◇Blood Syndrome  PART3
マルボロシガーさま作


乱馬が目を覚ますと、傍らであかねが眠っていた。
状況が飲み込めない彼がその華奢な体を揺さぶった。
「おい、あかね、起きろ」
「・・・ん?」
「何やってんだよお前は。自分の部屋で寝ろ」
目をこすりつつ顔を上げたあかねに、下着しかつけていない乱馬の姿が映った。
「きゃあ!」
あかねがのけぞった。いろんな気持ちが混ざり合い、心臓は高鳴っている。
「びっくりしたのはこっちでい! なんでおめーがここにいるんだよ!」
「なんでって、せっかく人が心配してやって・・・」
「心配? 誰の心配だよ。おめーみたいな寝相の悪いやつがいられたらたまんねえや!」
「なっ、なによ! 言われなくても帰るわよ!」
乱馬の普段と変わらない調子にあかねもすっかり乗せられてしまい、東風との約束を忘れていた。
そのことを乱馬のほうから思い出させることとなった。
乱馬は、顔を逸らして立ち上がったあかねの手をとった。
驚いたあかねが振り向くと、目が合った。嘘みたいに澄んだまなざしだ。
「あのよ・・・。ぼんやりとしか覚えてないんだけど、俺・・・お前に酷いこと言ったよな?」
あかねの脳裏に乱馬から浴びせられた言葉が蘇る。
もし、それが本心で発せられたものだとしたら・・・そう思うと頭の中で繰り返すのも恐ろしい。
「だから、その・・・悪かった」
あかねは全てを話そうと思った。
乱馬がどんな反応をしようとそれを受け入れるのだと決意した。

あかねは、乱馬が我を失っている間に起きたこと、話したこと、そしてこれからなすべきことを洗いざらい打ち明けた。
それが終わると、黙って耳を傾けていた乱馬があかねの腕に巻かれた包帯に手を当てて言った。
「ごめんな・・・痛かったろ?」
「うん。でも、こんな痛みはたいしたことないよ」
その言葉の裏には、暗に心の痛みが示されていることが乱馬にはわかった。
あかねの無理につくったはにかみを見れなくなった。
「で、これからどうするんだ? ずっと家にいなきゃなんねえのか? 学校は?」
乱馬がなんとか話題を逸らして気が滅入らないように努めた。
「ちゃんと準備をしていけば・・・大丈夫だと思う。それに、あたしがずっとついてるから」
そう言うと、あかねが顔を赤らめた。「ずっとついてる」などという言葉は滅多にお互いの口から出るものではない。
乱馬は心の中でその響きを噛み締めるように囁いた。
「・・・わかった」
「じゃあ、これ・・・」
あかねがそっと乱馬にサングラスをかけさせた。

そのサングラスも、次の日学校に行くときにはスキー用のゴーグルに黒いセロハンを貼ったものへと変わっていた。確かにこのほうが取れにくいのは間違いない。
その存在はただでさえ目立ってしまう乱馬の容姿をさらに際立たせた。異様にしてしまった、というべきか。
「あははは! 乱馬、なんだよそのメガネは」
「お前は小宮山か!」
どっと笑いが漏れる。いらいらするが、このくらいのからかいは予想がついた。乱馬は適当に話を合わせた。
そのそばでは、あかねが心配そうに彼を見つめていた。
一時も乱馬のそばを離れようとしないあかねを不思議に思ったさゆりが彼女に声をかけた。
「どうしたの? 珍しくベッタリじゃない」
そう言われてあかねがぶんぶんと手を振った。
「そ、そうじゃないわよ! ただ・・・」
「ただ?」
「その・・・」
あかねは口ごもってしまった。さすがに他人には事情を話せない。
すると、さゆりは面白そうに笑みを浮かべて言った。
「乱馬君、鈍感だからねえ」
「はっ?」
「もうすぐあかねの誕生日だよね。乱馬君にさりげなくアピールしてるんでしょ?」
(そういえば・・・)
今になってあかねはようやくそのことに気づいた。自分の誕生日のことなど考える余裕はなかったのだ。
「あかねは何が欲しいの?」
「だから、そんなんじゃないってば!」
「せっかくだから思い切って甘えてみれば?」
あかねが追い返そうとすると、頑張ってね、という言葉を残してさゆりは席へと戻っていった。
(もう・・・。でも、乱馬は私の誕生日覚えてるのかな?)
あかねがちらっと乱馬に視線をやったが、相変わらずふてくされたままだった。
その日、乱馬が居候の部屋に入ると、壁かけのカレンダーに青いペンで大きく囲まれた日付があった。
その意味を理解すると、このしらじらしさに思わず苦笑いした。



あかねは公園のブランコに座り、乱馬を待っていた。
この日はあかねの誕生日。彼が誘ってくれた。
乱馬はあれから何の問題もなく日々を過ごしていた。
一日中暗がりの中にいるという苦労はあかねにも計りしれなかったが、彼はそんなことをおくびにも出さなかった。乱馬の強さを再確認せずにはいられない。
しかし、傷を見るたびにあのときの乱馬の姿が映し出される。
ひょっとしたら、今日にでもまた乱馬がおかしくなるのではないか?
あかねがそういう気持ちを払拭しきれずにいると、サングラスの少年がやってくるのが見えた。
その足音と自らの胸の鼓動がシンクロする感覚をあかねが覚えた。
ドキドキ、ドキドキ。
「よ、よう」
乱馬が緊張した面持ちで声をかけた。後手に何かを隠している。
「どうしたの? こんなところに呼び出して」
高揚する心を押さえつけてあかねが聞いた。
「いや・・・ちょっとした用なんだけど・・・」
「なに?」
「お、お前、今日誕生日だろ? だから・・・」
言いながら、乱馬は真っ赤なバラの花束を差し出した。あかねの年の数ぶんのバラだ。
その真紅の色を目にすると、かえってあかねのほうが一瞬眉をひそめた。が、すぐに笑顔を見せて受け取った。
「ありがとう、すっごく嬉しい」
「そうか・・・良かった」
二人が顔を見合わせて笑った。

「なあ、俺がずっとこのままだったらどうする?」
ブランコに並んで座っている乱馬が訊ねた。
「それって、どっちの体質のこと?」
あかねが意地悪く聞き返した。
「お前なあ・・・。人が真剣に聞いてんのに」
「あたしは――」
あかねが空を見上げながら言った。
「あたしは、何があっても乱馬についていくよ。だって、乱馬が乱馬じゃなくなるわけじゃないでしょ?」
あかねはもう一度その言葉を自分に言い聞かせた。
そう、「こんなの乱馬じゃない」などというのは現実逃避に過ぎないのだと。
だったら、そのときの彼も同じように愛せばいい。それが己が傷つけた乱馬の心を癒す最良の手段に思えた。
乱馬は、何かを言おうとしてなかなか口に出せずにいた。
正直、怖い。
あかねがそんなはずはない、と思いつつもなぜか頭の中にぼんやりと苦い記憶が残っていた。
乱馬が覚悟を決めて言った。

「お前、俺が嫌いか?」
「ううん、全然」

あまりにもあっさりとしたその答えに、乱馬は思わず腰が抜けそうになった。
「じ、じゃあ、好きか?」
「・・・うん」
モヤモヤとした疑念が取り越し苦労に終わり、乱馬は心底ほっとして笑った。
「ちょっと! 人にだけ言わせといて、あんたはどうなのよ!」
火照った顔をしてあかねが言った。
「あー、俺も」
「もう、なによその言い草」
ぷりぷり怒るあかねを眺めながら、不意に乱馬が言った。
「なあ、もう外してもいいと思うんだけどな、これ」
乱馬がサングラスを指差した。
「え・・・。でも・・・」
そう言ってあかねが手に持ったバラの花束に目を移す。
「あかね、俺を信じろ」
不安がないわけではなかったが迷いはなかった。今までいざというときはずっと乱馬を信じてきたのだから。
あかねが頷くと、乱馬はそっとサングラスを外した。
あかねの顔に緊張が走る。

「うあああーっ!」
乱馬が頭を抱えて悶え出した。
あかねがあわててなだめる。
「だ、大丈夫? 無理しないで!」
「あ、あかね・・・」
「な、なに?」
「あかね!」
「どうしたの?」
「の、バーカ」
「へっ?」
すると、乱馬がこみ上げる笑いを全て吐き出した。
「あははは! やーいやーい、ひっかかってやんの」
「あ、あんたねえ・・・」
あかねが乱馬の背中をぽかぽかと叩いた。
「いやー、すげースッキリしたぜ。なあ・・・」
そう言いながら振り向いた乱馬の目は、色の戻ったあかねの体に否応なく釘付けとなった。
柔らかく艶やかな黒髪。
どこまでも深い、とび色がかった瞳。
きめの細かい透き通るような白い肌。
そして、ほんのりと赤く色づいたくちびる。
改めて、確かめるようにそれらを目にした乱馬が思わず呟いた。
「きれーだ・・・」
「え?」
「あ」
乱馬があわてて口を塞いだ。
「ねえっ! 何て言ったの? よく聞こえなかったからもう一度言って!」
「う、うるせえ! なんでもねえっ!」
そそくさと逃げる乱馬。それを追いかけるあかね。追いかけっこの始まりだ。

バラの花言葉の一つに「内気な恥ずかしさ」とある。
どうやらこちらを克服するにはもう少し時間がかかるようだ。
だが、ときに棘がささりながらも二人は愛情を膨らませていく。
闇に揺れる真っ赤なバラ。
乱馬とあかね、二人にとってそれは揺るぎない絆だろう。
 
 

 END



STAY掲載〜2002年8月「呪泉洞」移転作品

赤い薔薇・・・花言葉は「情熱」「熱愛」
誕生日には年の数だけの紅い薔薇を・・・。
乱馬とあかね。二人の間には切れない赤い絆。
(一之瀬けいこ)



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