◇遠い約束、今の約束
[9]  あかね、さらわれる

陽樹(宇宙)さま作


一人の男が猫飯店の前に現れた。
こげ茶の髪の青年。
その顔には笑いが浮んでいる。
『雪梅…』
呟き、去っていった。


「乱馬――――――――――――――!!」
「来るんじゃねぇっ!!」
「………バッカみたい」
いるのはあたしと乱馬と雪梅ちゃん。
場所は庭。
この頃毎日コレ。
雪梅ちゃんは2日に一回は天道道場を訪れる。
そして、乱馬を追っかけまわす。
私に接する態度は、シャンプーとまるきり逆。
あたしのことは『あかねさん』と呼ぶけれど、仲のいい友達のように話し掛けてくる。
それはありがたいんだけど、やっぱりちょっと嫌悪感があるのよね…
乱馬と雪梅ちゃんの攻防戦を見ていたら、第3者が突然現れた。
『雪梅』
その人はこげ茶の髪で同年代の青年。
乱馬と雪梅がはたと止まる。
「?」
「げっ」
乱馬は首を傾げているが雪梅ちゃんは「ヤバい」という顔をしている。
『夜闇(イエン)…』
雪梅ちゃんは呟いた。
この人夜闇っていうのね。
でも誰かしら?
「おい雪梅、誰だコイツ」
「乱馬、知らないの?」
「あのなぁ、あかね。知ってて訊くわきゃねーだろうが」
「…私の幼なじみの夜闇ね」
夜闇くんは言った。中国語だからなんていってるかはわかんないけど。
『お前か?雪梅をたぶらかしている男は』
『はぁっ?!』
『とぼけたって無駄だ。雪梅は乱馬とか言う男に夢中になったと聞いた』
『でなんで俺がそんな敵対心の目で見られなきゃなんねーんだ』
『俺と雪梅は親公認の中だった』
『そんなの私認めてない!両親が勝手に言ってただけじゃない!』
『俺はお前しか見ていない』
雪梅ちゃんと夜闇くんの言い争いが始まった。
「乱馬、どういうこと?さっぱりなんだけど…」
「なんか俺、夜闇の目の仇にされてる。俺、雪梅のこと何とも想ってねーのに」
「じゃあ、夜闇くんは雪梅ちゃんが好きなのね」
「そーゆーこった」
「ふーん。色男は大変ね」
「なんでそうなんだよ」
気付くと、あたしと乱馬は雪梅ちゃんと夜闇くんにジーッと見られていた。
「な、なんなの?」
「さ、さぁ」
すると夜闇くんはあたしをいきなり抱き上げた。
「きゃっ…!」
『何すんだてめぇっ!!!』
乱馬が逆上した。
『お前は俺から女を奪った。だから俺はお前から女を奪う。これで公平だ』
『なにわけのわかんねーこといってんだ!あかねを返せ!』
『ほう、この女はあかねというのか。よくみるとべっぴんじゃないか』
夜闇くんはあたしの顔をまじまじと見ていった。
『夜闇!あかねさんは関係ないはずね!!!!!』
『お前が戻ってきてくれるならあかねは返す』
そういって夜闇くんはあたしをさらっていった。



「ちょ、ちょっと放してよ!!!乱馬のところに返して!!!」
あたしは必死で叫ぶ。
夜闇は中国人だから伝わらないとわかっていても叫ぶあたし。
もう『くん』づけで呼んでやらないんだから!!
こんな虚しい腹いせしか出来ないあたしって…。
「そんなにあの男が大事か?」
「えっ?!」
突然返ってきた言葉は日本語だった。
「大事か?」
「あったりまえでしょ!!放してよ!」
もうあたしは叫びまくった。
「相思相愛なんだな。それじゃあさらう価値はあったってワケだ」
「なにワケのわかんないこといってんのよ!放しなさいよ!」
あたしの叫びと夜闇のクールな言い争いは続いた。



「乱馬、ごめん」
「…………」
「あたしのせいで…」
「ンなこといってる暇があったら知恵出せ」
俺は言い放った。
「怒ってるか?」
「おめーには怒ってねえよ。夜闇に怒ってるんだ。関係のねえあかねまで巻き込みやがった」
「……もう少し待ってみるといいね」
「はぁ?!」
なんで待たなきゃいけねんだ!
「夜闇はゲーム好きね。きっと取引みたいな何かを持ちかけてくるとおもう」
「…」
そのときだった。
ブスッ
何かが地面に刺さる音がした。
「なんだ?」
俺はそれをひろいあげある。
『手紙』だった。
中身は、中国語で書いてあった。
「雪梅、なんて書いてある?」
俺は中国語を読むことは出来なかった。
「えーと…『あかねを取り戻したかったら、堤防へ来い。もちろん雪梅をつれて来い。おもしろいゲームをしよう』
 だって」
「おめーの言うとおりだな」
「でしょ?」
俺は立ち上がった。
「雪梅、行くぞ」
「……」
雪梅は何か躊躇っている。
「はやくしろっての!」
「……やはり、行くのか?」
「たりめーだろ?!」
「やっぱり、あかねさんが好きか?」
「そうじゃなきゃ、こんなにあせんねーだろうが!」
「…わかた。あたし乱馬を諦めるね。でも、条件ある」
「な、なんだよ…」
「あかねさんを一生大事にするね」
「…言われなくてもわかってるっつの」
俺は雪梅を連れて堤防へ向かった。


(やっぱり、無理だったね…)
最初からなんとなくわかっていた。
こうなってしまうことを。
乱馬を振り向かせることなんて出来ないのだと。
でも、日本(ここ)まで来てしまった。乱馬を追って。
心の中ではわかっていたのに…
乱馬はあかねさんを一途に想っている。
認めたくなかった。
悔しかったから。
乱馬を追ってきた。
なのに、乱馬を困らせる事態を連れてきてしまった。
(ごめんね…乱馬。ごめんなさい…あかねさん…)



つづく




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