◇修学旅行・韓国へ行こう   その2
しょーすけさま作


 場所はソウルのとあるホテル。少し坂道を上った所にあり、ベランダからは青青とした森林と、その左方にソウルの街並みが見てとれる。ホテルの中はまずロビーの階段を下りた地下一階が土産物売り場となっており、食品をはじめとしてコンビニエンスストアを思わせる豊富な品揃い。日本でも販売している菓子も置いてある。それから一階のロビーの奥を行くと大浴場。二階に大きなレストラン。三階より上が泊まり部屋となっている。ちなみに女子は男子よりも上の階にかたまるよう部屋割りが為されていた。
「ふ〜むこっちに着いてからというもの…乱馬のやつ、あかねと全然うまくいってないよなー。」
「このままではいかん。」
乱馬と同室となったひろし、大介。他にも合わせて5人で一部屋というグループわけである。乱馬は喉が渇いたからと、自動販売機を探しに部屋を出ていた。
「あのー…なんならボクがあかねさんの所へ行って、仲直りするよう説得してきましょうか?」
五寸釘。どうしようもない程に人望なき男、五寸釘。それも天道あかねを慕っているこやつが、「仲直りするよう説得」などするだろうか?…やはり誰も相手にしないのであった。
「何かいい案ないかまこと?」
「おれに言われても、乙女心はわからん。」
「う゛〜む乱馬が謝る気になりゃいいんだが。」
「つーんとしっぱなし、だもんなぁ。」
とそこへ、話題の的・乱馬がスポーツ飲料を頬に当てながら部屋に戻ってきた。
「おーぃおめーら、外に出た方がおもしれーぜ。地元の人らが一緒に写真撮ってクダサーイって騒ぎまくってる。」
乱馬の言葉にぴくっと耳を立てる一同。
「本当か乱馬!?」
「カワイイ娘いたか!?」
「てゆーかお前日本人ってわかってもらえたのか!?」
独り者にとっては、こういうのがせめてもの慰め(楽しみ?)のようなモノ。我先にと「カワイイ娘とツーショット」目当てに部屋を飛び出るのであった。
「あ…じゃあボクも行ってきま〜す…」
五寸釘も参加を希望。結局は乱馬を残して全員が出ていく。
「ったく、よくもまぁあんなに下心丸出しになれるもんだぜ。」
だがこれが乱馬の狙いでもあった。ああでも言えばあいつらは当分戻ってこないだろうからと、バッグから書くものを取り出して一人で何やら書きはじめた。
「…俺には俺のやり方ってもんがあるんでぃ。」
ふと大介に言われた事を思い出しながら、それに反論するかのように呟いた。

「あかね、まだ部屋に帰ってきてないの?」
土産売り場から戻ってきたさゆりが、やや心配げに誰というわけでもなくルームメイトに話しかける。
「ううん、頭を冷やしてくるって言ったきり。」
ゆかが答える。ホテルに着いて30分程経ったろうか。もうすぐ街の食亭にて若干遅れた昼食をとりに出掛ける時間だ。そしてそのまま次の予定地である国立博物館へと向かい、ホテルに帰って夜食を頂くというのが本日の計画。大きな荷物は部屋において、ロビーに集合しなくては。
「ひょっとしたら、早乙女くんのところに行ってたりするかもね。」
「本当?未央…」
占いの未央といえばこの人。あらゆる占いの術を扱う彼女にクラスメイトが向ける信頼は厚かった。この旅行においても分厚い書物と水晶玉、タロットカードの三つは欠かせぬ備品といって持ってきていた。
「でも…会っているとは限らないみたい。因みに私たちはもう少しここで待っていた方がいいわ。」

「よぉ〜しこんなモンでいいだろう。あとはこの紙をあかねの居る部屋に届けりゃうまくいくはずだ。名付けて、あかね以外は来れない場所にておち合おう二人の世界だプロジェクト!…ちょっと九能っぽいかな?」
まあいいや、と言うや否や彼は部屋の窓を開けて上の階へと跳んだ。目指すはあかねのいる702号室。ここの真上に二つ階を上がった所だ。
「ここね、502号室…。」
自動ロックのドアなので、鍵をもっていないと入ることはできない。あかねはノックをして中から開けてもらうのを待つことにした。
「乱馬?……もうみんな下に降りちゃったのかな?」
腕時計を見てみる。集合時間まであと15分。最低限の用意は持って部屋を出たため戻らずに直接乱馬のところへ来たのだが…実はこの時間まで、あかねは気を和らげるためにホテルの外を一人で散歩していた。乱馬の頬を叩いた、いや、叩いてしまったことに正直後悔していたのだ。いちいち気持ちが荒ぶってしまうのはいつものことだ。そのまま険悪なムードを二人でまき散らすことも、何もなかったように会ってやり過ごすこともできるかも知れない。しかしそんな考えが浮かぶたびに、むなしさが胸中を通りぬける。…こんな所まで来て、何やってるんだろう。このままじゃいけない…仲直りしなくちゃ。でないと…本当に……
「いや〜ここの若いコは実に友好的でいいね〜。」
「どっちが嬉しいんだかってなーへへ。」
「あれ、乱馬が中にいるんじゃないのか?」
先ほど率先して部屋を出て行った野郎どもが戻ってきていた。ひろしがあかねに話しかけると、あかねは不意を突かれたようで苦笑いしながらノックしても反応がないことを告げた。大介が鍵を開ける。中に入るが、そこには荷物が置いてあるだけで誰もいなかった。窓が開いていた。
「下に飛び降りたのかしら?でも五階からじゃ普通死ぬわよね…」
いくら身体能力が人間ものではない乱馬でも、学校の最上階である四階が限界の高さだったはず(良い子は決して真似をしないように)。よって飛び降りた、という見方は消去される。ということは……!
「別に窓から出たわけじゃないと思うわ。普通にロビーに行ったのよきっと。」
「そーかな。」
「じゃあ俺達も行こうぜ。」
乱馬捜索はあっけなく終わり、一同は再び部屋を出た。

 一階、ロビー。あかね達が着いたときには六、七割がたの生徒が集まっていた。しかし乱馬の姿はない。ついでにあかねのルームメイト達もまだ来ていない。
「あら、あかねちゃんも乱ちゃんと一緒じゃないのんかいな。」
「右京…あ、さゆり達は見なかった?」
「見てないで〜。まだ部屋にいるんとちゃう?」
時間まであと10分とないのだが。誰もが10分前行動…などという理想はなかなか実現しがたいということか。仕方がない、ここは待つことにしよう…そう考えてあかねは群れの中に留まった。
「あ、いたいた!あかねー。」
間もなくさゆり、ゆか、あさみ、未央の四人が連れだってやってくる。ゆかがあかねに近付き、なるたけ周りに見えないようにしながら一枚の紙をあかねのポーチに詰め込んだ。
「これ、乱馬くんがあかねにって。」
「乱馬が?」
「彼ねー、あたし達の部屋に来てたのよ。それも窓から。矢文を撃とうとしてるところを未央が見つけて、あかねはここにはいないって話したらね…」
「そうそう、そしたら乱馬くん、一瞬眼もとがゆるんで「えっ?」て顔したのよ〜。もうっもうっ」
さゆりもあかねの近くに寄り、声を殺して話を続けた。
「それであたし達がちゃんと渡しとくからって言ったら、部屋のドア開けて行っちゃったの。でもあかね、そろそろ乱馬くんと仲良くしなさいよ。」
「わ、…わかってるわよ。」
言われなくともそのつもり。だが相手が姿を現さない限り何も進めようがない。彼女にとっては妙な心持ちのまま、出発のときがきてしまった。
「えー今から昼食をとり、それから博物館に行きますが、全員そろっとるな〜?いない奴はその場で手をあげろ〜。」
前の方で眼鏡をかけた国語の先生がややウケのジョークを放つ。乱馬がいないんじゃあ?と辺りを振り返っていると、未央が「あっちよ。」と目線で教えてくれた。
「あっ…ぁあ……?」
思わずあかねの口から間の抜けた声が漏れる。捜していた彼の人は最前列右端のほーぉで、五寸釘の背中に隠れようかくれようとしていたのだ。
「何考えてるのかしらね…ふふっ」
自分は解っているけど、というところまで続けて言いたくなる未央だったが、余計なことづてはすまいと笑って誤魔化すのであった。かくして一行はロビーを後にし、目的地へ向かった。
「そういえばこの紙、何が書いてあるんだろう?」
出迎えのバスに乗り込みポーチから紙を取りだすと、そこには乱馬らしい雑な字でこう記されていた。
「博物館見学の後、……に来られたし」

「プルコギっっきたぁ〜〜〜!!」
韓国に伝わる焼肉料理、プルコギ。味付けされた肉が焼かれていく様を前にもういいダロいやまだダヨと待ちかねる若者たち。香辛料のいい香りが建物中にたちこめている。
「とどのつまりは焼き肉じゃねーか。」
「らんんまっ!お前にはこの素晴らしき文化の違いがわからんのか。金属のはし、お口添えのキムチ、そしてこの韓国ならではの香辛料の香り…」
「いただきっ☆」
「あー!人が話しとるというに!」
ひろしの熱弁をよそに、焼肉第一号は乱馬の口中に運ばれていったのだった。その様子を別テーブルのやや離れた所から伺うあかね。距離はあるが一応正面同士である。
「レタス付いてるんだからちゃんと巻いて食べなさいよね…あれじゃ本当にただの焼き肉みたいじゃない。」
「あらあらあかねさん許婚のテーブルマナーが気になるぅ?」
別にーと言葉を返した瞬間、相手と目が合う。別にそれぐらいでは動じないつもりだったのだが、片割れの方はあわてて顔の向きを替えた。見るなっ!とぶっきらぼうに手を振り払う素振りをしている。
「な、なによ〜…」
こちらは機会さえあれば話をして先の件について素直に謝ろうかと思っているのに、そんな態度はないだろうに。ひょっとしてまだ、自分のした仕打ちを根にもっているのだろうか…?ひとり胸を痛めるあかねであった。

 食事を終えてやって来たは国立博物館。バスガイドのキムさんが館内まで案内してくれる。それ自体も大きいが、博物館の前に広がる庭園もまた実に広々としていた。数件ある建物はいずれも高い所に置かれ、そのうちの一つの正面全体を覆うように縦にも横にも長〜い階段が施されてある。そしてその延長上に石畳の路がずうっとまっすぐ伸びて、遠くの方に塔のような、巨大なオブジェが立っている。その路以外は一面芝生といったところ。
「うわぁ気持ちいい〜。」
暖かい風が吹きつける中、その景色を仰ぎ見る少女。藍色がかった髪が揺れて細い首筋を撫でる。空を一機のひこうき雲がとおり抜ける…。あかねだけでなく生徒は皆建物の入り口の前、階段を下りる手前にてその目下に広がるビジョンに目を奪われていた。緑の広場、白い石の階段、青い空と制服。
「どれが一番きれいかな…」
黒い学蓮ではなく唯一白い服を着ている男が、時計の柱にしがみ付いて群れの頭上から少女を見守っていた。目は良い方なので顔まではっきりと確認できた。時折ふと寂しそうにする、その表情まで…やっぱり、今すぐ話を着けようかな…己がたてた計画を遂行せんとする気持ちが揺らいだが、相手に居場所を気付かれた瞬間に「やべぇっ!」と思わず逃げ隠れしてしまうのであった。
「ふっ、危ないところだったぜ。やっぱ全てはあの場所でじゃねえとな。五寸釘、一緒に行動しようぜ。」
「あの〜、早乙女くん、どうしてボクの背中に隠れようとするんだい?」
「結構ばれねーで済むから。 お、ほら行こうぜ。みんな中に入っていってる。」
「はぁ…」
乱馬に背中を押されながら館内へと進む五寸釘。さて館内ではしばらく自由行動となる。この時間の間に人知れぬ所であかねに会おうと乱馬は考えていたのだ。それにしても集団行動ゆえ、すぐに思うように動くことができないというじれったさは彼とて感じていた。
「焼き肉も喉を通らねえっつの…」
誰にも聞こえないくらいの小声で口を尖らせて言う乱馬であった。さて生徒達は館内を見学しているのだが、博物館にて具体的に何が展示してあるかはこの場では語らぬ事にしよう。ただ彼らが入っていった建物には、日本と韓国の古くから近現代までの歴史に関する資料が置いてあったとだけ記しておく。
「そういやサッカーのワールドカップで韓国と日本が協力したりもしたんだっけか…さてひととおり見て回ったし、そろそろ行くか。」
「へ、次はどこに?」
「ぇいやぁこっちの話だ。サンキューな五寸釘、んじゃ!」
そう言うと乱馬はいったん建物の外に出て、屋根の上へと跳んだ。空を見上げるともう夕方どきで、空は青いが雲が夕焼け色になっていた。これが秋あたりならばそれはもう空全体がオレンジ色に染まっているところなのだが。あかねはまだ来ていないようだ。彼女がやって来るまでに心の準備をせねば。
「…そういやちょっと高いかなこの屋根…あかねのやつ、ちゃんと来れるかな?」
普通の家の屋根くらいなら彼女でもなんとか登れる。しかしだからといってこんな場所を選んだのは少しばかり軽率だったかも…そんなことを考えていると、自分の視界に手がひょこっと出てきた。屋根の淵からよじ登ろうとしている。あかねが来たのだ。
「あ、あかね。」
そばに駆け寄って右手を差しのべる。あかねは少し間をおいて、その手をつかみ身を任せた。そうして無事に登り屋根のてっぺんにて二人で座ることはできたが、あかねの方は軽く息切れしているようだ。
「やっぱきつかったか?」
「大変だったに決まってんじゃないの!人に見つかりそうになるし。第一こんな危ない所に呼びよせたりなんかして、何の話があるわけ?」
「悪かったな、だっ……」
乱馬が言い詰まり、気まずそうに顔を赤らめたのを見て数秒後にあかねはようやく意図が理解できた。相手は怒っているのだとばかり思っていたが、本当は仲直りすることを望んでいたのだ。自分と同じように。今とっさに出た「悪かったな」の意味も、もしかしたら…。
「だから、俺はだな…その、」
「…俺は?何よばしっと言いなさいよ。」
「んな、なんで笑ってんだよ。」
「べぇぇつに。――乱馬、やっぱりあたしと居たいんでしょ。」
いたずらっぽく言ってみせるあかね。場所が場所だけにやじ馬もいないので、あっさり口に出せたのかも知れない。しかし。
 ぴっっきーーん
「けっ!けっっ!そりゃあこっちのセリフでい。寂しそうなツラとかしてっから会話の場を設けてやったってのによお。」
「だ、誰がいつ寂しそうにしてたってのよ!あんたずっとあたしの観察でもしてたわけ?」
「んなストーカーみたいな事するかよそれもかわい気も色気もねえ女なんかにっ!」
「じゃあなんで分かんのよ。」
「ったまたま見た時、そーゆーツラしてた。」
「言ってること滅茶苦茶じゃないの。」
「うるせー、とにかく!」
すくっと立ち上がり、一歩前に足を踏み出す乱馬。
「かわいくねえ色気もねえ女には手も触れねえつもりなんだけどよ。もういいだろ、行こーぜ。」
そう言ってまた右手を差しのべる。最後に放ったひと言……その言葉で、喧嘩は終わる。
「うん。」
素直に頷き、笑みを見せながら手を合わせるあかね。屋根の淵まで歩み寄り、足を止める。
「…どうやって降りたらいいのかなー?登るのは何とかできたけど…」
困るあかねに対し、乱馬は得意げな感じで答えた。
「だから、こうするしかねえだろ。」
言うが早いか、あかねをさっと抱きかかえる。いわゆるお姫様だっこの状態で、あかねもとっさに乱馬の肩に手を掛ける。
「しっかりつかまってろよ。」
そして下へと一気に飛び降りる。ほんの束の間であったが、お互いの温もりを感じ合うことができた瞬間だった。
「(あ、しまったなーわざと寄り道すりゃよかったか。その辺に時計とか電灯とかあったのにな。)」
惜しいな、とあかねを下ろした後になって思う乱馬だったが嬉しさが充分に胸を満たしていた。あかねも下を向いて、嬉し涙を滲ませていた。



 つづく




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