◇そこにいるよ 前篇
しょーすけさま作


 え〜、こちら正介(しょうすけ)14歳、奈良県出身!この度はとっても不思議な経験をしてしまったので、ここに書き記しておくものとするっ!



一、遭遇


 その日、俺は来たるべき陸上の試合の日に備えてトレーニングをしていた。学校の赤ジャージを着て、ひとつ上の先輩と二人で、中学校のグランドを出て外での長距離ランニング…。
「くっそー、俺は短距離なのになんでこんなメニューやらにゃならんのだ!」
「ええい走りながらしゃべるなっ。」
ひとつ上の先輩と二人で、気が付けばずいぶんと遠くまで走ってきた。

もうホントに試合の日が近いので、陸上部員は各自で競技に合ったトレーニングを行っている。俺は100メートル選手なので、当然グランドでクラウチングスタートの練習やら筋トレやらをひたすらするつもりだった。しかしこの先輩が、俺と同じく100メートルの選手でありながら、「100メートルとはいえ、最後まで走り抜く根性を養う必要がある」とかいって俺を連れ出して結局こんな事をやっている。わからん。
「ほれまだ行くぞ!」
「へぇい。」

やや速めに走って、

少しすると足をゆるめて歩く。

また走る。

これが心肺機能を鍛える、インターバル・トレーニングとゆー運動らしいのだ。本当の長距離選手なら、これに加えて呼吸法も用いるところ。確か「二回吸って一回吐く」とか、「二回吸って二回吐く」とかがあったと思う。俺も冬のマラソン授業では使う。

「よしっ、ここいらで休憩にするかっ。」
「はぁ〜〜〜だるっっ。」
立ち止まってみれば、自分達は中学のあるマイタウンを出て、ひたすら国道沿いを行った先にある街、「おしくま」に来ていた。

やや大きめの交差点を基点に、でかい本屋・電気屋・メシ屋などが並びまくっている街だ。…大阪のようなせせこましい都会とはまた違う。基本的に一店一建物で、5階建てくらいの電気屋はあっても、総合ビルと呼べるものはない。そのためかどこか悠々とした空気が流れていて、空が広く感じる場所でもあった。俺は個人的に、かなり好きだ。近くにきれいな住宅地もあるから、将来はここに住んでみたいとも思っている。

「おしくままで来たことだ、高の原までとばすか?」
「別にいいスけど…」
交差点の道のひとつ、坂を上る方へ行けば先輩の言う「高の原」の駅前へとたどり着く。…しかしその道のりは半端でないデコとボコの繰り返しで、車でなければあまりお世話になりたくない道である。
「でもそこまで行って…」
「また走って帰る。」
「やっぱり…しんどくねっすか?」
「なんだ、弱音か?」
「いや、この後まだ別のトレもやるんしょ?ペース配分考えた方がいいんじゃないかと。」
「う〜む、じゃあ今日はこれのみにしとこう。」

…この先輩、無計画なところがあまり良ろしくない。いや確実に良ろしくないだろう。試合まであと一週間をきったってのに、この調子でどれだけ能力を伸ばせるのやらかである。せめて、万全の体調で試合に臨みたいものだ。
「そろそろ行くか。」
「うぃっす。」
そうして少々の休憩を済ませ、俺と先輩は心臓破り的なデコとボコに立ち向かうことにした。


で、

そこで、出会ったわけだ。

この先輩より、もっとちゃらんぽらんで、

でも身体つきはすごくガッチリしてて、

武道を志しているのが、ひとめで分かる、

手ぬぐいとめがねをしたうさんくさいおやじに。

「むぅ、そこの10円もらったぁ!!」
「どえっ!?」

俺が自動販売機の横を通過しようとした瞬間、その男は、落ちている10円めがけて跳んできたんだ。とっさにとび退いたつもりだったが、俺は自販機の角にがんっと頭をぶつけてしまった。
「ぐぁってててて…」
「ん?そこの少年、大丈夫かね?」
…あんたが跳びかかってくるからだろうがっ。
「お、おい頭痛くなかったか正介?」
「、大丈夫っすよ。」
っはぁ。やれやれ、えらいめに遭った。そう思って何気にその場を去るつもりだったのだが、
「待たれぃ少年っ!」
「?」
「ホレ、おぬしのおかげでこの自動販売機が天の恵みを生み落としてくれたぞ。」
………ビールじゃん。俺が頭をぶつけた衝撃で、自販機の中身が落ちてきたのだろうけれど、酒類の自販機だったんだな。
「いるかね?」
「いや、未成年なんで。」
「であろうな。では仕方ない。これはわしが貰い受けよう。ぁ礼と言っては何だが…」
ひょいっ
「ここに来てくれれば、いつでも歓迎するぞ。」
取り出したのは、なぜか木の看板(立て札?)。台詞板とでも呼べばいいだろうか。そこには簡単な地図と言葉書きが記されてあった。

『無差別格闘流天道道場↓ココだよーん』

「では、さらばっ。」
言うだけ言って、その男は去っていった。
「…どーしよコレ。」
手元に残された一枚の看板。こんなもの持って走ってたら、まるで俺がキャンペーンマラソンでもしてるみたいに見える。
「その辺に挿しとけ。」
「…そっすね。」
仕方ないので、自販機の近くの空き地に立てておくことに。そしてまた俺と先輩はランニングを続けた。

 今の俺には、目標がある。今度の総体で勝ち上がって、IH(インターハイ)に出場すること。簡単に言ってしまっているが、楽に為せる業ではなく。IHの近畿大会まで行ければ大した功績、全国は夢のまた夢だ。で、自分の実力はどれぐらいなのかというと…

「目指せ近畿大会!」

つまり並。出場する者どもは皆、なにかしら努力してくるものだから、たとえ自分がけぇっこう頑張っていたとしても、達成できないものはできないままでいる。県大会で決勝2位以内に入るなど、県で2人しかできないのだ。
とにかく己のスコアを上げていくより他はない。目標は極めてキビシイし、出来るという保証はないが、言い換えればそれだけキビシイ目標が世の中存在するってわけ。そしてそれに立ち向かう自分がいるってだけ。大切なのは諦めないことであって、そうやって人間は成長していくんだ…って話は耳にタコができる位聞いたろう。


でも、実際のところ、俺はそこまで考えながら部活をしているわけじゃあない。世間に流れている音楽やら漫画やらでよく謳(うた)われているから頭に入ってはいるが、そんな事考えながら生きている人がこの世で何人いるのか?いやむしろ、いるのか?と俺は思っているのだが…どうだろうか。やっぱ現実味たっぷりなのが普通なのではないかって…。

そんな無感情な、いやいや起伏の浅い、いや違うな…言葉だけ知っていて世の中ナメてる奴、だったんだなぁ。苦笑い。うん、自分のことだから好きなだけキツイ言い方で表現できてしまう。所詮おれは見えない所は見えてない人間だったんだなぁ〜と、今では思うんだ。

…あ〜、話が脱線したので説明しましょ。つまり、俺は人間中身ごっそり変わった、のである。それはあの謎の無差別格闘男と出くわしてからのこと。


二、不思議な住人


「よしっ。今日も一日、頑張るぞー!」
「センパ〜イそれでなんでまたジョグ(ジョギング)なんすかぁ〜?」
「ローマは一日にして成らず!同じメニューを何度もこなしてこそ、力が身に付くというものだ。」
今頃言わんでくれっ!と俺は心の中で一吠えあげたが、これも命運か。来年はもっとマトモな先輩に、自分はならなくちゃな〜なんてコトを思いつつ、本日もまた、おしくまの街まで二人で走っていた。

「んん?祭りの宣伝か。こんな住宅地でも祭りがあるんだな。」
走りながら先輩がいう。おしくまのあの坂道を登りはじめた所で、ふと見上げるとそれらしき宣伝幕が揚がっていた。伝統豊穣祭りとな………ん?

ごみゅっっっ

「大漁じゃ大漁じゃ〜〜〜〜〜〜〜!」
「待ちなさーい!!」
「この変態じじい!!」
「あたしの下着返せー!!」

だぁああああ!踏まれる!踏まれる!

突然現れたのは謎の小生物と怒りまくる女性一団。不意に小生物に顔面を踏まれ、よろめいた一瞬のち、後を追ってきた女性一団の猛威の巻き添えを喰らう。数回踏まれてもう通過したかと思いきや、最後にも一発頭を何者かに踏まれた。
「ったくしゃーねえなっ、お〜ぃじじい!コレなーんだっ!」
「おおっ、スウィート!」
「スキありっ!!」
一体、何が起こったというのだろーか。ただ、はっと気が付いた時には、最初に現れた謎の小生物が女性団に捕まり、怒りの集中攻撃を受けていた。そしてその傍らで、両手を腰に当てて様子を見送っているのが一人…後ろ姿だが、少し変わった服を着ているように見える。髪は赤く、雨も降っていないのになぜかびしょ濡れだった。
地面でくたばったまま、この不可解極まりない状況を見つめていた俺だったが、先輩は被害ゼロだったらしく、手を貸して起こしてくれた。そして自分の赤ジャージについた地埃を払い、謎の現場の方を振り向いてみると…。

「ぅおのれ乱馬っ!よくもよくも人の快楽のひとときを邪魔しおって!許さん!」
「ん?」

「八宝大華輪!!!」


ちゅどーんっ

ああああああぁぁぁぁぁ……………………ぁぁぁぁぁぁああああああああ

どしゃっっっ


またも巻き添えを喰って吹っ飛ばされてしまった俺だった。祭りが近いからって、花火をまともに浴びたのは初めてだヨ。

「痛ってててて…」
どっかの家の庭に着陸したもよう。もう、ここまで来るとトレーニングどころではない。体中ボロボロで、気が付けば先輩は一緒ではなかった。おそらくは違う方向に飛ばされたか…。
「君、どうしたのかね?」
見上げるとそこには、深緑の和服を着たおぢさんが立っていた。そうか、祭りにちなんでじんべえを着てるんだな、などと勝手に解釈しつつ、俺は答えた。
「…謎の花火師に…やられた。」
「…ぬわにぃー!?」
花火師と聞いて心当たりがあったのか、そのおぢさんは慌てふためきながら俺を家の中に入れてくれた。
「とんだ迷惑を被ってしまったのだね君は…ぁぁ体が良くなるまでうちで休みなさい。ゆっくりしてていいからねっ。お〜いかすみ〜!」
…なんだか妙にやさしいな?見ず知らずの俺にまぁ。
やはりさっきの小生物と関わりがあるのかなと、身体中痛い痛いしながらも、少しでも事態を理解しようと俺は試みていた。
「はーい、どうしたのおとうさん。」
「この子の手当てをしてやってくれ。花火でやられたというのだ。」
「まあ…それは気の毒ね。救急箱は、と。」
気の毒なのです…いや気の毒ねですむのか!?ここでは花火でやられるのが普通なのか!?謎の小生物に謎の家庭、いや、この街自体が実は謎に満ち満ちているのでは…頭の中が混乱してきたついでに、正面からなにか大きな動物が姿を現した。
「…パホ?」
のぁぁぁぁぁなんで日本の家にパンダがいるんだぁぁぁあ!しかも二足歩行!パホって鳴く!
「パホッ!パホッ!」
なんか親しげに寄ってくるぅぅ〜〜〜!
「パッフォ(よォ少年)。」
ボンっ!脳回路破裂…脳回路破裂…。日本語を書くパンダ発見…。
「早乙女くん、知り合いかね?」
「アポ(まあいろいろと)。」

「…して、君は毎日この辺を走っとるのかね?」
!突然、昨日の手ぬぐい男が登場した。それもなぜか、やかんのお湯をかぶって。
「ふむ、見たところ学校のジャージのようだねぇ。」
「あ、はい。陸上部なんで…。」
おっとりしたおねーさんに傷の手当てをしてもらいながら、おぢさん二人と会話をすすめる。俺としても、聞きたい事は山ほどある。
「ところで、君は花火でやられたと言ったが、その時ほかに誰かいなかったかね?」
「たとえばうちのバカ息子とか…こう、おさげが頭に付いとってな。」
「あぁ、確かおさげをした赤い髪の人なら…」
「む。乱馬のやつめ、滝壺快音打の修行をほっぽりだして、どこほっつき歩いとるのだ。」
ん何?たきつぼ…?いやいや。それよりもまずは、すべての事情を説明してもらわにゃ。
「あのー、」
何から聞いたらいいか分からなかったが、とりあえず声をかけてみた。しかし、手ぬぐいおぢさんがほぼ同時に声をかけてきた。
「少年。名を何という?」
「え…あ、正介っていいます。それで俺は一体…?」
「うむ…何から話せばよいだろうか、天道くん。」
「そうだねぇ…謎の花火師、についてかしらん。」
「消毒液塗るわね。」
「あ、どうも。」
顔のすり傷を消毒してもらいながら、俺はおぢさんの話に聞き入った。
「正介くん、といったね。」
「はい。」
「驚いてはいけないよ…。」
「…」
「君が遭遇したのは、紛れもない、この世の邪悪の塊なのだよ。」
「…?」
なんのこっちゃ。またしても頭にクエッションマークが点灯してしまった。うぅ…わけがわからんぞ〜。
「はい、済みましたよ。」
「あ、ありがとうございます…。」
「君は運悪く、邪悪の塊とうちのバカ息子との争いに巻き込まれたのであろう。して、どこで遭遇したのかを話してくれるかね?」
「あ、えーと、坂をのぼりだしてガストを越えたあたり…かな。」
「ほぉ。」
「学校からこことは反対方向ではないか。乱馬のやつめ買い食いでもしとるのか…帰ってきたら残り分頂戴してくれるわ…。」

「だーれーが買い食いしてるってぇ?」
突如、手ぬぐいおぢさんの背後に姿を現したのは、さっき見た赤い髪の人。
「乱馬っ!きさま修行はどーした!」
この人が手ぬぐいおぢさんのいう「バカ息子・乱馬」ならしい。

…息子?

「へんっ、別に修行をさぼってたわけじゃねーよ。」
修行…確かに、この人もカンフー着に身を包んでいるところからしてその手のお方だというのはわかる。つまり、武道家親子なわけだ。しかし…息子っていったけど、どう見ても女なんですけど………?

「滝壺快音打を会得するための、ヒントを探してたんでい。」
それだけぶっきらぼうに告げると、その人は風呂に入ると言ってその場を後にした。

「…ふむ。申し遅れたが、今のが私の息子の乱馬だ。正介くんまで巻き込んでしまったこと、後でみっちり叱っておくのでな。」
「はぁ…。」
ふと、何気なく茶の間から見える外庭の方に目をやった。真っ赤な夕方をとおり越して、既に薄暗くなってきていた。もうすぐ夜ですよといわんばかりだ。
「あの、そろそろ時間も時間なんで、この辺で…。」
聞きたい事はたくさんあったが、そうも言ってられなくなってきた。学校にカバンを置いてるのに、そのまま正門を閉められても困る。
「そうだね。部活の途中にとんだ足留めをしてしまってすまなかったね。」
「いや…、こちらこそお世話になってしまって。それでは…」
「うむ。気を付けて帰りなさい。」
そうして俺はその家を失礼した。それにしても俺、けっこうな距離を飛ばされてたんだな…ここは駅をも通り越した先の住宅地じゃないの。長いな〜、と思いながら俺はゆっくり走りだした。

何だかよくわからない場所に来てしまったな。けどまあ、多分もう関わることもないだろうに。今日限りのお話だ。

 いやはやおしくまの街にはよく来るのに、こんな珍家族がいたなんて全く気が付かなかった…武道家親子、息子と呼ばれる女の人、謎のパンダに邪悪の塊…う〜むやっぱり気になる…。誰か知ってる人いたりしないかな?あれだけ謎だらけなら、噂になったりしててもおかしくないところじゃないか。

駅まで辿り着き、バス乗り場の横の道を通過しようとした時、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「お、正介も帰りか。」
「…先輩!」
そういえば、一緒に吹っ飛ばされながら違う方角に落ちた先輩。今までどこで何してたのだろう?
「いや困った。駅前のとあるアパートの部屋に落下してしまってな。その部屋に住んでいた男から、事情は聞くだけ聞いたんだが、…」
「!」
あの小生物の事とか、聞いてきたのか。
「情報を提供する代わりに、今度の豊穣祭りに来るようにと約束させられてしまったのだ。総体の当日だというに」
「…約束したんすか?」
「替わりが行くことでOKをもらった。頼んだぞ正介。」
「ん?」
ちょっとまて俺が替わりに行くってか!?総体の試合で疲れて帰ってきてから、祭りなんか行く体力残ってないだろー…地元の納涼大会ならいざ知らず、それはさすがに行く気にならんと思われる。思われるから、この先輩は俺を代理に仕立てあげたんだろうけど…
「行ってくれるな?」
「やですヨ…」
「行ってくれるな?」
「ムリですって」

「嗚呼…僕はもう間もなく引退だというのに、後輩がこんなアッティチュードでは去るに去れん!僕は悲しいぞお!」
「イヤミがましいこと言うなーー!」
「…行ってくれるな?」
「行きゃいいんでしょ行きゃあっ。」

 そんなわけで、俺は総合体育大会の試合後、そのままおしくまの豊穣祭りに行かねばならんくなってしまった。まあ、試合会場はおしくまの凸凹道を抜けてすぐそこの所なので、試合の帰りにでも行こうと思えば行けると思うけど。

それで、この先輩から色々と、話を聞かせてもらうことにした。



つづく




作者さまより

補足
この話、らんまワールドにいない第三者が主人公なだけにらんま的に「うす味」になっちゃってるのですが、こんなんで良ろしければ後篇までお付き合い下さりませ…手は抜いてないつもりです…
それで話の舞台となっている「押熊(と書いておしくま)」ですが、これは実在する街です。そして本来は平●高校がある場所を、風林館高校に見立てて書いております。他にも実在する場所しない場所が出てくるかと思いますが、この話自体はあくまでフィクションですので(笑)。


 奈良市押熊(おしくま)あたりは一之瀬の生活圏内です。あの辺りは物価が安い店が多いので食品スーパーや電化製品、雑貨品を買いあさりに日ごろからうろついてます(ひええ)
 平○高校は兄貴が受けるか否か入試間際まで迷った公立高校でもあります。(結局、家からチャリキで通える近い方を選びましたが…)


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