◇修学旅行・韓国へ行こう   その4  
しょーすけさま作


時間は夕方5時をまわったところ。風林館高校の御一行を乗せた観光バスは、大型アミューズメントパーク・ロッテワールドに到着した。本日はここで陽が暮れるまでフリーパスで遊びたおし、すぐ近くにあるホテルで一晩を越す。園内には食事施設も在るので、夕飯は各自で好きに食べることに決まっていた。
「着いたぞ、乱馬。」
眠りの世界に落ち着いていた乱馬の二の腕をひろしが肘で突く。
「ん?ああ…」
気だるそうに目を開ける乱馬。猫背の状態でバスを降り、よたよたと歩く。
「乱馬、ちょっと疲れてるんじゃない?」
心配げにあかねが顔を覗き込むも、当人はまだ眠いだけだと疲労を否定。それから左の腰に手を当て、後ろ頭をかきながら伸びをひとつしてみる。
「乱ちゃん、疲れて歩けんようになったらウチがおんぶしたるで。」
「んな状態で遊べるかよ…せっかくの遊園地なんだから思いっきり楽しむかんな俺は。」
遊ばせろ!というのが彼の言い分だった。遊園地…といえば一種のデートスポットであることは早乙女乱馬とて承知の上。しかし彼にとっては、遊ぶのが第一優先の場所のようだ。
何せ客が多い!つまり自分の行為を目の当たりにする人が多いということ。ここはあからさまに恋人を装うより、ただ楽しい空間を好きな人と共有する場と捉えて行動した方がいいと思ったのだ。
「ほんじゃ入ろか、とことん付き合うたるで乱ちゃんっ。」
そんな乱馬の心意を理解してか否か、右京はあまり強引に彼を引き抜こうとはしていない。ソウルの空港に到着した時の一悶着で、彼女は彼女なりに何か考え直したのかも知れない。
「(今すぐ二人きりにならんでも、時間はたっぷりあるんや。最初はあかねが横にいても構わんて。)」
「お〜っしそれじゃ行くかあっ!ほら、もたもたしてっと置いてくぞあかね。」
「いいわよ別に。ゆっくり楽しんでらっしゃい。」
「…へ?」
「ん?」
乱馬が提した3人で行こう案が通ったかのようにみられたが、ここであかねが自ら辞退を申し出た。乱馬も右京も、何故?と顔に書いたようにキョトンとしてしまう。
「いやだからさ、3人でただ仲良くやろうって…(まさかこれだけノーマルフレンドチックな空気なのにまだやきもち焼く気かっっ!)」
「無理しなくていいのよ。気を遣いながらじゃ楽しめるものも楽しめないでしょうから。」
「あのな、オメもーちょっと・・・あれ ?」
あかねに言い寄ろうとした瞬間、乱馬の脚に違和感が走った。太ももが、ふくらはぎが、何とも言えない倦怠感に襲われる。気が付けば体中あちこちが筋肉痛の兆候をみせ始めていた。
「ほらね。あんな急激に運動した後にバスの中で半端な睡眠とっただけじゃ、かえって疲れが出るに決まってるじゃない。だから、ここはあんまり無理しないで、ゆっくりしていった方がいいわよ。」
うかつにも前地での運動後のケアにぬかりが生じてしまった乱馬だった。いや、むしろ体力を予想外に消耗したのが疲れの大因か。
「それで…おめーはどうすんだよ。」
「他の女の子と一緒に行くの。何かあったら、意地張らないでちゃんと休みなさいよ。いい?」
右京が乱馬の隣にいてはどうしてもやきもちを焼いてまたややこしい事になってしまうだろうと、あかねは己の事ながら予測したのだ。惜しいけれど、乱馬をこれ以上疲れさせたくはない。だからトラブルを起こす前に自ら身を退いた。
「…あかね、俺のこと気遣ってくれてんのか?」
少しばかりじ〜んときていた乱馬だったが、嬉しい方向に話が向いているわけではないので困ってもいたのが実情だ。
「いいからっ。あんたは心おきなくウッちゃんと行ってらっしゃいってば。右京、あとよろしくね。」
「いやよろしくって…」
そう言ってあかねはさゆり達の方へと行ってしまった。それはもう複雑な面持ちで…。ここは特別な地。二度とやって来ない修学旅行という時間。そこでいま己の胸に在るのは、乱馬のために冷静に思慮できた達成感と、大きな損失をしたような無念の感情と。…すべては不器用さが悪い。

本当はやきもちとも変わりないのではないか。「あたしは関係ありませんから!」と言うのとやっている事は同じであり、内的にみても心おきなく過ごすには水くさくて何か落ち着けたものではない。
しかし乱馬はどうしてよいか分からぬまま話が流れてしまったので、ロッテワールド内は乱馬は右京と行動するということに相成り、ドーム内へと入っていったのであった。


「…で、結局後をつけてくわけね。」
茂みに扮して二人の行動を見張る女子4人ココにあり。あかね、さゆり、ゆか、あさみ。前日一緒だった未央は、そういうのは趣味じゃないからといち抜けたしていた。しかしそれにしても、4人を包む茂みはちょっとばかり大きい…。
「いいのあかね?」
「別に。」
さゆりの問いにあかねは意地っぱり調で答える。その反面心の中では、しっかりしなさいよと乱馬に向かって言い続けている。自分が傍にいて、右京と乱馬があらぬ方向に走らぬように留め金になれればいいのだけれど。
「あんたにだって乱馬くんを懸けて戦う権利はあるのよ。」
「・・・(…本当は一緒に行きたいけど、自信ないから。)」
喉元にまで言葉が込み上げてくるが、それを口外に出そうかすまいかしているうちにターゲットが動きだした。
「ジェットコースターに乗りに行くみたいよ。今そう聞こえたわ。」
「え、ちょっと待ってジェットコースターって、確か乗り場は4階よ…。」
建物内で茂み…不自然!そう、ロッテワールドのドーム内は外枠を固めるような形で段々式の4階建てになっているのだ。野球場のスタンドに近い構図で、中は主にゲームセンターやスナック売り場となっている。
「くっ、こうなったら・・・」
茂みが一時ごそごそと動いたのち、中から出てきたのは見覚えのない風林館高校の生徒4人。制服はどうしようもなかったが、それぞれかつらを被ってマスカラやアイシャドウ等の化粧をしたり、丸眼鏡もしくはティアドロップ形の眼鏡を付けたりしている。
「これで大丈夫。二人がジェットコースターから降りてくるまで待と。」
おさげを付けてアイシャドウを塗ったあかねが先頭に立ち、コースターの降り場へと先回りを図る。
「あ、マクドナルドあるから何か買ってくるね。」
今買い出しに行ったのはあさみだろうか。黒いロングストレートのかつらを被っているので幾分見た目は変わったが、声で判断できる。
「なんかまるで探偵みたい。」
「これ張り込みってやつよね。」
結構楽しげにしているのはドロップ眼鏡でヘアゴムを解き、ウェーブのかかったかつらを付けたさゆりと、丸眼鏡で後ろ髪を首の辺りで一くくりしたゆか。ジェットコースターのような人気の高い乗り物の場合、並ぶのに長い時間をとられるものだ。よって4人にも根気よく待つことが要求される。しばらくしてあさみが帰還し、プルコギバーガーを各変装メンバーに手渡す。そして近くのベンチに揃って腰掛ける。

「…何分くらいかかるかしらね。」
まだ二人は降り場に出現しない。何も起きないので少しじれったくなってくる。プルコギバーガーも食べてしまったところで、あさみが口を開く。
「やっぱり私たちも一緒に乗った方がよかったんじゃあ…?」
変装がほどけるとまずいので乗らなかったのだが、考えてもみればこの「並んでいる時間」が危ないのではないか。
「ちょっとミスだったかもね。でも周りに人がいるから下手に動くことはないはずよ。」
むっとしているあかねを見ながらさゆりがフォローを入れる。
「ねえあかね、それでいつまでこのままでいる気?」
ゆかが押し気の表情で詰め寄る。
「乱馬くんだって、決して満足してないと思うわよ。」
「・・・・・・」
言われてはっとする。せっかく潔く身を退いておきながら何だが、やはり正しい判断だったとはいえない気がしてくる。この手のことに正解なんてない、とはよく言ったものだが、それぞれが満足いく結果なのかと問われるとYESとは言い難い…今の時点では右京が一番好都合なのだろうが、乱馬が「ただ遊ぶだけ」としか考えていない以上は…自分が傍にいないことが何よりの不満かも知れないではないか。しかし…
「そう、なのかな…。っでも…」
自分が必要とされるとき。いつがそれに当てはまるのか、簡単に判るものなら苦労はしなくて。現に今も、ここまで考え直しておきながらまだ踏み出すための一歩があやぶまれている。確信ではないゆえに、勇気が足りていない。
「本当に、いま乱馬はどう思ってるんだろう、あたしのこと心配とかしてくれてるのかな…って考えてわかる事じゃそりゃないけど、でも時々そう思うの。もし乱馬がその時何とも思ってなかったら、あたしがただのばかみたいじゃない。」
・・・ちょっと悩みの程を打ち明けてみた。するとそれを聞いたあさみがほぼ反射的に応えた。
「そんな言い方ないでしょうに。もっと頑張りなさいよあかね。」

「さ〜次はどこ行こか!あっちのがええかなぁ?」
張り切って遊び倒しますオーラを放つ右京。
「お、おお…」
そのどさくさに紛れて手が結ばれている。ぐいっと引っ張られ苦笑いで歩く乱馬。
「ほらあんな事になっちゃってるじゃないっ!」
「GOよあかね!」
降り場に到着した二人を発見するや否や、少し離れたベンチに座っていた女子組があたふたと動き出す。
「ら、乱馬のばかっっ!」
あかねが身を乗り出した。ずかずかと目標へ近付いていく。
「そんなに恥ずかしがる事ないねんで乱ちゃん。遊園地なんて恋人同士がいてなんぼや。」

あと3メートルという所で乱馬がふいに足を遅め、それを見てあかねも思わずその速さに合わせる。
「…どないしたん乱ちゃん?やっぱりしんどいん?」
「ぁいや、そーゆーわけじゃないんだけど。」
右京に覗き込まれ、あっちの方に目をやる乱馬。決まり悪そうな顔をして、疲れてはいないと言いつつもどこか力が入らないような様子。
「乱ちゃん、やっぱり…」
「え?」
幾分か右京の表情が曇ったのを受けて、内心も覗き込まれたかと気退りする。しかし一つ瞬きをすれば、またはじけたウッちゃんの顔に戻り…
「やっぱり思い切ってアレ乗ろか!」
急流滑りの方を指差して、今一度ぐいっと手を引っ張り、少し早歩きでそこへと向かうのだった。3メートル後ろでうかがっていたあかねは、いつしか右京の後ろ姿を眺めていた。

「見た目だいっぶ急な状態やんなぁ〜ジェットコースターより恐い気がするわぁ…」
「滝を落ちてくんだろ?ってことはどう考えてもさ…」
雑談交じりに丸太をモチーフにした機に乗り込む二人。なんだかんだ言いながら先頭に座っている。
「3・2・1…Go!」
ガタンッ
滝の上で止まっていた丸太が、前に進み出す。そして程なく滝底めがけてダイブする。
「ひぃやっはぁ〜〜〜ぃぃっっ!!」
ドバシャァァッッッ
勢いよく下に滑り込んだ後は、流れるように水面を突っ切る。水が切り裂かれるように左右に大きく散る。
「っっっあ、ビニルコート着るの忘れてた。」
「でぇっやっぱり濡れるのか!」
終わった時には二人共びしょ濡れ。水よけのコートが入り口で配布されていたのに、気が付かなかったのであった。

これで女同士だ。もう病むことはない。後ろめたさも何もない。すべて、ドローという言葉に帰してゆく。

「あ〜乱ちゃん女になってもうたんか〜。しゃーないなー。」
「何も考えずに先頭に座ったのが悪かったかな…。次どうする?」
どうしようかと足を止め、両人そろって髪にかかった水を拭う。同じ高校の見知らぬ生徒が前を通り過ぎる。その後を追うように2人、3人。
「…そろそろ、何か食べよか。」
「…そーだな。絶叫マシン連続で乗ったら腹へってきた。」

この久遠寺右京にはお好み焼きがある。さっそうとセットを組み立て、お得意の業を路行く人の前で披露し始める。
「いつものでええでっかー?」
「お〜イカ玉で。」
鉄板上でイカの切り身がジュウジュウと音を立て、それを覆うように横で焼いていた生地を裏返してかぶせる。油の匂いが徐々に広がってゆき、はけで塗ったソースが鉄板にこぼれ落ちればより芳ばしい熱気が辺りに漂い出す。そしてその作業を珍しげに眺める人だかりが出来はじめる。
「そういや昼もお好み焼きやったんか。まあ乱ちゃんは喜んで食べてくれるもんな〜♪」
「んー?じゃあたこ焼きにすっかな?」
「たこ焼き器は持って来てないなぁ。はい、でけたで〜。」
「お、せんきゅー」
お好み焼きがまだまだ沢山焼かれている傍で、らんまは足を組んで座り込みながら食をすすめる。
「さあついでに商売やっ!」
おひとつ4000ウォン、日本円にして約400円のちょっぴりサービス価格で露天販売。当地の人達にはチヂミのようにも見えたようで、評判良く売れていった。
「あーっ!乱馬こんなとこにいたのか!」
「らんま!」
人群れの中からひょっこり現れたのはひろしと大介。
「お、おめーらも買いに来たのか?」
「いやっ気軽そうにやってる所で何だが、さっきな…」
真横できりもりしている右京に聞こえないように、即席お好み焼き屋台を少し離れて3人で会話をする。
「さっきあかねがツイスターのてっぺんからでっかい声で叫んでたのを見たんだよ。」
「ツ、ツイスタ?」
ツイスター…それは巨大な円柱を背面越しに囲う形でシートに就き、足が地につかない状態で超高所から「落ちる」絶叫系最大級のマシン。最高地点からはおよそ遊園地全体を見渡せるくらい。しかしそこから何か叫んでいるのがこの男どもには聞こえたというのだろうか…。
「あ〜ドームの外か。これ食い終わったらおれも行ってみようかな。」
「何をのんびりやっとるかっ。あかねを放っといていいのか?」
「大介・・・おれは見た目程のんびりしちゃいねえぜ。心はいつもアクティブ全開さ。知らなかったか?」
らんまはお好み焼きをほおばりながら落ち着きはからっている。
「だったら、なんでそうゆっくり食ってられるんだよ!」
「お前あかねが気にならないのか?」
口々に二人が迫るも、らんまはそれを制するようにはね返す。
「あーかーねは心おきなく遊べって言ったんだ。叫んでたっつったってどーせイライラ発散だろ?よくよく分かってるよったく。」
「分かってる分かってないの問題じゃないだろう…」
ひろしがなおも意見するが、らんまの心は意表を突くところに在った。
「もしあかねがイラついてるんなら、それは多分俺のせいだ。だとしたらいま会いに行こうったって会わせる顔がねえさ。それよかほとぼり冷ましてくれるまで待って、その後におれの方から会いに行って何とかした方がいい。・・・ってまあおれは考えてみたわけだ。」
何とも思っていないわけではない。何かにむきになっているわけでもない。
「…あかねはついさっきまで近くにいたんだぜ。」
その顔は笑っても、怒ってもいない。心情多くしてまるで無表情。食べ終わった皿を側に置き、彼は己が目で見た事を語り始めた。
「最初はおれとあかねとウッちゃんと、3人で行動するかって話をしてたんだ。だけどあかねのやつが自分は一緒に行かないっつって、結局なんかウッちゃんと二人になっちまって。…」
次の言葉を吐く前に、組んだ手を枕してどさっと地べたに仰向けに倒れる。ドームの高い天井をぼんやりと見上げて、少し面持ちを和らげてまた口を開く。
「それであかねがどーするのかって思ってたら、おれらの後ろつけて来やがんの。何をどうすりゃいいんかって思ったぜ。…それも不器用なくせに、変装なんかして。おれに言わせりゃ化粧かえたぐらいにしか見えねえっつの。んでおれが下手して水被ったのを見て、あっちの方に行ったってわけさ。まだむしゃくしゃしてるのかは知らねえけど、おれとウッちゃんが女同士じゃー話にならねーってな。はは。」
安心していた。今はドローの気分の後始末の時間だと、彼は軽く笑ってやり過ごした。
「いつ迎えに行ってやるかな…」

「食べてすぐ寝ると牛になるで。」
右京に声を掛けられてはっと気がついた時には、ひろしと大介は既に去っていた。自分が軽くうたた寝をしてしまっていた横で、今は右京が自ら焼いたお好みを食している。
「いけねえ…また寝ちまったのか。」
のっそりと起き上がってあくびをひとつ。そして気付く。
「はっ…!」
「ん?どしたん?」
からだが重い。男の時より軽くなっているはずなのに重い。興奮していた身体が一気に冷めたのだ。それに伴って完全化する、筋肉痛。
「うわぁ〜脚の筋が縮んでやがる…」
脚だけではない、どこもかしこも力を入れればズキッと痛む。それを堪えながら、なんとかストレッチを行うらんま。
「おんぶしたるで。」
「結構です。」いやいや
腕を十字に組み、二の腕の筋を伸ばしながら軽い冗談を返す。全身筋肉痛に苛まれながらも、一応余裕はあるようだ。
「でもほんまに大丈夫なん?」
「大丈夫だって。こんなんよくある事だからな。」
腕にわき腹、太もも周辺にアキレス腱とひと通りストレッチを終え、さあ出発と意気込む。
「外行くか。」

「ねえあかね、ほんっっとにいいわけ?」
「いいってば。もう」
「意地っぱりなんだから…」
乱馬が女になってしまったのを確認して、それからは追跡を止めて遊びに専念しているあかね達。いまはドームの外のレストランで食事中。見た目は元に戻すどころか、ゲームセンターでゲットしたキーホルダーなどを無理やり付け足してよりエスカレートさせている。
「はぁ…」
「ほぉ〜らため息なんかついて。もう正直に、私には乱馬しかいないのっ!て認めたらどーなの?」
「だ、誰があんなやつなんかっ!」
友達と過ごすのがつまらないわけではないが、どうにも自分が蚊帳の外をふらついているような気がして、面白くない。それなのに近付くための術をまだ覚えていない。いつものように、条件反射的に意地を張ってしまっている。
「ふん、別にいいわよ。旅行全部がパアになるんじゃなし。」
恋はかけひき?山あり谷あり?アイスとウェハース?いろんな表現が頭の中をむやみに漂う。的を得るまで繰り返したがる。ストローでジュースを飲みながら、頭の中でうなだれるあかねであった。
「(考えがまとまらない…。どうすりゃいいんだろう。)」
ここは韓国。ただいま乱馬は(女の状態で)右京と行動中。…この状況を崩す、不穏分子たちはいない。たとえば良牙くんなんかがひょっこり現れたらどうなるだろう?一体ここは何処なんだ!?とか言って、地中から出てきたら。乱馬を見つけるなり、貴様あかねさんというものがありながら…などと言ってくれるだろうか。それからはてんやわんやで…なんて考えたってしょうがないか。それに良牙くんは必ずしも自分の味方というわけではあるまい。右京の気持ちも尊重してなんぼだし、彼はあかりさんと、あと強いていえば乱馬の味方のような人だから。…いけない。どうにも落ち着いていない。
「なんだかPちゃんが恋しいな。」
ふと口から出た言葉。そう、誰に意地を張ろうと、唯一愚痴を惜しみなく言えるのがPちゃんという存在でもあったのだ。
「あかね、それって弱音?」
ゆかに聞かれて我に戻るあかね。見透かされている。
「Pちゃんには愚痴を言えても、あたし達じゃダメってことなのねぇ。」
「な…愚痴なんか考えてないわよ。」
「顔に憂鬱って書いてる。」
3人から突付かれ、反論の余地がなくなる。そこまで言うのならばと、あかねは開き直ったような行動に出た。
「嗚呼・・・人旅の 勝手知らざる 乱れ馬 一句。」
「なにそれ??」
「言ってみただけよ。季語はないけどね。」
そう言うなり、すっと立ち上がって3人の食事終了を促す。
「さあ早く行きましょ!時間がもったいないわ。」
「行くって、この次どこへ?」
「食べ物とかが売ってるお店に。」
「今食べたとこじゃない…。」
ちょっと買いたい物があるからと、何か思い立ったようで、あかねと3人はカウンターで支払いを済ませたのち食品店を探しにドーム内へと戻っていった。

「これがツイスターか。でかいな〜。」
「あのてっぺんから落ちるんか。」
右京が口を開けて見上げている横で、密かに目で彼女の姿を捜すらんま。まだ近くにいる保証はないが、見つけることができたら安心かと思ったのだ。どんな顔をしているのか、本当は気になって仕方がない。
「これもえらい並んでるなぁ。これがラストかな。」
「ほえ、もうそんな時間たってたのか?」
空を見上げれば確かに、もうすっかり夜だった。そこらじゅうのライトがアトラクションを明るく照らしている。
「(ちぇ…今回はあきらめるしかないか。)」

明日こそ。

「ひぃぇっ…………………っぇぇあ!」
高みへ徐々に昇ってゆき、いっきに落っこちて、経験を残して元に戻る。らんまと右京が降りてきた頃には、遊びのひととき終了の時間が迫っていた。
「いそげー!」
「あと5分しかないわ!」
「やばい入り口までけっこう遠いぞっ!」
同じようにぎりぎりまで遊んでいた生徒達。みんな慌てている中に紛れ、らんまも筋肉痛をかかえながら走る。なんとか間に合ったらしく、程なくそこから歩きで近くのホテルへと一行は動き出した。食事は園内で済ませてあるので、そこでは寝泊りするだけとなっている。


ホテルにチェックインしてからはどのクラスの生徒も割と大人しく部屋に納まっていた。ロッテワールドでの遊び疲れだろう。もしくはまだ遊び足りないという連中は夜も遅くなってから動き出すものだから、今のところはエネルギーを溜め直しているのやも知れない。何にせよ適度に落ち着いた時間が、ホテルの中を流れていた。
「ふぅーすっきりしたぜ。」
真っ先にシャワーを浴びて出てきた乱馬。紺と白の縞模様の浴衣を着て、タオルを肩に掛けながら片手でまだ結っていない髪を拭いている。
「乱馬〜ついに最後までウッちゃんとデートしてたのか〜。」
「デートじゃねえっ。ただ遊んでただけだ。」
部屋のメンバーは変われど、ふっかけられる話題は同じ事。ここにいる男どもは、まるで野球の巨人阪神戦を観ているような感覚で互いに話し込んでいる。

コンコンッ

部屋のドアを叩く音。たまたま乱馬がドアの近くで立っていたので応対に出る。

「はい?おぉあかね。」
ドアの向こうには飾りを解いた、いつもどおりのあかねが居た。手には何かが入った白い紙袋を持っている。ここではルームメイトの視線が気になるので、近くの自販機コーナーへ移動することに。

・・・なぜか一日ぐらい会っていなかったかのように思われた。心があるべき処に戻る感じがし、同時にどこかほっとする。気まずさは不思議とない。それはあかねも同じことだろう…部屋に、自分に会いに来たのだから。
「俺の方から行こうと思ってたんだけどな。」
「いいわよ気にしなくて。楽しかった?」
「ん?ん〜どうなんだろーな。」
「どんな反応よ。はっきりしないんだから。」

何気もなく進む会話。あかねは怒ってはいない。ちょっと間が空いたところで、持っていた紙袋を乱馬に手渡す。
「これ、おごりよ。まだ体疲れてるでしょ。」
「・・・おめいいやつだな。」
「ばっ、変なこと言わないでよ気持ちわるい。」
「気持ちわるいとはなんだ気持ちわるいとはっ。」
「だって…ふふ。じゃあまた明日ね。おやすみなさい。」

くすぐったそうな笑みを浮かべて、あかねはその場を後にした。
もうさっきまでの出来事は、おおむね許されたようだった。

「…それでこれ、か。」
袋の中から出てきたのは、高麗人参ドリンク。ずばり肉体疲労に効果がある。おにぎりを作るやらといった手を使うのではなく、本当に身を案じてくれた結果これになったのであろう。全身筋肉痛を引きずったまま翌日に臨むのは少々辛いと思っていたところだ。ありがたく頂こうではないか。 …しかし。

「刺身じょーゆの味がする・・・」
不本意な味わいに切なくなってしまう乱馬なのであった。


明日は最終日。全日グループ単位での自由行動。地元の大学生の街案内をもとに、好きに出歩く。



つづく




Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights reserved.