◆素直。
凛子さま作


あかねたちは、高校3年になっていた。もうすぐ、この風林館高校で最後の学園祭を向かえる。
乱馬とあかねの3−Fは、出し物に映画を作製することに決まっていた。ストーリーは、ほぼ全員一致でラヴストーリー。台本を書いたのは、国語の成績がクラストップの女子という少しいい加減なものではあったが、まずまずの代物にはなっているようだった。

ところで出演者は、容姿も度胸も申し分ないという理由で、ヒロインにはあかね、ヒーロー(?)には乱馬が推薦された。推薦といっても、半分無理矢理なもので、2人の有無など聞き入れてもらえなかった。
「あかねと乱馬くんがいいわよ!許婚だし。気兼ねが要らなくていいんじゃないかしら」
こんなことを言われてしまったら、あとは何をやっても後の祭になってしまうのは目に見えている。それに、変に断れば誤解を生みかねない。でも、あかねは少し嬉しかった。本当はお芝居嫌いじゃないし、それに相手が乱馬なら・・・。
「俺は嫌だぜ!?なんで俺がんなことやんなきゃなんねーんだっ!」
予想通りのセリフだっただけに、簡単に丸め込まれてしまった。
練習が始まってからも、ブツクサ言っていたが、なんだかんだ言って真面目に取り組んでくれている。苦手な暗記も、毎晩てこずりながら、あかねと一緒にやっている。撮影といっても、そんなご大層なものではないが、その直前には必ず乱馬は台本とにらめっこをしている。

1年生のときのロミオとジュリエットは、散々な事になってしまったことを、あかねは思い出していた。
『あのとき、乱馬は中国行きのことしか頭になかったのよね、きっと。でもキス・・・ホントにしても良かったかな・・・?』

今日は商店街での撮影がある日。
ちなみに、役の名前はNGを少なくするためだけの理由で、与えてもらえなかった。

「あかね――?着替え、終わったー?」
ユカがあかねを呼びに来た。クラス換えがあったけど、ほとんどの人はF組のまま上がってきた。校長が裏で手を引いたのだろうか。
「うん、今行く――」

今から撮るシーンは、初めてのデート。乱馬と待ち合わせをして、乱馬が遅れてくる・・・。
『なんでこんな台本なんだろ。右京と乱馬がいちゃついてて、それを見ちゃう。か・・・あんまり見たくないなぁ・・・相手が右京じゃ、いつもやってんのと変わんないじゃないのよぉー』
あかねは小走りに教室を出て、近くの商店街へ急いだ。


「遅かったやないかー?なぁ、あかねちゃん!」
「う、右京!?」
「どうやー?似合うとるか!可愛いやろー乱ちゃんにも早う見せたりたいわー」
ホームビデオが3台ほど設置された撮影現場にたどり着くと、珍しくスカートを履いて、長い髪にリボンをつけた右京が、あかねを呼び止めた。
乱馬はというと、やっぱり話し掛けづらいくらい暗記に必死だった。その真相は乱馬にしか分からないが、低コスト政策と称して、NGを出すと、この時期痛い100円罰金というのがあるのだ。きっとそれも理由のうちだろうと推測された。

「乱馬。」
幾分、躊躇したが、声が出てしまった。右京なんかと・・・仲良くしないでよ・・・。こんなこと恥ずかしくって言える訳ないし、
「あ゛っ!?るせーなあかね!!話しかけるなっていっつも言ってんだろっ!!何なんだよ!」
ほら、怒ってる。すごく不機嫌。乱馬がなぜこんなにまでしやってくれるのか、あかねには不思議でならなかった。それに、このときの乱馬は、普通に喧嘩しているときの乱馬とぜんぜん違うから、余計に不安だった。
「いい。何でもないの」
はっきりしないあかねと、覚えの悪い自分に、乱馬は苛ついていた。

あかねの楽しそうに笑う顔が見たいから・・・。なんて。この作業が自分に不向きすぎることを、乱馬は呪った。
ヒロインの役が決まったときのあかねの顔を見せられたら、断ることも、適当にやってしまうことも気が引けた。
あかねがあんなに楽しそうなら、犠牲になるのは自分でもいいと思っていたことに、自分で驚いた。
いつから・・・なんて憶えていない。こんなに真剣にものを考えたのは、本当に久しぶりだと思った。


最近、2人の頭の中を、将来という言葉がよぎる。

あかねは、大学進学をギリギリまで諦めるつもりはなかったが、天道道場のことも気になった。それに・・・・・
結婚のことも。早雲を早く安心させたい気持ちがあるからだ。 一方、乱馬は、あかねと道場のことしか頭になかった。あかねの進学希望を知っているのは、実は誰もいなかった。口に出してしまえば、家族に迷惑をかけてしまう気がしていた。

許婚という言葉が、結婚に変わろうとしているのには、2人ともうすうす気がついてはいたが、未だに強がり続けていた。変な風にはやし立てられるのが嫌だったから。
乱馬はもう結婚に対して異存はなかった。でも、自分にもあかねにも素直になれずにいた。
これが性分なのだから仕方ないのだが、なによりも、あかねの気持ちが知りたかった。

「乱ちゃーん!もうすぐ始まるでぇ――?どや?うち、可愛いか?」
右京が始まりを知らせに駆け寄ってきた。
『や・・・やっべぇ!あかねに気ぃとられて全然覚えてねぇっ・・・』
右京が何度か必死にアピールしていたが、乱馬の耳には何も入ってこなかった。NGを出したら罰金100円なのだから、当然だろう。
必死に台本を読んでいると、

突然。周りがざわつき出す。そのざわめきの中には、呼びなれた許婚の名前が聞こえてくる。あかねはいつの間にかスタンバイしていた。 ずっと隣に居ると思っていたのに。
あかねは、さっきの乱馬の言葉を、頭の中で繰り返しながら、ぼやっと立っていた。そのまわりに、いかにもちゃらちゃらしたような男共が集っているのにも気付かず。

「!!あかね――っ!!」
「!!!っ」
あかねは乱馬の声に覚醒する。 肩に伸びてくる、見知らぬ男の手を払おうとするが、不意を突かれていたため、思ったように体が動かない。
「鈍感っ」
遠くに居たと思った乱馬が空から降ってくる。

――パシッ!!
「うおっ」
あかねの肩に伸ばされようとしていた手を、勢いよく払う。『あかねに気安く触んじゃねえっ!!』一般人に手加減するつもりはなさそうだ。
「痛ぇじゃねえか」
あかねに触ろうとした不届き者が粋がる。それが気に食わないのか、乱馬は一層拳に力を込める。
乱馬はそれ以上何も言わなかったが、あかねは嬉しくなった。
『あたしのために・・・してくれてるんだよね。』
無言のまま、あかねの周りに集っていた男共を蹴り上げると、あっさり追い払ってしまった。

それまで緊張に張り詰めていた街の空気は、一気に賑わいを取り戻した。撮影も無事に開始されていく。
「早乙女くーん!右京さん!あの植え込みの裏にスタンバイしてねー?あかね、素っ気なく帰ろうとしてね!それから早乙女くんが追いかけてくるから。いい?」
作者が口早に確認を取ってカメラの後ろに隠れていった。

いよいよ今日の撮影がスタート。手作りのガチンコが鳴って、向こう側から乱馬と右京が歩いてくる。
さっきあかねを助けたときとは全く違う乱馬の表情に、あかねは複雑な感情を覚えていた。

『落ちつかなくちゃ。お芝居・・・なんだから。素っ気なく、素っ気なくよ!あかね』
あかねは自分に言い聞かせた。許婚と恋敵(ライバル)の声が賑やかに近づいてくる。すごく胸が痛くなった。
それでも自分を抑えて台詞を吐く・・・
「っ誰よ!・・・この女(ひと)はっ!!もう知らないっ帰っちゃうから・・・!(素っ気ないよね?素っ気・・・)」
「あ。あかね。これは。(こっこれで台詞あってるよな!?)」
あかねが後ろを向き歩き出す。『素っ気なく、素っ気なく・・・あんなの、いつものことだもんね』

「乱ちゃーん」
この右京の声に、あかねは急に居たたまれなくなった。
今まで張り詰めていた糸がプツンと切れたように、瞳から涙が溢れ出す。体は勝手に走り出してしまった。

乱馬はまだ右京に捕まっている。
「おい あかねー!(っやべー喋っちまったっ)」


気がつくとあかねは、随分遠くまで来てしまっていた。もう“カット”の声も届いてくることはないだろう。それに、あかねが画面から消えたときにはもう、カメラは止まっていたに違いない。
すると後ろから足音が近づいてくる。乱馬我あかねを追って来たのだ。あかねは急に立ち止まり、乱馬は思わず追いついてしまった。

「帰っちゃうんだから・・・」
あかねは背を向けたまま、涙まじりの声でつっぱってみせた。
「バっバカ野郎っ!!そんなことしたら(続き撮れねーじゃねーか)」
続きを言おうとしたが、自分に似合わないセリフだから、やめにした。
「なによ乱馬のバカ!う・・・右京といちゃいちゃしちゃってっ・・・バカ」
あかねは自分が口にした言葉に驚いた。もちろん、乱馬も。彼女が自らそんなことを口走るとは、思ってもみなかった。いつもなら強がっているはずなのに・・・。

乱馬は何か不思議な感情に見舞われた。
「バカとはなんだ・・・バカとは・・・」
あかねは、急に後ろから強い腕に抱きしめられる。

「乱馬・・・?」
あかねは、驚きの中に嬉しさを感じた。壊れそうになった心が、また温かくなっていく。


この映画の撮影は、もうすぐ終わりを迎える。でも、乱馬とあかねの本当のラヴストーリーは始まったばかり。
あんなにすれ違った二人だけど、どんな映画よりロマンチックな幸せを、今、紡ぎはじめた・・・。 


END



STAY掲載〜2002年8月「呪泉洞」移転作品

終わらないラウ゛ストーリー・・・。
演技力は抜群の二人。素直な君に幸あれ!
(一之瀬けいこ)



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