◆朝の光ただよう丘に
しょーすけさま作


場所は大阪の某所。都会の喧騒を少しはなれた住宅地区の、大きな川の沿いで二つの父子が共に滞在していた。
「玄馬さんや、ワシらはこれから奈良の知り合いに会いに行きますねんけど、そちらはどないしますのや?」
「ほお、奈良に。いや〜わしらは特に行く宛もないですからな。」
「それでしたら、一緒に行きますかな。」
「お良いですなぁ〜乱馬も連れてご一緒させてもらいますか。」
子供たちは・・・まだ小学校にも入学していない年ごろ。一日中父親同士の傍にいて気ままに遊んだり個々の修行、格闘とお好み焼きに励んだりしている。一方の親は両方とも、固定した居住地はもっておらず、ただお好み焼きの屋台をかついで大阪の街を歩き回っていたのだった。
「おぉし右京、今から早乙女さんらと一緒に奈良に行くど。」
「乱馬、すぐに仕度じゃ。」
白い道着の父親が頭に巻いていた手拭いをとる。

ふぁさっ

毛が生えていた!まだなんとか持ち堪えている毛根。再び手拭いをつけ直し、いざ奈良へ向けて出発する。
「奈良だ奈良〜っ!ウッちゃん、奈良って何があるの?」
「奈良ゆうたら大仏さんやなあ。お寺がいっぱいあるねん。」
「へぇ〜〜。」
その少年はいたって無邪気だった。奈良へ行く、と聞けばこれまた胸をおどらせて満面の笑みを浮かべ、親の後について歩いていた。
「乱ちゃんおもろい顔してるぅ〜。」
「ほぇ??」
「口ぽかーん開いてんで。」
「あ」
まだ六才の子供、とはいえそろそろ物心のついてきている頃。気がつけば父親と放浪の旅をしていた乱馬だったが、それはそれ・これはこれというように、旅行…すなわち何処かに遊びに行くとなると心沸くことを覚えていた。
「もっと笑って〜。」
「ぇえっ?」
何を言い出すのかと理解に困る乱馬。
「てぃっこちょこちょこちょ」
「ぎゃーーウっちゃんが脇の下さわってくる〜!」
「なーにをやっとんのじゃあいつは?」
「まあまあ、仲が良くてよろしいではないですか。右京くんも活発な子ですなぁ。」
親は親で、子がたわむれるなりいたずらなりしている所を、前を歩きながらもちょこちょこ目配りをして見守っていた。
付きっきりでないと何をやらかすか分からない、という歳でもなくなったのだ。あとは好きに動かさせてやろう、と思ってある程度はなれたりもするようになった。離れたりもするのだが、実際はやはり気にかかっていたりもする。

ところ変わってここは奈良市の国道沿い。賑やかな街がひろがり、さらに市役所に寺に若草山にとそこらへんを歩けば何でもござれの場所に、久遠寺・早乙女親子はやって来ていた。
「着いたど。ここが奈良公園や。」
「くぉら乱馬、もうバテてどーするっ!」
「…つかれたよぉ〜なんで大阪からここまで歩きなんだよぉ〜」
「うちもしんどーい…」
「何ゆーとんのや右京っ。これも修行のうちじゃい。お好み焼き職人はなぁ、ええ食材を求めて日本全国歩き回る根性が必要なんやで。」
「武道家とてまた同じこと。武道の達人は常に相手を探し求めて、まるで彷徨うが如くどこまでも歩き続けるのじゃ。」
「まるでさまようがごとく…?」
微妙にむつかしい言葉を並べられ、意味もあまりわからず反芻していると、うしろの方でスーツを着た男性が汗をかきながら
「一体ここは何処なんだー!」
と叫んでいるのが聞こえた。
「…まーあんな感じのことじゃ。」
「じゃああのおじさんは武道の達人なの?」
「そーかも知れんの。」
そうかも知れなかった…。
いや、一端のサラリーマンとてどんな過去を秘めているかなど分かったものではないのである。今の通りすがりの男性も、格闘ができる者なのか、はたまた全くそれとは関わりのない人間なのか…。
「へぇー。」
なにも知らない早乙女乱馬少年は、とりあえず「今の男性が武道の達人である」とだけ頭にインプットしたのであった。

「わしが用があるのは、此処なんですわ。」
右京の親父さんの案内のもと、辿り着いたのは‘春日大社’だった。奈良公園は公園といえど極めて広く、いくつもの寺社があり資料館があり土産物屋があり、そして遥か遠くからでも見て判別ができる青い山、若草山がある。
そしてその中でも一際おおきく真っ赤な神社、それが春日大社であった。
「ほお。ここの住職方に御用が?」
「いやいや、こっちですさかいに。」
右京の親父さんが向かったのは春日大社…の近隣に屋台を出しているお好み焼き屋‘みことのり’であった。

「実はここ最近、そこの猿沢池から変な生き物が出没するんですわぁ。」
思いっきり目の前にある大池を指差して、話を始めた。みことのりのおっちゃんが言うには、ここ数日、夜になると妙な生き物が現れては去っていくところを何人もの人が目撃しているという。その生き物は、まんまるとしていて、そして何とも緑で芳ばしいそうな。
「あれは海苔に違いないで。うまく手に入れれば最高の青のりとして使えるかも知れん。」
「青のりの素ですかいな。これは有り難いっ。うちもちょうど新しい青のりが欲しい思てたとこなんですわ。」
「しかし、そのような変わった生き物がなぜ突然…?」
「さあ〜。妖怪とちゃうかっちゅーウワサも立っとりますけどなぁ。」
「妖怪なら妖怪で、玄馬さんがおるから何ら問題ないですわぁ。がっはっは」
「うむ。妖怪退治は武道家の務めですからな。」
これは頼もしい、とおやじ殿同士で会話ははずんでいった。
「ぁところで、…あごに青のりが付いとりますぞ。」
「これは不精ひげってんですっ。」

さて夜になるまでまだ時間があった。そこで久遠寺・早乙女親子はしばし奈良公園内を観光することに。
「む、ここが大仏で有名な、かの東大寺ですな。」
門をくぐれば、目前の道の先に大仏を納じた本殿が構えている。
「ほいじゃ、でっかい大仏さんを見に行きますかいな。」
「大仏さん〜。」
「おとーちゃんよりでっかいの?」
「はっはっはわしなんかより全然大きいぞお。」

寺中に入れば、そこには確かに大仏が、どっしりと座している。しかし巨大な体でありながら、威圧するわけでもなく、ただ優しい目で微笑んで観に来る人々を迎えてくれるのである。
「来年は、二人で七五三かのお。」
「そうか、乱馬も右京くんも六才だったな。」
傍らにいる子供たち。大きく育てよといわんばかりに見下ろしている大仏さま。平穏という言葉が似合う空間。

「よぉ〜し頂上まで競走じゃあっ。」
「あっ、待てぇー!」
若草山のわきには、ゆったりとした階段がずっと続いている道がある。そこを上ってゆけば、やがて頂上にたどり着く。
「よぉし、おれの勝ち・・・」
「させじ!」
「うぎゃっ!?」
足払いをくらって倒れる乱馬。勢いあまって、もと来た階段をでんっでんっと転がっていく。
「獅子は我が子を谷底に突き落とし、上ってきた者だけを育てるという…」
「大丈夫か〜乱ちゃん。」
「玄馬さん、乱馬くんが落っこちて来ましたで。危ない危ない」
「あ〜っ!別にそんな構わなんでもっ」
「そんな事言われましても無理ありまんがな。」
当の乱馬は目を回してダウン。

ようやく頂上が見えてきた。
「うっわぁ〜〜〜〜。」
山の向こうにはまた、山・山・山。ふもとの方には霧がかかっていて、公園側の寺社の景観もあって歴史の幻想をも思わせるような景色が広がっていた。
「おいらあの山の向こうまで行ってみたい!」
「それはまた旅に出るときにな。」
「玄馬さんや、そこの茶屋にでも入りますか。」
頂上までのぼってきた人を待っているのはひとつの茶屋。そこで葛きり黒蜜かけなどを食し、ひと休みする四人。

「そろそろ日が暮れますなぁ。」
もうすぐヤツが現れる…猿沢池の周りの屋台同士で、どよめきが起こり始めていた。
「よいか乱馬、妖怪青のりの素が現れたらまよわずひっ捕らえるのだ。」
「うんっ!」
「右京くんも手伝ってくれるな?」
「うちは今忙しいんやっ。」
「わしら親子はお好み焼きやっとるさかい。」
見ればお好み焼き‘うっちゃん’も‘みことのり’に並んで屋台営業をしていた。
「ここは客が多くてよろしいおまんなぁ〜。」
「儲かっとりますよほんとに〜はっはっは」

「でたぞー!!変な生き物だー!!」

「出おったか!ゆくぞ乱馬!」
薄暗くなった猿沢池の中から、ひょっこりと姿をあらわにした生き物。しかし出てきたかと思うや否や、目にもとまらぬ速さで池の外を走りだした。
「おうっ、何という素速さ。」
目の前をぎゅんっと通過したかと思うと、方向を換えてどこに向かっているともなく蛇行し始めた。
「待てーっ!」
乱馬も後を追うが、まったく追いつかない。標的は、緑色なのは目で判別できるのだが、あまりの速さゆえにはっきりとした姿かたちは判らなかった。
「むぅっ、確かに芳ばしい香りがする…しかし…」
ちょっと香り過ぎなのでは?辺り一帯が海苔の匂いで充満する程、その生き物は香りを発散していた。なにか不自然というか、人工的に匂いが付けられたもののように思われたのだ。
「ううむ…これは…」
「どないしましたんや玄馬さん?」
「うむ、まるで…まるで海苔の匂いの香水でも大量に付けたかのような…!」
「なんですと!それじゃあの生き物は…」

「妖怪青のりの素などでは、なーい!」

「つかまえたぁっ!!」
乱馬少年はついにその生き物を捕獲した。そして見てみるとその姿は…
「ん?鳥……!?」
「おお、これは!」
その形は、じつに丸々としていて、そのまるい身体に足が付いたという感じである。
「キ、キーウイかっ。」

*キーウイ…主にニュージーランドに生息する羽が退化したまるい鳥。この鳥がキウイフルーツの名前の由来でもある。
「しかしキーウイの毛は茶色なのでは…」
よく見るとこの鳥、緑を基調にいろんな色で彩られているではないか。
「実はオウムか何かでは…」
「いやいやきっと突然変異…」
じたばたけーけーと乱馬の腕の中でもがく鳥、その正体は全くの謎…。
「まぁ、ボニーちゃんっ!こんな所にいたのねぇっ。」
「ん?」
派手な熟女が現れた。どこかの大金持ちだろうか。乱馬の腕中の鳥を見るなりその名前を呼んだ。
「ボニーちゃ〜ん!」
「クェー!」
鳥はげしっと乱馬をひと蹴りして腕をすり抜け、その主人のもとへと走っていったのだった。
「…あ、ペットか。」
「それにしても奥さん、この鳥から海苔の香りがするのは一体…?」
「ええ、わたくしの趣味ですの。海苔の香りが大好きなもので、家にある物や飼っているペットちゃんたちにも海苔の香りの香水をつけたりなんかしちゃって…ほほほ」
「はぁ…。」
「この子ったら、数日前に家からいなくなってたので探しておりましたのよ〜。」
「はぁ…。」
「あ、この子ったら夜行性なものですから、ガードマンが居眠りしてる隙に逃げ出したんですわきっと。それで水浴びが大好きだからこんな大きな池に…」
「はぁ…そうでしたか。」
お好み焼きのおやじ殿二人は、ただひたすらぽかーんと口を開けて立ちつくすばかりであった。

「いやはや残念でしたなぁ。おいしい青のりが手に入るのかと思いきや。」
「まあ〜こんな日もありますわな。」
「結局なんもなしかいな、おとーちゃん。」
右京も残念そうな様子。奈良公園の観光客を相手に商売をした分、儲けは出たがちょっぴり期待はずれであった。
「ではそろそろ大阪に帰るとしますかな?」
「いや、もうちょいとここで稼いで、今度は生駒山にでものぼりましょうや玄馬さん。せっかく奈良に来たんやし」
「生駒山ー。」
「いこまやまー。ってどこ?」
「ここより大阪よりの所にあんねん。てっぺんに遊園地があって、遠くからでもジェットコースターが見えるねんで。」
「へぇ〜。おとーちゃん、おいらもいこま山に行きたい!」
「よかろう、山登りも修行のうちじゃ。だが若草山とは大きさが違うぞ。」
「わーぃ!」

胸躍らせてはしゃぐ少年。その満面の笑みが眩しかった。その笑顔が好きだった。



そうやって幼少の頃を過ごした。今から十年以上も前の話。

「生駒の駅前もきれいになったなぁー。学園前駅なんか昔の跡形もないんちゃうか…」
大阪は難波から奈良までを結ぶ近鉄線の駅々を、懐かしみながらハシゴしている右京がいた。もともとは奈良の‘みことのり’のおっちゃんから、今度こそいい青のりを売っている市場を発見したという報告を受けてやって来たのだが、その帰りに所々の駅で降りては外の様子だけ見てまた電車に戻るを繰り返していた。
「鶴橋〜、鶴橋〜です。右側のドア開きます。」
ガーーッ
「はぁ〜焼き肉の匂いや…」
一歩電車を降りれば焼き肉の匂いが立ち込めている駅、鶴橋。そこでJR環状線に乗り換え、大阪梅田でさらに新幹線に。そして今の住地、東京へと、右京は帰っていくのであった。
「はよ乱ちゃんに食べさしてあげたいわ♪新しい青のり使った特製お好み焼き…。」
自分の作ったお好み焼きを食べて、「うまい!」と笑顔で応えてくれれば、それが最高のしあわせ。

「乱馬ーーー!猫飯店の新メニュー特製甜麺醤ラーメン食べるよろし!」
「乱馬さまーー!わたくしの作った特製フルコースをお召しになって下さいませ!」
「乱馬〜〜!あたしのおにぎり食べる気ないわけー!?」
「乱ちゃーん!うちの新しいお好み焼き食べてんか〜!」

そうして恋のライバルとの争いがまた勃発する。
「おれはさっき飯食ったとこなんだってばぁ〜〜〜しつこ〜ぃっ!!」

「おかえりなさいませ、右京さま。」
「はぁ〜焦ってもしゃーないなぁやっぱ。店で乱ちゃん来るの待ってた方が確実やわ。」
「食べてもらえなかったのですかっ?」
「人間いろいろあんねんて。しゃーないわ、このお好み焼き冷めてもたけど小夏にやる。」
「まあ嬉しいっ、い、いやそんなもったいない!」
「はぁ。はよ来て欲しいなー乱ちゃん。」

久遠寺右京、17歳。闘いはまだまだ続く。








作者さまより

ようやく書けました、奈良話。最初は生駒を舞台にしたかったのですが(タイトルはその名残です…)、内輪ウケになってしまうのもなんだし…と考えた結果メジャーな奈良公園をもち出したわけで。でも奈良公園も、そういや中学以来いってない気がします(苦笑)。奈良駅(つまり公園の目の前)はよく行くので、行基法師の像なんかはおなじみなんですけどね。


 ご当地を見事に生かした作品ありがとうございます。
 しょーすけさまも私も奈良県民、生駒市民(笑
 大阪から奈良まで歩いたという四人・・・どこ歩いたのかな・・・暗がり峠かな。
 まさか、阪奈道路・・・なんてことはないでしょうね(笑
 私が幼い頃は阪奈道路は有料道路だったと思い出しつつ(笑・・・今はチャリで生駒近辺をこいでいる凄い方をたまに見ますが。さすがに大阪へは行けんじゃろ。(そのくらい坂がすごい道路です。)
 でも、彼らならどんな道でも平気で歩きそうですが・・・。
(一之瀬けいこ)


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