは言え、あかねにそれを夢魔に話してやる気は毛頭なかった。
何も言わないあかねを無視して、夢魔は言葉を続けた。
「あとは大したことしてないわよ。
 この子が精神的に不安定になったときに、ちょっと一言二言囁いてやっただけ」
「どういうことよ・・・?」
夢魔の言葉の意味が、あかねには理解できなかった。
クスクスクス__
「あなた、この子が現実世界で目覚めなくなる直前に、この子と喧嘩してたわよね?
 そのときのこと、覚えてる?」
「・・・」
あかねが拳を握り締めた。
忘れるわけがなかった。
あかねの沈黙を肯定と取った夢魔が、おもむろに口を開いた。
「例えばあのとき、この子の頭にちょっと囁いてやったのよ。
 《東風先生なら、そんなコト間違っても言わないわよ!!》ってね」
瞬間、あかねの中であの日のケンカがフラッシュバックしていった。

『ふざけんじゃねえ・・・』
搾り出すようにそう呟いた後、乱馬はこう叫んでいた。
『そんなに東風先生がいいなら、さっさと告白しやがれってんだ!!!』

(まさか・・・)
それは最悪の想像だった。
「あんた、もしかして・・・」
(あたしと乱馬のケンカを故意に煽ったって言うの!?)
その考えを口にすることはできなかった。
今まで感じたことのない怒りがあかねの体にめぐり始めた。
アハハハハ__
そんなあかねに、夢魔が心底面白そうに笑い声をあげた。
「私に責任転嫁するのはやめてくれない?
 喧嘩をしたのはあくまであなた達自身でしょう?」
夢魔に対する激しい怒りを感じた。
それ以上に、素直になれなかった自分が悔しかった。
結果的に夢魔の掌の上で踊らされていた自分が腹立たしかった。
そんなあかねに、夢魔は更なる言葉を投げかけてきた。
「言ったでしょう?
 全てを招いたのは、この子であり、あなただって。
 私はただきっかけを提供しただけ」
あかねの顔から血の気が引いていった。
アハハハハ__
夢魔は心底楽しそうに笑いながら、言い放った。
「あそこで事故が起こってくれたのはもっけの幸いだったわ。
 あの子があなたのことを守れなかっただなんて、どうでもいい罪悪感と後悔を感じてくれたからね。
 後はその感情と、この子が抱えていた“闇”を掛け合わせて、この姿でこの子をからかっただけ。
 勝手に追い込まれて、私に心を明け渡してくれたわ。
 もう残るはこの子の心を喰い尽すことだけ」
本当に馬鹿みたいに愚かな男、そう言って夢魔は再び笑った。
夢魔の話を聞いているうちに、あかねの中であらゆる感情が消え去っていった。
頭の中が真っ白になっていた。



「・・・絶対に許さない・・・」
あかね自身無意識のままに、あかねの口から言葉が零れ落ちた。
あかねの体から、凄まじい闘気がほとばしり始めた。
クスクスクス__
夢魔はあかねの様子など全く意に介さない態度だった。
「あら、怒ったの?何に?
 私に?
 それとも、この子の弱さを気づいてあげられなかった自分自身に?」
「絶対に許さない!」
あかねがそう叫んだのと、夢魔に目がけて3度目となる拳を放ったのは完全に同時だった。
それすらも、やはり夢魔にかすることすらかなわなかった。
それでもあかねは攻撃の手を緩めようとはしなかった。
「無駄よ。私は姿と同時に、その能力をも完全にコピーできるの。
 あなた、“この姿”が相手でも、この子に一度でも勝ったことがあって?」
あかねの攻撃を全てかわしながら、夢魔が憎憎しげに言った。
「それがどうしたって言うのよ!!」
彼我の実力差など、どうでもよかった。
「あたしはあんたを許さない!」
繰り出す攻撃全てが見切られていた。
それでも、あかねは拳を休めようとは微塵も考えていなかった。
「乱馬の心を弄んで楽しむあんたを!!」
どれほどあかねが全力を振り絞ろうと、夢魔は涼しい顔をしていた。
それでも、あかねの攻撃の手は緩まなかった。
「あたしは絶対に許さない!!!」
そう叫ぶあかねの瞳には涙が滲んでいた。
それでも、あかねの怒りが一撃たりとも夢魔に届くことはなかった。



自分の弱さが悔しかった。
溜まっていた涙は、無意識に流れ落ちていた。
それでも、攻撃を止めようとは思わなかった。
その悔しさをも拳に乗せて、あかねはひたすらに夢魔に攻撃を繰り返していた。
それでも猶、あかねのその思いは夢魔に届かなかった・・・


あかねは気づいていなかった。
ただあかねの攻撃を避けつづける夢魔の足が描いていた“動き”に、あかねは全く気づいていなかった。



「そう言えば」
あかねの繰り出す攻撃の数々を全て避けていた夢魔が、突然口を開いた。
「なんで私があなたに、私がしたことをペラペラ話したか分かる?」
「あんたの腐った考えなんて分かるもんか!」
叫びながらも、あかねは次の一撃を繰り出していた。
それを紙一重の動きでかわしながら、夢魔が小さく言った。
「それはね__ 」
瞬間、夢魔の体から放たれていた冷たい邪気が一気に強まった。
あかねの中の武道家としての勘が、あかねに危険を知らせた。
一瞬冷静さを取り戻したあかねは、瞬時にして自分の置かれている状況を認識した。
(まずいっ!)
気づいたときには完全に手遅れだった。
あかねは既に最後の一歩を踏み出していた。
周囲では、あかねの放った凄まじいまでの闘気が渦を巻いている。
その中心で冷気を深めた夢魔。
『私は姿と同時に、その能力をも完全にコピーできるの』
さきほどの夢魔の言葉があかねの脳裏によぎった。
徹底的に挑発的な夢魔の言動の意味が、あかねの中で一本に繋がった。
(飛竜昇天破!!)
乱馬の必殺技。
全てはこの一撃のためだと。
あかねが気づいたときには完全に手遅れだった。


夢魔の顔に笑みが貼りついた。
「あんたを確実に仕留めるためよ!!」
そう叫んだときには、夢魔の拳は下段で構えられていた。
(来るっ!)
もう回避のしようがなかった。
無意識にあかねは眼を固く閉じて、身構えた。
その口から言葉が零れでた。
「乱馬__!」
あかねは、無意識のうちに、許婚の名前を口にしていた―――――



( to be continued... )




次回最終話です。小出しにしてすいません(汗
(一之瀬けいこ)



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