◆誕生!案内人溺泉
しょーすけさま作


中国青海省、呪泉郷…バヤンカラ山脈、拳精山のふもとにある謎多き修行場。そこで悲劇的な伝説、そして悲劇的な‘体質’が数知れず誕生した。

…そこにぽつぽつと分かれて湧き出ている泉にはそれぞれ、この世に生ける様々な物が溺れたといわれ、以来そこで溺れた者は皆「水をかぶるとその生き物の姿になってしまう」という恐ろしい体質になってしまうのだった。

そのような危険な場所ゆえ一般衆が近づくことはなかったのだが、次第に主に武道家たちが目をつけ、その泉に長い竹棒を挿し立てて足場とし、身の危険と隣り合わせの荒行を行う地として訪れるようになっていった。それに伴ってか物珍しそうに見物に来る民が増え、ひとつの観光業が成り立つまでに至った。

現在もなお呪泉郷のそばには案内人の詰所が点在しており、呪いの泉に関するあらゆる知識を得た親子が中で細々と暮らしている。

「おとさん、あの男を止めないでいいあるか?」
まだ幼い年頃の娘がプーアル茶をすすりながらテーブル越しに父親に話しかけた。かくいう父親は、少し考えた後に答えた。
「向こうの人に電話だけ入れることにするね。それ以上ワタシにできる事ない。」
そして黒電話の前に立ち受話器を手に取る。電話を掛ける先は、とある日本の家庭であった。
「ニイハオ、お久しぶりねー。実はお客さんに大切な話があるのだよ……あいやーまだ学校から帰ってないのか。では家の方、お客さんが帰ってきたら気を付けるよろしとだけ伝えておいて欲しいのだが…」
電話をしている父をよそに、娘は呪泉郷の様子を見に外へ出た。
「…あの泉だけは残したくないのね。」
一段高い岩場から泉の群れを見下ろし、つい昨日新たにできたばかりの一際大きな泉に目を向ける。その泉の持つあまりに恐ろしい伝説を思うと、娘は身震いせずにはいられなかった。

 すべての始まりは昨日のこと。以前に呪泉洞の騒動があった際作られた泉、『茜溺泉』を溺れた当人らの意思により埋め立てていた時だった。
「おとさん…」
「どしたあるかプラム。」
「こうして埋め立てるために土を掘っているが、代わりに大きな穴ができてしまたある。ここからまた泉が湧いたらどうするか?」
「あ大丈夫大丈夫、心配ないね。広く浅く掘っているから泉が湧くはずはないのだよ。」
笑って作業を進める案内人。おおよそ埋め立てが出来上がり、これでラストとばかりに少し強くシャベルを踏み込んだのだが。

ぶっしゅぅぅぅぅぅぅぅ

「あいやー!?」
以前の戦いの末に地下の水脈に変動があったためか、思ったより浅い所でも水が湧き出てしまった。それも案内人が掘っている最中だったのだから、そこにできた泉で溺れた第一人者は…
「おとさん!」


…そう、こうして案内人溺泉(ガイドにーちゅわん)が生まれたのだ。
「おとさんが悲劇的伝説の人になってしまたね!」

と、そこへ蟻の行列が泉の横を通りかかった。娘プラムは恐る恐る、角砂糖を今できたばかりの呪い的泉にひょいと放り込んだ。すると蟻たちは一斉に泉の中へ行ってしまい…出てきた時には超小型サイズの案内人の姿で不気味さ極まりない行列と化していた。
「あいやーあいや−あいやーあいやー」
それはあまりにも…異様な光景であった。

そしてその様の一部始終を、一人の男が遠くの崖から眺めていた。紺色のローブを見に纏ったその男は蛇のように鋭い目を輝かせている。何かを思いついたらしい。鼻息まじりに怪しい微笑みを浮かべる。
「…………ぐふっ。」

そして男は崖を下り、瞬く間に案内人溺泉へと近づいた。
「やいガイド。この泉の水を頂いてくぜ。」
「あいや、何に使うつもりか?」
「ぐふっ、知れたこと。じじいをこらしめ、俺の名前を変えさせるためさ。」
そう言うと男はガラス製の丸い水瓶いっぱいに案内人溺泉の水を入れコルクの蓋を閉めた。本来は呪泉の水を悪用などしようものなら、呪泉郷風紀委員が黙っていないところだ。しかしながら彼だけは「この世の邪悪の根源と闘う勇士」としてその所業を黙認されており、そして何度も作戦に失敗しては戻ってくるのでこの呪泉郷においてはもはや常連客であった。しかし彼自身、水を被るとたちまち大量破壊魔と化してしまうので迷惑な存在であることも相違なかった。
「いくぜっ!」
呪いの水を手にしたその男はバケツに汲んだ普通の水をばさっと被り、つばさのはえたうしのあたまとうなぎのしっぽをもつゆきおとこwithせなかにたこあし…に変身し、ひと吼えあげて日本は東京へと目指して翔んで行ってしまった。

「はぁ…あれも埋め立てたいのだが、それでまた同じ事が起きてはきりがないね。どうすればよいか…」
プラムが昨日の出来事を思い返しつつ悩んでいると、その傍らでぽてっと何か小さなものがこける音がした。足元を見ると先日の小型ガイドがぼろぼろになって倒れている。別の蟻の大群と戦いでもしたのだろうか、気付けば辺りは満身創痍のガイドだらけであった。
「げ!死んでる。」
あわれミニガイド(蟻)どもは死骸の山に。これが自然の摂理というものなのか。
「青山(お墓)を作たほうがよいかな…」


「ただいまー。」
「ったく、ひでぇ目に遭ったぜ。じじいの奴、また九能を手なずけやがって今度はおさげの女と決闘だー負けたらこの色っぽい服を着ろーだなんてよ。」
二人が学校から帰ってきた。あかねは笑顔にハの字眉毛の呆れ顔。らんまは汗ばんだ額にひっ付く赤髪を掻き上げながらふてくされ顔。
「あら、おかえりなさい。ついさっきお客さまが着いたところよ。」
「え?」
誰か来るっていってたっけ、とあかねが玄関を上がってかすみ姉に問う。
「ええ。お昼頃に呪泉郷の案内人さんから電話があって、誰か来るだろうなと思っていたのよ。」
「だろうなって…でもガイドさんから電話がきたってことは、また何かあったのかしら。」
あまりいい予感がしないあかね。この姉妹の会話をよそに、らんまは風呂に入ってくると言い残して廊下を歩いていった。
「っとに九能も趣味が悪いぜ。じじいの提案に乗ってあんな服着て欲しがるなんてよ…」
上着を脱ごうと半ば腹を見せながら風呂場の前の脱衣所に入る。しかしそこに先客がいたのを見てあわてて戻す。
「おおぅっ?!って、お前は…」

「ほぅ。まだそんな体だったのか、オカマ野郎。」
「パンスト太郎!」
「オカマ野郎!」
「やいパンスト!」
「略すなっ!!」
握り拳がらんまの脳天を襲う。続けざまにじじいは何処だと太郎が尋ねる。
「知らねーよ。さっき学校で懲らしめたけど、もう立ち直ってどっかうろついてんじゃねーのか。」

太郎が追い求めている人物の名は、八宝斎。パンスト太郎という忌まわしい名を与えたことで、当人から心底恨まれているのだが、なかなか名前を付け替えてあげようとしない。太郎の故郷の掟で、名付け親しか改名することは許されないのだが…『この世の邪悪の根源』の異名をもつ八宝斎は、悪戯心から「おまえは一生パンスト太郎じゃーい」と云い決して我を曲げないのだった。
「ちっ、居ないのか…」
「じゃあおれは風呂に入るかんな。また家をぶっ壊すような真似すんじゃねーぞ。」
そう言いながら上下を一枚ずつぶっきらぼうな手つきで脱ぎ、トランクスとランニングシャツ一枚という男子としてはまあ違和感のない格好になった時だった。太郎がらんまに背を向けた状態で言った。
「風呂壊した。」
「てめぇなっっ!!」
「シャワーで我慢しろ。」
「そおいう問題じゃねーだろっ!うっわ本当に壊してやがる…」
風呂場の戸を開けてみればそこは外…のようにお空が見え、ひとつの部屋というよりは半分くらい外庭の一部と化していた。平たく言えば破壊された状態である。手前側のシャワーと鏡はそのまま残っているが。
「つまり、 こっから入って来たんだな?変身した身体で…」
「別に何処から入ろうが問題ねえだろう。」
「大問題だーっ!」
八宝斎が邪悪の根源なら、この男は迷惑の塊。打倒八宝斎おおいに結構…しかし変身後の巨体となりふり構わぬ暴れっぷりが、あまりにもいただけない。以前も天道家にやって来た際に、やれお茶の間を破壊したり屋根から降ってきて牛男形の筒抜け穴を作ったりしたものだ。

「げへへへへへへ」
突如、あやしい…もといイヤしい声が、破壊された風呂場の向こうから聞こえてくる。
「じじいか!」
戸の先に見える外庭に二人揃って視線を向ける。しかしその時には、既に八宝斎の魔の手が間近に迫っていた。
「らんまちゅわ〜〜〜んっ!!」
「でぇっ!?」
すんでのところで助平ハンドをかわし、らんまはすかさずシャワーに手を掛ける。そうはさせじとじじいが再びらんまの方へ跳びつこうとするが、
「待てじじい。」
太郎によって捕獲されたのであった。
「でかしたパンスト太郎!」
シャワーの湯を衣服の上から手っ取り早く被り、男に戻る。
「その名で呼ぶな!!」
捕まえたじじいで乱馬の頭をどつく太郎。
「何をするっっか弱い年寄りに向かって!」
「貴様は全然か弱くねーだろ!」

「やいじじい、いい加減俺の名前を付け替えてもらおうか。」
太郎は八宝斎をシャワーのホースで縛り付け、本題に乗り出した。
「おいおい、このじーさんが何も無しにハイそうですかって言うわけね〜だろ。」
「言うわけないのう。」
「もちろん用意はあるさ。やいじじい、もしおとなしく俺の言う事を聞かないようなら、貴様にこの水をぶっかけてやる!」
そう言って取り出したのは球体の水瓶。あの呪い的泉の水が入った瓶だ。
「お、善男溺泉(シャンナンニーチュアン)の水か?水を被るといいひとになるっていう…」
「ふん、わしは生活文化の美の産物がこそ泥の手によって奪われてしまうのを防ぐために、この手で集めてはわしの部屋に保管しておるのじゃ。そんなモノを被ったところで何も変わりゃせんぞい。」
「・・・だがコイツの名前ぐらい替えるようになるかも知れねえしな。」
「武道家に二言などないわいっ。」
「ぐふっ。善男溺泉の水なんかじゃねえ。これはもっと恐ろしい代物…案内人溺泉の水だ!」
「ガイドにーちゅわん??ガイドが溺れたのか?」
「そうだ。今から1500分前、湧き出た泉にガイドがぶっかかったという悲劇的伝説。そして、その泉の水を被った者はガイドの姿になってしまう…」
そう言いつつ水瓶を八宝斎の目の前に持ってくる。
「恐ろしい…まさに生ける悲劇的伝説だぜ。」
思わず乱馬の手に力が入る。
「ガイドの姿になりたいか、なりたくねえかは人それぞれだ…さあじじい、ガイドみたいになりてえか!?」
しかしそう言いながら詰め寄った時には、目の前に標的はいなかった。タコとすり替わってホースの縄を抜け出していた。
「わしは負けんぞぃ!そんなに名前を替えて欲しくば、らんまちゃんを連れて九能の館まで来るのじゃ。よいな!」
「くのう?」
「な、何考えてんだあのじじいは…。」
先程は学校で九能と組んで挑んできたじーさん。結局は学校の関係者が介入して話がごちゃごちゃになってしまい、そこをらんまとあかねは抜け出して帰ってきたのだが、相手はまだ諦めていないようだ。
「ったくしつこい野郎だぜ。」

一汗かいたから風呂に入ろうと思ったのに、風呂を壊されたあげくもう一汗かく破目になってしまった…らんま。太郎に再び水をかけられ、九能家まで案内するよう連れ出されてしまった。
「ここだよ、九能ん家。別名カラクリ屋敷だ。」
「ここにじじいとその、くのうとかいう奴がいるんだな?」
都内某所にそびえ立つ大〜きな屋敷。家屋もでかけりゃ庭もでかい。天道家だってなかなかのものだが、九能家はワニが泳げる池あり、地下に巨大倉庫ありとおよそ一般常識を超えている。
「たのもー!」
厳かな門前で太郎が声をあげる。すると、何処からともなく忍の風貌をした小柄の男が参上する。九能家の御庭番、猿隠佐助だ。
「拙者がこの家の御庭番の者でござる。用件をお伺い申す。」
片膝を付いて頭を低く構える佐助。ちらりと訪ねてきた相手を見上げる。
「ここに八宝斎のじーさんが来てるはずなんだ。入れてもらうぜ。」
「お、おさげの女…。直ちに帯刀さまを呼んで参りまするっ!」
「いや、じーさんに用ガラガラガラ」

門を開ける音がらんまのセリフにかぶってしまった。
「ささ、中に入ってお待ち下され。」
「・・・わーったよ。」
そう言い残して佐助は九能帯刀を呼びに飛んで行ってしまった。

さて、門をくぐれば中は敵地だ。特にじいさんが何処に潜んでいるかがおぞましい。所々に気を配りつつ屋敷内へお邪魔させてもらう。
「じじいめ、今度こそ逃がさねえ…。」
「落ち着けよパンスト太郎。」
「呼ぶなっ!」
ごんっ!とらんまの頭にどつきが入る。何度その名で呼んでも同じパターンである。
「このやろ〜、おれがわざわざ協力してやってんのにちょっとは有難く思えよなっ!」
「やかましい!」
間もなく、帯刀が庭沿いの廊下を渡ってやって来る。
「げ、九能…」
「おさげの女ぁ〜〜〜!!」
みしっ・・・
「てめえそれじゃじじいと同なじじゃねえかっ!」
登場するなり女体に飛びつかんとする点はじじいも九能も同じこと。寄るなとばかりにらんまのハイキックがその九能の顔面に直撃する。
「それで、じじいはどこなんだ?」
ぼてっと地に倒れた九能をそのままに、太郎がらんまに話しかける。
「今聞くって。九能センパイ、じーさんはここに来てるんだろう?」
「む。貴様何者だ!おさげの女に対して馴れ馴れしい!」
「俺か?」

太郎の存在に気付くなり、すぐさま立ち上がって牽制をかける。
「俺は・・・その、何だ。」
「名を名乗れっ!いや、人に尋ねるときは自分から言うのが礼儀というものだな!よーし僕から名乗ろう!」
「…勝手にしろ。」
「ふっ。僕こそは風林館高校剣道部OB、元主将、今なお人は僕のことを伝説の蒼い雷と呼んでいる。九能帯刀、満18歳だ!」
部活は既に引退している三年の帯刀だったが、剣道に対する熱意は変わっていない。木刀を取り出し、いつもの調子で構える。
「そうか。」
「貴様の名は何という?」
ところで世の中、人によっては聞いてはいけない質問もある。はてさて太郎がどう出るのかと少々期待まじりではたから見ているらんま。
「ぐふっ。……」
「さあさあ!」

「………。てめえには関係ねえだろう。」

ぴきっっっ
「無礼者めぇっ!そこへなおれ〜!」
「へっ上等だぁ!」
木刀を振り回しながら太郎に向かって突撃開始。太郎の方も本来の目的はどこへやら、売られた喧嘩を売り返してそいでもって買わせてしまった。

「あ〜あ〜、あんまり本気になるんじゃねえぞー!…っつっても駄目かな。」
らんまの予期したとおり…太郎は帯刀の攻撃を避けながら庭へと誘い出し、しまいに池へと飛び込んだ。
「池に隠れるつもりか。愚かな奴め。…この池にはミドリガメ君がいる事を知っての作戦か!」
得意げに池の前に立ちはだかる帯刀。そう、ミドリガメ君とはその名によらず、ワニである。それも人間をひと呑みにしてしまえそうなくらいの巨体。
「…おれは知らねえからな〜。」
少々冷や汗かきながらも自分は本当に関係ないです的に遠巻きに見ているらんま。少しして池の中からぼこぼこと息泡が上りだす。
「んん?」
池の底から黒い影。それはミドリガメ君とも比べ物にならない程大きく・・・

ざばぁ――――

中から出てきたのは、大ワニをぶん殴っておとなしくさせ、片手に収めている猛獣の姿だった。
「なんと!あの男め、このような非常識なペットを飼っているとはっ!」
呪泉郷的論理を知らぬ九能。それどころか、水をかぶると一瞬にして姿を消し、別の者が現れるものだと思い込んでいる。今回もまた、自分が追っていた男は池のどこかへと沈み、中からペットを召喚したのだろうなどと何となしに考えているようだ。

「ブモォーーーー!!」
早速、猛獣太郎が攻撃に出る。ズシンズシンと音を立てて庭に クレーターができてゆく。
「おおのれっ姿を消してペットに戦わせるとは卑怯なり!ひぇぇっ!」
為す術もなく逃げ惑う帯刀であった。

「ったく、ケンカしてる場合じゃないってのによー。早いとこじーさんを見つけ出して…」
「呼んだかのぅらんま。」
「でぇぇええっ!!触るんじゃねえ!」
背後からゲリラエロ攻撃をかましつつ、八宝斎が現れた。らんまの肘打ちを喰らい床に落ちるが、ダメージはない様子。
「来てくれたのか〜♪アレを着る気になったのじゃな?」
「着ねえよ。おーいパンスト太郎!じーさんが見つかっ…」
「スキありじゃ〜★」
「ぃぃぃぃぃぃ!!こんのじじい!!待ちやがれー!!」
太郎と九能のケンカの横で、らんまと八宝斎の追いかけっこが始まった。なんでこんな目に遭わなくちゃならないんだと思いながらも、必死で追いかけるらんま。しかし相手はちょこまかと動き回るため、なかなか捕まえられない。
「これでどうだっ!へ〜んしんっ!」
何かを思わせるようなポーズを決めて上空へ飛び上がり、日の光に紛れた瞬間に服装が一変する。
「おおっスチュワーデスのねーちゃん☆」
げしっ
「今はフライト・アテンダントと言いま〜す。」
添乗員の格好で色っぽい口紅をつけたらんまだった。色気に弱いエロじじいをわし掴み、太郎の方へと差し向ける。
「パスだっ!」
投げ飛ばされた八宝斎は、太郎の背から伸びるタコ足に捕まえられた。
「ブモッ!」
「ぬうっ、やるかっ!」
変態じじいと猛獣の異質な睨み合い。
「っと、そろそろ名前替えてやったらどーなんだじーさん。」
らんまがうねるタコ足の一本に飛び乗り、二人の間に割って入る。
「このままじゃ、こんな事ばっかの繰り返しだぜ…」
ここで八宝斎が動き出した。
「やいパンスト太郎。」
言うなりタコの足をするりと抜け出し、太郎の握り拳の上に乗る。
「ここはひとつ交渉といこうではないか。」

「人間に戻り、らんまちゃんと共にこの九能家の館の最上階まで来るのじゃ。無事やって来られたならばその功績を認め、改名を考えてやらんでもないぞ。…但しこの館には数多の仕掛けが用意されてある。果たして全てくぐり抜けることができるかの〜?」
「ブモッ!」
そして八宝斎は不気味な笑い声と共に、館の最上階へと、外屋根を伝って登っていった。帯刀も佐助を呼び、同じように上へと登っていった。

「…あんのじじい、どーせ仕掛けっつったっておれを辱しめるようなヤラシイものばっかに決まってる!どーする?」
タコ足から降りて格好を戻したらんまが、巨獣太郎を見上げて言う。実際のところ仕掛けはすべて八宝斎が考案したもので、ひとつひとつの部屋に監視カメラが設置されていた。
「げへへへへ…早くひっかからんかの〜」
「ふん、下衆なやり口だが、これであの豹柄…」
「みなまで言うなっ!分かっておる。最終的にはおぬしも期待しておるあの格好になっている予定じゃぁ。名付けて、着せ替えごっこらんまちゃん〜。」
「変態め…僕はただあの衣装を着たおさげの女の麗々しき姿が見たいだけだというに。」
監視カメラのモニターを見張る八宝斎と九能。佐助は後ろで待機している。まるで秘密結社のような、妙に結束した空間であった。しかしこの後、会話をさえぎるようにろくでもない出来事が八宝斎らの上に襲いかかる。

どががががががががががが

「の゛わーーー!?」
「ぬおーー!!何事!?」
「帯刀さま〜!あぁぁぁぁぁ」

フライング・ボディプレス。
何も相手の策に乗らなくても、こっちにはこっちの手段がある。
「やっちゃったよ。」
庭で見守るらんま。どしどし崩してゆく猛獣太郎。そして陥落する九能の館。

「これ再建費いくらかかるんだろうなー…。」
素朴かつあまり意味を成さぬ疑問である。おかまいなしに猛獣太郎は廃墟と化した場所を漁るように、標的の姿を捜す。すると崩れた木塊の下から声が。
「おおのれパンスト太郎っ!わしが苦心して考え出した仕掛けをふいにしよって、もう許さん!八宝大華輪!!」

どーーーーんっっ

猛獣の巨体とて、花火をもろに受けるのは熱い。焦げる。
「ブモォ〜〜〜!!!」
こんがり焼けた牛肉太郎は怒りのあまりに我を忘れ、ついに水瓶の中身をぶちまけた!
「むっ、その手を使う気かっ!かけられるもんならかけてみぃ!だははははは」
呪いの水をかわしつつなおも八宝大華輪を連発する。続いて鳥肉が焼け、タコが焼け、ウナギが焼けてなんとも食欲をそそる美味しそう太郎がそこに立っていた。
「仕掛けがなくなった以上、もはや貴様なんぞと相手する意味はないわい!これで観念せいっ!」
とどめの一撃を投げつける。それに刺し違えるように、太郎も水瓶を投げつける。

ばしゃっ!

「げ、手応えありの音・・・」
どーんの音とともに地に沈む太郎。なりゆきに危惧をいだきながら現場に近寄るらんま。そしてそこで見たものは……!!
「……あいやー」
「ひぇっ!?じじい…いや違う、これは…」
「佐助!!」

建物が陥落し、その中でしばらく気を失っていた九能帯刀。その身を安全な所に移そうと引っ張っていた佐助が、うまい具合に投げつけられた案内人溺泉の水を被ってしまったのだ。そして帯刀が目を覚ました時には、そこにはふくよかな顔つきをしたまるで佐助ではない佐助がいた。

「おお、何とした事だ!佐助がおかしくなってしまったー!」
もとより呪泉郷のガイドとは無縁な九能家。しかし起こり得た事態があまりにもおぞましい事であるのは肌で感じとれたようだ。
「帯刀さまー!ワタシの身に何起こたでござあるか?!」
「知らん!寄るな!その顔は病気か!?」
もう何が何やらである。駆けつけたらんまはただ溜め息をつき、佐助の肩をぽんと叩いて慰めの目で見やるしかなかった。
「気にするなよ。そんなにひでえ顔じゃねえさ…。」
しかし池に映るあまりに変貌した己の顔を見て、佐助は白目を剥いて倒れてしまったのだった。
「・・・さて、帰るとするかのぅ。」
「(…どーすりゃいいんだこの始末っっ)」
「ふ…ふふ…佐助、哀れな奴よ。とんだ病気にかかってしまったようだな…」

帯刀は気絶した佐助を引きずって、離れ屋へと去った。
八宝斎も帰ろうかとしたその時、ダウンしていた太郎が目を覚ました。
「…ブモーー!!」
まだ暴れようとしている。とそこへ、九能小太刀が部活から帰って来た…。
「なっ、なんという事ですの!?家がぼろぼろ…はっそこのおさげの女!貴方の仕業ですわね!」
「おれじゃねえっ。こいつだ!」
「ブモッ!」
「まあなんという物騒奇怪な生き物…このような化け物をペットに飼っていたのですね!?」
「ブモー!」
俺はペットじゃねーと言いたげに、太郎が容赦なく小太刀に拳を仕向ける。
「やる気ですわねっ、この化け物!まだまだ現役の黒バラの小太刀が相手になってさし上げますわ!」
「や、やめとけ小太刀!おめー一人で敵う相手じゃ…」
「おお〜〜〜っほっほっほっほ!!」
我最強の甲高い声が舞う。そして次の瞬間、あっけなく戦況は終結へと向かった。

どたーんっ

猛獣太郎が倒れたのだ。相手の出方をうかがう暇もなく。決め手はしびれ薬だった。
「いくら図体が大きくても、ちょっと強力な薬を使えばこんなものですわ。」
毒とは恐ろしいものである。人として当然使ってよいものではあるまいが、手段を選ばぬ小太刀だからこそ、このような業を成し遂げるのだ。以前に太郎と戦った者とは違う。
「楽勝ですわっ!さあおさげの女、この化け物を連れてお引き取りなさいませ。」

「…ったく、しゃーねーな。」
小太刀も帯刀と同様、離れ屋へ歩いて行くのを確認してらんまはやかんを取り出し、太郎と自分に湯をかけた。そしてまだ痺れやまぬ太郎の肩を担ぎ、九能家を去ろうとした。
「まあ乱馬さま!このような場所でお会いできるなんて。」
「おわっ小太刀、まだ居たのかっ。」
「ささ、うちにお入りくださいませ…って、あらまあ。そうでした。母屋が崩れてしまってないのです…残念ですわ乱馬さま。今度お目にかかられる時までには建て直しますわ。」
「はは…じゃ、そゆことで…。」
肩を組んで九能家を去る乱馬、太郎。

「ちっ、ろくな事がねえ…」
いくらか治ってきた太郎が吐き捨てるように言った。
「俺も、久しぶりに振り回されてただけな気がするぜ。」
実質あまりいい出番はなかった乱馬。ある意味太郎よりも悔しげである。
「俺はどうすりゃいいんだ。畜生…」
「諦めるなよ。いつか報われる時がくるさ。」
「…ぐふっ、同情かよ。」
「俺だって虚しいんだ。好きに語ろうぜ…」
「おまえ…」

もうすぐ陽が暮れる。九能家での騒動は、時間にして30分かそこら程度だったろう。だがその間に起きた事は大きかった。

「・・・ぐふっ。出迎えが来たぜ。」
「ん?あかね…」
「乱馬ー?あっ乱馬、太郎君…」
あれだけ仲の悪かった二人が、肩を組んで歩いている。見慣れないような、もしかしたらあってもいいような光景にあかねはちょっぴり見入ってしまった。間を継ぐように、言葉をしぼり出す。
「あ、さっき九能先輩の家の方からもの凄い音がしてたと思うんだけど…まるでお城が崩壊したような。」
「ああ、あれか?まあ…その辺は言うほど大した問題じゃないよな。」
「案内人溺泉の水の方が問題ってか?」
「え…?何かあったの?」
「き、気にするなっ。大した被害じゃねえって。うん。」
佐助。これからどうすればよいのやら。男溺泉の水が手に入るまで保留か?

「あいやー、恐れていた事が起こてしまたのだな。でも心配ないね。出来たての泉には、まだ溺れた者の「呪い」が充分に募ってないから2,3日もすれば勝手に治るのだよ。完全な呪い、最低でも100年は経たないと熟成されないね。」
それが案内人ご本人の返答であった。
「良かったわねー、佐助さんまで呪泉郷の呪いに関わることはないみたいで。」
「まあ、九能のやつが水をかぶると変身する体質…なんぞに気付くことはないか。」
事情を乱馬から聞いてすぐさま案内人に電話を入れたあかね。九能家も大変だが、こちら天道家も風呂場を破壊されていたので、ただ今修理屋さんに来てもらっている。

トントンと板を張りなおす音が遠くの方から響いてくる。

「・・・ふぅ。今日は無駄に疲れた気分だな。」
「無駄、ねえ。…」

くすっとあかねの顔から笑みが洩れる。

「なんだよ。」
「別に。ちょっと面白かったから。」
「何がっ」
「太郎君とあんたのことよ。」
「…そんな面白い事してたか?」
「分からないならいいわよ。鈍感」
「なにお、ずん胴」
「なによ、やる気?」

「・・・皆さーん。晩ごはんですよ〜。」
台所から出てくる平穏の声。茶の間に家庭料理が並び出し、一日のいざこざが洗われてゆく。

「あ、そうそう。乱馬くん、パンスト太郎くんから置き手紙があったわよ。」
食事の前にかすみからひょいと手紙を渡される乱馬。中身を読んでどかんと怒り。

『また来る スチュワーデス似合ってたぜオカマ乱馬』

「あんんんの野郎ぉ〜〜〜!!」
「あら、どうしたの乱馬?」
冷奴をちゃぶ台に並べながらのどかが問う。
「え、あ、ぃやあ何でもねえよおふくろ…」
「何て書いてあったのよ?」
あかねも興味を示す。
「だぁっ読むな!読まんでいいっ」
「もう、隠し事ばっかり…」

かくして天道家の夜は更けていった。


後日、案内人溺泉は浅い泉だったため、ちょっと雨が降らないうちにほとんど干上がっていた。そこを案内人親子が軽く埋め立てて、泉は無事封印されることとなったのだった。 呪泉郷のはずれの森では、ブーゲンビリアの赤い花が蕾を付け始めていた。








とっても楽しい作品ありがとうございました。
やっぱり「らんま作品」の基本は「変身」と「ドタバタ」にあるのだと、改めて実感させられました。
乱馬くんも大変だね(笑
(一之瀬けいこ)