◇そこにいるよ 中篇
しょーすけさま作


三、滝の流れのように


「なるほど〜…いや信じられない話ばっかだけど、なんか筋は通ってますね。」
学校へと帰還のジョグをしながら、俺はセンパイから色々と説明してもらった。無差別格闘流とか、水をかぶると女やパンダになっちゃう体質、それから迷惑なエロジジイ…。
「しかしあれだな、正介。」
「はい?」
「話しながら走ると、疲れるな。」
「…ご苦労さんです。」

とりあえず疑問はほとんど解けた。滝壺なんとか…の話はわからなかったが、ちょくちょくそーゆー必殺技の修行をすることはあるんだらしい。
ちなみにセンパイが落下した先にいた人は、俺が落ちた家の人らと知り合いだという。でもまあ知り合いでなくても、おしくまでは「天道道場お騒がせ一家」といえば有名なんだそうな。
「でもなんで、その情報と交換条件に、祭りに行かにゃならんのすか?」
「まあ…その祭りにゲスト演奏者として出るから、少しでも客が欲しいんだと。」
「ほぉ…。」
楽器弾きの方でしたか。祭りで演奏ねぇ…三味線とかかな?

「(しっかし、水をかぶると女になるって…えらいぶっとんだ話よなぁ。世の中そんな話があっていいのかどうなのか…でもパンダは確かにこの目でしっかと見たし…ぅぅむ…)」

気が付けば、俺は天道家の話に興味津々になっていた。また会えるものなら会ってみたいなと、思うようになった。その間にも俺は総体の――おしくまの街は豊穣祭りの準備を、進めていった。


 俺らがこの意味浅き体力づくりを始めて、五日目のこと。いや、言い換えよう、総体の前日のことだった。俺はついに「早乙女乱馬の修行現場」に遭遇することに成功した。
それは何とも奇怪な修行であった。

『流れる連打は滝のように、流れる連打は滝のように、流れる連打は…』
「…正介、なんか妙な声が聞こえてこないかー。」
「確かに、…森の中から。」
今日は弱冠、走行ルートを変えて走っていた。おしくままでやって来たら、あの凸と凹をあまり奥まで進まずに、途中の木の茂った曲がり道に入る。そしてその森に囲まれたくねくね道を抜けて、強引に元のメインストリートへと戻る方角へ走る、というもの。…勿論考えたのは俺ではなくセンパイである。それでそのくねくね道を走っている時に、その妙な声が道路の横の森から聞こえてきたわけ。
「修行僧の新種のお経か?」
「あ、もしかしてあの格闘親子じゃないっすかね?」
あの格闘親子呼ばわりになってしまったが、つまりは無差別格闘流のパンダおぢさんと男女おにーさんのことを、俺はふと頭に浮かんだので話題に出してみたのだ。
「かも知れんな。」
「あ、いた!」
森の中の声の主を目で探していると、割かしすぐに見つけることができた。真っ赤なカンフー服が常緑樹の中に紛れて立っていたのだ。しかしその修行の光景を見て、俺はまたも頭に?マークが付いてしまった。

「徒手孝行乱打!!破ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「(か、肩叩きっ!)」
「むうぅ、甘い、甘いぞ乱馬ぁ!その程度の力の入れ具合でこの父の肩がほぐされると思っておるのかぁ!」

思わず足を止めて見入ってしまったが…何の修行だっっ!
「ほう…あれがこの巷で有名な早乙女親子か。なかなか理解しがたい訓練をしているなー。」
あんたもね…センパイ。

「まだ、滝壺快音打の完成には遠いのお乱馬。本番は明日なのだ、今日は徹夜で修行じゃ。」
「くっそ〜。一体どうすれば完璧な滝ができあがるんだ…。」
「ところで乱馬よ、腹へってこんか?」
「あぁ、そうだな。そろそろ下におりてメシでも食うか。」

っと、ここで二人はこちらに向かってきたので、何もなかったように去ろうと思ったのだが(一応お互い他人だし)、しかしそうはいってのちょんちきち、とはこの事か。敢えなくばっちり見つかって声をかけられた。
「んん?そこにいるのは正介少年ではないか。それと部活仲間くんかね。」
「あ……ども。」
決まりわるくしていると、もう一人の方からも声がかかった。

「よ、よぉ。こないだは悪かったな二人とも…。」

額に軽くにじみ出た汗を拭いながら、こちらに話しかけてきたのは…早乙女乱馬という名の、男。袖なしの赤いカンフー着に身を包み、上から黒い帯をしている。髪は黒い。これが本来の姿だそうだ。心なしか身長が高い方に見えるのは、体格の違いからだろうか。腕もなかなか太い。いや、かなりいい筋肉だ。歳は16…と聞いているが、自分よりふたつ上の人間には、こんなに逞しい身体つきの者もいるのか…と思わされた。少年、というよりは男といった方が似合う。

「これ以上他人に迷惑かけないようにじじいの根性いれ換えとくからよ、今回は勘弁してくれよな…。」
喋り方は粗忽な感があったが、その辺は俺も似たりよったりか。こういう喋り方は肩の力が抜けるから、俺は嫌とは思っていない。
「ぁそれにしても、君たちはなかなか部活熱心よのお。」
「まあ、大会が明日に控えてますんで。」
そうだ、自分で言っておいてなんだが、自分らは明日の総体で結果を出さなくてはならんのだった。総体で勝ち上がり、県大会に出場し、近畿大会を目指さねば…。
「ほほぉ明日となっ。乱馬、きさまも負けてはおれんぞ。」
「わーってるって。明日の祭りまでにはマスターしてみせらあ。」
そしてあちらも明日のために猛特訓をしているところのようだ。明日の祭り、つまり俺が大会後に行かねばならんくなった豊穣祭りのことか。っとここで、うちのセンパイが介入してきた。
「ちょうどいい。正介、僕らも食いに行くことにしよう。」
「えっっ!?」
「腹がへった。」
でた。これぞセンパイの無計画性質…。
「ふむ、食事は大勢で食べた方が賑やかでよかろう。わし、中華がいいっ!」
「あんま食い意地張ると明日の祭りで食う金がなくなっちまうぜ。」
ということは、またここでトレーニング終了ですか…。はあ、いかんな〜。こんなんじゃ、県大会にも勝ち上がれるか…自信がなくなってくる。

やっぱ今日だけでもひとりで走り込みの練習しよ。

「いらっしゃいませ〜。あいやー、乱馬!」
「よぉシャンプー。今日は4人だ。」
「4名様、こちらね。」
ここは中華料理・猫飯店。おしくまの凸凹に突入する手前あたりに集中する、料理店の一角。俺も小さい頃から家族連れで来たことが何度かあるので珍しいわけではなかったが、…ここの「従業員」とこの格闘にーさんが知り合いだったとは。なんだか、その場面を垣間見たことで、16という年齢がかなり遠くの存在に思えた。全然、大人じゃないかと。

「乱馬、本日はワンタン麺の売れ行きが思わしくないね。頼んでくれたら、サービスするねっ。」
「ではわしが頼もう。」
「……じゃおれもそーするかな。」
シャンプーという名の従業員ねーさんと目を合わせ、もうひと方も同じメニューを頼んだ。いま目合わせたのって、意味あったのか?ないか?いやっ…よく分からなんだ。
そういえばこのおぢさん、初対面の時から10円玉に奮闘する意地汚さだったっけか。サービスの4文字を聞いた瞬間に丸眼鏡がきらーんと光ったぞぉ。
「どうする正介?」
「ん〜、俺ら中学生っすよ。そんなに金持ってないし…二人で一品にしましょーよ」
「そうだな。…ではもやしそばをひとつ。」
「了解ね。」

学校が終わって出てきたばかり、まだ夕方というにも少し早い時間。あまり混み合ってはいない。
日の光で、窓戸に白が広がっている。注文の品を待つ間に、隣の席に別の客が座った。

「…よっ乱馬くん。」
「あーっ、佐熊のおっさん!」
「おっさんってゆーな!まだまだ若いわっ。」

やって来たのは一人の青年。20歳前後に見えるが、その若顔にも寄らず声にどすが利いている。
「ん、あの時のアパートの住人か。」
「センパイが落下したとこの?」
どうやらこの佐熊という人が、センパイと話をして、今回の祭りに来るようにと約束こじつけた人物らしい。この人が演奏をすると。しかし若いな…もっとおじいちゃんな図を想像してただけに少し拍子抜けた。三味線とかじゃなくて、明らかにバンド系な兄ちゃんだ。色派手な内服を上から黒のジャケットでたたみ込み、首には銀の弾丸チョーカーを提げている。
「ご注文をどうぞ。」
「あ、天津丼と桃まんね。」
「了解しましただ。」
長髪でくるくる眼鏡をした従業員がメニューを伺い、厨房へと戻っていく。ここの店員は本格的な中華の格好をしているので、ちょいと中華街にでも来たような気分になる。いや、本当の中国人なのかな?
「ついに明日だな〜。ちゃんと貸したCD聴いてるか?」
「へ。…あっ、」
何かを思い出したらしい。おさげがぴんっと吊り上って血相が一変した。
「しまったぁーー!速く叩く練習ばっかしてて、曲聴いてないんだったぁー!」
「バカ息子が。」
「てめーが外に引っぱり出したりするからだろがっ!」


祭り…曲…練習…肩叩き…ということは、


「か…肩叩き音頭コンテストっ。」
「太鼓だよ。」
太鼓か!!
「祭りで曲に合わせて、太鼓を叩くんだ。だがこのくそ親父がだなー、男なら豪快にやれとか言って、余計な技を習得せにゃならんくなったわけだ。…あかねには普通でいいって言ったくせに。」
「あかねくんはお前に合わせてフォローをする役なのだ。」
「だからって、滝壺快音打とか名付けて無理な技おしつけやがってっ。」

いやはや、太鼓の練習のために親の肩を叩いていたんですな。確かに動作は似てるのかも…。しかしそれでいて滝壺のような快音(怪音?)を出す技とは、想像するだけでもすさまじい。
「無理じゃないよ乱馬くん。連続した音は滝のようにはじき出す…ジョン・ミュングの言葉さ。現に出来る人が世界にはいるんだから。」
んーなんだか分からないが、ものすごい次元の人の会話が為されているような気がする。ジョン・ミュングって誰だっ。
「だからって、もともと1週間やそこらで会得できるもんじゃねーだろ。」
「無理を凌駕して極致と成す。それが無差別格闘早乙女流の心得じゃ。」
「たった今思いついた言葉だろが…。」
そうツッコんで、どうすりゃいいんだと頭を抱えて悩んでいる。俺も様子見をやめにして、会話に入っていくことにした。
「あの〜、太鼓って叩くと反動があるじゃないですか。それを利用してリズムよく叩くものなのでは…陸上でも、地面を蹴って走るときに同じこと言われた事があります。」
「反動?」
「うん、よく分かってるじゃない。その通りだ。打楽器においては、反動を利用して手をスムーズに動かすのが、ひとつのコツなんだよ。」
陸上部顧問のセンセイから言われた事を思い出して口にしてみたら、この音楽人間の方からも同意があった。ついでにセンパイからも「その通りだ」と同意があった。
「ということは…親父の肩なんか叩いてる場合じゃねえんじゃねーかっ!」
とまあ話盛り上がる中、注文した料理がやって来る。
「ワンタン麺ともやしそばお待ちねっ。」

「へっ、コツが分かった以上あとはやりまくるまでだ。今日中に完成させるっ!おれの根性をみせてやらあ!」
麺にがっつきながら、男はそう宣言した。



四、鍛錬っていうのはね


 案の定、食事が済んだ時点で解散・部活終了となった。最後に腹ごなしにと軽くランニング気味で学校まで戻る。
「明日は朝早いからな。帰ったらゆっくり休んで早く寝るんだぞ。」
ゆっくり休むのか早く寝るのかどっちかにしてくれっ。
まあ俺は、もう一汗かくつもりだけど。
いったん帰ったら公園で走り込みの練習をするつもり。少しでも自信の足しになるように。


 そして夜。俺は家の近くの公園で、ひとり息を荒くして全速力で走っていた。
「(…この公園じゃ走れる距離に限りがあるなー…中央公園まで行くかなぁ。)」
家で晩飯を食って、9時に出てきた。しかし俺って、時間にはけっこうルーズな方かも知れないなー。平和な住宅地に住んでるから、夜遅くまで帰らない時があっても親は大して何も言わない。それに甘んじて今夜はみっちり気のすむまで走り込んでやろうと思っているところだ。

明日は六時に起きにゃらならんのだけど(中学生には本当にツライ)、でも不安なまま試合の舞台に身をさらされる方がもっとまずい。緊張に打ち勝つためには、それなりの自信を持たねばなのだ。

ふと、真っ黒な中に星が光る空を見上げて、早乙女乱馬なる男のことを思い起こした。あの人もちょうど今頃、祭りのために練習をしているのだろうか。修行中の技は、この夜のうちに完成させる事ができるのだろうか、と。

「はぁっ、……しんどっ!」
あれこれ言葉を頭に浮かべながら走っているうちに、そろそろ体力の限界が近づいてきたようだ。この辺で切り上げることにして、俺は誰もいない中央公園を、後にした。



 翌日早朝。我が校の陸上部員は一斉に、鴻池(こうのいけ)陸上競技場へ向けてのっしのっしと歩いていた。それぞれの奴らが、それぞれの種目で活躍できるようにこの日まで練習してきたのだ。特に3年の先輩らはこの大会が引退試合となる…気合の程が足取りに出ているように見えた。
その中で俺は…なんとゆーか……ねむい!疲れたあとに6時間しか睡眠してない(というか朝がとにかく早い)のは、思いのほかねむい!

さて競技場が見えてきた。大きな池があって、その横に武道場と陸上競技用のアリーナ、それと野球場がある場所だ。駐車場を通り越し、陸上競技場につながる大きな広場へさしかかった所で、俺は「あっ」の声と共にいっきに目を覚ました。
「だあ〜どおして上手くいかねえんだっ!」
「もっと曲をしっかり聴いてからにした方がいいんじゃないの?」
「おめーはいいよな〜楽で。」
「な、あたしだって結構リズム感が要ってむずかしいんだからねっ。」
…まだやってましたっ!!この広場で一晩中、太鼓を男女二人で叩いてたんでしょーか(女の人の方は俺は見たことないようだが)。
「げ、もう人が来てる…そうか今日は試合があるとか誰かが言ってたっけか。」
「そうだったの。…どーすんの?もっと簡単な叩き方にアレンジした方がいいんじゃない?」
「いや、おれはやるっ。この太鼓、祭りのステージ会場に直接持って行っちまおう。そこで練習再開だ。」
…頑張ってますな…いやはや…離れた所から呆然と見ていたが、先輩に呼ばれて俺は試合場へと足を急がせた。外口の階段を上って中に入り、もうすぐ始まる試合の準備をする。太鼓のことも気になるが、ここはひとつ自分に集中、集中せねば。

そう考えながらも、頭の中では「おれの根性をみせてやらあ!」の台詞がずっと回っていた…さっきの広場での光景が気にかかったのかも知れない。夜通し練習を続け、残り時間の余裕もなくて、それでもまだあきらめない人間を見て、すぐには信じられなかったのかも知れない。無理しすぎだろうって…。

赤のジャージを脱げば、みな黒白の試合用ユニフォームに速替わり。ここはスタンド席の真下、コンクリートそのままの選手待機スペース。俺は目の前に広がるトラックを走るのみ…



つづく




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