◇「時流想戯曲 三国志演義・呉
   辛戦の巻
しょーすけさま作


二十三 、負けるわけには



太史慈「………………ぐっ………おぉっ………!?」

張遼「そなたの武勇、しかと見せてもらったぞ。呉国の将・太史慈…」

太史慈「まだ………死ぬわけには………いか…ん………………」

張遼「もう立っているのがやっとであろう…。そなたと真っ向勝負では勝算が薄いと思うて、このように伏兵などという手を使わせて頂いたが…」

太史慈「ふっ………こんな矢の十本二十本…孫策殿の受けた毒矢に比べれば………っ…」

張遼「まだ、動く気なのか…?」

太史慈「………呉国の皆の幸を…思うとな………………負けるわけには…いかんのだ…」

張遼「………そなたも曹仁殿と同じことを言うな…。そうだ、我らが魏の国とて…そなたの考えと同じように、負けるわけにはいかぬ!覚悟されよ!!」

太史慈「かはは…そんなでかい声出すな、傷が痛むではないか………だがしかし、この命尽きるまで………俺は決してここを退きはせんぞ…」

張遼「………ならばその命、我が剣を以って…弔わせてもらう!」









 その知らせは、あまりにも予想外の時に響き渡った。
太史慈将軍、死亡………敵将、張遼の策にかかって伏兵の矢を受け………

孫権「ちくしょう!!なんであいつがやられたんだ!!順調にいけば勝てる戦いじゃなかったのかよ!?」
周喩「………………………」

合肥(がっぴ)…建業からもっとも近い、魏の国内では東南端に位置する防衛拠点。魏の曹操はいま蜀の国と戦っている最中だという知らせを受けて、おれ達はここに一斉攻撃を仕かけた。スキをついたつもりだったんだ。もっと簡単に攻略できると思って、あなどっていたんだ…。

魯粛「それは順調にいけば、の話だろ。実際こっちの軍は兵10万、向こうはたったの800だ!けど、太史慈将軍は…張遼に負けて…」
孫権「なんで負けた!?言ってみろ!!どこでどう間違えればこんな事になるんだ!!」
甘寧「そろそろ落ち着いたらどーだ良牙。君主のてめぇがそんなんじゃあ、兵どもが不安がる一方だぜ。」
孫権「………………っ!」

‘呉’の赤い旗を立てた支柱にもたれかかって話を聞いていたパンスト太郎も、良牙の取り乱す様をみて痺れを切らしたようだった。
子義の死を悲しむのは、悪いことじゃねえが…いまは戦いの最中。おれ達は、兵を先導して戦い続けなきゃいけねえんだ。

周喩「………パンスト太郎の言うとおりだぜ。」
甘寧「………………………………………フン!」
周喩「おれはもう一度前線に向かう。早いとこ終わらせねーと、敵の援軍がやって来るかも知れねえ。ひろしは引き続き援助を頼む。」
魯粛「わかった…。」

城に向けておおきく三本に道が分かれているので、右翼はうっちゃんとおれが、左翼はシャンプーとムースが、そして中央は子義が攻め入っていた。しかし悪い知らせに動揺した兵たちを見て、おれは一旦全軍を本陣に引き返させたんだ。敵将は張遼と于禁、李典の三人。兵はたったの800…それを相手に、痛手を喰らい、手こずっている。この特殊な地形のせいもあるが、それにしたってヘマをしすぎた…もうこれ以上の犠牲は出したくない。

周喩「ここで一気にとどめを刺さねえとな…緊急だが、特攻隊を組むことにするか。攻防ともに自信のある奴だけを集めた特攻隊をな…」
孫権「………精鋭部隊だけで乗り込むってことか?」
周喩「ああ…それで充分なはずだ。…集めてくる。」

無駄に被害を増やすより、苦労はするだろうが、犠牲者は出なくなる。その方が断然いいだろう?
おれも含めて、敵兵800の中に突っ込んで無事で帰ってこれる人材を選ぼうってわけだ。

呂蒙「乱馬どの。」
周喩「ん?おめーは…」

部隊の編成をしに人を集めようとしたときだった。
おれの前に現れたその男は、名を呂蒙(りょもう)、あざなを麒麟(きりん)という…もともとは七福導神の末裔とかいって山奥の豪族の頭領をやっていた人物で、すらりと背筋が伸びていて丈も高く、良牙やらオヤジやらとは比べ物にならないくらいマトモな風格を持っている。

呂蒙「話は聞かせていただいた。…余もその特攻隊に加えてはもらえぬか。」
周喩「張遼と戦うのか。」
呂蒙「余には智謀をめぐらす能はないが、武の力なら念余さずいくらでも貸せる。子義どのの死に心の迷いを持った者を戦わせるより、幾分か利をもって貢献することが出来るはず…。」

その瞳は確かに、他の誰よりも真っ直ぐと見据えて、迷いがなかった。冷静な心ってのはこういうものを云うんだろうな。おれにもまだ…良牙ほどじゃねえが、遠くたどり着けない境地にいるような目だ。

周喩「…分かった。よろしく頼むぜ。」



 結果、特攻隊のメンバーはおれと、麒麟、シャンプー、ムース、小太刀、早雲おじさんの6人に決まった。うっちゃんとつばさの二人に良牙を守る役を任せ、パンスト太郎も本陣の守備をする方に回ってもらった。…万一のことを考えての守備だ。それに、特攻隊には兵は連れて行かないので、本陣に全部の兵を置いていくことになるから、そのまとめ役は必要だろう。

周喩「それじゃあ…こっからは犠牲ゼロでいくぜ。相手は知れた数だ。本気でぶっとばしていけば何とかなる。」
陳武「乱馬、お前が兵法を捨ててこのような行為に走るところを、おらは初めて見ただ。本当にこれでよいのじゃな?」
周喩「………あぁ。べつに子義の仇討ちとか考えてるわけじゃねえ、これが最良の作戦だと思ったんだ。おめーだって、ここで死ぬつもりはねえんだろ?」
陳武「当然じゃあっ!おらの実力をもってすれば合肥の城のひとつやふたつ、瞬く間に攻略してやるだ!それよりもお前こそまた鎖骨を撃たれたりして担架のお世話にならんこっ…おぐぅっ!?」
程普「それ以上乱馬の悪口言うとお前の鎖骨折るあるぞムース。」
韓当「同感ですわ。」
呂蒙「………ふっ。」
黄蓋「乱馬くん、準備もできたことだ。そろそろ行こうではないか。」
周喩「あ、あぁ。」



 かつて劉邦の軍師・張良は逃げ場のない河の手前で兵を待機させ、決死の思いで戦わせ勝利に導いたことから、‘背水の陣’という言葉が生まれた。
状況はちょっと違うが、今おれ達は似たようなことをしようとしてるんだなぁなどと思えてきて、少し胸がかゆい気持ちになった。
このメンバーだろ?大丈夫だ。麒麟のやつなんかもう帯刀の構えをして、臨戦の姿勢に入ってやがる。
呉の勇将に、不可能はない。おれ達はきっと、うまくやってみせる。

周喩「それじゃあ、いくぜ!!」

おれ達6人は再び合肥の城に向かって、突進していった。




二十四 、魏に張遼あり



陳武「ぉおおおりゃあああああぁ!!」

敵兵「うわぁ!!」
敵兵「ぎゃあー!」
敵兵「ひぃぃぃぃ!!」

周喩「おいこらムース!味方が近くにいるのに鎖ガマなんか振り回すんじゃねえー!」
陳武「なんのこれしきの数!!一騎当千のおらには屁でもねぇだっ!!」
周喩「ひとの話を聞けーー!」

城に殴り込み、ここでムースがどえらい暴れようとなった。鎖モノの武器で広範囲に攻撃ができる分、本当に‘一騎当千’の勢いで敵兵をばっさばっさとなぎ倒しはじめたんだ。その戦いっぷりはすげぇが、ただしアイツは目が悪いからな………今は眼鏡を付けてるからいいものの、何かのはずみで取れてしまったりでもしたら、敵味方関係なく攻撃してきそうな予感がして近寄ることができない。

周喩「ったく、あいつとは離れて行動した方がいいな………にしてもこれだけ城の中で暴れ回ってんのに、張遼が姿を現さねえってのはどういう事だっ?」
韓当「もしや恐れをなして逃げたのではございませんこと?」
程普「それ、ないね。張遼といえば、元は呂布の軍団のひとり。その中でも一、二を争う武将だたという噂ある。」
呂蒙「おそらく魏においても実力はトップクラス…個人の力も、兵の統率力も並みではあらぬはず。」
黄蓋「…ふむ、一階はひととおり制圧できたようだ。どうするかね?乱馬くん」

気付けば辺りは撃破された敵兵の山。その大半がムースの手柄なわけだが…まだ張遼はおろか、于禁、李典の二者にも遭遇していない。

周喩「この上に3人揃って居やがるってことか…。」

張遼という男がどれくらいの力量なのか、それが何より気になる。…子義を倒した男だ。そんなに弱いはずはねえが…。

呂蒙「行くしかないであろう、乱馬どの。余はとうに覚悟を決めている。」
程普「わたしも同じね!」
韓当「わたくしもですわ!」

まぁ結局こんな感じで、誰ひとりとして二の足を踏むやつはいない。
こっちは6人、相手の武将は3人だ。その周りの兵を数に入れても、もはや恐怖なんて感じることはなかった。

周喩「おっし、この中で誰が張遼をぶっ倒すか…競争でえっ!」

もう少しでこの城を制覇できる。おれ達は勢いよく中央の階段を駆け上がった。



周喩「出てこい!!張遼!!」

思いっ切り叫んでやったが、まだ現れねえ。代わりに出てきたのは、残りの二人(まぁそんな脇役扱いすることもねえんだけどよ…)。

李典「あいにくだが、張遼殿はここにはいないぞ。呉の軍師、周喩…。」
于禁「残念だったな。今頃お前らの本陣は………」

!!?

まさか、張遼の部隊だけ別行動………!

周喩「………ちっ!大した事してくれるじゃねえか!だが本陣も仲間が守ってくれてるんでな。まずはてめえらから、観念しやがれっ!!」
李典「来るなら来い!この李典が全力でお相手する!!」
于禁「ふん、少々不利だからといって逃げるでないぞ李典っ!」
李典「言ってくれるな于禁殿!私は、私の信じた道をゆくのみ!」

まさか、張遼がこっちの本陣を狙ってやがるとは…おれたち数人が800の兵を相手にするよりも、比べ物にならない所業じゃねえか。本気なのか…?
良牙………………。






甘寧「…あれは………………敵かっ!?」
孫権「どうしたパンスト太郎?」

 乱馬のやつが特攻隊を組んで攻撃に出ている分、ここ本陣ははっきり言ってヒマだった。大量の兵どもがわらわらとしとるだけで、敵がここまでやって来るだなんて誰も考えていなかった。唯一、双眼鏡を持って外の見張りをしていたのがパンスト太郎だったが…。

甘寧「来やがったみてーだな。…おめぇは下がってろ………殺されても知らねぇぜ。」
孫権「何………っ!」

本当に、敵が来たというのか。この兵たちを前に?

周泰「敵が来たんかっ。」
蒋欽「ぁら随分強気だわねー。」

おれも正直、信じられん…。
化け物のような奴だろうか。それとも何か奇策を用意しているのか。

甘寧「………張遼の部隊だ。下手すると、最悪な事になるぜ…。」
孫権「張遼…!!」

あの子義を討ったという、張遼…!


張遼「孫権はどこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


その姿がはっきりと見えてきた。馬にまたがり、槍の先の刃がまるで青龍刀になったような大きな得物で…

甘寧「下がってろ!奴は俺が止める!」
周泰「うちも行く!」
蒋欽「私も行きますっ!」

こういう時、血が騒ぐのはおれだって同じだ。だが、立場上、おれは…戦ってはいけない。自分の身を守ることに徹しなければいけないんだ。

孫権「…頼んだぜ!絶対にやられるんじゃねえぞ!」

そう叫びながら、おれは陣の後部へと下がった。
まさかこんな形で、魏軍と刺し違えになるとは。
張遼…恐ろしい事をしでかす奴だぜ。

孫権「死ぬんじゃねえぞ…皆…。」






 乱馬たちが戻ってきたのはその直後だった。
パンスト太郎や右京たちが張遼の部隊と戦っている間に、城の方を占拠してきたのか…

周喩「駄目だ、良牙!曹操の野郎が返ってきやがった!」
孫権「…なんだってぇ!?じゃあ城を陥とし損ねたってのかよ!」
周喩「それより張遼は!?張遼はどこにいる!」
孫権「右京たちが戦ってるはずだ!ここじゃねぇ、もっと陣の前の方だっ」

いやな雰囲気が漂ってきやがった…。蜀との戦いに出ていたはずの曹操が、ここまで戻ってきたという。ついに城を陥とせず、魏軍とまた全面衝突になっちまったわけだ。

 そして張遼の部隊は、乱馬たちと入れ違うように退却を始めた。
大事には至らなかったが、味方の兵たちは猛攻撃をかける張遼の恐ろしさに震え上がっていた。

周喩「………引き返すぞ!撤退だ!」

最後は乱馬の司令で、全軍撤退となった。

甘寧「………………………………」




二十五 、闇のさなか



 雨の中を彷徨っていた。


 空はこんなにも明るいのに、


 晴れてくれないのか。



周喩「………最低な気分だぜ…。」

 ただそう呟くばかりだった。
溜め息と一緒に出てくる言葉は、何の意味も持たずに、宙に浮いて消える。

 建業に還って来たら来たで、もうひとつ嫌な報告が待っていたんだ。


“長沙が蜀軍の手によって陥落!!荊州一帯を奪られました!!”


何の冗談かと思った。
長沙が………奪われてしまうだなんて。

周喩「なびきの野郎………………」

荊州、くれない?とか何とか言ってやがったが…まさか本当に、それも実に嫌なタイミングで。
呪泉郷だって荊州内にあるんだ、ちょっと落ち着いたらいつか行こうと思ってたのに…。

城の屋上で雨にうたれながら、女の姿になったおれはずっと空を見上げていた。

小喬「…ちょっと乱馬っ!あんたそんなとこに居たら風邪ひくわよ!」
周喩「あー………。」

後ろの方であかねの声が聞こえる。早く中に入って来いとせかしてやがる。

何を考えるでもなく、おれはのそっと後ろを振り向いて部屋に戻ろうとした。

んだけど………………………


ドサッ


小喬「乱馬っ?…乱馬ーーーー!!」





 気がつけばおれは自分の部屋に運ばれ、ベッドで寝かされていた。
となりにはあかねが居る。ご丁寧にもおかゆを作って………食えるかどうかも分からないおかゆを作って…

小喬「ほんっと馬鹿ねえっ。いくらはやく外に出たいからって傘も持たないなんて、横着しすぎよっ。」
周喩「ぃゃ…そのぉ………」

どうやらあかねは独自の解釈でおれを見ているようだが…まぁ、
気落ちして雨にうたれてたなんて、…それこそ言えねえや。

合肥での惨敗、太史慈という将軍をここで失い…
荊州を蜀に奪われ、故郷を失った…。

小喬「…別に気付いてないわけじゃないんだからね。」
周喩「ぇっ………?」

うつむいていたおれに、あかねのストレートすぎる視線はちょっと合わなかったが、
ふとそっちの方を見てみたときには、その視線は、いつの間にか少しゆるんでいた。

小喬「その………色々つらい事はあると思うけど…でも仲間を失ったり故郷を失ったのは、あたしにとっても同じよっ!」
周喩「あ…。」

…すまねぇ!!

そう頭の中で叫んだ。
それもこれも、おれのせいなんだ。
おれ自身が死ぬことはなくても、…自分の身以外はとんと守れねえ奴だ。オヤジも、東風兄も…。

ただ、口には出せなかった。風邪のせいなのか、咳がひどく出て言葉の邪魔をしていたから。

小喬「ちょっと大丈夫なの…?………乱馬?」
周喩「………………………」

手で口を押さえて、あかねに見えないよう横を向いたつもりだった。
それでも、手のひらから頬に付いてしまったり、指のあいだからつたう生温かいそれに、あかねはすぐに気付いて………

小喬「…ら…乱馬!乱馬ってば…!!…誰かーーー!!」

助けを呼ぶ声を聞きながら、おれはまた意識を失っていき、口に手をやったままベッドで倒れてしまった。






 それからは荊州を取り返すことばかり考えるようになった。
ベッドの上で養生しながらも、おれは外政の手を休めることはしなかった。…というか蜀の動きに対してはおれがずっと睨みを利かせて、それ以外の部分はひろしと大介に一任している状態。とにかくおれは蜀の、劉備三兄弟だのなびきだのが居る蜀の動きばかり見張っていた。

小喬「だからってあんまり無茶な行動に出るのはナシだからね乱馬。早く長沙を取り返したい気持ちはわかるけど」
周喩「でもなびきのやろーはど〜〜〜も許せねえっ。なんとかして一泡ふかせてやらねえと…」
孫権「魏も魏で許せたもんじゃねえがな…。合肥での借りはいつか返さねえと。」
小喬「良牙くんまで…それはちゃんと乱馬が回復してからでもいいんでしょ?」
孫権「え、あぁ…まあ。」

おれが回復してから…か。
前に鎖骨をやられた時とはちがって、今回は「もう大丈夫だって!」と吠える気にもならねえ…。
そんなところにひとつの報告ことNEWSが入ってきた。

兵「報告します!荊州を守っている関羽が、魏の領地である蕃城(はんじょう)を攻撃するもよう。蕃城は曹仁、司馬慰(しばい)らが守りを固めているようですが、この季節、大雨のため近くの川が氾濫するおそれがある場所だそうであります。」

周喩「水攻めでもすんのか関羽のやつ?」
孫権「さあなあ。魏蜀の小ぜり合いにはおれは興味ねえぜ。」
周喩「…うーん、これは使えるかも知れねえが…」
小喬「何か思いついたの?」
周喩「関羽を、討ち取る………!」
孫権「…なにっ!?」

良牙のいうとおり、魏蜀の小競り合いに首をつっこむ必要なんてあるわけはないんだが、もしここで一時的に魏の味方をして、蜀軍を打ちのめしたら?
うまくいけば、荊州を一気に取り返すこともできるかも知れねーだろう。
…もっとも相手は“ひとりで兵一万に匹敵する”とまで言われる関羽だ。そう簡単には倒せない…いまのおれじゃ駄目かもな…。おれの代わりに戦える人間を向かわせたいところだ。
そう思って、城内で行く気のある奴はいないかと、兵に頼んで呼びかけてみた。そこで、真っ先にやって来たのが…こいつだった。

陸遜「僕に代わりを務めさせて下さい!」

周喩「桃磨…」

陸遜(りくそん)、あざなは桃磨(トウマ)。確かに頭の回転もよけりゃ、武術の腕もわるくない。おれ程じゃないけどな?ただ、まだ歳が歳なもんで、おれから見ても正直「活きのいいガキ」といった風にしかみえない奴だ。…もうひとり落ち着いた人間がついていれば安心、といったところか。

小喬「桃磨くん、あなたにはまだ荷が重…」
周喩「いや、少しの間だけ、頼んでいいか?」
小喬「ちょっと、乱馬っ!」
周喩「麒麟のやつと組んで、うまくやってくれ…。」
陸遜「…はいっ!乱馬さんは、安心してみていて下さいっ」

まぁ、今回はおめーらに手柄をゆずってやるぜぐらいの気持ちでおれは任務をまかせた。
桃磨は桃磨で、自分の実力を示すチャンスが訪れたといわんばかりの‘自信に満ちあふれた’笑みで指示に応えた。…相手は関羽なんだから、もーちょい不安がってもいいはずなんだけどな…その辺が未熟なのかも知れん。
それで蕃城を守っているのは…おれの鎖骨に弓を当てやがったあの曹仁と、曹操がスカウトしたという魏の参謀の司馬慰、それから于禁、庖徳、徐晃などが加勢しているようだ。




二十六 、渦



 それからしばらくして………関羽は麦城に逃れ、そこで養子の関平とともに捕らえられたと報告がはいった。桃磨のやつ、本当にやりやがる。
しかしそっから先の扱いについては、良牙のやつがなびきの兄・諸葛謹こと金之介と共に直接行ってきたそうだが…金之介のさんざんの説得にも応じず、関羽は自決の道を選んだのだそうだ。

またひとり、武勇の将が消えた…今回は特大の存在だったかもな…。

それから、魏軍の将である于禁が先に関羽に降伏していたため、関羽の率いる軍に捕らえられた状態だった。良牙はこれを連れて帰ってきたってわけだ。

周喩「よォ于禁。庖徳は撃破されるわ、おめえは降伏するわ、魏軍も色々大変な目に遭ったなぁ。」
于禁「人ごとみたいに言いやがってこのっっ!」
周喩「その分こっちは少ない損傷で済んだんだろうけどな。まーおめえはもとの国にちゃんと帰してやるから安心しろよ」
于禁「なーにを偉そうに言ってやがるっ!てめー今すぐこないだの決着つけてやろーか!?」
周喩「お〜上等じゃねぇかっ。相手にな…うぐぅっ!」
小喬「アンタ病人でしょ。ばか」
周喩「その病人の腹にひじ鉄いれるこたねぇだろ…」

あかねに支えてもらいながら、おれは良牙の横に立って于禁を見ていた。
初対面、というわけでもないし、むしろ拳…もとい剣を交えた相手なだけに、思いっきり知った口で話している自分がちょっとおかしい気もしないでもない。

孫権「今回の件で魏軍とは一応、同盟の関係を結んだことになった。一応な。………于禁、ぁいや、于禁どの!いまのところは歓迎するぞ」
于禁「………………俺もとんだヘマをしちまったもんだぜ…情けねえ…」
周喩「…。」



それから数日間、于禁は他のやつと一緒に酒を飲んだり良牙らに案内されて城の外を散歩したりしたらしい。中には于禁に厳しくあたった人間もいるそうだが…降伏なんざするとは情けないってな。でも于禁はむしろ、そいつに対して畏敬の念を示して、魏へと帰っていったって話だ。

その後。
于禁は自分の失敗を気に病んで、そのままこの世を去っていった。黒かった髪が白髪になるまで悩み続けたそうだ。

周喩「…あいつ………。」

…いちど剣を交えた相手だからだろうか…それともどこかおれに気性が似ている奴だったからだろうか…その知らせがきた時、おれまでやに悲しくなった。
明日は我が身か………






それからちょっとして。

周喩「よぉ、ご苦労さんだったな、桃磨。」
陸遜「あ、乱馬さん!麒麟さんが提案してくれた策のおかげで、うまくいきました。あの人の知才はすごいなーと思いましたよ」
周喩「…ん?」

おれはというとそろそろベッドから抜け出して、また本格的に復帰したところだ。で、ちょっと遅くなったが桃磨に会って、話を聞いたんだけれども…
麒麟のやつって、そんなに頭良かったっけ?(「余には智謀をめぐらす能はないが〜」/合肥の戦い参照)
なんか勉強でもしたのかな。その本人は今ひろしと話し中…。



魯粛「いやぁ見事だったな。まさかあんたが関羽をうまく騙して捕まえるとはなー。」
呂蒙「陸遜どのの活躍もあろう。まだ若い身である彼なればこその策があることに、余が気付いただけのこと」
魯粛「まあまあ。それにしても、ほんのちょっとの間にずいぶん兵法とかを勉強したんだな。前は武将としての腕前だけだったのが…もはや“呉のモーちゃん”なんて呼べないなっ。はは」
呂蒙「ん゛ん゛…士たる者、三日会わなかった相手には目を凝らして注意しなければならぬものと余は存ずる。」
魯粛「そりゃまた、アスリート的な考え方だな。」






 そう、関羽の命は尽きた。そしてそれが、更なる悲劇の始まりとなってしまったようだ…なびきのやつもこんな事になるとは思っていなかったのだろうか。

兵「報告いたします!劉備が、義兄弟である関羽を失って激怒しているもよう!大軍を率いてこちらに向かっているとのことです!」

孫権「今度は劉備かよ…これは全面争いになるか?乱馬」
周喩「ああ…そうだろうな。………哀れだぜ劉備。仇討ちの戦いなんて仕掛けてくるとはよぉ…仁徳の蜀王の名が泣くぜ」
孫権「…本当に意味のない戦い、か…。昔からあるこった。誰かが討たれりゃ誰かが仇討ちだっつってまた争いを起こすんだ。」

そう、それが繰り返されて、戦国とまで呼ばれた時代もあった。その争いをすべておさめて、天下をひとつにまとめたのが始皇帝だったっていうのが、今から四百年とちょっと前の話。…いまの劉備は、もはや漢室復興を掲げる蜀の王じゃなかった。…ただの“人間”…。

周喩「なんにせよこっちも全力で立ち向かうしかないな。魏とは一応同盟関係にあるから、魏から攻撃されることはない。思いっ切り正面から蜀軍にぶつかることができる。」
孫権「そうだな…蜀軍を壊滅させ、荊州だけじゃなく蜀の地も全部いただくか?」

呂蒙「…乱馬どの。」
周喩「麒麟か。何だ?」

こちらも戦いの準備にかかり、建城全体が慌しく動き出した時だった。
どうやら、麒麟の顔色がよろしくない。
何かあったのだろうか。

呂蒙「…不甲斐ないことだが、余は身体が思わしくないのだ…此度の戦い、参加できるかどうか…」

咳をするように口を手にあて、目を細めて話している。

呂蒙「余の肺には持病がある…治す術が見つかればよいのだが…どうも程がよくないらしい。」
周喩「あ…無理すんなよ…。うちには他にもたくさん頼れるやつらがいるんだ、おめーは今回は温存ってことでいいだろ。」
呂蒙「………かたじけない。戦いが長引くようであれば、のちのち参加することも考えたうえで養生しておこう。」
周喩「まあ、とにかく命は大事にしねえとだからなっ。」

持病、か。悪化して命にかかわるものになってもいけねえ。確かに麒麟の言うとおり治す方法があればいいんだが、どうやら今の医学では、まだ処方箋は見つかっていないようだ。

医学………そういえば、東風兄はいまごろ何処でどうしているだろう。オカルト本と医学書を探し回ったあげく建業の城を出て、それから…それから…

あれっ?

もしかして蜀に行ったんじゃなかったっけ…?

たしかなびきと話をしてくるって言って…

周喩「(大丈夫なのか東風兄…一応素性は隠してると思うけど、正体がばれて捕らえられたりしてねえだろうな…)」

いまの呉と蜀は敵対関係におちいっているんだ。麒麟の身体も心配だが、東風兄の方もかなり心配…。
はやく呪いなんかふっとばして帰って来てくれよな…。






−辛戦の巻、完−







注釈、

 まさに戦い通しの呉です。細かく書いていけば何話にも引き伸ばせるところなのですが…とりあえず、省略した部分を付け足しっぽく書いておきます。

 まず合肥の戦いの最後に、甘寧がひと暴れしてくれたおかげで呉軍は無事追い討ちされずに退却できたのです。その時の甘寧はまさに張遼と同様で、たった100人の精鋭を連れて魏軍の陣に夜襲をかけ、さんざんな混乱を招いて同士討ちをさせた末に100人全員が無事帰還するという鬼の一手。これによって孫権は「魏に張遼あらば呉に甘寧あり」と喜んだそうな。

 あと合肥の戦いにおいて、活躍したのは陳武、甘寧だけではなく凌統(りょうとう)という人物も。呉軍においては陳武よりもレギュラー的な存在だったんですが…描写し出すとややこしいことになるので大幅カットの狙いで登場を控えさせました!申し訳ない!しかも三國無双4で新メインキャラとして登場しちゃったじゃないですか!(苦笑

 凌統について軽く触れておきますが、まずらんま的に云うならばルージュが当てはまりそうな人です(凌統は男ですけど)。甘寧が呉の仲間入りになる直前の時期に、彼の父親である凌操が甘寧によって討たれてしまい、それで凌統は呉にやってきた甘寧を目の敵にして、孫権などに注意されたりしていた人なわけです。が、赤壁や合肥の戦いなどで苦を共にする中で徐々にうちとけていくという…そんな人です。以上、凌統についての解説でした。

 そして正史によれば、陳武は合肥で倒れてしまいます。演義ではもうちょっと長生きしてますが…魏サイドは李典もここで討たれてますね。享年35歳、なかなかの若さ…。

 乱馬こと周喩がご病体になってしまいました。本当は赤壁以降、諸葛亮を相手に連敗したことが原因で血を吐く体になってしまうのですが…。

 周喩が発案した策のひとつとして、孫権の妹(つまり孫堅の末っ子)を劉備と結婚させ、劉備を呉に滞在させた上でやたら豪華な暮らしをさせて「やる気なしの骨抜きにしてしまおう」という…そんなのがあります。つまり政略結婚ってやつですが…これが心外にもふたりの仲はとても良くなってしまい、趙雲の訴えによって正気を取り戻した劉備は孫夫人ごと蜀に連れ帰ってしまうのです。もっともその後、孫夫人は呉で捕らえられた蜀武将との‘人質交換’で呉に返されることになるのですが。

 そんなこともあって、ついに荊州を蜀軍に奪われて…気の病の果てに周喩は発作を起こし、この世を去ってしまいます。周喩の死を聞いたときは、諸葛亮も涙を流したといいますが…それで、呉軍の軍師の後を継いだのが陸遜なわけで。そうして帰らぬ人となってしまう周喩。しかし本当の死因は…これは三国志の中で最も深い議論を呼ぶところだそうで。

 それと当て字について。蕃城ではなく、もひとつややこしい漢字のお城なのです。当て字をするときはできるだけ近いものを選んでいるつもりですが、これはけっこう近いものが無かった方かも…あと司馬慰の慰ももっともっとややこしい字であり、庖徳の庖も中身は「包」ではなく「龍」ですので。赤壁のときに劉備軍で出てきたあのホートーも漢字でかくと「庖統」になります。

 懺悔
 夏ボケかましていた一之瀬さん。こちらの作品を掲載するのをすっかり忘れておりました。
 夏は過ぎ去り、秋もたけなわ…。
 投稿から日が開いてしまったこと、深くお詫び申し上げます!
(一之瀬けいこ)

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