◇燈籠流 ・ 5 夕暮れのヒカリ
凛子さま作


『ちっと遠くまで来ちまったかな。早く帰ってやんねーと。』

 買い物を済ませたらんまは、天道家へ向かって走っていた。

「ただいま―」
「おかえりなさい!」
 何回にも分けて洗った洗濯物を抱えたあかねがらんまを迎えた。
「お風呂沸いたわよ!」
「おう。サンキュ あかね。」


「ふー女のかっこは疲れるぜ」
「あら。どうだか」
 男に戻った乱馬が風呂から上がると、あかねはまだ洗濯物を干していた。自然と隣にたって、乱馬も手伝い始める。
「まだ・・・中国行ってなかったのね。」
「まあ・・・な」
「いっそ、そのまま女でいたほうが・・・」
 ちらりと乱馬の機嫌を伺う。
「なんだよ」
 憎まれ口にも昔のような喧嘩はない。いつの間にか二人は大人になっていた。

 洗濯物を干し終わると、夕暮れが近づいていた。


「乱馬。何買ってきてくれたの?あたし神主様のところでお料理も習ったのよ?」
 台所での一コマ。少し得意げに話しながら、あかねがビニール袋の中をガサガサとあさる。
「・・・乱馬(怒)?」
「いっいやあ あの簡単なほうがいいかなって・・・」
 ビニール袋の中にはインスタントラーメンが無造作に押し込められていた。
「もう・・・まぁいいわ。乱馬手伝ってちょうだい。かすみお姉ちゃんが作っておいてくれたお夕食、片付けなくちゃ・・・。」
「お、おう」


 懐かしく再会した彼女は、少女から女性へと美しく成長していた。
 乱馬は、もう二度とあかねを手放したくないという思いを、知らず知らずのうちに、胸の中に育てていた。


「さっできた。・・・おじいちゃんの部屋・・・借りましょ・・・」
 避けた。あの扉を開くことを・・・避けた。二人だけの空間だという思いが、どんどん乱馬とあかねの胸を苦しめていった。
 食事の間、二人はほとんど会話を交わさなかった。赤い夕焼けが家の中を染めはじめる。

「ごちそうさま。ほんと・・・だったんだな。料理習ったって。手際、よかったもんな。」
「うん。」
 乱馬が褒めるなど、あかねには考えられなかった。やはり少しずつ、何かが変わっていた。
「風呂入って来いよ。ほら、暗くなっちまうぜ。電気はつかねーんだ。片付けといてやるからよ」
「あっありがと じゃおねがいね」

 見送るあかねの後ろ姿は、赤い光の中へ吸い込まれていくようだった。
 あの日のように空は輝いている。その空は、二人の哀しみを誘った。


 夕暮れの暗がりがこだまする頃、鼻をくすぐる、せっけんのいい匂いが乱馬の目を覚まさせた。いつの間にかウトウトしていたらしい。目の前には、長い髪を下ろして、なつかしいパジャマに身を包んだあかねが、ちょこんと座っていた。

「ん?あかね・・・」
「もう暗いね」
 月明かりと、夕陽の残り火で綺麗に映し出された彼女は、少女の面影を消していた。
 そして乱馬は、ある一つの決意をする。この・・・胸の中で育ちはじめた気持ちを伝える決意を・・・。

「ランプ・・・持ってくっから、待ってな」乱馬はおもむろに立ち上がる。
「あたしも行くっ!!」
 やっぱり一人は不安だから・・・。

 すでに陽の落ちた暗がりの中で、一段ずつ階段を上っていく。
「どこにあるの?ランプ」
 あかねの声は不安を抑えきれない様子だった。
「ったく 恐がりだな。俺の部屋だよ」
 面倒くさそうな顔をしても、絡みつく腕が鼓動を高鳴らせてしまう。

 階段を上ってすぐのその部屋は、扉が開いていた。“俺の部屋だよ”というほど当たり前になっていたその空間は、青い光を含んでいた。
「確か ここに。」
 押入れの戸をあけて、玄馬のカバンをあざきだす。
「ねぇ 本当にあるの?あんた、持ってたんでしょ?」
「あったっ」
 乱馬の手には古ぼけたランプが。あかねはようやくほっとした。
「あら。乱馬。これラジオ?」
 目線の先に黒色の機械が転がっている。寝るにはまだまだ早すぎるが、テレビも電気もつかないとなるとこれに頼るしかない。

 ますます空は藍を強めていた。

「いくぞ。」
「え?ここでいいじゃない。何もまた下に行くことないわ。」また暗い中を進むのは気が引けたが、
「火。」
「あ・・・。」
 マッチを見つけられるほど、もう明るくはなかった。


カチチチチチチッ――シュボッ

 ガスコンロに青い熱が灯る。暗い中で、もう一つ赤い熱が生まれた。ランプのオレンジに光る灯かりは少し、暖かい気持ちを育てる。
 二人は食事をした部屋で、ラジオのスイッチを入れた。静かな、かすれた音が漏れてくる。歩き疲れていた
 二人は、睡魔に襲われた。


“ピッピッポーン一時をお伝えしました”
「んっ?あら?ねぇ乱馬?乱馬ったらぁ ランプ・・・消えてるぅ・・・起きて!乱馬。」
 時報で覚醒したあかねは飛び起きた。向い側に居る乱馬をゆする。
「ん――?うるせーなーもう朝か?・・・あんだよ、暗ぇーじゃねーか・・・」乱馬は眠い目をこする。
「うるさいじゃなくてー。ランプよ!ランプ・・・。」
 暗いのがよほど恐いのか、あかねの声は涙ぐんでいた。
「あ゛っ?なっなっなっなんだよ」思わず、条件反射で慌てふためいてしまう。
 気を取り直して立ち上がり、
「っほらっ」
 あかねの目の上に広い手を差し出す。暗がりで見えはしないが、きっと彼の心臓は口から飛び出しているのだろう。あかねはその手に甘えた。

 AKANEというプレートの提がったドアの前で、二人は照れを隠すように、素っ気のないお休みをした。なんとなく、乱馬もあかねもなかなか寝付けそうにない気はしていた。


「はぁ――・・・あかね・・・ちっと変わったよな・・・」
『キレイに・・・なりやがって・・・』
 幾年ぶりに敷いた布団は、ひんやりと乱馬の体を包んだ。眠気はとっくに覚めてしまっている。
 天井を見上げて、青白い窓の反射を見詰め、乱馬はあかねの事を思っていた・・・。



to be continued・・・




作者さまより

大変お久しぶりです。まずはお詫びをさせて頂きます。
実はこれからも忙しくなりそうで・・・。最終話にたどり着くまで、多少、(多々)時間がかかってしまうように思います。
なるべく早期の完結を目指しますが、それまで、長い目で見守ってやってください。(滝汗)


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