◇燈籠流 ・ 3 過去・現在
凛子さま作


あれから幾年月が経って、乱馬は相も変わらず山篭りを続けていた。


そんな生活を始めて間もない、哀しみも癒えることを知らなかった頃、良牙が尋ねてきて、あの地震の
後の事を始終まで聞いた。

訊くところによると、あの後すぐに天道家へたどり着いた良牙は、あかねの置き書きを見つけ、市役所
への死亡届やらの処理を、代わって全てやってくれたとの事だった。
感謝の意を伝え、その日はそのまま別れた。
その後も何度か迷い込んできて、待ち合わせの場所まで連れて行ってやったこともあった。


今日もまた、良牙を響家まだ送り届けた帰り、天道家の目の前を横切った。
周りの街並みはまるで変わっていたが、この家だけはあの日のまま建っている。
なぜか様子が気になって、何年ぶりだろう・・・道場まで行ってみることにした。

遠目から、人の影が見えた。静かに呼んでみる。この気配には憶えがあった。

「あかね・・・か?あかねなのか?」
振り向いた女性は、まぎれもなく、あかねだった。

「久しぶりね・・・乱馬」
ちょっぴり悲しげに笑う姿は、少しだけ、かすみに似ていた。
「髪・・・のびたんだな」
「ええ。・・・乱馬も。
あたしは・・・あらからずっと切っていなかったもの・・・」
両横から編み上げて、真後ろに結われたポニーテールは、時の流れを感じさせる。
「そうか・・・」

聞きたいことや、言いたいことは山のようにあったのに、こんなありふれた言葉しか出てこない。二人とも、何を言っていいのか分からなくなってしまうほど、たくさんの思いを抱えていたのだ。

「乱馬は・・・よく来るの?ここ(天道道場)へは・・・」
二人は、一つずつ話しはじめる。
「いや・・・今日まで来たことなかったぜ?良牙を送りによく通ったけどな。なんか 今日は・・・なんつーか気になって・・・」
「そう。そうね・・・あたしもおんなじ。なんだか来たくなったの」
道場の床に蓄積されたホコリを見れば、その言葉を疑う余地はなかった。もう、どこにだれが寝ていたかなど、形跡は、跡形もない。

「あたしね・・・あの後・・・本当はどこへ行ったらいいか分からなくて。」あかねは身の上を話し始めた。一
番知ってほしいこと、知りたかったことを。
「仕方なく野宿しようと決めたんだけど、そしたら・・・近くにあった神社の神主様が拾ってくださったの。
今はそこで暮らしてるの。日暮神社。・・・ここから少し遠いから、今日はここに泊まってくるって言ってあ
るの。・・・乱馬は・・・今も山篭り? それとも」
「相変わらず山篭りさ。一人で居るとなんだか身が入らね―よ。小せぇ頃から親父と一緒だったからな。」
どのくらい時が経っても、忘れることは出来ないと気付いた。あの日の哀しみ・・・
「そうだ。どうせ帰ってもやることね―しな。俺も泊まっていくか」

もう一度二人で居たいと思った。急速に縮まっていく二人の距離を抑えることは出来なかった。会いたい
と思った日々が一気に込み上げてくる。

「本当!?乱馬。」
さっきまで悲しげだった表情に、明るく花が咲いた。その笑顔はあの頃のまま、乱馬の心を掴んで離さな
い。
「さっき家を見たらね!そんなに壊れてなくて、使えそうなのよ。窓が閉まらないところも、少しあったんだ
けど・・・」
あかねの表情はイキイキしていた。次第に乱馬も笑顔になってくる。いつの間にか二人は、時を戻したよ
うに無邪気だった。

「そうだわ!掃除をしましょう!乱馬。これじゃあまりにも道場がかわいそうだわ。」
掃除と聞いて一瞬怪訝な顔をした乱馬だったが、神聖な道場が汚れているのはどうかという気になったの
と、あかねが一人ででもやってしまいそうな勢いだったので、手伝うことに決めた。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
あかねは笑顔のまま駆けて行った。


ガチャ・・・

自分の部屋の懐かしい匂い。あの日のまま残された過去という思い出に、打ちひしがれそうになる。あか
ねは気を取り直すために首を振って、真っ直ぐ前を見詰めた。
そこら中の服をかき集めて抱える。最後に・・・道着も・・・。

袖をたらし、ぐったりと下がっていた道着には、あの日の痕跡がはっきりと残っている。




  to be continued・・・




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