◇DAYS OF NIGHTMARE  1
柳井桐竹さま作


少女は目覚めない

やっと気づいた本当の気持ち

少女は動かない

総身を貫く喪失感

少女は笑わない

初めて知った絶望・虚無

少女は応えない

とめどなく迸る後悔


コレガホントウノ『アクム』ナンダ―――





DAYS OF NIGHTMARE
第1章 日常〜始まりは或る日の延長戦





「あかねぇ!!!!」

「っ!!・・・たく・・・また同じ夢かよ・・・」
東京練馬区にある、敷地面積と家のつくりだけ見れば、一体どんな資産家が住んでいるのであろうかと見まがうばかりの純和風家屋。
その一角で、就寝中であったにもかかわらずおさげに髪をまとめた少年が、暑苦しそうなことこの上ないモコモコ毛皮のパンダの横で、とても心地良いとはいえない目覚めを迎えていた。
「暑苦しい格好でぐーすか寝やがって、このクソ親父が・・・ってまだ4時じゃねーかよ!
 もーひと眠り・・・はできないだろうな、やっぱ・・・」
そうひとりごちつつ、隣で眠る白黒の毛皮を一瞥し、音も立てずに少年は布団から飛び起きた。
その身のこなしは、少年のまだあどけなさの残る顔立ちからは想像もつかないほど俊敏なものであったが、歳の割に筋肉質な、というよりむしろ鍛え抜かれたといっても差し支えない、その引き締まった肉体を見れば納得のいくものであった。
(瞑想でもしてりゃ少しは気が落ち着くかな)
そう考えつつ、なると柄のパジャマを胴着に着替えたその少年、早乙女乱馬の足は離れにある道場へと向かっていた。



道場に着いた乱馬は、ここ数週間の睡眠不足の原因であり、一歩間違えば現実になりえた、先ほど見た呪泉洞での悪夢を振り払おうと、最早悪夢で目覚めた夜更けの日課の1つにもなってしまった座禅を始めた。
しかし精神を統一すればするほど、まぶたに映るのはあの日の目覚めぬ少女であり、心を苦しめるのはあの日の絶望であるという変わらぬ事実が変わることは、今日もなかった。
(もう何日目だっけ?あの夢見始めてから・・・)
(あ〜情けね、毎日毎日同じ夢見るなんて)
(だいたいなんでこの俺があのずん胴女のせいで、毎晩毎晩うなされなきゃなんねーんだよ!)
(・・・て、べ、別に、あ、あの女がス、ス、スキだとかそーゆー訳じゃネェからな!!)
(そ、そう・・・・た、単にあそこで死なれたら文字どおり寝覚めが悪いだけでっ)
(だからって嫌いって訳じゃねーぞ!いやむしろ・・・って)
「だぁぁぁぁーーーー!!!!俺はいったい何考えてんだよ!!!!!」
いつもの瞑想のはずだった。
それが、いつの間にか自分の考えにとらわれていた自称ナイーブな男・乱馬は、自分が目覚めてから既に2時間以上経過していたことも、自分で自分の考えに照れて一人で手を振り回すなど傍から見れば奇行にしか見えない行動をとっていたことも、さっきの台詞を絶叫していたことも、そんな様子を彼の許婚・天道あかねにバッチリ見られていたことも気づかなかった。
「あんた朝っぱらから何わめいてんの?」
いぶかしげな顔のあかねに突然尋ねられ、思いっきり動揺して
「べ、別におめーみてーなずん胴女のこと考えてたんじゃないからなっっ!!」
と思わず口走ってしまい、「誰がずん胴よ!」の言葉と一緒に道場の天井を貫いて、雲ひとつない朝空で一条の流れ星に化すまでは。





「一体なんなのよあいつは!人がせっかく心配してやってるのに」
先ほど「乱馬が」つくった天井の割れ目を見上げつつ小さくため息をついたあかねは、ここに来る前に早乙女一家の寝室を覗いて、乱馬が布団にいなかったのを見つけたときと同じ様な心配顔に戻った。
(最近まともに寝てないじゃいんないの?あいつ)
(ちょっと前まであたしが起こしても全っ然起きなかったくせに、最近はあたしが起きたときには、道場で汗かいてるか座禅組んでるかのどっちかなのよね)
毎朝遅刻寸前まで起きなかった乱馬をたたき起こすのが日課だったあかねは、ここ数週間の乱馬の寝不足に最初の段階から気づいていた。
しかし、その持ち合わせた性格ゆえに素直に心配を表現することができず、寝不足について尋ねようとする度に口をついて出るのは、思いとは裏腹の言葉であり、同じく素直じゃない性格の乱馬といつもの調子でケンカする日々を繰り返していた。
最も、彼らのケンカは素直じゃない者同士のコミュニケーションの手段であり、それが長引くことは基本的にはなかったのだが。
(ほんとに大丈夫なのかな?あいつ。今日こそ聞いてみなくちゃ)
ここ数週間で何度目かの決意を再び繰り返したあかねは何事もなかったかのように、朝食をとるために居間へと向かった。



「くぉら!クソ親父!!それは俺のだっつーの!!!」
「パフォ〜〜〜」
「あ゛〜〜〜〜〜〜〜!!テメェ!このクソパンダ!!!」
ドカッ!バキィ!!ゴスゥッ!!!
天道家の居間はその日も朝から騒々しかった。
15分ほど経った後、額に大きなたんこぶを作って帰ってきた乱馬は、いつもと変わらぬ旺盛な食欲を見せ、から揚げ1個をめぐりパンダの父と熾烈な攻防戦を繰り広げるという、いつもと変わらぬ天道家の朝の1コマを演じていた。
(ほーんと寝不足以外はいたって普通のように見えるんだけどね)
自分の皿の料理を取られないようにしつつ、あかねは、パンダを殴り倒して隣に座る乱馬を横目で見ていた。
その視線に気づいたらしい乱馬。
「んだよ?」と、から揚げを取られたせいであろうか、不機嫌そうな声であかねに尋ねてきた。
心配で見つめていたなどと正直に本音を言えるはずのないあかねは、とっさに「別に」とそっけなく答えていた。
「あっそ」
(え?)
いつもならあかねのそんな態度に突っかかってくるであろう乱馬が、そう軽く返しただけだった。
乱馬の態度に、あかねは微妙な違和感を覚えた。
一瞬違和感の正体を追究しようかと考えたあかねだったが、ふと時計を見ると遅刻ぎりぎりの時間。
「乱馬時間!!」
感じた違和感をとりあえず無視し、あわてて乱馬のおさげと自分のかばんを引っ掴んで家を飛び出した。


この後はいつも通りの光景だった。
「何でもっと早く声かけねーんだよ!」
「あんたが呑気にご飯食べてんのが悪いんでしょーが!!」
言い争いしながら、通学路のフェンスの上と下を全速力でダッシュしていた乱馬とあかね。
そんな2人の耳に、聞き慣れた叫び声が飛び込んでくる。
「天道あかねぇ〜〜〜!会いたかったぞぉぉ〜〜〜〜!!」
発信源を確認するまでもない。
胴着姿であかねの名前を絶叫しつつ、あかねに抱きつこうと迫る鬱陶しいことこの上ない変態男・九能帯刀が、あかねの視界に飛び込んできた。
いつものように、条件反射で身構えたあかね。
が、そんな変態男があかねの視界に存在しえたのは、ほんの一瞬だけだった。
次の瞬間には、常人では目視しえない速さを誇る乱馬の蹴り一閃で、自称・風林館高校の蒼い雷は、その名の示すような一条の光と化し、はるか成層圏の彼方へと消えていった。

そんなこんなで、彼らの通う高校である風林館高校に始業時間ギリギリに到着した頃には、あかねは朝の違和感のことなど、完全に頭の中からとばしてしまっていた。



(こういうとこも変なのよね)
4時間目の数学の時間、あかねは、無表情に黒板のほうに目を向けている隣席の乱馬の様子を伺っていた。
体育以外の授業中は寝るか、早弁するか、隠し持っている漫画を読むか以外の行動を断じて取らないはずの乱馬が、あかねですら時々眠たくなる数学の授業で、起きて、あまつさえ黒板のほうを向いている(もちろん授業を聴いているとは思えないが)のは、あかねにとって朝食時以上に不自然極まりないことだった。
乱馬の顔を見るともなく見ていたあかねは、ふと乱馬の顔に心なしか赤みが差したような気がした。
(一体何考えてるの?乱馬)
あかねは乱馬にこっそり話しかけようとした。
その瞬間。
「天道」
突然呼びかけられ、声のしたほうにあわててあかねが顔を向けてみると、教師が妙にニヤついた顔であかねを見下ろしていた。
「この黒板の問題やってみろ」
どりあえず前に出て、その問題を眺めてみると。
まるで図ったかのように、乱馬のほうに意識を向けていて、まともに話を聴いていなかった時の問題。
それも応用問題ときている。
さすがのあかねも、そうやすやすと解ける問題ではなかった。
(まさかさっきの見られてた!?)
非常にまずい展開に冷や汗を流して動揺するあかねに、鋭いくせに無神経かつ生徒をからかうことが生き甲斐なその数学教師が、とどめの一言を放った。
「頼むから許婚のほうばかり見てないで真面目の授業を聴いてくれ」
その直後、教室中で冷やかしの嵐が吹き荒れたのは言うまでもない。
「そんなんじゃありませんっ!」
図星を指された照れと恥ずかしさで真っ赤になったあかねは、同じく赤い顔をした、照れとも不機嫌とも取れる微妙な表情の許婚の隣の席へあわてて戻った。



その後の昼休みも、あかねにとって居心地の良いものではなかった。
めずらしくあかねが授業中に醜態をさらしたのが嬉しいのか
「そんなに俺がかっこよかったのか?まっ当然だけど」
などと、自意識過剰な許婚が悪ノリしたためだ。
当然彼は発言した瞬間に、頭にきたあかねに「何寝言言ってんのよ!!!」の言葉と同時に、机を貫いて床にめり込む勢いで蹴り倒され、昼休みの大半を失神して過ごす羽目になったのだが。
あかねは乱馬に対する怒りのままに、盛大に足音を立てて教室を出て行った。
親友のさゆりやゆか達のとりなしで、昼休みが終わる頃には機嫌を直したあかねだったが、そんなドタバタ騒動の中で、授業中の違和感のことを再び意識の外へとばしてしまった。



5時間目は彼らの担任でもある二ノ宮ひな子教諭の英語だった。
この授業は先生のコドモな性格と特有の闘気吸引体質、そして乱馬を首魁とする「悪い子」グループの先生の性格を活用した妨害のため、まともな授業にならないことが大半だった。
その日も、あかねの一撃で昼休みじゅう昏倒していた乱馬は、どこからか調達した食堂のパンを、少し遅い昼食としておおっぴらに貪っていた。
「少しは隠れて食べなさいよ」
「へーき、へーき。今日は対策もバッチリだし」
(何の対策よ!)
もちろん、乱馬の発言が授業の予習が完璧だということを意味しているのではないことは、あかねも端から承知している。
まさしく唯我独尊な態度の乱馬に、あかねは思わずため息をついていた。
そんな乱馬に気づいたひな子先生が、正義の鉄槌を下そうと5円玉を持って乱馬めがけて突進してきた。
が、あらかじめ机の中に用意していたらしい漫画を乱馬が放り投げた瞬間から、授業は自習時間に化した。
乱馬への制裁どころか、授業中であることなど完全に忘れ去り、もくもくと漫画を読みふけるひな子先生。
(やっぱりこういう対策よね・・・)
そんな毎度な先生にうんざりしたあかねは小さくため息をついた後、1ヵ月後のテストに思い至り、その前日に勉強の面倒を見ることになるであろう許婚に一瞥をくれ、何事もなかったかのようにカレーパンを手にする彼を尻目に、今日するはずだった授業内容の自習を開始した。



6時間目は唯一乱馬が大活躍する(できる)授業の体育だった。
ここしばらくの授業は2クラス合同でのもので、競技は男子がバスケ・女子はバレーで、共に体育館でリーグ戦をしていた。
リーグの組み合わせの都合上、その日は試合がなかったあかねは、嬉しさ半分いらだち半分という複雑な気持ちを抱えていた。
理由は簡単。
嬉しいのは乱馬の勇姿を間近で見られるから(もちろん本人は断じて認めない)。
いらだつのはそこかしこから聞こえる、「早乙女クンってカッコイイよね」のひそひそ声のせい(これも本人は決して認めない)。
あかねとの犬も喰わないケンカをクラス中に毎日見せつけている(無論、本人達にそんな意識はない)ためと、しばしばさらけ出す「地」のせいで、あかねと自称乱馬の許婚の久遠寺右京を除いて、自クラス内でこそ恋愛対象としてみられることのない乱馬であるが、詳しいことを知らない他クラスの女子の目からうつる彼は、女に変身するとはいえ運動神経抜群のイケ面に映るらしい。
「でも彼って許婚がいるじゃん。えーっと、なんていったかな?」
「天道さんでしょ。関係ないよ。毎日ケンカするくらい仲悪いもん」
近くで見たら痴話げんかも、一歩離れると単なるケンカになってしまうらしい。
「じゃあ私コクっちゃおうかな!」
「ウッソ、マジ〜!?」
そういう結論になってしまうらしい。
そんな楽しそうな声が耳に入ってくるあかねが楽しいわけがなく。
そのくせ。
(勝手にすれば)
なんて考えているのだから乙女心は複雑怪奇。
どんどん不愉快そうな顔になっていくあかねを見て、バレーがあかねと同班のさゆりが話しかけてきた。
「ちょっと。いいの?あんなこと言われて放っといて」
「関係ないよ。許婚っていったって親が勝手に決めただけだし」
あからさまに無理矢理作ったすまし顔で答えるあかね。
同じく同班のゆかが、呆れ顔で話に割り込んできた。
「そんなこと言ってるとホントに乱馬クン誰かにとられちゃうわよ」
「だからあたしには関係ないって!あんなヤツ」
それでも天邪鬼な返事を繰り返す。
「でも好きなんでしょ?乱馬クンのこと」
「そんなわけないじゃないっ!!なんであんなガサツで優柔不断な粗忽者!!!」
そう真っ赤な顔で叫んだ途端、あかねは乱馬の悪口を並べ始めた。
(まるわかりじゃない。何で否定するのかしらねえ)
(ホント素直じゃないよね。仮にも祝言まで挙げようとしてた仲なのに)
2人はエンドレスに続くあかねの雑言など全く無視して、ひそひそ話を楽しんでいた。
彼女達がそんな会話を繰り広げている間にも、乱馬はスリーポイントラインぎりぎりからジャンプ一番ダンクシュートなど、その道のスカウトが見ると垂涎の的になること間違いなしの、人間離れしたスーパープレーを連発していた。
そんな乱馬に、教師も含めた体育館内の殆どの人間が魅せられていった。



放課後、いつもの通学路を無言のまま歩く2人がいた。
まるで乱馬がいないかのように、軽くうつむいたまま歩き続けるあかね。
端から見るとケンカでもしているかのように見えるが、あかねの精神状態はそんなことを気にする余裕もなかった。
別にケンカをしているわけではない。
『そんなこと言ってるとホントに乱馬クン誰かにとられちゃうわよ』
あかねの頭の中では、つい先ほどゆかに言われた台詞がリピートされ続けていた。
(乱馬、あれでモテるもんね)
(なのにあたしは素直じゃないしかわいくないし・・・)
(ほんとに乱馬あたしのこと好きなのかな?祝言が駄目になった後でも、乱馬全然態度変わんないし・・・)
(あたしはちょっとショックだったのにな・・・)
(呪泉洞での涙は一体何だったのよ)
ネガティブな考えに捉われていたあかねがふと横を見ると、乱馬は心なしか憂鬱そうな顔をしているような気がした。
(乱馬何考えてるんだろ?)
(もしかしてあたしといるの・・・つまらない・・・って思ってる?)
あかねの思考はどんどん負の螺旋に陥っていった。
が、次の瞬間その思考が一瞬停止した。
「乱馬ニーハオ!」の声と共に、横から『どぎゅる』という変な音、ついで「ぐぇっ」という蛙みたいなうめき声が聞こえたからだ。
その音にあかねが我に返ると、乱馬を必死で婿に迎えようとする中国娘・シャンプーが自転車で乱馬を押しつぶしていた。
「わたし今出前終わたとこね。早速デートするある!」
そう言うやいなや乱馬に抱きつきにかかったシャンプーと相変わらず優柔不断な乱馬に対し、あかねのボルテージは急速に上がっていった。
あかねは怒りのままに、乱馬めがけてかばんを振り下ろそうとした。
そこまでは至って日常的な光景だった。


シャンプーの放った次の一言で、振り上げられたあかねの手が硬直した。

「乱馬あかねといてつまらなさそうだたね!」

「な・・・!」
先ほどの考えを口に出され、あかねは少なからず動揺した。
「おめー、な・・」
乱馬は乱馬で、何かを言いかけた。
そんな2人を無視して、シャンプーは言葉を続けた。

「あかねもつまらなそうだた!」

「「え」」
思いがけないことを言われたあかねの声と、乱馬の声が一致した。
2人のあいだに走った微妙な間を知ってか知らずか、2人にお構いなくシャンプーは乱馬の腕を取った。
そして
「お互い一緒にいてつまらない。だったら一緒にいなければいい。これ当然ね。
 というわけで一緒に居て楽しいわたしとデートするある!」
と平然と言ってのけ、乱馬の腕を引っ張った。



その瞬間―――
「お〜っほほほほ!あなた達などと居て乱馬様が楽しいはずがありましょうか!
 乱馬様の笑顔は私が居るときこそ最も輝くのですわ!!」
「何言うとんねん!乱ちゃんはうちと居るときが一番楽しいに決まってるやん!!」
そんな声と共に突然黒バラ吹雪が舞い上がり、お好み焼き用のヘラが乱馬とシャンプーの方へ凄まじいスピードでたて続けに飛んできた。
とっさに乱馬の手を取ったままシャンプーが身を翻したためにバランスを崩したためか、反応が遅れた哀れな乱馬の顔面に、狙い過たず全てのヘラが突き刺さった。
「乱馬に何するね!!」
「それはこっちの台詞や!ひとの許婚に相変わらず懲りもせんと手ぇだしくさって!!」
ヘラを投げた張本人の久遠寺右京とシャンプーが、額から血を流してうずくまる乱馬を無視して言い争いを始めた。
「乱馬はわたしの婿ね!!」
「うちの許婚や!!」
そんな2人を尻目に黒のレオタード姿の変態(男の妹)女・九能小太刀は、手に持った新体操のリボンをうずくまったままの乱馬の首に巻きつけ
「さぁ乱馬様!私と我が家で優雅なひと時を楽しみましょう!!」
の言葉よりも先に乱馬をリボンごと引っ張って、九能邸にお持ち帰りにしようとする。
小太刀の行動に気づいた右京が、間髪入れず巨大ヘラでリボンを叩き切った。
「どさくさにまぎれて何すんねん!」
「そうね!お前と居て乱馬楽しいわけないね!!
 乱馬はわたしと居る時のみが楽しみで生きてるね!!!」
「それはうちの台詞や!!!」
「私の台詞に決まっているではありませんか!!!」
その言葉を皮切りに、3人は乱馬をめぐって三つ巴の乱闘を始めた。
一番被害を被っているのは、争いの爆心地でうずくまっていた乱馬であることに気がつかないほど逆上しつつ。
その様子をながめていたあかねの気持ちは複雑だった。
3人娘の強引さに呆れる気持ちもあった。
乱馬の優柔不断な態度への怒りもあった。
それ以上に、素直に感情表現できる3人娘への、一抹以上のうらやましさの感情を抱いていた。
「乱馬、先行くわよ」
あかねはその場にいたたまれなくなり、思いを振り切るかのようにそうはきすて、家へと向かって走り出した。
乱戦の渦中にいる、いまひとつ考えの読めない許婚を一瞥した後で・・・



(乱馬・・・シャンプーの言葉、否定・・・しなかった)
あの後まっすぐ帰宅して、乱馬の母・のどかの「おかえりなさい」の挨拶への返事もおざなりなまま部屋に閉じこもったあかねは、先ほどシャンプーの発言を否定しなかった乱馬に思いをはせていた。
状況を冷静に判断すれば、乱馬が否定する間もないほど矢継ぎ早にシャンプーが言葉を発していたことに気づこうものだが、元来思い込みが激しい性格のうえに、気にかかっていた考えをシャンプーに思いっきり口にされて気が動転した今のあかねには、そこに気がつく心の余裕はなかった。
(やっぱり・・・あたしと居るの、つまらない、のかな・・・)
ベッドに身を投げ出しつつ、そんなことを考えては
「だからなんだって言うのよ!乱馬がどう思おうとあたしに関係ないじゃない!」
と誰も聞いていないのに1人で無理に強がる。
そうすると今度は、普段の態度からは信じられないほど必死に、文字通り命がけでピンチから自分を助けて出してくれる乱馬を思い出すと同時に
『そんなこと言ってるとホントに乱馬クン誰かにとられちゃうわよ』
の言葉が頭に響く。
言われた時こそ関係ないと否定できたが、乱馬は自分といるのがつまらないかもと疑心暗鬼になって落ち込んでいる今のあかねには、この言葉は万鈞の重みを持つものと化していた。
「そんなの・・・イヤ・・・」
無意識のうちにそう呟いたあかねは、自分の頬が濡れていく感触に気づいた。
「ウソ・・・なんで・・・?」
うすうす理解できるが決して納得したくない、自分が涙する理由にあかねが向きあおうとしたその瞬間だった。

「ぶぶぃ?」

あわてて涙をぬぐって聞こえてきた音のほうを向くと、視線の先にはあかねのペットの黒い子豚・Pちゃんが鎮座していた。
Pちゃんは、豚なのになぜかそうと分かる心配そうな顔であかねを見つめていた。
「な、何でもないのよPちゃん」
あかねが笑顔を作ってPちゃんを抱き上げると、ちょっと嬉しそうでいて、それでもますます心配そうな顔をしたPちゃん。
「ぶい、ぶぶい」と鳴いた。
その鳴き声がまるで
「どうしたんですか?あかねさん」
と言っているかのように聞こえたあかねは、思わず尋ねていた。
「話きいてくれるの?Pちゃん」
「ぶき」
あかねの問いに返事しただけでなく、Pちゃんはあまつさえ首を縦に振った。
だが、あかねはその不自然さに全く気づかず「ありがと」と言って先ほどまで考えていた悩みを話し始めた。
最後に自分を一番苦しめる問いをぶつけた。
「さっきシャンプーに言われちゃったんだけど、乱馬ってあたしと居るの、つまんない、のかな?」
Pちゃんはなんとも形容しがたい複雑な顔をした後、おもむろに首を横に振った。
そして「ぶぶい」と鳴き、悲しそうな顔をした。
あかねは、そんなPちゃんの態度を自分のために悲しんでくれていると解釈した。
Pちゃんにちょっと照れ隠しの入った口調で
「じゃあ、Pちゃんはあたしと居て楽しいと思ってくれてるんだ?」
と言って笑いかけた。
すると今度は、Pちゃんはあわてて首を何度も縦に振った。
「ありがと」
あかねがぎゅっと抱きしめると、Pちゃんはぎしっと固まる。
そんなかわいらしい仕草をみせるペットに、あかねは限りない愛しさを感じた。
と同時に、悪戯心ももたげてくる。
「もしかしてPちゃんはあたしの事が好きなのかな〜?」
からかい半分の口調で話しかけてみた。
途端、その黒い毛皮のせいで分かりにくいが、まるで全身の血が逆流したかのように真っ赤になるPちゃん。
そんなウブな男の子のような反応に、ますますかわいらしく感じたあかねが「どうなの〜〜?」と、半ば追い詰めるような口調で尋ねた。
Pちゃんは、あからさまにあせったような声で「ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶぶきっ?」と返す。
「え?あたし?あたしがPちゃんのことどう思ってるかって?」
なぜかPちゃんの鳴き声がそう聞こえたあかねが聞き返した。
再びコクコク首を縦に振るPちゃん。
「あたしは・・・」

いったんあかねは言葉を切った。
そして、Pちゃんの額に顔を近づけて―――

チュッとキスを落とした。
「大好きだよ」
そう言ってあかねは満面の、それでいてどこか切なげな笑みを浮かべた。
その瞬間。


バンッッ!!!!


もの凄い音がして、半開きだったあかねの部屋のドアが閉まった。
「え?何、今の?」
あかねは、とりあえず様子を見るためにドアを開けてみた。



ドアのすぐそばの廊下に、洗濯物が無造作にちらばっていた―――――



つづく




 また新たにお一人、注目度が高い、乱あノベラーの誕生でございます。
 「呪泉洞」の戦いのその後。相変わらずの二人の関係。でも、大波乱の予感が…。
(一之瀬けいこ)

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